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07:細い1本の糸
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◆前回まで◆
女神エスニャを取り戻すため、要塞に侵入したヨミ、マユ、ペチカの2人と1匹は、エスニャのアバターを助けた後、「原初の七体」リッカに追い詰められていた。
―――――――――――――――――――
◆絶望
―――――――――――――――――――
「気をつけろ、来るぞ」
次の瞬間。リッカは一瞬で間合いを詰め、マユの目の前に肉薄した。
「え!!!?」
「さようなら」
マユの顔に手をかざし、詠唱もなしに魔法を発動させた。その魔法が彼女を焼く0.1秒前、エスニャのアバターがマユを突き飛ばす。代わりにエスニャが魔法の直撃を受け、人形のように宙を舞った。
「エスニャさま!!!!」
悲痛なペチカの叫びが部屋に響く。
エスニャを貫いた魔法弾はそのまま壁にぶち当たり、要塞外部まで達する半径5mの穴を開けた。穴から外の光が差し込んでくる。
スローモーションのように弧を描いて、エスニャの残骸が床に落ちる。胸部には大きな穴が開いていた。
殴られたようなショックが俺を襲ったが、頭を振ってすぐに気を取り直す。
「落ち着けペチカ! それはただのアバターだ!!」
言いつつも、俺の声は少し震えていた。なんという速さ。なんという火力。たった数秒で俺は悟った。こいつの強さは普通ではない。俺達がどうこう出来るレベルでは、到底ない。
要塞に開いた穴は、瞬く間に自動修復され、すぐに元に戻ってしまった。
「もう、なんでジャマするのよー!!」
ほっぺたをふくらませてリッカが可愛らしく叫んだ。
体勢を立て直し、マユが床を蹴る。
「よせ、マユ!!!!」
俺の制止も間に合わず、マユはリッカに殴りかかった。だが、マユの攻撃はかすりもぜず、逆に鋭い手刀を喰らい、左腕が肩からごっそりと削り取られた。リッカの近接戦闘能力も相当なものだ。マユが頭部を失わずに済んだのは、運が良かったからにすぎない。
大きく飛び退って、マユは膝をついた。
次々と倒れる仲間たち。全身から冷や汗が出るのを、俺は感じていた。息苦しくなり、膝がガクガクと震えはじめる。
俺は間違っていた。なぜこんな化け物どもと戦おうと思ったのか。原初の七体の存在を知らなかったとはいえ、さすがにこれは甘すぎた。要塞から逃げるチャンスは何度もあったのに。
「……ヨミ、先に行って」
「ばか、何言ってんだ」
懸命に立ち上がろうとしながら、マユが言った。駆け寄って抱き起こす。俺の表情はよっぽど切迫していたに違いない。
「ふーん。お兄ちゃん、そのゴーレムのこと、好きなんだ」
「な、ば、そ……」
恐怖といろんな感情が交じり合って、言葉が出ない。
「人形が好きなんて、きもちわるーい!!」
けらけらと笑うリッカが、何かに気付いたようにマユを見なおした。
「あれ? このゴーレム、ひょっとして人間が混じってる……!? へえ。めずらしー」
リッカが指を動かすと、マユがふわりと宙に浮き、俺は弾かれるように飛ばされ、数メートル転がった。
「ふーむ。どうなってんのこのゴーレム」
「てめぇ! マユをはなせ!!」
俺のことを完全に無視して、リッカはマユを調べ始めた。鎧を剥ぎ取り、服を引きちぎる。右手の人差し指をかざし、その先に光のナイフを作り出す。
「よせ!!」
魔力を振り絞って、様々な魔法を叩き込む。しかしリッカは周囲に防壁を張り巡らせ、俺の全ての魔法をはじき返した。
「……そんな」
リッカがマユにナイフを突き立て、胸部を引き裂いた。制御ユニットが露わになる。じろじろと眺めた後、コアを取り外そうとして手を伸ばす。それを外されたら、マユは生きてはいられない。
「やめろォォ!!!!」
その時、どこからとも無く大きなコンテナが飛んできて、リッカを直撃した。コンテナは広間の隅に積んであったものだ。マユが魔法の拘束から開放され床に落ちた。
コンテナはリッカを貼り付けたまま10数m飛んで、ちょうど制御室のドアに命中した。しかも、威力は衰えず、そのままドアを破壊して制御室内へ突入した。
「今……です……わ」
見ると、エスニャのアバターが魔法の杖を構えていた。が、すぐに杖を落とし、崩れ落ちた。
エスニャは最後の力を振り絞ってリッカに一撃を加え、隙を作ってくれたのだ。
「……いそい……で……」
そう言ってエスニャのアバターは力尽きた。光となって消滅する。
分身だと分かってはいても、胸が締め付けられた。ペチカも泣きそうだ。
「――すまない!!」
エスニャの作ってくれたチャンスをムダにするわけにはいかない。
「マユ!?」
「だ、大丈夫です……」
マユに肩を貸し、支えながら制御室の入り口に向かってダッシュする。その間に、マユに回復魔法をかける。左腕の再生は、今は無理だった。
制御室の中から、リッカの声が聞こえた。
「ああもう!!」
コンテナをふっ飛ばして、立ち上がるのが目に入る。ダメージはなさそうだ。
