魔法少女 ペコラ・パコラ・ポコラ

右藤秕 ウトウシイナ

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02:サバイバル03

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―――――――――――――――――――
◆マユの戦い
―――――――――――――――――――

 少女は――ゴスロリだかロリータだか明確な区分は知らないが――真っ白でヒラヒラした服を着ていた。スカートは短く動きやすそうだ。灰青アッシュブルーの髪をポニーテールのように束ね、背中まで伸ばしている。
 全体的には可愛らしい少女に見えるのだが、その目には瞳がなく代わりにただ昏い、奈落のような空洞があるだけだった。

「なぜここに!? まさか魔法を感知された!!?」
「それは無いと思うけど。ヨミの魔力はまだ小さいし」

 俺の疑問にペチカが答える。
 おそらく、見つかったのはただの偶然だ。こちらも無警戒すぎた。今後はもう少し注意して行動したほうがよいかもしれない。

 マホウショウジョと目があう。魂を吸い取られるような寒気が俺の全身を覆った。昨日の奴には戦って勝つことは出来た。だが、今回もそうなるとは限らない。

「くそ!! マユちゃん、下がってて!!」

 魔導書のバインダーのページを開き、右手を突き出す。

一乃炎ウヌス・フレイマ!!」

……何も起こらなかった。マナが不足しているのだ。

「ヨミ!! 後ろ!!」
「!!!?」

 いつのまにかマホウショウジョは背後に移動していた。拳を振りかぶり俺に襲いかかる。間一髪で回避したが、ペチカの声がなければかわせなかった。その拳はコンクリートの壁を撃ちぬくほどの威力だった。冷たい手で首筋を鷲掴みにされたような恐怖が駆け抜ける。

 俺は慌てて距離をとった。

「あいつ、キュアタイプだ!! 格闘戦用マホウショウジョだよ!! 気をつけて!!」
「格闘戦!?」

 俺には格闘技の経験はない。MPもない。正面切って渡り合うのは不可能だ。距離を取るしか手はなかったが、すぐに間合いを詰められた。再びパイルバンカーのような拳が迫る。

「(やばい!!)」

 そう思った瞬間、マホウショウジョが弾けるように吹き飛んだ。

「!!?」

 俺の前には、拳を突き出した体勢のマユが立っていた。

 敵を見る彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。深窓の令嬢が美味しいケーキを食べた時のようなあどけない笑顔だが、その行動とはあまりにかけ離れた笑顔だった。

「『この世界』はわかりやすくていいですね。強いものが勝つ。弱いものは負ける」
「……マユさん?」

 思わず敬語になる。
 微笑みながら、マユはマホウショウジョめがけて突っ込んでいった。一見すると穏やかな表情だったが、その目は狂気をはらんでいた。

「フフフ。アハハ」

 マユが渾身の右ストレートを放つ。2メートル四方の瓦礫が木っ端微塵に砕け、飛び散った。マホウショウジョは寸前で飛び退り回避していた。

 どうやらマユは運動神経が良いようだ。そういえば、フェンスを登って2階に飛び移ったりしていた。さらに、ゴーレム化のお陰で「力」を得た。

「……右腕は完全に治ってるようね」

 穏やかに言うと、マユは飛んだ。マホウショウジョのすぐ目の前に肉薄する。少年格闘アニメのような動きだ。

「えい!!」

 可愛らしい掛け声とともに繰り出されたパンチは、しかし、可愛さとは真逆で凶悪そのものだ。ガードしたマホウショウジョの左腕が千切れて飛んだ。スポンジのような断面があらわになる。

「す、すげえ……」

 ペチカが飛んできて俺の頭の上に止まった。小さな手足が少し震えている。

「ヨミ、今のうちにMP回復を!」
「どうやって!?」
「魔導書の付録『初心者セット・7つ道具』にMP回復薬が入ってるよ」
「……ゴーレムに回復薬に、なんでもアリだな」
「そうでもないよ。ゴーレムは1体分しかないし、それは3本しかない。なくなったら自分で作るんだ」

 魔導書の巻末を開く。茶色の小瓶が3つ並んで入っていた。この本の巻末は四次元的なアレになっているのか。
 瓶を一つ取り出して、少し考える。はたしてこれを飲む必要はあるのか?

