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02:サバイバル02
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―――――――――――――――――――
◆サバイバル2
―――――――――――――――――――
日が高くなり、気温も上昇してきた。
その後、いくつか指定緊急避難所を回ってみたが、なんの成果も得られなかった。
「マユちゃん、疲れてない?」
「平気です」
理由は聞くまでもなかった。ただ、いくら体が丈夫になったからといって、心もそうというわけにはいかない。
「……昼飯にするか」
食事の出来そうな場所を探す。ちょうど瓦礫の中にテーブルと椅子が数脚転がっていたので、マユが十字路の真ん中にそれらをセットした。俺はその間に食事の準備をする。キャンプ用品を広げ、食堂から持ってきた食材を取り出す。
「ラーメンでいいか?」
「はい」
「やったー!! ラーメンラーメン!!」
「あ、待てよ水がないな」
マユが自販機からミネラルウォーターを持ってきた。こういう時、自販機はありがたい。いつまでも使える手ではないが。
大きめの鍋に水を入れ、ざく切りにしたキャベツともやし、ネギを少々入れる。次いでウィンナーを5本。ナルトやシナチクは諦めよう。そして肝心のインスタントの袋ラーメンを3つ、放り込む。
「……色々持ってきましたね」
「まあな」
バーナーに火をつけて鍋をセットする。待つこと約4分。麺がいい感じに茹で上がってきた。
「そろそろだな」
保冷バックから生卵を3つ取り出してポトリと落とす。黄身が固まり始める前に火を止め、粉末スープを入れかき混ぜる。
「よしできた」
3つの器にわけて、テーブルの上に載せた。体の小さいペチカ用は、マグカップに入れたミニラーメンだ。
「いただきまーす」
早速ペチカが飛びついた。俺のところに来てからこっち、ラーメンはペチカの大好物だった。ラーメンをすする闇妖精というのも中々シュールな光景だった。
「……ヨミさん。料理出来ないでしょ」
先ほどの手際を見ただけで、マユに見ぬかれてしまった。そう俺は、インスタントラーメンと目玉焼きぐらいしか作れない。
「わ、悪かったな。さっさと食え。麺が伸びる」
「……いただきます」
髪の毛を押さえて、マユは数本の麺をすすった。
「ウマイか?」
「普通です」
セリフはそっけなかったが、彼女の表情は少し違っていた。ほんの微かに、微笑んでいるように俺には見えた。
その後も俺達は歩き続けたが、避難所どころか生存者の一人にも出会わなかった。その代わり遺体は沢山見かけた。その凄惨な光景にも、俺達は慣れつつあった。
周辺には戦車だのヘリだの装甲車だの、自衛隊の兵器が増えてきた。激しい戦いがあったようだ。
運良く、敵には出会わなかったが。
歩く俺のつま先に、何かがぶつかって地面を滑った。詳しくは知らないが、警察がもっているようなリボルバー式拳銃だった。弾はない。なにかの役に立つかもしれないので、拾っておくことにした。
**********
夕方。
そろそろ日が暮れてきた。
結局今日のところは、何もめぼしい収穫はなかった。ただ廃墟が虚しく続くばかりだった。
「……寝る場所を探そう」
この付近の建物はほとんどが崩壊していた。中に入れそうなものもあったが、寝ている時に崩れてきては目も当てられない。テントを張ることも考えたが、この時期、夜はまだ寒い。
少し歩くと、川の近くに中型の市営バスが乗り捨てられていた。遺体も全く見かけない。
「今日はここに泊まるか」
「あの。私、水浴びがしたい」
近くに少し大きな川があった。堤防に挟まれた幅約50mぐらいの川だ。堤防下の岸辺には雑草が生い茂り、少し背の高い木も生えている。水はそこそこ綺麗だ。
今日は歩きまわって汗をかいたから、との事だった。女の子らしい理由だ。
「けどまだちょっと寒いぞ?」
この時期気温は20度前後。我慢できないことは無いと思うが……。
「平気です」
マユは一人で歩き出した。
「ええと、敵がいるといけないから、俺がついて行って……」
「ペチカ。その人を見張ってて!!」
「りょーかーい!!」
マユはバスタオルを持って一人で川の方へ歩いて行った。俺はペチカに向き直る。
「今度、すげーウマイラーメン作ってやるから……」
「……買収にはおうじないよ!!」
この小さな生き物は、意外と義理堅かった。
「そんなにハダカが見たいなら、ウチを見ればいいのに」
服を着る習性のないペチカがポーズを取ってウインクして見せた。彼女の申し出はありがたかったが、イマイチ嬉しくなかった。有り難みがないというか、小さくてフィギュアっぽいというか……。
