禁じられたアリス

右藤秕 ウトウシイナ

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Ep01 序章

Ep01_03 学校02

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◆昼休み
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 昼休み。アリスとの仲直りの機会を伺っていたシイナは、意を決して席を立った。昼ごはんを食べたアリスは、お腹がいっぱいになり、きっと機嫌もなおっている。そう彼は読んでいた。

「アリスちゃん、あの、さっきは…」

 何とか仲直りの糸口を探すために、秕はおずおずと話しかけた。アリスは秕のほうを見もせずに答える。

「のど渇いた。ジュース買ってこい」
「た、ただいまっ!!」

 ダッシュで自販機まで行って帰ってくる。タイムは1分を切った。

「あー、何だか今日は暑いな」
「どうぞ」

 ウチワであおぐ。さらに、どこからともなく「おしぼり」を取り出して差し出す。当然のように受け取るとアリスは額の汗を軽くぬぐった。

「……秕のヤツ、完全にアリスの下僕だな」
「でも、なんだか嬉しそうだぞ?」

 体育会系の少年と文化系の少年が2人の様子を呆れ顔で見ていた。
 よく知らない第三者が見れば、いじめに見えたかもしれない。だが、秕にしてみれば、なんということもない。これくらいの事でアリスの機嫌が直るなら、安いものだ。むしろ、アリスの役に立つことができて彼は喜んでさえいた。もし幼なじみでなかったら、彼は彼女に話しかける事さえ出来なかっただろう。それを思うと、こうして彼女の近くにいられるだけで幸せなのだ。
 秕は安堵のため息をついた。

「(まだ怒ってるみたいだけど、ホントに絶交ってわけでもなさそうだ……)」

 だが状況が改善したとはいえない。安心するのはまだ早い。

「ねえ、アリスちゃん。どうしてそんなに反対するのさ? ……僕がPMパイロット目指す事」

 アリスのナイフのような視線が秕に突き刺さる。

「パイロットになるってことは、国連枢機軍に入って戦場に出るってことだ」
「わ、わかってるよ。そんなこと」
「わかってないな。弱い奴に目の前をウロウロされると目障りなんだよ。戦場で足を引っ張られちゃたまらない」

 秕はぐうの音も出ない。

「さっさと死んでくれればいいが、中途半端なケガで生き残られたら後のフォローが面倒だ。分かりやすく言えば、足手まといなんだよ」

 血も涙もないセリフだが、彼女の言っている事はある意味で正しい。死人はそれっきりだが、怪我人は看病する必要があるし食料や医薬品を与えねばならない。軍の戦力を損耗させるのは、なにも敵の攻撃ばかりではないのだ。

「でも、これからもっと上達するかも……」
「あり得ないと思ったから、言ってるんだ。さっさとあきらめて実家の仕事でも継ぐんだな」

 しばしの沈黙。

「……いやだよ。あんな時代遅れな仕事」

 仕事の話が出ると秕の顔が曇った。心底、実家の仕事を嫌っているのだ。

「もう決めたんだ。ぼくはPMのパイロットに……」

 アリスが舌打ちをした。

「あ……」

 ついつい自分の意見を主張しすぎた。アリスの表情がどんどん険しくなる。これ以上話をしていては、どんな目に遭うか想像するのも恐ろしい。

「ええと、そろそろ授業がはじまるなあ……」

 そうなるまえに、秕は自分の席にもどる事にした。


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◆授業
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 ざわつく教室に授業開始のベルが鳴り響く。

「はーい、みんな席に着いてー! ほらそこっ! サクサク動く!!」

 女性教師が入って来て、教壇に立った。

「それでは、搭乗式歩行重機アーマチュア概論の授業を始めます。まずは連絡事項から……」

「(……アリスちゃん。なんであんなに怒るのかな)」

 模擬戦の後のアリスのセリフを思い出す。

――お前みたいな無能に用はない。とっととこの学園から出て行け!!――

「(それでも。僕はPMのパイロットにならなくちゃいけないんだ。約束……したんだから)」

 ポケットに入っている御守りを握りしめ、秕は小さくつぶやいた。

「……と、いう事です。――それともう一つ。突然ですが、明日のPM実習ではテストを行いまーす」

 女性教師が楽しそうに発表した。生徒たちが一斉に抗議の声を上げる。

「今回のテストは非常に重要なもので、みんなのPM適性を判断します。気合いれて取り組むよーに!」

「やべーよ!」
「どーしよう」

 不安気な声が教室のあちこちから聞こえてきた。不安は、秕も例外ではない。

「(テストかぁ。ああ、どうしよう。今の実力じゃ、とてもPMパイロットなんて……。かといって、やめるわけにもいかないし)」
「よかったなー、柚木。やめるキッカケができてよ」

 制服を着崩した少年のうち長身の方、不動栄二フドウエイジが半笑いで秕をからかう。

「試験に落ちれば、思い残すことなく学校をやめられるな」

 不動といつもつるんでいる古尾米太フルオベイタが追随する。秕は聞こえないふりをした。

「はーい。じゃ、教科書の26ページ開いてー。ええと、(3) 搭乗式歩行重機アーマチュア開発の歴史から……。ヒノミヤさん、読んで」
「はい」

 女性教師の指名にアリスが答えた。

「21世紀初頭、急速に発達したメカトロニクス産業はついに搭乗式歩行重機アーマチュアの実用化に成功した。当初、それは人類の宇宙進出の一翼を担い、惑星改造、コロニー建設機械などとして使用された。しかし、やがて当然のように軍用に転化され……」


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◆図書室
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 放課後。