対魔法防御、対物理攻撃防御は完璧だったが、物理攻撃による慣性までは殺せなかったようだ。
俺達はついに制御室の中に入った。
―――――――――――――――――――
◆駆け引き
―――――――――――――――――――
部屋の中心には、巨大な魔法装置が鎮座していた。装置の所々で、何かの光が明滅を繰り返している。この部屋は天井がやけに高い。20mはあるだろうか。装置はその天井を貫いていた。
装置からは四方八方にパイプが伸び、様々な制御用コンソールが設置されている。SF映画に出てくる宇宙船のエンジンにも見える。この要塞の中心的な装置であるのは疑いようがない。
「ヨミ! これだよ。この装置を壊すんだ!」
「任せろ、ペチカ」
「そんな事、させないんだから!」
リッカがこちらに向き直る。少し頭に血が上っているようだ。
この戦いの主眼は、圧倒的なレベル差、ではない。リッカ達マホウショウジョ陣営は守備側で、俺達は攻撃側という事が重要なポイントだ。敵はこの制御装置を守らねばならず、この部屋で戦う事になった時点で、俺達は若干有利になったといえる。
「(これからが本当の勝負だ。ヤツをうまいこと騙せるかどうか)」
手の震えが止まらない。今この瞬間が生と死の分水嶺になる事は疑いようがない。もうここまで来たら、覚悟を決めて前に突き進むしか無い。
「マユ、動けるか? これを頼む」
「わかりました」
ここへ来る前に、俺はとっておきのアイテムを2つ用意していた。その内の1つを、簡単な作戦と共にマユに託す。
リッカが魔獣のカードを取り出して構える。
「いくぞ!!」
「はい!」
「【動作加速】! 【透明絶気】!!」
魔法と同時にマユがダッシュした。アイテムを持ったまま、リッカの背後をとるべく走る。
リッカはカードを投げようとしたのを一度止めて、デスペルの呪文を唱えた。加速と透明化が解除され、俺達の姿は見えるようになった。
「まだだ!!」
構わずに、俺はありったけの呪文を詠唱した。
「【一乃炎】!! 【千乃炎】!!! 【ニ乃炎】!!!!」
二之炎はハンドゼスチャで可能な限り連射する。
俺の持つ全炎魔法の飽和攻撃が、原初の七体リッカを中心に炸裂した。部屋中に熱がこもる。
「ばかにしないで!」
リッカが手を振ると、俺の炎は霞のように掻き消えた。
「クッ!」
だがそれは囮だ。本命は、リッカの背後に走ったマユのアイテムのほうだ。
「やっ!!」
可憐な掛け声とともに、マユはアイテムをリッカに向けて投げつけた。
「なにこれ。わたしの隙をついたつもり?」
つまらなそうに、リッカは魔法でそれを破壊した。
そのアイテムの正体は予備のマジックバッグで、自衛隊の人にもらった古い迷彩柄のポーチを改造したものだ。
「かかった!!」
同時に俺達は高いところに飛び上がる。
マジックバッグは壊れると中身が全部放り出される。その予備のマジックバッグは蓋を開けたまま3日間川に沈めておいたものだ。
「!!!!」
大量の水が一気に溢れだし、リッカを押し流した。水が部屋中に満ちる。
リッカは10mほど流されたが、大してダメージは無いようだ。やはり、1200ものレベル差は如何ともし難い。残念ながら、俺達はどんなにあがいても彼女を倒せない。
――だがしかし。
相手を倒すばかりが勝利ではない。目的を達することが勝利だ。
「き、効いてないよ!?」
「ああ。リッカには、な」
MP回復薬を再度飲み干し、異端の杖を構える。俺は最後の気力を振り絞って呪文を唱えた。
「【一乃雷撃】!!!!」
ハンドゼスチャを使い、ありったけの魔力を注ぎ込んで連射する。魔法の使いすぎで、今にも意識が飛びそうだ。
蒼いイカヅチが龍となって水面を走る。ただし、ターゲットはリッカではない。
「しまっっ」
その意図に気づき、リッカが悲鳴に近い声で叫んだ。
俺のターゲットは、はじめから制御装置、ただそれだけだ。
これがもし、直接雷撃を放ったのだとしたら、リッカに防がれていたかもしれない。しかし、今俺が放った一撃は、水を伝わってこの部屋全体に行き届いた。
巨大な装置が軋み、唸りを上げて、至るところで火花を散らした。直後、装置を覆うように明滅していた光が全て消え、側面が爆発し火を吹いた。
「きゃふー!!」
俺の頭の上で、ペチカが変な歓声を上げた。エスニャを縛り付けていた制御装置の破壊に成功したのだ。
ひとしきり喜んだ後、難しい顔をして俺をみる。
「まさかマジックバッグをあんなふうに使うなんて。人間て、なんてずる賢い……」
また妙なライバル意識を燃やすペチカだった。
制御装置は自動修復されなかった。自動修復機能を司る制御装置が壊されたからだ。
ともかく、第一の目的を達することは出来た。
けれども、これはただ運が良かっただけにすぎない。もう一度同じことをやれと言われても絶対に無理だろう。いくらレベル1204といえど、リッカの性格が子供っぽく、そこに付け入るスキがあったというのも大きい。
それに、まだ終わったわけではない。
―――――――――――――――――――
◆覚悟
―――――――――――――――――――
やがて水流がおさまり水が引いてくると、後にはずぶ濡れになった少女がうずくまっていた。