「……そういや、お前いつもハダカだよな。恥ずかしくはないのか?」
「ウチらの種族はみんなこうだから」
「……ムラムラとかしないのか?」
「? ああ、妖精はみんな、お花から生まれてくるんだよ!」
何そのメルヘン。
妖精・闇妖精ともに、人間のような生殖行為をしないらしい。なので性欲もないし、裸が恥ずかしいという概念もない。
「ってか、自分の見ればいいんじゃない?」
「……見るほどないんだよ!!」
自分で言っていて、いろいろと虚しくなってきた。俺の残念な胸の事もそうだが、女でありながら、中身おっさんのような自分が哀れになってきた。
疲れもあってか、気分が落ち込んできてしゃがみこんだ。
「はあ」
「元気だしなよ」
あたまをポンポン叩いて、ペチカが慰めてくれた。
「はっ!! 俺が女だってことを告白すれば、一緒に水浴びしてキャッキャウフフしてもOKじゃね!!!!?」
「…………」
「でもそうなると、マユと付き合えなくなるかも。いや、でも。だがしかし……!!!!」
「……元気じゃん。人間てフシギ」
呆れ顔でペチカが首を振る。
気を取り直して、俺は立ち上がった。晩飯まではまだ少し時間がある。
「新しい魔法でも作るか」
「だね。またマホウショウジョに遭遇しても困らないように」
俺達は生きなければならない。それが、死んでいった者たちに対する、生き残ってしまった者の責務なのだろうから。
―――――――――――――――――――
◆新しい魔法
―――――――――――――――――――
まずは簡単なところから。
【癒しの雫】
----------------------------------------------------------------------
00 エルスマギカ # 魔法開始を宣言
01 コアル_アルブム # 使用する白魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 ヒール_フェオ # 治癒の光を照射
05 エグゼカウテ # 実行
----------------------------------------------------------------------
【神の盾】
----------------------------------------------------------------------
00 エルスマギカ # 魔法開始を宣言
01 コアル_アルブム # 使用する白魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 プロテーゼ_フェオ # シールド展開
05 エグゼカウテ # 実行
----------------------------------------------------------------------
この辺りはほとんど一乃炎と変わらない。イグニス文をヒール文やプロテーゼ文に変えれば良い。ただし、黒魔法モジュールではなく白魔法モジュールを使うことになる。
それはそうと、呪文の使い勝手もどうにかしたい。今のままでは呪文が長すぎて戦闘どころではない。
「それなら、ショートカットを使うといいよ。ブラビスともいうけど」
「ショートカット? ああ、ゴーレムの呪文の時に使ったやつか」
「完成した呪文を魔導書のバインダー部分に綴じて索引に登録するんだ。そうすると、登録名を読むだけで魔法を発動出来る」
「便利だな」
「魔法もこの千年でかなり進歩したからね」
中世の魔法は、詠唱に時間がかかるという致命的な弱点があった。マンガの中の敵は呪文の詠唱を大人しく待ってくれるが、現実だとそうはいかない。守ってくれるパーティメンバーもいない。
中世から1000年。魔法は進化し続けていた。より使いやすく。より強力に。
……というか、つくり話だと思っていた魔法なんてものが、1000年も人知れず受け継がれてきたというのが驚きだ。
「ただ、気をつけないといけないのは、魔導書を持っている時に不用意に呪文の登録名を口にしちゃダメってこと。暴発するからね」
さっそくこれまで作った魔法を魔導書に登録する。
専用スクロールを魔導書の所定の場所に挟みこむと、溶けるように本と一体化した。インデックスに書き込む登録名は一乃炎等、俺が考えた魔法名そのままだ。
ついでに、例の異物転送魔法も登録しておく。
この呪文も有効ではあるが、問題点も多い。大きなものや長い距離を転送させるとマナの消費が尋常ではなくなる。今の俺のレベルでは、MP満タンでも1回しか使えない。それなら普通の攻撃魔法を10回使えたほうがいい。しかも、相手の位置を正確に捉えなければ命中させるのも難しい。