「飲まなくても、マユちゃんにまかせとけばいいんじゃ? 俺の出番なさそう」
「マホウショウジョをなめちゃいけないよ!!」

 ペチカのセリフとほぼ同時に、マユが地面に叩きつけられた。

「!!?」
「マユちゃん!!」

 見ると、そこにはもう1体のマホウショウジョが立っていた。白いやつとよく似てるが、服の色は黒でショートカットの灰色の金髪アッシュブロンドがところどころハネている。白と黒、ロングとショート、2体のマホウショウジョ・キュアタイプがマユを見下ろしていた。
 マユがいくら強いとはいえ、2対1では分が悪い。

「くそ!!」

 俺は小瓶の蓋を開けて、中身を一気に飲み干した。リポナミンαのような味がした。意外とイケる。心に力がみなぎる。妙にやる気が出てテンションが上がる。踊り出したい気分だ。これが精神力マナ回復の効果か。

神の盾アエジス・プロテーゼ

 念のためシールド魔法を唱えながら、俺は飛び出していた。

「喰らえ!! 一乃炎ウヌス・フレイマ!!!!」

 すかさずハンドゼスチャで連射の動作を行う。3発の炎弾が続けて射出された。ゲームなどでよくあるリキャストタイム(再び呪文が使えるようになるまでの時間)は無いようだ。便利ではあるが、気をつけないとすぐマナを使い果たしてしまうだろう。

 マユに気を取られていたマホウショウジョの足元で、3発の炎弾が弾けホコリを巻き上げた。
 マホウショウジョが戸惑っている間に、マユに駆け寄って助け起こす。ゴーレム化のお陰で、ダメージはそれほどでもなさそうだ。

「マユ! 走るぞ!!」

 なぜか驚いたように、マユがこちらを見た。
 この時俺は無我夢中で気付かなかったが、無意識にマユを呼び捨てにしていたようだった。

 肩を貸して支えながら、マユを無理やり走らせる。

 どう贔屓目に見ても、今の俺は力不足だった。使えそうな呪文異物転送マテリア・トランスフェルがあるにはあるが、これはマナ消費が多すぎるし、動きが早い敵には命中させるのが難しい。
 わずかな希望は作りかけの新しい魔法だが、落ち着いてそれを完成させるための時間と場所が必要だ。
 いずれにせよ、マホウショウジョを倒すには、マユの力が必要だっだ。2人で力を合わせないと、今度こそ殺されてしまうだろう。

 敵はすぐさま態勢を立てなおして追いすがってきた。
 瓦礫の間を走り抜け、隙を見て半壊した建物に身を隠す。崩れる危険もあったが、贅沢は言っていられない。なるべく奥へ移動する。

 しばらく、マホウショウジョの足音があたりを彷徨い続けていた。


―――――――――――――――――――
◆白と黒
―――――――――――――――――――

 息を潜めること数分。足音は徐々に遠ざかって行った。
 このまま諦めて帰ってくれればいいのだが……。

「それにしても、マホウショウジョって何なんですか?」

 思い出したように、マユが小声で言った。彼女はかなり落ち着いているように見えた。怖くないのだろうか。

「うーん、俺も良くは……ペチカ」
「マホウショウジョはね、ウチの国の伝説に出てくるんだけど、昔『魔女狩り』でころされた女の子の成れの果てなんだって」
「魔女狩り……」

 かつて、12~17世紀のヨーロッパを中心に行われた魔女狩り。多くは教会と迷信に踊らされた人々の集団ヒステリーであり、無実の者を好き勝手に貶める私刑であった。
 その当時、魔女や魔女と疑われる者達が数百万人、大した裁判もなく拷問の末犠牲になったと言われている。

「そもそも魔女とは――」
「!?」

 慌てて俺はペチカの口を塞いだ。こんな時に、またぞろ解説モードになって講義を始められても困るからだ。

「んーんー!」

 俺の手の中で小さな手足がじたばたともがく。

「ってことは、ゾンビとか幽霊みたいなものなの?」
「ぷはっ! わかんない。人は死んだら天界カエラスティス・ムンディへいくはずで、行ったら、生まれ変わる以外で現世に戻ってこられるはずないのに」

 俺の手から脱出すると、再び捕まらないようにペチカは天井に張り付いた。

「……それがなんでこんなことを?」
「たぶん、恨みを晴らすためだよ。きっと! 魔女狩りの時、ひどいころされ方をしたらしいからね。ウチが人間を怖がってるのは、その話を聞いたからだよ」

 ペチカが震えて祈るような仕草をしてみせた。

「ま、ヨミとマユは怖くないってわかったけどね」

 マユの頭の上に止まる。

「弱点とかはないのか?」
「あれもゴーレムの一種だから、心臓インペリウム・ユニットを壊せばいいとは思うけど」
「でも、一乃炎ウヌス・フレイマだと決定的なダメージは与えられない。となると……。さっきの新呪文を完成させるしか無い……な」

