魔法少女 ペコラ・パコラ・ポコラ

右藤秕 ウトウシイナ

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01:マホウショウジョ01

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―――――――――――――――――――
◆告白
―――――――――――――――――――

 2024年、5月。

 俺は耳を疑った。
 今、目の前には、奇跡を具現化したかのような美しい少女が立っている。

 上気した頬。細い首筋。黒瑪瑙オニキスのような瞳。つややかな黒髪を耳の後ろで左右2つに束ね、胸の前に垂らしている。毛先はくせっ毛だろうか、軽くウェーブがかかっていた。

 彼女は、俺が通う大学の隣にある中学校の生徒で、名前はまだ知らない。
 ありふれた地味な中学校の制服は少しくたびれて見えたが、彼女の輝きをより引き立てて際立たせていた。

 その少女から発せられた言葉はおよそ俺とは縁のない、俺が一生聞くことはないとさえ思っていた、禁じられた言葉。

「あの……。ずっとすきでした」

 少女ははにかみながら、震える声でもう一度繰り返した。
 その儚げな様子は、まるで消え入りそうな梅雨の日差しのように弱々しく、愛おしく感じられた。

 大学の校舎裏にある狭い通路。淡い春の陽気に揺らぐ空気が木々をなで、小さな花壇にたゆたう香りが2人をつつむ。

 胸の鼓動が早まる。息が苦しい。喜びが溢れ出て踊りだしそうになったが、すんでのところで思いとどまる。俺はすぐ冷静さを取り戻した。俺ほどの人間になると、そんな手には引っかからない。あやうく騙されるところだったが、すぐに気付いた。この出来事の、隠された真の意味に。

 即ち――

「なんだ、幻覚か。びっくりした!! あぶねー、気付いて良かった!!」
「……いえ、あの」
「だいたい、あり得ないんだよな。この俺が美少女に告白されるなんて」

 イナイ歴イクオール年齢の清らかな俺は、つねに孤独とともに生きてきた。ここ数年、女子と会話したことなど数えるほどしか無い(店員さん限定)。
 中学生の頃、いつかこんな日が訪れる事を夢想したものだが、そんな未熟さとは、俺はすでに決別したのだ。

「あの、ええと、幻覚じゃなくて……」

 幻覚はなおも食い下がってきた。

「中々根性のある幻覚だな。さすがは俺の幻覚だ」
「もう! 現実だってば!!」

 ついに彼女は怒り出した。
 自分の頬を膨らませ、俺の頬をつねってくる。すごく痛い。

「どう? 現実でしょ?」

 彼女は容赦なく頬をつまみ続けた。見た目の雰囲気とは違い、意外とアグレッシブだ。

「……いやまさか、そんなはずは……!!」

 俺の思考は超高速で空回りし続けた。これは夢なのか、現実なのか。後でツボでも買わされるのか。

 しかし。

 俺をじっと見つめる、彼女の言葉や表情はとても嘘とは思えなかった。もしこれが演技だとするならば、彼女は将来女優として大成するに違いない。
 俺は生唾を飲み込んだ。

 ……ということは、もしかして本当に!?

「ホ、ホントに俺でいいのか?」

 少女はこくりと頷いた。
 俺の脳内でピンクの花びらが舞い踊る。

 ただそこで、俺の思考は現実に引き戻された。
 百歩譲って本当に彼女が俺のことを好きだったとしても、俺には、どうしても「うまくいくはずが無い」と思える理由があったのだ。
 その事を思い出して俺のテンションは一気にしぼみゆく。

「……でも、実は俺には……秘密があるんだ」
「そんなの関係ない!!」

 彼女は力強く言った。なぜこれほど俺に? 理由を聞きもせず? 疑問は残ったが、ともかく黙っているわけにはいかなかった。もし彼女と本当に付き合うのだとすれば、この秘密は絶対に先に言っておかねばならないことなのだ。

「聞いてくれ、……実は、俺は……」

 日常が非日常に変わる時、親切に前触れを示してくれることはあまりない。小説やドラマのように、現実世界には伏線など張られてはいない。今回のこれもまさに突然だった。突然、空から陸上自衛隊の10式戦車が落下して来たのだ。