「ひ、ひどい……!!!!」
原初の七体といえど、メンタルは普通の少女と変わらないのか。リッカは半泣きになっていた。
肩を震わせながらもゆっくりと立ち上がり、こちらを睨みつける。
「生きて帰れると思わないでよね!!!!」
リッカが指を鳴らす。周囲にマホウショウジョや魔獣が出現した。どうやら、俺達をなぶり殺しにするつもりらしい。マユが俺の後ろに立ち、身構える。
エスニャが破壊した入口は、数体の敵によってガッチリガードされていた。俺達は完全に逃げ場を失った、かに見えた。
リッカのその言葉に、俺は笑顔で答えた。
「いいや。生きて帰るよ」
マジックバッグから、俺はあるアイテムを取り出した。2つのとっておきの内のもう1つだ。制御ユニットとマナクリスタルを様々な魔法装置で装飾した、ソフトボール大のアイテムだ。
「マユ、ペチカ、覚悟を決めてくれ」
「何をする気!?」
「最後の手段だ! 人間ではまだテストしてないけど」
「え?」
魔獣たちが床を蹴って、俺達に殺到する。
「いくぞ!! ――エグゼカウテ!!」
アイテムの表面の模様に光が走り、次の瞬間、空間が歪んだ。
「な!?」
リッカが俺たちを引きとめようと手を伸ばしたが、もう遅い。
これこそ、準備期間中に作っておいた『奥の手』であり最後の手段である、脱出用の転送魔法【転移の翼】だ。
事前のMPチャージが必要で、一回使い切り、かなりの高コスト(MP、素材的な意味で)ではあるが。
しかも、この規模の要塞となると、侵入者や危険物転送攻撃に備えた転送結界が当然装備されているはずだった。もし制御装置を破壊できなければ、あるいは、転送結界と制御装置が独立していたら、脱出は不可能だったかもしれない。
**********
10数秒後。俺達は生きていた。
奥の手のおかげで、リッカの手をのがれ要塞を脱出することに、一応は成功した。ところが、脱出先までは思った通りにいかなかった。要塞前方400mほど、高度約3000mの空中に放り出されてしまったのだ。
土の中に転送されたり、体がバラバラに引きちぎられるよりはマシではあるが。
「で、これからどうするんですか?」
「……ええと」
自由落下しながらマユが質問したが、俺は答えを持っていなかった。俺の頭にくっついたペチカが、必死で羽をばたつかせている。残念ながら、全く効果はなかった。
その時、要塞前面に拘束されていた女神エスニャの目が開いた。ダーナ神族の巨大さには、何度見ても圧倒される。彼女はゆっくりと首を振って、後頭部に付けられた器具を振り払う。それにより、完全に意識を取り戻したようだ。
長髪がムチのように空を舞い、空を飛んでいたマホウショウジョ達を次々と打ち払う。
ゆっくりとエスニャは右手を前に突き出した。同時に、浮遊系の魔法を俺達にかけ、手のひらに受け止める。手のひらと言っても、小さな公園ぐらいの広さだ。
「た、助かった……」
「ヨミ……。危うく死ぬ所です」
マユが冷静に抗議した。
「だから、最後の手段って言ったろ?」
リッカは追ってこなかった。レベル1200ならテレポートぐらい出来るだろうが、やはり、エスニャと戦うことになるのを嫌ったのだろう。
要塞は徐々に高度を下げていった。この銀白色の要塞は飾り付けられたロザリオのような、縦に長い構造をしている。最下部が地面に接触し、どちらかに倒れるかと思ったが、そのまま地面にめり込んでいった。砂浜にナイフをまっすぐ落とした時のように、要塞は地面にズブズブとめり込んで、倒れることなく突き刺さった。
要塞から拘束具を引きちぎり、女神エスニャが地面に降りた。
俺たちを廃墟の一角に降ろす。
「私の服はどこでしょう?」
エスニャ本体が言った。空気が台風並みに振動する。
彼女は服を着ていなかった。要塞に固定する際に、マホウショウジョたちに剥ぎ取られたのだろう。
あまりの大きさに、目のやり場に困る。
裸であることを本人はそれほど意識していないように見えた。ペチカと同じ感覚なのだろうか。
「何か代わりになるものはないかしら?」
きょろきょろと見回しながら振り返ったエスニャは、何かにつまずいてバランスを崩した。
「あああ」
巨大なものが崩れ落ちる時、人間からみるとそれはひどくゆっくりに見える。豪快にすっ転んだエスニャが破砕音をまき散らしながら地面と抱擁をした。
「うーん」
しばらくして起き上がる。地上にはくっきりと巨大な人型が刻まれていた。
「もう、エスニャ様は相変わらずドジだなあ」
「ふふふ。面目ない」
「笑い事か!! そのデカさでドジっ子って。迷惑極まりない!!」
もともと廃墟だからいいようなものの。いや、生き残りがいなかったとは言い切れない。
「人はいなかったのでしょうか?」
「大丈夫ですわ。あの辺りに生命反応はありませんでしたから」
エスニャに俺達の声は聞こえているようだった。さすが女神といったところか。だけど、アバターなしではどうもしゃべりにくい。
エスニャもそう感じたのだろう。本体はその場に座り込み、何事か呪文を唱えた。
俺達のすぐそばで光が輝き始め、やがて人型に収束していった。