まあでも、何かの役には立つかもしれない。
登録名は、異物転送と書いてマテリア・トランスフェルだ。
ペチカが目を輝かせて寄ってきた。
「サニタトゥム・スティラにアエジス・プロテーゼ、マテリア・トランスフェルか。いいよ!! すごくカッコイイ!!」
「しまった! またペチカの中二ゴコロを刺激することに!」
キラキラした尊敬の眼差しで見つめてくる。俺は顔が真っ赤になるのを感じた。メガネが曇るほどに。
「……はずかしいならやめればいいのに」
「うるさい! せっかくの魔法なのに、今更ファイヤーボールとか古臭い名前をつけられるか!!」
「変にこだわるなあ」
中学生の頃、伊達にオリジナル魔法を考えて過ごしたわけじゃない。
「ああ、そうそう、回復呪文は継続特性だから、手をかざし続けている間有効だよ。手をどけると終了。これもハンドゼスチャの一部なんだ」
**********
次いで、今最も必要な魔法。より強力な攻撃魔法を考える。一乃炎ではイマイチ役に立たない。
「うーん、低レベルの攻撃魔法で効率よく高出力の魔法を作るには……」
そのためには繰り返し文を使用して、炎弾文を複数同時に展開するなど、いくつか工夫する必要がある。
----------------------------------------------------------------------
レペアット (X = n) # 以下の行を任意の数X = n回になるまで繰り返す
イグニス_座標(n) # 炎弾を指定された座標に展開
n+1 # 座標リストのINDEX変数nに1を足す
----------------------------------------------------------------------
全体の流れは下記の通りだ。
----------------------------------------------------------------------
(1) 座標にそれぞれルーン文字の変数領域(フェオ、ウル、ソーン……)を割り当て、予めリスト化する。
(2) それぞれの変数領域を、始点を中心に円形に配置する。
(3) レペアット文を使った繰り返し処理。
指定した座標に炎弾を展開。
繰り返されるたび、インデックスnに+1する。
(4) 全ての炎弾を動作文で変数領域「ウィルド」に収束させる。
(5) (3)~(4)と同様に風弾文で空気の塊を同数作り、変数領域「ウィルド2」に収束させて圧縮空気を作る。
(6)「ウィルド2」の風弾を炎弾の収束地点「ウィルド」に送り込む。
これにより火力のアップが図れる。
(7) (6)と同時に放出文で「ウィルド」の魔法を放出。
----------------------------------------------------------------------
……大体こんな感じだ。炎魔法を風魔法で強化するのは基本である。
この仕様書を元に、呪文を書き起こす。全部で200~300行ぐらいにはなるだろうか。
俺は無心で専用羊皮紙にペンを走らせた。
ペチカがそっと覗き込んで、声をあげた。
「な、なにそれ!?」
「なにって?」
「そのやり方は中級呪文レベルだよ!! まだ教えて無いのに!!」
「まじか」
「なんでそんなすぐに理解出来るの!? ウチなんて初級から中級に上がるのに1年かかったのに!!」
「へえ。そうなのか。まあ、俺はPC部だしな。魔法とプログラミングはよく似てるんだ」
「……こっちの世界の人間もなかなかやるな。レベル1のくせに……」
対抗心を剥きだしてペチカがつぶやいた。
ちなみに、自分のレベルは魔導書の最初のステータスページで確認出来る。
今の俺はレベル1魔法使い、称号は「見習い」だ。ウィッカは、魔女宗のウィッカンとは関係無いらしい。
半分ぐらい出来ただろうか。手が疲れてきたので一息つく。
「それにしても……」
魔導書をパラパラとめくる。
「俺と敵の魔法の違いってなんなんだ? 敵の魔法の威力はかなり強い」
「単純にヨミのレベルがまだ低いってのもあるけど、ステッキのあるなしが大きいかな」
「ステッキ?」
俺の問いかけに対しペチカが口を開こうとした時、マユの悲鳴が聞こえた。
敵襲かと思い、慌てて河原へ行ってみたが敵の姿は見当たらない。
マユは(残念ながら)水浴びを済ませて、すでにジャージを着込んでいた。彼女の顔は恐怖に震えている。
近寄ってよく見ると、彼女の右腕が草の上に落ちていた。今度はペチカの悲鳴が上がった。俺の背中に潜り込む。
「どうした!?」
「と、突然腕がとれて……それで……」