 立ち上がってマユを見る。

「見張りを頼んでいいか?」
「……しかたないですね」

 早速魔導書を広げ、先ほどの作業の続きにとりかかった。
 俺はただでさえプレッシャーに弱い。急かされると上手くいくものも失敗する。しかしそんな泣き言は敵には通用しない。やるしかなかった。

 その後しばらく敵の気配はなく、順調に作業を進められた。受験の時だってこれほど集中した事はなかった。

「ぐぬぬ……。レベル1のくせに……!」

 俺の手際を見て、ペチカが妙な嫉妬をしていた。そんな場合では無かろうに。
 あと数行となった時、マユの緊迫した声が響いた。

「しずかに!!」

 遠ざかったと思ったマホウショウジョの足音が再び近づいてきた。みな息を飲む。足音はやがて俺達の潜む建物の上の方へと登り――

「…………!!?」

――そしてそのまま遠ざかって行く。

「ほっ……。たく、脅かしやがって――」

 言い終える間もなく、突然の轟音が俺のセリフをかき消した。部屋の反対側の壁を突き破って、白いマホウショウジョが目の前に現れたのだ。千切れたはずの左腕はすでに再生している。

「なっ!!」

 壁の半分が崩れ、鉄骨が外れて転がる。屋根に登ったのとは別の個体が近くにいたようだ。俺の背中から肩にかけて、極低温の戦慄が駆け抜けた。
 フリーズする俺をよそに、マユが機敏に反応した。侵入者に先制の一撃を加える。

「私が時間を稼ぎます!!」

 マユとマホウショウジョが組み合って、押し合いになった。
 もう1体も近くにいるはずだ。時間はない。

「ヨミ、急いで!」
「わかってる!!」

 ペチカが俺の頭の上でわめいた。それに応じながら、残りの数行を一気に書き上げる。

「よし、出来たぞ!!」

 だがまだ終わりではない。ショートカットの登録が必要だ。羊皮紙スクロールを魔導書に綴じる。ショートカットの登録をするために索引ページを開く。その時。ふと背後に気配を感じた。マユと白い奴は目の前にいる。ということは……。

 俺とペチカが振り向くと同時に、後ろにいた黒いマホウショウジョが鋭いケリを繰り出した。全く反応できなかった。蹴りを食らった左腕が鈍い音を立てて歪む。
 ペチカも巻き添えになって墜落し、気を失った。

「…………!!!!」

 声にならない叫び。床に転がってうずくまる。痛みで頭がどうにかなりそうだ。しかしこれでも、神の盾アエジス・プロテーゼの効果でダメージは半減している。もし呪文を使っていなかったらどうなっていたか……。

 今の衝撃で、専用ペンがマユの近くまで転がっていった。戦闘中のマユにペンを拾う余裕はなさそうだった。あとは登録名を書くだけだったというのに。

「(まずい……!!)」

 ショートカットをつかわずに呪文スペルを全部読み下すという手もあるが、200行を超える呪文詠唱を敵が待ってくれるわけもない。

 黒いマホウショウジョが無表情に俺を見下ろした。こいつは昨日の奴みたいに俺を仲間にする気は無さそうだ。

「(ああ、俺もここまでか)」

 不思議と恐怖は感じなかった。昨日からずっと多くの死を見てきた。俺もその内の一人になる、ただそれだけの事だ。
 魔法の力を手に入れて、ちょっと映画の主人公になったつもりだったけど、世の中はそれほど甘くはない。

 こういう事態になって初めてわかる。今まで俺が死なずにこれたのは、ただの偶然に過ぎない。死は、誰のそばにも平等に寄り添っているのだ。弱いものは死ぬ。そんな当たり前のことを俺は忘れていた。

 俺の中の何かが壊れ、溢れ出そうとした時。よく通る澄んだ叫び声が聞こえた。

「ヨミ! しっかりして!!」

 マユが瓦礫を拾って、勢い良く投げつけた。黒いマホウショウジョが弾かれて壁に激突する。だが同時に、白い方に背を向けたマユも攻撃を受けてしまい、倒れ伏した。

「マユ!!」

 おかげで俺は、危うく正気を取り戻した。

 倒れたマユの近くに、先ほど転がっていった魔導書の専用ペンが落ちていた。マユが必死に腕を伸ばす。白いマホウショウジョが蹴るように踏みつける。

「まだ希望はある! 俺にはマユがいる!!」

 伸ばしたマユの手が、ようやくペンをつかみとった。すかさず俺に投げてよこす。

 それに気づいた黒いほうが慌てて起き上がり、殴りかかってきた。
 横っ飛びで黒の攻撃を回避すると同時にペンを取る。俺はまだ死ぬわけにはいかない。マユもペチカも俺が守らなければならないのだ。