「ああ。死んでしまうとは何事でしょう」
エスニャのアバターが復活した。胸の穴も再生されている。
―――――――――――――――――――
◆細い1本の糸
―――――――――――――――――――
マユの左腕は後で再生するとして、とりあえず応急措置をすませ、近くの公園に落ち着いた。
「エスニャさま、一体何があったの? どうしてこんなことに?」
お互いの無事と再会を喜んだ後、ペチカが質問をした。俺達もずっと気になっていた事だ。
「それが、半年ほど前、マホウショウジョたちが突然暴れだしたんです」
エスニャは話し始めた。
ペチカやエスニャたちが暮らしていたのは天界と呼ばれる場所で、いわゆる天国のようなところらしかった。単にカエラスティスと呼ぶこともある。
マホウショウジョを創りだした原初の七体もそこに住んでいたのだが、ある時、何者かの先導で反乱を起こし、瞬く間に天界の半分を制圧してしまった。
そこで何柱もの神が捕まってしまい、その力を利用して、奴らはこちらの世界に遠征してきた。……ということだった。
「奴らはなんのために、こっちに来たんだ?」
「それはわたくしにもわかりませんわ」
「そうか……」
それ以上の情報は得られなかった。エスニャもわけが分からないうちに捕まってしまい、本体は眠らされ、アバターは幽閉されていたのだ。
「ところでエスニャ……様。実は頼みがあるんだ……ですが」
今更だが思い出した。彼女は曲がりなりにも神なのだ。今までの俺の態度は少し罰当たりだったかもしれない。
「敬語は不要ですわ。助けて頂いたことですし、わたくしにできることでしたら」
「ホントか? じゃあ頼む。マユを人間に戻してくれ!」
エスニャの顔が少し曇った。
「ヒーリングなら出来ますが……」
エスニャの本体がマユに指をかざした。それが魔法なのか何なのか俺にはわからない。ただ、マユの左腕があっという間に再生し、周りにいた俺達も一瞬で完全に回復した。
「おお、すげー!!」
「実は、マユさんの体を人間に戻すことは出来るんです。でも、それをやったその瞬間、彼女は死んでしまうでしょう。一度失われた命を戻すことは出来ません。そういう掟なのです」
「そんな……」
力が抜けて、座り込む。俺の肩にマユがそっと手をのせた。
「私なら平気です。ヨミ」
「…………」
重苦しい沈黙が周囲に漂う。
「……ただ」
少し迷うようにして、エスニャは続けた。
「わたくしには出来ませんが、一つだけ方法があります」
「ほ、ほんとか!?」
「ええ。『願い』の呪文ですわ」
「ウィッシュ?」
「究極呪文の一つだよ。完成させるとどんな願いも叶うと言われてるんだ」
ペチカが偉そうに補足した。
「人を生きかえらせるのは禁忌中の禁忌。最上級のウィッシュ呪文じゃないと願いは叶わないでしょう。そして、それを成し遂げたものはまだいません」
「…………」
絶望しかけた俺だったが、細い1本の糸がわずかに望みをつないでくれた。可能性がある限り、諦めるわけにはいかない。
「じゃ、じゃあ、せめてマユの記憶だけでも元に……」
「あの。ええと。じつはわたくしは、そういった繊細な魔法があまり得意では……」
「ドジっ子だもんね。エスニャさま」
「…………」
エスニャは悪くない。過度な期待をかけていた、俺が悪いのだ。
「最初にも言ったけど、マユの記憶はそのうち自然にもどると思うよ」
ペチカのセリフがせめてもの救いだった。
**********
しばらくしてエスニャの本体は天界へ帰っていった。大きすぎて迷惑がかかるから、との事だった。アバターはこっちへ残るようだ。
原初の七体や他のマホウショウジョたちも何処かへ消えてしまったし、この時点で、当面の危機は去ったと言っていいだろう。
「ヨミ、ありがとう!! ヨミのおかげだよ!!」
エスニャと戯れながら、ペチカが言った。嬉しそうで何よりだ。
しかし、まだ何も終わってはいない。廃墟となった街をどうやってたて直すか。他に生き残りはいるのか。一番の問題は、マホウショウジョや女神要塞はまだ他にもいるらしい、という点だった。
マユが近づいてきて、何か言いたそうにこちらを見ている。やがて、思い切った様子で口を開いた。
「ヨミ。少し見直しました」
髪の毛をくりくりといじりながら言う。
「ここまで周到に準備してたなんて。今回の作戦がうまくいったのは、ヨミのおかげです」
「ま、まあな。あらゆる状況を想定して対策をねり、不測の事態に臨機応変に――」
「――でも」
珍しく褒められて舞い上がる俺のセリフを、マユが遮る。黒目がちな黒瑪瑙の瞳が一瞬だけ俺の視線と交わって、すぐにそらす。
「でも、私をこんな体にした事の……責任とってね」
「え」
いたずらっぽく笑って、マユは背を向けた。
俺は激しいデジャ・ヴュに襲われた。先ほど見た夢。少女の口調にそっくりだった。けれど、あの少女とマユでは年齢が合わないはずなのだ。
「……まさか、な」
湿り気を含んだ風が、ゆっくりと公園を横切り、木々が揺れる。傾いた小さな社に山の陰が届く。もうすぐ日が暮れそうだ。