「痛いか?」
「それが、全然痛くない……」
ペチカが後ろからそっと覗き、チラ見してすぐ隠れた。
「接着があまかったかな」
「プラモかよ。どうすれば?」
「さっき作った回復呪文を使ってみれば?」
「(ゴーレムに)効くのか?」
「たぶん」
俺は彼女の手を拾った。これはゴーレムの部品で作った作り物なのだが、見た目は完全に彼女の手を再現している。細く柔らかで肌がすべすべしていた。
思わず、その手のひらを自分の頬に当ててみる。ヒンヤリとしていたが、まるで彼女に触られているようで胸が高鳴った。
「……なにやってんの」
「はっ!! ……つい」
ペチカがやや冷たい目で俺を見ていた。
慌ててマユを振り返る。
「……本当に私、一度死んだのね」
寂しそうに、マユは微笑んだ。
自分の愚かな行いを俺は後悔したが、もう遅かった。彼女を慰める、うまい言葉も見つからなかった。
*********
俺達はバスに戻った。
マユを一番後ろのシートに寝かせる。ジャージの片肌を脱がせ、腕を元の場所に宛てがう。
「そのまま押さえてて」
マユが左手で右手を固定する。
魔導書の所定のページを開いて傷口に手をかざし、ショートカット呪文を詠唱する。
「癒しの雫!!」
魔導書が淡く輝いて、俺の右手から柔らかな光が照射された。。
マユの傷口が逆再生のように修復されていく。ただ、ダメージが大きいため「一瞬で」というわけにはいかないようだ。俺は右手をかざし続けた。その間も癒しの光は輝き続け、俺のマナは減っていく。
そこから更に30秒ほど続けて、やっとマユの右腕は完治した。俺のマナはほとんどがなくなっている。めまいで立っていられなくなった。
「MPのアップが課題だね」
「……だな」
腕をぐるぐる回したり、パンチを撃つ真似をしてみたりして、マユは感触を確かめていた。
「……すごい。治ってる。ほんとに魔法があるんだ」
マユはバツが悪そうに俺を見た。まだ俺に対する警戒心は解けていないようだったが、それでも、なにか言いたそうにチラチラとこちらを見る。俺と目が合うとすぐにそらして、言いにくそうに口を開いた。
「あr――」
マユのセリフは残念ながら、バスの天井を叩く大きな音にかき消された。何か大きなものが落ちてきたような音だ。俺達は慌てて外に出た。上を見上げる。バスの屋根には、一見すると可憐な少女が立っていた。
【続く】
◆サバイバル2
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日が高くなり、気温も上昇してきた。
その後、いくつか指定緊急避難所を回ってみたが、なんの成果も得られなかった。
「マユちゃん、疲れてない?」
「平気です」
理由は聞くまでもなかった。ただ、いくら体が丈夫になったからといって、心もそうというわけにはいかない。
「……昼飯にするか」
食事の出来そうな場所を探す。ちょうど瓦礫の中にテーブルと椅子が数脚転がっていたので、マユが十字路の真ん中にそれらをセットした。俺はその間に食事の準備をする。キャンプ用品を広げ、食堂から持ってきた食材を取り出す。
「ラーメンでいいか?」
「はい」
「やったー!! ラーメンラーメン!!」
「あ、待てよ水がないな」
マユが自販機からミネラルウォーターを持ってきた。こういう時、自販機はありがたい。いつまでも使える手ではないが。
大きめの鍋に水を入れ、ざく切りにしたキャベツともやし、ネギを少々入れる。次いでウィンナーを5本。ナルトやシナチクは諦めよう。そして肝心のインスタントの袋ラーメンを3つ、放り込む。
「……色々持ってきましたね」
「まあな」
バーナーに火をつけて鍋をセットする。待つこと約4分。麺がいい感じに茹で上がってきた。
「そろそろだな」
保冷バックから生卵を3つ取り出してポトリと落とす。黄身が固まり始める前に火を止め、粉末スープを入れかき混ぜる。
「よしできた」
3つの器にわけて、テーブルの上に載せた。体の小さいペチカ用は、マグカップに入れたミニラーメンだ。
「いただきまーす」
早速ペチカが飛びついた。俺のところに来てからこっち、ラーメンはペチカの大好物だった。ラーメンをすする闇妖精というのも中々シュールな光景だった。
「……ヨミさん。料理出来ないでしょ」
先ほどの手際を見ただけで、マユに見ぬかれてしまった。そう俺は、インスタントラーメンと目玉焼きぐらいしか作れない。
「わ、悪かったな。さっさと食え。麺が伸びる」
「……いただきます」
髪の毛を押さえて、マユは数本の麺をすすった。
「ウマイか?」
「普通です」
セリフはそっけなかったが、彼女の表情は少し違っていた。ほんの微かに、微笑んでいるように俺には見えた。