 逃げるように下校したアリスに置いて行かれた秕は、妹との約束を思い出してしぶしぶ図書室に向かった。
 途中、担任の女性教師に捕まって軽く説教された。

「柚木くん。あなたもっと頑張らないと、かなりマズイよ。進路を考え直すとか、特訓するとか何か対策を練らないと」
「はあ」

 現実に押しつぶされそうになりながら、秕は図書室のドアを開けた。妹を探して辺りを見回す。まばらな人影の中で、ひときわ目立つ少女に目がとまった。

「秕くん」

 少女の方も秕に気づいて声をかけてきた。クラスメイトの綾村倫子アヤムラリンコだ。一見すると儚げで大人しそうな線の細い少女だったが、それらを打ち消して余りある奇妙な服装をしていた。季節感を完全に無視したサンタ服だ。秕は別段、そのことには触れなかったが。

「りんこちゃん、何やってるの?」
「私はいつもここで本を読んでるの。静かで落ち着くから」
「余裕だね。PMの適性試験は大丈夫なの?」
「私はPMパイロット志望じゃないから……。というか、私みたいな無能な人間には出来る事はたかが知れてるの……」
「そんな、悲観的な」
「事実だもの。私も秕くんと一緒でどうして入学出来たのか分からないひとりなの。どうせ……。どうせ私なんか……ぅわーん!!」

 自分で言っておいて悲しくなってきたらしい。倫子は園児のように声を上げて泣きだしてしまった。

「私は役立たずでどうしようもないクズなのよー!」

 涙声でしゃくりあげる。

「わーっ、落ち着いて!! ほら、おかし、あげるから」
「……お……おかし……」

 上目遣いに菓子を見上げる。

「くすん……。……あ……ありがとう……」

 涙を拭って、倫子は菓子を受け取った。袋を開けて一口頬張る。やがて先ほどの事など忘れたように彼女は笑顔を取り戻した。
 そうこうしていると、図書室の奥の方から妹の菜乃の呼ぶ声が聞こえた。

「ほら見て、お兄ちゃん」

 図書室に設置されている端末の前に陣取った菜乃が、画面を指差す。

「これがこの間壊滅したアメリカ宇宙軍第七艦隊の調査報告書なんだけど」

 普通はそんな報告書は簡単に見れないんだけど、と思いながら秕が画面を覗きこむ。

「敵の宇宙人はかなりの科学力を持っているみたいね。情報によると、米艦隊のイオン砲による艦砲射撃が全部貫通したんだって。おそらく、光学迷彩か空間歪曲によって米軍が敵の座標を誤認させられたんじゃないかな」
「……三流SF小説の読みすぎだよ。菜乃は」
「ちがうもん! 本当だもん!! 宇宙人が今やって来たらどうするのよ!!?」
「……そりゃ、枢機軍がやっつけてくれるさ」
「だといいんだけど」
「心配性だなあ。菜乃は」
「もう! わかった。だったらもっと決定的な証拠を探して……」

 菜乃のちいさな指がキーボードの上で忙しく動き始めた。
 長くなりそうなので、秕はスキを見て一人で帰ることにした。そんなことよりも、彼には大事なことがあるのだから。


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◆折神
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 菜乃の心配は、実は正鵠を射ていてた。浦上学園の中でも中等部以下は少数としても、高等部以上、また教師の一部には「米軍の事故」の真相に気づいているものは多かった。
 数年前の冥王星軌道で起こった超空間跳躍ワープ実験の失敗以来、通信障害、船舶の行方不明事件等、宇宙では様々なトラブルが起きていたのだ。今回の米軍の件も合わせて、これが「何者か」による示威行為の一環であるのは明らかだ。
 ただ、その「何者か」の正体が異星人であるかどうかは意見の別れるところだった。

「米軍の事故は、異星人の仕業だって噂もよく聞きますね」

 学園の廊下で教師と並んで歩きながら、折神連河オリガミレンガは言った。
 彼は秕のクラスメイトで、とても中学生とは思えない物腰と侮りがたい眼光をたたえた少年だった。その真意はメガネの下に隠れて読み取るのは容易ではなかった。

「くだらん」

 折神の問いかけを中年の教師はバッサリと切り捨てる。

「惑星に生命が生まれて、それが知性を持つまでに進化する確率がどれほど低いかわかるか? SETI計画でも結局宇宙からの人工電波は観測されなかった。異星人なんか存在しない証拠だ」
「そうでしょうか。地球に起こった事が他の星で起きないとなぜ言い切れるのですか? この広い宇宙に一体どれだけの星があるかを考えると確率が低いなんて理屈は無意味というものです。異星人がここまでやってくるかどうかは別にして、宇宙の何処かには存在している。そう考えるのが自然だと思いますが?」
「だったら、お前は宇宙人を見た事があるのか?」
「私はあります。地球人だって、宇宙人のうちです」
「詭弁だな」

 中年教師は一笑に付した。

「地球は特別なのだ。地球にだけ生命の誕生という奇跡が起こった。運命的な事だとは思わないか?」
「知的生命体が地球人だけだと考えるのがそもそも傲慢な思い上がりですよ。天動説のころと何も変わっていない」
「だが事実だ。事実、異星人の存在は確認されていない。この地球だけが奇跡的に知的生命体を生み出した、選ばれた星なのだ」
「なぜ、誰に選ばれたんですか?」
「決まっている。神だ。我々は使命を与えられてこの宇宙に生まれた唯一の存在だ」
「――あなたは神を見た事があるんですか?」

 中年教師は言葉に詰まって顔を真っ赤にした。折神はここで一気に畳み掛ける、ことはせずに、笑ってお茶を濁した。

「ま、ただの噂ですよ。噂。今回の敵が、異星人と決まったわけではありませんからね」

 眼鏡の奥の、折神の瞳が鈍く煌めいた。

「(今のところは、な)」


 【続く】


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