 それは、あまりにも非現実的で、馬鹿げた出来事だった。「ああ、これはCGだな」という、自身の脳の逃避にも似た判断を俺は信じかけた。
 それほど突拍子もない事件だったのだが、残念ながらこれは現実だった。21世紀の日本の、一地方都市で起こった現実だ。

 幸い俺達には直撃しなかった。戦車は校舎にめり込んで、残骸が2人に降り注いだ。もうもうと土煙が舞い上がり、瓦礫が辺りに散乱する。
 校舎内にいた者達のうめき声や、騒ぎを聞きつけて集まってくる生徒たちのざわめきが聞こえてくる。

「お、おい大丈夫か!!?」

 俺はかすり傷程度で問題なかった。あわてて周囲を確認し、倒れている少女に駆け寄る。うつ伏せで下半身が瓦礫に埋もれ、彼女はぴくりとも動かない。

「待ってろ、今助けてやる!!」

 瓦礫をどかそうとやってみたが、非力な俺の力ではどうしようもない。諦めて彼女を引っ張り出すことにする。腕を引いて、力を込める。意外とあっさり彼女を引き出すことが出来た。

「(なんだこの子、すごく軽いな)」

 そんな違和感を俺が感じた理由はすぐに判明した。彼女はその下半身を永遠に失っていたのだ。


―――――――――――――――――――
◆魔法の本
―――――――――――――――――――

 24時間前。

 俺の名前は日奈森ヒナモリ夜見ヨミ。どこにでもいる平凡な普通の大学生、ではない。そんなものにだけは、どうしてもなりたくない人間だ。

 見た目はまあ、普通だろう。髪が無造作に肩まで伸びているが、不潔というほどでもない。身長も普通。細身で体力はないが、反射神経は悪くないつもりだ(ゲーム限定)。ゲームのやり過ぎでメガネは必携だったが。

 まあ、そんな事はどうでもいい。今俺は、どういうわけか道に迷っていた。

「(っかしいな、家の近所にいたはずなのに)」

 家の裏にある小さな坂道を上がって生け垣の隙間をくぐり抜けると、そこはなぜか隣町にあるはずのばあちゃんの家だった。小さいころよく遊びに来た、古い木造のありふれた民家。

「ばあちゃん? ……いないのか?」

 部屋の中はしんと静まり返り、人の気配は無かった。ふと思い出す。この家に来たのは何年ぶりだろう。

「(せっかくだから、ちょっと散歩でもしていくか)」

 ここは山にへばりつくようにして家々が立ち並ぶ、坂の多い、海に近い町だっだ。少し上に登ると小さな神社があり、参道を下って行くとやがてごく小規模な商店街にたどり着く。昔、ダンボールデンキのプラモを買ってもらった小さな駄菓子屋。八百屋、本屋。細い坂道に沿って店が軒を連ねている。

 この辺りは田舎なので、10年前から風景はほとんど変わっていない。それにしても、微妙な違和感が先程からつきまとう。いつもとはなにか違う。
 道行く人々の服装はどこか古めかしく、何故か皆、顔に白い面をつけている。何度も来たことがあるはずの店の看板は、どういうわけか右から左に向けて文字が書いてある。

 ふと脇道を見ると、10才ぐらいの少女がこちらを見ていた。人とぶつかりそうになったので一瞬視線をそらしたあと、もう一度見たらすでに誰もいなかった。気のせいだったのだろうか。

 しばらく歩いた俺は何気なく古本屋に立ち寄った。見たこともない古い漫画本から、もはや古文書と言っていいほどの和本まで、様々な本がところ狭しと詰め込まれていた。

【魔法構文基礎解析】

「なんだこの本」

 ふと、一冊の本が俺の目にとまった。聞いたことのない出版社。「い」が「ゐ」と書いてある、どこかおかしな日本語。おそらく100年は前のものだろう。
 洋風のしっかりとした装丁で、値段表記は「1円80銭」となっている。もちろんそれは当時の値段で、現代では税込み2300円となっていた。消費税15%は俺のような貧乏学生には少しキツイ。
 俺は、導かれるようにしてその本を購入した。

「まいどあり」

 店の親父にペコリと軽く会釈をして表に出る。

 そして気が付くと、俺は自分の家のすぐ近くに立っていた。
 それは、なんとも形容しがたい体験だった。改めて考えてみる。あそこでは、世界が全体的にセピア色に感じられた。金縛りの時に見る夢のような感覚。あれは本当に現実だったのか。
 とはいえ手元を見ると、さきほど購入した本をしっかりと抱えていた。