その後も俺達は歩き続けたが、避難所どころか生存者の一人にも出会わなかった。その代わり遺体は沢山見かけた。その凄惨な光景にも、俺達は慣れつつあった。
周辺には戦車だのヘリだの装甲車だの、自衛隊の兵器が増えてきた。激しい戦いがあったようだ。
運良く、敵には出会わなかったが。
歩く俺のつま先に、何かがぶつかって地面を滑った。詳しくは知らないが、警察がもっているようなリボルバー式拳銃だった。弾はない。なにかの役に立つかもしれないので、拾っておくことにした。
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夕方。
そろそろ日が暮れてきた。
結局今日のところは、何もめぼしい収穫はなかった。ただ廃墟が虚しく続くばかりだった。
「……寝る場所を探そう」
この付近の建物はほとんどが崩壊していた。中に入れそうなものもあったが、寝ている時に崩れてきては目も当てられない。テントを張ることも考えたが、この時期、夜はまだ寒い。
少し歩くと、川の近くに中型の市営バスが乗り捨てられていた。遺体も全く見かけない。
「今日はここに泊まるか」
「あの。私、水浴びがしたい」
近くに少し大きな川があった。堤防に挟まれた幅約50mぐらいの川だ。堤防下の岸辺には雑草が生い茂り、少し背の高い木も生えている。水はそこそこ綺麗だ。
今日は歩きまわって汗をかいたから、との事だった。女の子らしい理由だ。
「けどまだちょっと寒いぞ?」
この時期気温は20度前後。我慢できないことは無いと思うが……。
「平気です」
マユは一人で歩き出した。
「ええと、敵がいるといけないから、俺がついて行って……」
「ペチカ。その人を見張ってて!!」
「りょーかーい!!」
マユはバスタオルを持って一人で川の方へ歩いて行った。俺はペチカに向き直る。
「今度、すげーウマイラーメン作ってやるから……」
「……買収にはおうじないよ!!」
この小さな生き物は、意外と義理堅かった。
「そんなにハダカが見たいなら、ウチを見ればいいのに」
服を着る習性のないペチカがポーズを取ってウインクして見せた。彼女の申し出はありがたかったが、イマイチ嬉しくなかった。有り難みがないというか、小さくてフィギュアっぽいというか……。
「……そういや、お前いつもハダカだよな。恥ずかしくはないのか?」
「ウチらの種族はみんなこうだから」
「……ムラムラとかしないのか?」
「? ああ、妖精はみんな、お花から生まれてくるんだよ!」
何そのメルヘン。
妖精・闇妖精ともに、人間のような生殖行為をしないらしい。なので性欲もないし、裸が恥ずかしいという概念もない。
「ってか、自分の見ればいいんじゃない?」
「……見るほどないんだよ!!」
自分で言っていて、いろいろと虚しくなってきた。俺の残念な胸の事もそうだが、女でありながら、中身おっさんのような自分が哀れになってきた。
疲れもあってか、気分が落ち込んできてしゃがみこんだ。
「はあ」
「元気だしなよ」
あたまをポンポン叩いて、ペチカが慰めてくれた。
「はっ!! 俺が女だってことを告白すれば、一緒に水浴びしてキャッキャウフフしてもOKじゃね!!!!?」
「…………」
「でもそうなると、マユと付き合えなくなるかも。いや、でも。だがしかし……!!!!」
「……元気じゃん。人間てフシギ」
呆れ顔でペチカが首を振る。
気を取り直して、俺は立ち上がった。晩飯まではまだ少し時間がある。
「新しい魔法でも作るか」
「だね。またマホウショウジョに遭遇しても困らないように」
俺達は生きなければならない。それが、死んでいった者たちに対する、生き残ってしまった者の責務なのだろうから。
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◆新しい魔法
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まずは簡単なところから。
【癒しの雫】
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00 エルスマギカ # 魔法開始を宣言
01 コアル_アルブム # 使用する白魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 ヒール_フェオ # 治癒の光を照射
05 エグゼカウテ # 実行
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【神の盾】
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00 エルスマギカ # 魔法開始を宣言