俺達は、廃墟の瓦礫の中を歩き始めた。地下防空壕の避難所に戻るために。そして、生き残るために。
【第一部・完】
女神エスニャを取り戻すため、要塞に侵入したヨミ、マユ、ペチカの2人と1匹は、エスニャのアバターを助けた後、「原初の七体」リッカに追い詰められていた。
―――――――――――――――――――
◆絶望
―――――――――――――――――――
「気をつけろ、来るぞ」
次の瞬間。リッカは一瞬で間合いを詰め、マユの目の前に肉薄した。
「え!!!?」
「さようなら」
マユの顔に手をかざし、詠唱もなしに魔法を発動させた。その魔法が彼女を焼く0.1秒前、エスニャのアバターがマユを突き飛ばす。代わりにエスニャが魔法の直撃を受け、人形のように宙を舞った。
「エスニャさま!!!!」
悲痛なペチカの叫びが部屋に響く。
エスニャを貫いた魔法弾はそのまま壁にぶち当たり、要塞外部まで達する半径5mの穴を開けた。穴から外の光が差し込んでくる。
スローモーションのように弧を描いて、エスニャの残骸が床に落ちる。胸部には大きな穴が開いていた。
殴られたようなショックが俺を襲ったが、頭を振ってすぐに気を取り直す。
「落ち着けペチカ! それはただのアバターだ!!」
言いつつも、俺の声は少し震えていた。なんという速さ。なんという火力。たった数秒で俺は悟った。こいつの強さは普通ではない。俺達がどうこう出来るレベルでは、到底ない。
要塞に開いた穴は、瞬く間に自動修復され、すぐに元に戻ってしまった。
「もう、なんでジャマするのよー!!」
ほっぺたをふくらませてリッカが可愛らしく叫んだ。
体勢を立て直し、マユが床を蹴る。
「よせ、マユ!!!!」
俺の制止も間に合わず、マユはリッカに殴りかかった。だが、マユの攻撃はかすりもぜず、逆に鋭い手刀を喰らい、左腕が肩からごっそりと削り取られた。リッカの近接戦闘能力も相当なものだ。マユが頭部を失わずに済んだのは、運が良かったからにすぎない。
大きく飛び退って、マユは膝をついた。
次々と倒れる仲間たち。全身から冷や汗が出るのを、俺は感じていた。息苦しくなり、膝がガクガクと震えはじめる。
俺は間違っていた。なぜこんな化け物どもと戦おうと思ったのか。原初の七体の存在を知らなかったとはいえ、さすがにこれは甘すぎた。要塞から逃げるチャンスは何度もあったのに。
「……ヨミ、先に行って」
「ばか、何言ってんだ」
懸命に立ち上がろうとしながら、マユが言った。駆け寄って抱き起こす。俺の表情はよっぽど切迫していたに違いない。
「ふーん。お兄ちゃん、そのゴーレムのこと、好きなんだ」
「な、ば、そ……」
恐怖といろんな感情が交じり合って、言葉が出ない。
「人形が好きなんて、きもちわるーい!!」
けらけらと笑うリッカが、何かに気付いたようにマユを見なおした。
「あれ? このゴーレム、ひょっとして人間が混じってる……!? へえ。めずらしー」
リッカが指を動かすと、マユがふわりと宙に浮き、俺は弾かれるように飛ばされ、数メートル転がった。
「ふーむ。どうなってんのこのゴーレム」
「てめぇ! マユをはなせ!!」
俺のことを完全に無視して、リッカはマユを調べ始めた。鎧を剥ぎ取り、服を引きちぎる。右手の人差し指をかざし、その先に光のナイフを作り出す。
「よせ!!」
魔力を振り絞って、様々な魔法を叩き込む。しかしリッカは周囲に防壁を張り巡らせ、俺の全ての魔法をはじき返した。
「……そんな」
リッカがマユにナイフを突き立て、胸部を引き裂いた。制御ユニットが露わになる。じろじろと眺めた後、コアを取り外そうとして手を伸ばす。それを外されたら、マユは生きてはいられない。
「やめろォォ!!!!」
その時、どこからとも無く大きなコンテナが飛んできて、リッカを直撃した。コンテナは広間の隅に積んであったものだ。マユが魔法の拘束から開放され床に落ちた。
コンテナはリッカを貼り付けたまま10数m飛んで、ちょうど制御室のドアに命中した。しかも、威力は衰えず、そのままドアを破壊して制御室内へ突入した。
「今……です……わ」
見ると、エスニャのアバターが魔法の杖を構えていた。が、すぐに杖を落とし、崩れ落ちた。
エスニャは最後の力を振り絞ってリッカに一撃を加え、隙を作ってくれたのだ。
「……いそい……で……」
そう言ってエスニャのアバターは力尽きた。光となって消滅する。
分身だと分かってはいても、胸が締め付けられた。ペチカも泣きそうだ。
「――すまない!!」
エスニャの作ってくれたチャンスをムダにするわけにはいかない。
「マユ!?」
「だ、大丈夫です……」
マユに肩を貸し、支えながら制御室の入り口に向かってダッシュする。その間に、マユに回復魔法をかける。左腕の再生は、今は無理だった。
制御室の中から、リッカの声が聞こえた。
「ああもう!!」
コンテナをふっ飛ばして、立ち上がるのが目に入る。ダメージはなさそうだ。
対魔法防御、対物理攻撃防御は完璧だったが、物理攻撃による慣性までは殺せなかったようだ。
俺達はついに制御室の中に入った。
―――――――――――――――――――
◆駆け引き
―――――――――――――――――――