―――――――――――――――――――
◆初歩
―――――――――――――――――――

 小さな古い学生用のアパートに帰った俺は、早速本を開き、ぱらぱらとめくってみた。

『レツスン1。兎に角、魔法を實行(実行)してみやう』

 たらたらと細かいことが色々書いてあるが、ここでやることは以下のとおり。

1) 巻末に付属の、専用スクロール(羊皮紙の巻物)と専用ペン、専用インクを用意する。
2) 1)を使って、テキストの魔法構文の例文を書き写す。
3) 書いた魔法構文を読み下す。


【例文01】
----------------------------------------------------------------------
00 エルスマギカ         # 魔法開始を宣言
01 コアル_ニーグラ       # 使用する黒魔法モジュールの呼び出し
02 プリート "こんにちは世界"  # 文章を印刷する
03 エグゼカウテ         # 実行
----------------------------------------------------------------------
※筆者注) 左半分は、実際は古代ルーン文字で書かれているが、ここでは、近い発音をカタカナで表記する。


 俺は本に従って、付属のペンで付属のスクロールに文を書き写した。「#」の右側は説明用のコメントなので、書き写さなくても良いらしい。

 こういうゴッコあそびは嫌いではない。もちろん、本気で信じてはいないが、子供の頃こっくりさんで遊んだり、カメカメハを練習したような純粋な心を失いたくはない。

「で、これを読めばいいんだな?」

 行番号は省略可だ。俺はスクロールを目の前にかざし、一気に読み上げた。ルーン文字には丁寧に振り仮名がつけてあった。

「エルスマギカ、コアル_ニーグラ、プリート こんにちは世界――エグゼカウテ!!」

 淡い発光現象と軽いめまい。
 つづいて、俺の前に文字が浮かび上がった。ゆらゆらと揺れるロウソクのような、立体映像のような文字が。

【こんにちは世界】

「…………」

 俺はしばらく口を開けたまま、呆然とその文字を眺めていた。


**********


 周知のことと思うが、この世界に魔法は存在しない。ここは21世紀初頭の日本であり、近年科学技術の発達こそ目覚ましいものの、超能力や魔法などといったファンタジー世界の産物とは縁のない世界だ。……そのはずだった。

 だがしかし。今のは何だ?

「ほーう。お前、なかなか筋がいいじゃないか」

 誰も居ないはずの俺の部屋で、小さな可愛らしい声が聞こえた。振り向くと、目の前に30cmほどの人の形をした何かが浮かんでいた。コウモリ風のハネを4枚、ぱたぱたと羽ばたかせている。

「ウチの名前はペチカ。この本の解説と守護を任された闇妖精さ!! 尊敬してもいいんだよ?」

 小さな自称闇妖精は、胸を張ってふんぞり返った。真っ白い肌にやや緑がかった薄い光を纏っているが、服は着ていない。黒いしっぽと頭部には角。白に近い銀髪をツインテールにして、毛先がくるりとハネている。どうやらメスのようだ。

「よし、それじゃ早速解説するからね。まずはこの本の成り立ちと歴史について、えー、そもそもこの本は……」

 小さな闇妖精は堰を切ったようにペラペラとまくしたてた。なんだか、ゲームを始めたらイベントムービーが30分続いた時のような気持ちになった。

「……と、いうわけだよ。何か聞きたいことはあるかな?」
「お前を消す方法」
「うわあああん!! 妖精ごろしー!!」

 ペチカは天井の隅っこに張り付いてうずくまってしまった。ガクガクと震えている。

「ご、ごめん! 冗談だよ! 俺が悪かった!!」

 努めて穏やかな表情を作り、優しく言い聞かせた。この闇妖精のメンタルの弱さは俺の想定外だ。懐かしいイルカジョークのつもりだったのに。ちょっとかわいそうなことをしたか。