01 コアル_アルブム # 使用する白魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 プロテーゼ_フェオ # シールド展開
05 エグゼカウテ # 実行
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この辺りはほとんど一乃炎と変わらない。イグニス文をヒール文やプロテーゼ文に変えれば良い。ただし、黒魔法モジュールではなく白魔法モジュールを使うことになる。
それはそうと、呪文の使い勝手もどうにかしたい。今のままでは呪文が長すぎて戦闘どころではない。
「それなら、ショートカットを使うといいよ。ブラビスともいうけど」
「ショートカット? ああ、ゴーレムの呪文の時に使ったやつか」
「完成した呪文を魔導書のバインダー部分に綴じて索引に登録するんだ。そうすると、登録名を読むだけで魔法を発動出来る」
「便利だな」
「魔法もこの千年でかなり進歩したからね」
中世の魔法は、詠唱に時間がかかるという致命的な弱点があった。マンガの中の敵は呪文の詠唱を大人しく待ってくれるが、現実だとそうはいかない。守ってくれるパーティメンバーもいない。
中世から1000年。魔法は進化し続けていた。より使いやすく。より強力に。
……というか、つくり話だと思っていた魔法なんてものが、1000年も人知れず受け継がれてきたというのが驚きだ。
「ただ、気をつけないといけないのは、魔導書を持っている時に不用意に呪文の登録名を口にしちゃダメってこと。暴発するからね」
さっそくこれまで作った魔法を魔導書に登録する。
専用スクロールを魔導書の所定の場所に挟みこむと、溶けるように本と一体化した。インデックスに書き込む登録名は一乃炎等、俺が考えた魔法名そのままだ。
ついでに、例の異物転送魔法も登録しておく。
この呪文も有効ではあるが、問題点も多い。大きなものや長い距離を転送させるとマナの消費が尋常ではなくなる。今の俺のレベルでは、MP満タンでも1回しか使えない。それなら普通の攻撃魔法を10回使えたほうがいい。しかも、相手の位置を正確に捉えなければ命中させるのも難しい。
まあでも、何かの役には立つかもしれない。
登録名は、異物転送と書いてマテリア・トランスフェルだ。
ペチカが目を輝かせて寄ってきた。
「サニタトゥム・スティラにアエジス・プロテーゼ、マテリア・トランスフェルか。いいよ!! すごくカッコイイ!!」
「しまった! またペチカの中二ゴコロを刺激することに!」
キラキラした尊敬の眼差しで見つめてくる。俺は顔が真っ赤になるのを感じた。メガネが曇るほどに。
「……はずかしいならやめればいいのに」
「うるさい! せっかくの魔法なのに、今更ファイヤーボールとか古臭い名前をつけられるか!!」
「変にこだわるなあ」
中学生の頃、伊達にオリジナル魔法を考えて過ごしたわけじゃない。
「ああ、そうそう、回復呪文は継続特性だから、手をかざし続けている間有効だよ。手をどけると終了。これもハンドゼスチャの一部なんだ」
**********
次いで、今最も必要な魔法。より強力な攻撃魔法を考える。一乃炎ではイマイチ役に立たない。
「うーん、低レベルの攻撃魔法で効率よく高出力の魔法を作るには……」
そのためには繰り返し文を使用して、炎弾文を複数同時に展開するなど、いくつか工夫する必要がある。
----------------------------------------------------------------------
レペアット (X = n) # 以下の行を任意の数X = n回になるまで繰り返す
イグニス_座標(n) # 炎弾を指定された座標に展開
n+1 # 座標リストのINDEX変数nに1を足す
----------------------------------------------------------------------
全体の流れは下記の通りだ。
----------------------------------------------------------------------
(1) 座標にそれぞれルーン文字の変数領域(フェオ、ウル、ソーン……)を割り当て、予めリスト化する。
(2) それぞれの変数領域を、始点を中心に円形に配置する。
(3) レペアット文を使った繰り返し処理。
指定した座標に炎弾を展開。
繰り返されるたび、インデックスnに+1する。
(4) 全ての炎弾を動作文で変数領域「ウィルド」に収束させる。