部屋の中心には、巨大な魔法装置が鎮座していた。装置の所々で、何かの光が明滅を繰り返している。この部屋は天井がやけに高い。20mはあるだろうか。装置はその天井を貫いていた。
装置からは四方八方にパイプが伸び、様々な制御用コンソールが設置されている。SF映画に出てくる宇宙船のエンジンにも見える。この要塞の中心的な装置であるのは疑いようがない。
「ヨミ! これだよ。この装置を壊すんだ!」
「任せろ、ペチカ」
「そんな事、させないんだから!」
リッカがこちらに向き直る。少し頭に血が上っているようだ。
この戦いの主眼は、圧倒的なレベル差、ではない。リッカ達マホウショウジョ陣営は守備側で、俺達は攻撃側という事が重要なポイントだ。敵はこの制御装置を守らねばならず、この部屋で戦う事になった時点で、俺達は若干有利になったといえる。
「(これからが本当の勝負だ。ヤツをうまいこと騙せるかどうか)」
手の震えが止まらない。今この瞬間が生と死の分水嶺になる事は疑いようがない。もうここまで来たら、覚悟を決めて前に突き進むしか無い。
「マユ、動けるか? これを頼む」
「わかりました」
ここへ来る前に、俺はとっておきのアイテムを2つ用意していた。その内の1つを、簡単な作戦と共にマユに託す。
リッカが魔獣のカードを取り出して構える。
「いくぞ!!」
「はい!」
「【動作加速】! 【透明絶気】!!」
魔法と同時にマユがダッシュした。アイテムを持ったまま、リッカの背後をとるべく走る。
リッカはカードを投げようとしたのを一度止めて、デスペルの呪文を唱えた。加速と透明化が解除され、俺達の姿は見えるようになった。
「まだだ!!」
構わずに、俺はありったけの呪文を詠唱した。
「【一乃炎】!! 【千乃炎】!!! 【ニ乃炎】!!!!」
二之炎はハンドゼスチャで可能な限り連射する。
俺の持つ全炎魔法の飽和攻撃が、原初の七体リッカを中心に炸裂した。部屋中に熱がこもる。
「ばかにしないで!」
リッカが手を振ると、俺の炎は霞のように掻き消えた。
「クッ!」
だがそれは囮だ。本命は、リッカの背後に走ったマユのアイテムのほうだ。
「やっ!!」
可憐な掛け声とともに、マユはアイテムをリッカに向けて投げつけた。
「なにこれ。わたしの隙をついたつもり?」
つまらなそうに、リッカは魔法でそれを破壊した。
そのアイテムの正体は予備のマジックバッグで、自衛隊の人にもらった古い迷彩柄のポーチを改造したものだ。
「かかった!!」
同時に俺達は高いところに飛び上がる。
マジックバッグは壊れると中身が全部放り出される。その予備のマジックバッグは蓋を開けたまま3日間川に沈めておいたものだ。
「!!!!」
大量の水が一気に溢れだし、リッカを押し流した。水が部屋中に満ちる。
リッカは10mほど流されたが、大してダメージは無いようだ。やはり、1200ものレベル差は如何ともし難い。残念ながら、俺達はどんなにあがいても彼女を倒せない。
――だがしかし。
相手を倒すばかりが勝利ではない。目的を達することが勝利だ。
「き、効いてないよ!?」
「ああ。リッカには、な」
MP回復薬を再度飲み干し、異端の杖を構える。俺は最後の気力を振り絞って呪文を唱えた。
「【一乃雷撃】!!!!」
ハンドゼスチャを使い、ありったけの魔力を注ぎ込んで連射する。魔法の使いすぎで、今にも意識が飛びそうだ。
蒼いイカヅチが龍となって水面を走る。ただし、ターゲットはリッカではない。
「しまっっ」
その意図に気づき、リッカが悲鳴に近い声で叫んだ。
俺のターゲットは、はじめから制御装置、ただそれだけだ。
これがもし、直接雷撃を放ったのだとしたら、リッカに防がれていたかもしれない。しかし、今俺が放った一撃は、水を伝わってこの部屋全体に行き届いた。
巨大な装置が軋み、唸りを上げて、至るところで火花を散らした。直後、装置を覆うように明滅していた光が全て消え、側面が爆発し火を吹いた。
「きゃふー!!」
俺の頭の上で、ペチカが変な歓声を上げた。エスニャを縛り付けていた制御装置の破壊に成功したのだ。
ひとしきり喜んだ後、難しい顔をして俺をみる。
「まさかマジックバッグをあんなふうに使うなんて。人間て、なんてずる賢い……」
また妙なライバル意識を燃やすペチカだった。
制御装置は自動修復されなかった。自動修復機能を司る制御装置が壊されたからだ。
ともかく、第一の目的を達することは出来た。
けれども、これはただ運が良かっただけにすぎない。もう一度同じことをやれと言われても絶対に無理だろう。いくらレベル1204といえど、リッカの性格が子供っぽく、そこに付け入るスキがあったというのも大きい。
それに、まだ終わったわけではない。
―――――――――――――――――――
◆覚悟
―――――――――――――――――――
やがて水流がおさまり水が引いてくると、後にはずぶ濡れになった少女がうずくまっていた。
「ひ、ひどい……!!!!」
原初の七体といえど、メンタルは普通の少女と変わらないのか。リッカは半泣きになっていた。