「皆で生き残るために!!!!!!」

 回転しながら着地し、予め考えていた登録名を魔導書に書き込んで、俺は叫ぶ。

ニ乃炎ドゥオ・フレイマ!!!!」

 つきだした右手を中心に6つの火球が展開され、回転しながら正面で一つになる。続けて、同数の空気の塊が出現し圧縮され火球と交じり合う。
 2種類の魔法が融け合い高め合う。小さな太陽のような灼熱の業火を創りだし、轟音を立てて解き放たれた。

 俺に迫っていた黒いほうが、とっさに距離を取った。だが、俺の狙いは最初からそちらではなかった。

 渦巻く業火が、マユを蹴り続ける白いマホウショウジョを強襲する。

 炎弾×6、風弾×6 の複合魔法だ。単純計算で 一乃炎ウヌス・フレイマの12倍の威力があるはずだ。ところが実際の効果はそんなものではなかった。

 風を切り唸りを上げて直撃した業火は、直径40cmほどの大穴を開けてマホウショウジョの腹をえぐり取り、更にその先にあった瓦礫を焼きつくした。俺の想像を超えた凄まじい威力だ。

 マホウショウジョが驚いたように、自分に開いた穴を見つめた。

 しかも魔法はそれで終わりではなかった。

「あれ!? と、止まらない!!?」

 魔法は、再び炎弾×6 を展開する処理に入った。繰り返しレペアット文の最初に戻ったのだ。おそらくこの挙動からして、繰り返し処理の終了位置が間違っていたと思われる。インデントがずれたのかもしれない。……要するにバグ、いわゆる無限ループというやつだった。

 なおも魔法命令文は実行され、幾つもの業火を吐き出し続けた。たちまち俺の全てのMPを食い尽くし、やがて異常終了アベンドした。

 一つの魔法としてみると、これはバグであり失敗作だった。一気にMPを消費したせいで立ちくらみはするし、MPがゼロになるし、使えたものではない。あとで修正が必要だ。

 されどその甲斐はあった。マホウショウジョには3つの大穴が開いており、そのひとつは弱点であるはずの心臓部分を撃ちぬいていたのだ。

 呪詛の悲鳴を残し、白いマホウショウジョは消し炭となって燃え尽きた。同時に、俺の気力も尽きていた。やれることはやったし、敵も1体倒しはした。しかしMPゼロで攻撃手段は失われた。めまいがひどく立っていられない。

 俺は床に崩れ落ちた。
 一瞬退いた黒いマホウショウジョが再び俺に迫る。

「――助かった」

 マホウショウジョに向けて言った俺のセリフは、別におかしくなったからではない。勝負はすでに決まっていた。空気を切り裂き唸りを上げながら鉄骨がマホウショウジョを襲う。手の空いたマユがその辺に落ちていた3mほどの鉄骨を拾い、バットのように構えてフルスイングしたのだ。

 直撃を受けたマホウショウジョは、粘土みたいにひしゃげ、上下に別れて引きちぎられた。胴体はもはや跡形も無い。鉄骨は勢い余って建物の壁をも粉砕した。

 白の後を追うようにして、黒いマホウショウジョも冥府に還っていった。

 床の上に1つずつ、ブレスレット状のアイテムが転がった。マナクリスタルが付いているところをみると、これも魔法のステッキみたいな物なのか。

 魔導書から妙な音が響いた。アラームのような音。
 ページを捲ってみる。ステータスページがチカチカと輝いていた。

「……レベル2?」

 敵を倒したことで、俺はレベルアップしていた。MPが少し増え、ステータスの値もいくらか上昇している。しかも嬉しい事に、ゼロになったMPが全開していた。


―――――――――――――――――――
◆ロザリオ
―――――――――――――――――――

 昨日は気付かなかったが、空は一面の星にうめつくされていた。周辺の、人工の明かりがなくなったためだった。

「う、うーん」

 俺の回復呪文を浴びた後、ペチカが目を覚ました。大したことはなかったようだ。

「はっ! 敵は!?」
「倒したよ。マユと協力してね」
「はー。よかったー」
「次はマユ」

 マユもかなりのダメージを受けていた。痛みは感じないらしいが、みていて痛々しい。癒しの雫サニタトゥム・スティラの光がマユを癒していく。
 それにしても、今回敵を倒せたのはマユの力によるところが大きい。もしも俺一人だったらどうなっていたことか……。