(5) (3)~(4)と同様に風弾文で空気の塊を同数作り、変数領域「ウィルド2」に収束させて圧縮空気を作る。
(6)「ウィルド2」の風弾を炎弾の収束地点「ウィルド」に送り込む。
これにより火力のアップが図れる。
(7) (6)と同時に放出文で「ウィルド」の魔法を放出。
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……大体こんな感じだ。炎魔法を風魔法で強化するのは基本である。
この仕様書を元に、呪文を書き起こす。全部で200~300行ぐらいにはなるだろうか。
俺は無心で専用羊皮紙にペンを走らせた。
ペチカがそっと覗き込んで、声をあげた。
「な、なにそれ!?」
「なにって?」
「そのやり方は中級呪文レベルだよ!! まだ教えて無いのに!!」
「まじか」
「なんでそんなすぐに理解出来るの!? ウチなんて初級から中級に上がるのに1年かかったのに!!」
「へえ。そうなのか。まあ、俺はPC部だしな。魔法とプログラミングはよく似てるんだ」
「……こっちの世界の人間もなかなかやるな。レベル1のくせに……」
対抗心を剥きだしてペチカがつぶやいた。
ちなみに、自分のレベルは魔導書の最初のステータスページで確認出来る。
今の俺はレベル1魔法使い、称号は「見習い」だ。ウィッカは、魔女宗のウィッカンとは関係無いらしい。
半分ぐらい出来ただろうか。手が疲れてきたので一息つく。
「それにしても……」
魔導書をパラパラとめくる。
「俺と敵の魔法の違いってなんなんだ? 敵の魔法の威力はかなり強い」
「単純にヨミのレベルがまだ低いってのもあるけど、ステッキのあるなしが大きいかな」
「ステッキ?」
俺の問いかけに対しペチカが口を開こうとした時、マユの悲鳴が聞こえた。
敵襲かと思い、慌てて河原へ行ってみたが敵の姿は見当たらない。
マユは(残念ながら)水浴びを済ませて、すでにジャージを着込んでいた。彼女の顔は恐怖に震えている。
近寄ってよく見ると、彼女の右腕が草の上に落ちていた。今度はペチカの悲鳴が上がった。俺の背中に潜り込む。
「どうした!?」
「と、突然腕がとれて……それで……」
「痛いか?」
「それが、全然痛くない……」
ペチカが後ろからそっと覗き、チラ見してすぐ隠れた。
「接着があまかったかな」
「プラモかよ。どうすれば?」
「さっき作った回復呪文を使ってみれば?」
「(ゴーレムに)効くのか?」
「たぶん」
俺は彼女の手を拾った。これはゴーレムの部品で作った作り物なのだが、見た目は完全に彼女の手を再現している。細く柔らかで肌がすべすべしていた。
思わず、その手のひらを自分の頬に当ててみる。ヒンヤリとしていたが、まるで彼女に触られているようで胸が高鳴った。
「……なにやってんの」
「はっ!! ……つい」
ペチカがやや冷たい目で俺を見ていた。
慌ててマユを振り返る。
「……本当に私、一度死んだのね」
寂しそうに、マユは微笑んだ。
自分の愚かな行いを俺は後悔したが、もう遅かった。彼女を慰める、うまい言葉も見つからなかった。
*********
俺達はバスに戻った。
マユを一番後ろのシートに寝かせる。ジャージの片肌を脱がせ、腕を元の場所に宛てがう。
「そのまま押さえてて」
マユが左手で右手を固定する。
魔導書の所定のページを開いて傷口に手をかざし、ショートカット呪文を詠唱する。
「癒しの雫!!」
魔導書が淡く輝いて、俺の右手から柔らかな光が照射された。。
マユの傷口が逆再生のように修復されていく。ただ、ダメージが大きいため「一瞬で」というわけにはいかないようだ。俺は右手をかざし続けた。その間も癒しの光は輝き続け、俺のマナは減っていく。
そこから更に30秒ほど続けて、やっとマユの右腕は完治した。俺のマナはほとんどがなくなっている。めまいで立っていられなくなった。
「MPのアップが課題だね」
「……だな」
腕をぐるぐる回したり、パンチを撃つ真似をしてみたりして、マユは感触を確かめていた。
「……すごい。治ってる。ほんとに魔法があるんだ」
マユはバツが悪そうに俺を見た。まだ俺に対する警戒心は解けていないようだったが、それでも、なにか言いたそうにチラチラとこちらを見る。俺と目が合うとすぐにそらして、言いにくそうに口を開いた。
「あr――」
マユのセリフは残念ながら、バスの天井を叩く大きな音にかき消された。何か大きなものが落ちてきたような音だ。俺達は慌てて外に出た。上を見上げる。バスの屋根には、一見すると可憐な少女が立っていた。
【続く】
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