「……ほんとに?」

 両目に涙をいっぱいためて、小首を傾げる。

「ほんと、ほんと」

 精一杯の笑顔で応じる。

「な、なーんだ。ってか、別にウチだって本気で怖がってたわけじゃないんだからね!!」

 なんという可愛らしい生き物だろうか。もっとイジメてみたくなったが、彼女の豆腐メンタルを考慮してやめておいた。

「まあいいや。改めて、ウチはその魔導書の守護者で解説者ペチカ。なんかわからないことがあったらなんでもききな!!」
「お、おう」

 偉そうにペチカは言った。


**********


 それからの俺は、とりつかれたようにその本を読み漁った。ルーン文字の読み方、基本構文、命令文、変数等、詳しく解説されている。その成り立ちは、現代のプログラムによく似ていた。
 過剰に説明しようとするペチカが少しうざかったが、我慢して読み進める。

 数時間後、とりあえず基礎を身につけた俺は、何か実用的な魔法を作ってみたくなった。

「まずは、やっぱり攻撃魔法かな」

 本の例題にしたがって、ファイヤーボールの魔法に挑戦してみる。


【例題04】
----------------------------------------------------------------------
00 エルスマギカ         # 魔法開始を宣言
01 コアル_ニーグラ       # 使用する黒魔法モジュールの呼び出し
02 ルード_マーナ → フェオ   # リソース(術者のマナ)呼び出し
                 フェオに代入する。フェオは変数領域
03 リラーセ_イグニス_フェオ   # 炎弾をフェオを使って放出
04 エグゼカウテ         # 実行
----------------------------------------------------------------------


 羊皮紙スクロール呪文スペルを書き、所定の作法に従って読みあげた。
 例の一瞬のめまいの後、腹のあたりでオレンジ色の火球がはじけて消えた。

「熱っ!! って、なんだこれ!!?」
『実行してみるとわかると思ふが、上記の構文では不十分である』
「先に言え!!」

 俺は本を叩きつけた。
 半分気の毒そうに、半分楽しそうにペチカが見ている。こうなることを最初から知っていたようだ。

 この例だと、マナを消費して炎弾を発生させるのは良いが、発生させる座標に問題があるということらしい。大部分の命令文は座標がデフォルトで術者の中心になっている。座標を変えずに実行すると、本人が焼けてしまうというわけだ。まだ火力が弱いため、ちょっとヒリヒリする程度ですんだが。
 逆に能力強化魔法などはデフォルトのままでよい。

 本に従い、呪文を修正する。
 この魔法の羊皮紙には、パソコンのテキストエディタ風の機能があるらしい。所定の動作をすると、01行と02行の間に新しい空白行が追加された。そこに座標指定のための文「ロカチオン_デクステラ」を書き込む。右手にマナを集中させるようにするのだ。

「よし、今度こそ!! ……うわあああ!!」

 手をやけどした。

『手をやけどしたはずだが』
「ふざけんな!!」
「そのあたりの章は、筆者の性格が出てるからなあ」

 ペチカが半笑いで言う。ちょっと睨むと、怯えて物陰に隠れた。この闇妖精はよほど人間を恐れているようだ。

 俺は1ページほど飛ばして、完成形の例文を見ることにした。それによると手をヤケドしないように、さらに少しの座標調整が必要との事だった。炎弾の発生場所を手から15cmほど先に設定する。
 確かに、失敗することで身につくこともあるだろうが、いい加減面倒くさい。

 そんなわけで、完成した呪文スペルがこれだ。


----------------------------------------------------------------------
00 エルスマギカ        # 魔法開始を宣言
01 コアル_ニーグラ       # 使用する黒魔法モジュールの呼び出し
02 ロカチオン_デクステラ+0.15 # 座標に右手を指定。以下全文に有効
03 ルード_マーナ → フェオ   # 術者のマナを呼び出しフェオに代入
04 リラーセ_イグニス_フェオ  # 炎弾をフェオを使って放出
05 エグゼカウテ        # 実行
----------------------------------------------------------------------


「エルスマギカ コアル_ニーグラ ロカチオン_デクステラ+0.15 ルード_マーナ フェオ リラーセ_イグニス_フェオ…………エグゼカウテ!!」

 突き出した手の先から野球のボールほどの炎弾が飛び出して、テレビを焼いた。

「あーー!!」

 慌てて消火して、自分の愚かさにひとしきり落ち込んだ後、俺は勢い良く立ち上がった。

「クククク……。なれる!! これで俺は普通ではない何者かになれる!!!!」

 俺は感動に打ち震えた。今やゲームなどでは珍しくも無くなった「魔法」だが、こうして自分が使えるようになると話は全く違う。
 俺にとって世界は退屈で面倒なだけのシロモノだった。それがふいに色を持って輝きはじめたのだ。全力で駆け出したい気分になったが、体力が無いのでやめておいた。