肩を震わせながらもゆっくりと立ち上がり、こちらを睨みつける。
「生きて帰れると思わないでよね!!!!」
リッカが指を鳴らす。周囲にマホウショウジョや魔獣が出現した。どうやら、俺達をなぶり殺しにするつもりらしい。マユが俺の後ろに立ち、身構える。
エスニャが破壊した入口は、数体の敵によってガッチリガードされていた。俺達は完全に逃げ場を失った、かに見えた。
リッカのその言葉に、俺は笑顔で答えた。
「いいや。生きて帰るよ」
マジックバッグから、俺はあるアイテムを取り出した。2つのとっておきの内のもう1つだ。制御ユニットとマナクリスタルを様々な魔法装置で装飾した、ソフトボール大のアイテムだ。
「マユ、ペチカ、覚悟を決めてくれ」
「何をする気!?」
「最後の手段だ! 人間ではまだテストしてないけど」
「え?」
魔獣たちが床を蹴って、俺達に殺到する。
「いくぞ!! ――エグゼカウテ!!」
アイテムの表面の模様に光が走り、次の瞬間、空間が歪んだ。
「な!?」
リッカが俺たちを引きとめようと手を伸ばしたが、もう遅い。
これこそ、準備期間中に作っておいた『奥の手』であり最後の手段である、脱出用の転送魔法【転移の翼】だ。
事前のMPチャージが必要で、一回使い切り、かなりの高コスト(MP、素材的な意味で)ではあるが。
しかも、この規模の要塞となると、侵入者や危険物転送攻撃に備えた転送結界が当然装備されているはずだった。もし制御装置を破壊できなければ、あるいは、転送結界と制御装置が独立していたら、脱出は不可能だったかもしれない。
**********
10数秒後。俺達は生きていた。
奥の手のおかげで、リッカの手をのがれ要塞を脱出することに、一応は成功した。ところが、脱出先までは思った通りにいかなかった。要塞前方400mほど、高度約3000mの空中に放り出されてしまったのだ。
土の中に転送されたり、体がバラバラに引きちぎられるよりはマシではあるが。
「で、これからどうするんですか?」
「……ええと」
自由落下しながらマユが質問したが、俺は答えを持っていなかった。俺の頭にくっついたペチカが、必死で羽をばたつかせている。残念ながら、全く効果はなかった。
その時、要塞前面に拘束されていた女神エスニャの目が開いた。ダーナ神族の巨大さには、何度見ても圧倒される。彼女はゆっくりと首を振って、後頭部に付けられた器具を振り払う。それにより、完全に意識を取り戻したようだ。
長髪がムチのように空を舞い、空を飛んでいたマホウショウジョ達を次々と打ち払う。
ゆっくりとエスニャは右手を前に突き出した。同時に、浮遊系の魔法を俺達にかけ、手のひらに受け止める。手のひらと言っても、小さな公園ぐらいの広さだ。
「た、助かった……」
「ヨミ……。危うく死ぬ所です」
マユが冷静に抗議した。
「だから、最後の手段って言ったろ?」
リッカは追ってこなかった。レベル1200ならテレポートぐらい出来るだろうが、やはり、エスニャと戦うことになるのを嫌ったのだろう。
要塞は徐々に高度を下げていった。この銀白色の要塞は飾り付けられたロザリオのような、縦に長い構造をしている。最下部が地面に接触し、どちらかに倒れるかと思ったが、そのまま地面にめり込んでいった。砂浜にナイフをまっすぐ落とした時のように、要塞は地面にズブズブとめり込んで、倒れることなく突き刺さった。
要塞から拘束具を引きちぎり、女神エスニャが地面に降りた。
俺たちを廃墟の一角に降ろす。
「私の服はどこでしょう?」
エスニャ本体が言った。空気が台風並みに振動する。
彼女は服を着ていなかった。要塞に固定する際に、マホウショウジョたちに剥ぎ取られたのだろう。
あまりの大きさに、目のやり場に困る。
裸であることを本人はそれほど意識していないように見えた。ペチカと同じ感覚なのだろうか。
「何か代わりになるものはないかしら?」
きょろきょろと見回しながら振り返ったエスニャは、何かにつまずいてバランスを崩した。
「あああ」
巨大なものが崩れ落ちる時、人間からみるとそれはひどくゆっくりに見える。豪快にすっ転んだエスニャが破砕音をまき散らしながら地面と抱擁をした。
「うーん」
しばらくして起き上がる。地上にはくっきりと巨大な人型が刻まれていた。
「もう、エスニャ様は相変わらずドジだなあ」
「ふふふ。面目ない」
「笑い事か!! そのデカさでドジっ子って。迷惑極まりない!!」
もともと廃墟だからいいようなものの。いや、生き残りがいなかったとは言い切れない。
「人はいなかったのでしょうか?」
「大丈夫ですわ。あの辺りに生命反応はありませんでしたから」
エスニャに俺達の声は聞こえているようだった。さすが女神といったところか。だけど、アバターなしではどうもしゃべりにくい。
エスニャもそう感じたのだろう。本体はその場に座り込み、何事か呪文を唱えた。
俺達のすぐそばで光が輝き始め、やがて人型に収束していった。
「ああ。死んでしまうとは何事でしょう」
エスニャのアバターが復活した。胸の穴も再生されている。
―――――――――――――――――――
◆細い1本の糸