「助かったよ、マユ」

 マユがなんとも言えない複雑な表情で俺を見た。

「さっきからずっと呼び捨てにしてる」
「え!? ああ、ごめん、つい」
「……かまいません」
「ん?」
「呼び捨てでも構いません!」

 そっぽを向いてマユが繰り返した。
 表情は見えないが、これはアレなのか。噂に聞く例のアレ……。リアルで見るのは初めてだった。

「……そのほうが、なぜかしっくり来ます」
「……ふーん?」

 言いつつ俺も、なんとなく同じような感想を抱いていた。

「そのかわり、私もヨミと呼びますけど」

 イタズラっぽい笑みを見せて、マユが言った。
 普通なら年下に呼び捨てされるのは抵抗があるはずだが、俺に異存はなかった。むしろ、すごく自然に思えた。
 ただ、欲をいえば……

「なんだったら、お兄ちゃんって呼んでもいいぞ?」
「お断りします」

 マユの回復を終え、最後に自分を手当する。左腕の痛みがスッと引いていった。改めて思う。魔法って便利だな。

「まあいいや、早く戻って晩飯にしよう。いい加減ハラがへって……」
「ちょっと待って。何か聞こえない?」

 俺の頭の上にペチカが着地して言った。
 耳を澄ますと、遠くから地鳴りに似た音が聞こえてきた。

「いや、それだけじゃない」

 周辺からガサゴソと何者かが蠢く音が聞こえてくる。それも一つではない。急いで身を隠す。

 やがて瓦礫の影からひとつの人影が分離するように現れた。さらにまたひとつ、ふたつ……。

 俺達の周りに、大量のマホウショウジョが出現した。

「あれ!? さっき倒したヤツが……」
「同じ顔が幾つかみえます」

 マホウショウジョは人間のように全個体が別人なわけではない。まるで既製品レディーメードのように、同じ顔をした個体が何体も存在していた。

「だから、『タイプ』か」

 今のところ7種類タイプの存在が確認されているとの事だった。

 その集団には、マホウショウジョ以外のモノも混じっていた。四足のケモノに見える。

「あれは、マホウショウジョの使い魔だよ」
「使い魔!?」

 魔法少女の使い魔といえば普通はかわいいマスコット的なものだが、どう見てもただの化け物だ。10m近い個体もいる。

 さらに、もっととんでもないものも控えていた。マユが空を指さす。地鳴りのような音は、空から聞こえていた。見上げると、そこには巨大な要塞が浮かんでいた。

「なにあれ……」
「で、でかい……」

 空中要塞。

 銀白色の巨大な縦長の構造体で、左右に長大な突起が伸びている。飾り付けられたロザリオといった感じだ。中央部分には巨大な女神像があしらわれていて、そのせいだろうか、全体的にその要塞は神々しく見えた。

 大きさは目測で、全体が約3000m。女神の部分が約1500m程度だ。

 その要塞から敵の技術力、規模が推し量れる。結論から言うと、「あんな物を作れる連中に勝てるワケがない」……だ。

 要塞の周辺で小さな光がまたたいていた。目を凝らすと、自衛隊かどこかの戦闘機が飛び回っていた。まだ戦いは続いているのか。

 しかし。

 ひときわ明るい光の槍がきらめいたかと思うと、要塞を囲む形に幾つもの火球が生まれた。光の槍は地上にも届き、正面にあった山の頂上が一瞬で蒸発してしまった。
 要塞の周りに静けさが戻る。

「…………!!!!」

 全身から血の気がひいた。

 雲が切れて、月の光で女神の顔がはっきりと見えた。

「エスニャさま!!?」

 ペチカが目を剥いて身を乗り出した。今までになく青ざめて、ブルブルと震えている。

「どうした?」
「あ、あの女神は彫像なんかじゃない……。本物だよ」
「え?」
「本物の女神様はもともとアレぐらいの大きさなんだ。あの要塞は、まさか……。女神様の力を利用して……!!?」

 1500mの女神? にわかには信じられなかったが、ペチカが嘘を言っているとは思えない。

「どうしてエスニャさまが……。エスニャさまー!!!!」

 ペチカの声に反応して、敵の目が一斉にこちらを向いた。敵の数は増え続けて、100体近くにまで膨れ上がっていた。


 【続く】

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