「……それはそうと、ファイヤーボールはダサイから、何かもっと良い名を……。そうだ『一乃炎』と書いて『ウヌス・フレイマ』がいい」
「えー、なにそれ、カッコイイ!!」
「ん? そ、そうか?」

 ペチカが目をキラキラさせて食いついてきた。皮肉を言っているようには見えない。本気でそう思っているようだ。

「すごいスゴイ、天才だよ!!」

 楽しそうに俺の周りをビュンビュンと飛び回る。さらりと聞き流してくれれば良かったのだが、真剣にホメられるのは予想外だ。何だかちょっと気恥ずかしくなってきた。ダサイとか言ってくれたほうがまだ良かったかもしれない。

「ワーイ、ワーイ! ウヌスフレイマー!!」

 俺は顔から火が出る思いで、しばらく何も言えず俯いていた。


**********


「それにしてもスゴイな、この本は。まさか、本当に魔法が使えるようになるとは……」

 本には他にも色々な魔法が載っていた。各種攻撃魔法。回復魔法。サポート魔法。珍しいものではゴーレムの作り方まで書いてある。

「ゴーレムか。そのうち作ってみたいな。ん、これは……!?」

 中でも、一際魅力的な魔法が目に止まった。転送魔法。いわゆるルー■である。

「まじか。こんなことも出来るのか」
「できるよ!」
「なになに……意外と簡単だな」


【例文13:転送魔法】
----------------------------------------------------------------------
00 エルスマギカ         # 魔法開始を宣言
01 コアル_ニーグラ        # 使用する黒魔法モジュールの呼び出し
02 トランスフェル_デクステラ_Y3 # 転送文_対象_転送先
03 エグゼカウテ         # 実行
----------------------------------------------------------------------


「まず、いらないフィギュアで試してみるか」

 上記の例ではデクステラ(右手)で触ったものが対象になり、Y方向へ3m転送されるはずだ。対象に何も指定しないと術者自身が転送される。
 フィギュアを右手に持って、呪文を唱える。フィギュアの位置から3m前方にはテーブルがあった。

「……エグゼカウテ!!」

 ゆらゆらとフィギュアの周りの空間が揺らぎ、輝き始める。光とともにマナが集約され、次の瞬間、乾いた音を立てて、フィギュアはその場から消えた。

「おおう!!」

 すぐに予定転送先のテーブルに目をやる。

「!!?」

 テーブルの中心では、下半身がめり込んだフィギュアが煙を立てていた。完全にテーブルの板と融合している。実験は失敗だ。

 もしこれが自分自身だったとしたら……。悪寒が背筋を這いまわった。魔法の危険な一面を思い知らされた。この本は、子供のおもちゃにすべきではない。
 実際にやる時は、まず転送先をサーチして、安全な空間を確保した上で実行する必要がありそうだ。ヘタをして核融合とか起きてもイヤだし。

「……つーか、コレを応用すれば最強の攻撃魔法が出来るんじゃないか?」
「たとえば?」
「敵を岩の中に転送したり、空にふっ飛ばして落下ダメージで倒すとか」
「ああ。でもそれは無理だよ」
「なんで?」

 ペチカの解説によると次のような理由があるそうだ。

 そもそも魔法とは「マナ系」を参照・操作することだ。人や物、世界にはそれぞれマナ系と呼ばれる個別の情報体系(プロパティのような物)があり、それをいじることによって魔法は発動される。

 例えば、転送魔法は、マナ系の中の位置情報を操作する。
 絶対座標(X,Y,Z)=(0,0,0)の時、転送命令文を使って座標を(10,0,0)に変更すると、X方向へ10mワープする。

 そして、マナ系には「所有権」がある。自分のマナ系を操作出来るのは、所有権のある自分だけだ。自分の手足は自分にしか動かせない。素人が他人のパソコンを遠隔操作出来ないようなものだ。

 よって、敵の位置情報を操作して転送しようとしても、簡単にはいかない。位置情報は敵のマナ系に含まれていて操作も参照も難しいからだ。
 また、重さ、距離によっても制限がある。

「うーん。ダメか」

 この辺りの話になると、複雑ですぐには理解出来なかった。少しずつ慣れていくしかないだろう。


 【続く】

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