―――――――――――――――――――
マユの左腕は後で再生するとして、とりあえず応急措置をすませ、近くの公園に落ち着いた。
「エスニャさま、一体何があったの? どうしてこんなことに?」
お互いの無事と再会を喜んだ後、ペチカが質問をした。俺達もずっと気になっていた事だ。
「それが、半年ほど前、マホウショウジョたちが突然暴れだしたんです」
エスニャは話し始めた。
ペチカやエスニャたちが暮らしていたのは天界と呼ばれる場所で、いわゆる天国のようなところらしかった。単にカエラスティスと呼ぶこともある。
マホウショウジョを創りだした原初の七体もそこに住んでいたのだが、ある時、何者かの先導で反乱を起こし、瞬く間に天界の半分を制圧してしまった。
そこで何柱もの神が捕まってしまい、その力を利用して、奴らはこちらの世界に遠征してきた。……ということだった。
「奴らはなんのために、こっちに来たんだ?」
「それはわたくしにもわかりませんわ」
「そうか……」
それ以上の情報は得られなかった。エスニャもわけが分からないうちに捕まってしまい、本体は眠らされ、アバターは幽閉されていたのだ。
「ところでエスニャ……様。実は頼みがあるんだ……ですが」
今更だが思い出した。彼女は曲がりなりにも神なのだ。今までの俺の態度は少し罰当たりだったかもしれない。
「敬語は不要ですわ。助けて頂いたことですし、わたくしにできることでしたら」
「ホントか? じゃあ頼む。マユを人間に戻してくれ!」
エスニャの顔が少し曇った。
「ヒーリングなら出来ますが……」
エスニャの本体がマユに指をかざした。それが魔法なのか何なのか俺にはわからない。ただ、マユの左腕があっという間に再生し、周りにいた俺達も一瞬で完全に回復した。
「おお、すげー!!」
「実は、マユさんの体を人間に戻すことは出来るんです。でも、それをやったその瞬間、彼女は死んでしまうでしょう。一度失われた命を戻すことは出来ません。そういう掟なのです」
「そんな……」
力が抜けて、座り込む。俺の肩にマユがそっと手をのせた。
「私なら平気です。ヨミ」
「…………」
重苦しい沈黙が周囲に漂う。
「……ただ」
少し迷うようにして、エスニャは続けた。
「わたくしには出来ませんが、一つだけ方法があります」
「ほ、ほんとか!?」
「ええ。『願い』の呪文ですわ」
「ウィッシュ?」
「究極呪文の一つだよ。完成させるとどんな願いも叶うと言われてるんだ」
ペチカが偉そうに補足した。
「人を生きかえらせるのは禁忌中の禁忌。最上級のウィッシュ呪文じゃないと願いは叶わないでしょう。そして、それを成し遂げたものはまだいません」
「…………」
絶望しかけた俺だったが、細い1本の糸がわずかに望みをつないでくれた。可能性がある限り、諦めるわけにはいかない。
「じゃ、じゃあ、せめてマユの記憶だけでも元に……」
「あの。ええと。じつはわたくしは、そういった繊細な魔法があまり得意では……」
「ドジっ子だもんね。エスニャさま」
「…………」
エスニャは悪くない。過度な期待をかけていた、俺が悪いのだ。
「最初にも言ったけど、マユの記憶はそのうち自然にもどると思うよ」
ペチカのセリフがせめてもの救いだった。
**********
しばらくしてエスニャの本体は天界へ帰っていった。大きすぎて迷惑がかかるから、との事だった。アバターはこっちへ残るようだ。
原初の七体や他のマホウショウジョたちも何処かへ消えてしまったし、この時点で、当面の危機は去ったと言っていいだろう。
「ヨミ、ありがとう!! ヨミのおかげだよ!!」
エスニャと戯れながら、ペチカが言った。嬉しそうで何よりだ。
しかし、まだ何も終わってはいない。廃墟となった街をどうやってたて直すか。他に生き残りはいるのか。一番の問題は、マホウショウジョや女神要塞はまだ他にもいるらしい、という点だった。
マユが近づいてきて、何か言いたそうにこちらを見ている。やがて、思い切った様子で口を開いた。
「ヨミ。少し見直しました」
髪の毛をくりくりといじりながら言う。
「ここまで周到に準備してたなんて。今回の作戦がうまくいったのは、ヨミのおかげです」
「ま、まあな。あらゆる状況を想定して対策をねり、不測の事態に臨機応変に――」
「――でも」
珍しく褒められて舞い上がる俺のセリフを、マユが遮る。黒目がちな黒瑪瑙の瞳が一瞬だけ俺の視線と交わって、すぐにそらす。
「でも、私をこんな体にした事の……責任とってね」
「え」
いたずらっぽく笑って、マユは背を向けた。
俺は激しいデジャ・ヴュに襲われた。先ほど見た夢。少女の口調にそっくりだった。けれど、あの少女とマユでは年齢が合わないはずなのだ。
「……まさか、な」
湿り気を含んだ風が、ゆっくりと公園を横切り、木々が揺れる。傾いた小さな社に山の陰が届く。もうすぐ日が暮れそうだ。
俺達は、廃墟の瓦礫の中を歩き始めた。地下防空壕の避難所に戻るために。そして、生き残るために。
【第一部・完】
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