禁じられたアリス

右藤秕 ウトウシイナ

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Ep03 赤黒の月2

Ep03_10 クロウの力

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◆再生
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 国連枢機軍火星機動艦隊とマガツカミ先遣隊との戦いは続いていた。圧倒的なマガツカミの戦力に対して、意外と善戦していた火星艦隊だったが、スサノオの戦線離脱によって決め手を欠き、戦局は膠着しつつあった。

 吹き飛んだクロトーの外殻は、細かい破片となりこの戦場を漂っていた。だが、それは消え去ることはなく、それどころか小さな破片同士が少しずつ集まっていく。

「…………!!?」

 クロウはそれに気づいたが、少し遅かった。全ての破片が集まり、やがてPMプレイトメイルの倍ほどもある一体のマガツカミの形をとり始めたのだ。

「……アレは!!?」

 クロトーが真の姿を現す。
 PMと融合していた時とは多少形が変わっているが、その禍々しさは変わらない。むしろ、よりいっそうおぞましさが増していた。「真クロトー」といった所だろうか。

「……マガツカミ!! まだ死んでなかったんだ!!」

 火星艦隊旗艦ルゥケイロルから戦況を見守っていた菜乃ナノが、涙を拭きながら言った。
 倫子の件で放心したままのシイナは、ただその様子を眺めていた。とても戦える状態ではなさそうだ。
 その13番機と真クロトーの間に、クロウが操るツクヨミが割って入った。

「……クロウ?」
「テメーはさがってろ。あとはオレがやる」

 真クロトーを睨みつけ、拳を構える。

「オレが言えた義理じゃねえが、お前は一旦下がれ。コイツは……オレがぶっ倒す!!」
「……え、何……?」

 秕はまだ呆然としている。倫子の身に起こったことがそれだけショックだったのだ。

「しっかりしろ、秕!! 戦いはまだ終わっちゃいねぇ!!!!」
「……う、うん」

 しかし、秕の反応は鈍かった。倫子の事もだが、スサノオのまま1時間以上戦った疲労も相当なものだ。すぐに回復するのは無理そうだ。

「クソッ!! アリス、このバカをたのむ!!」
「……クロウ」

 倫子の事で、自失していたアリスが我に帰った。顔色は真っ青で唇はかすかに震えていたが、大きく深呼吸をして無理やり頭を切り替える。
 アリスはモニタ越しにクロウを見た。クロウは泣いてはいなかった。ただ自分の犯した罪に歯を食いしばって耐えていた。厳密に言えばクロウ自身の罪ではないのだが、そんな言い訳をする気は彼にはなかった。
 それに、今は罪を悔いるより、他にやるべきことがある。ここでクロウが泣いたり立ち止まったりすることを、倫子は喜びはしないだろうから。

 アリスにはすぐにわかった。クロウは数年前の彼に戻っている。呪いはもちろん、ここ最近の苛立った、ギスギスした印象も全て消え去っていた。

「クロウ!!」

 アリスの瞳に暖かい色が浮かんだが、すぐに表情を引き締めた。そのために払った犠牲は、彼女にとってとてつもなく大きかったのだから。

「――分かった」

 アリスは13番機に向き直る。秕は、死人のように呆然としたままだった。だが、今回ばかりはアリスも何も言えなかった。秕の気持ちは痛いほどよく分かる。
 アリスは秕を説得することをあきらめた。ともかくここから離れることが先決だ。

「杉藤大佐!! 秕をつれて後退する。手伝ってくれ!!」
「りょ、了解」

 アリスの方が部下のはずだが、思わず杉藤は指示に従ってしまった。

「だが、ヤツは大丈夫なのか?」

 ツクヨミに目をやって、杉藤が聞く。

「もちろん、大丈夫だ」

 振り返りもせず、確信をこめてアリスは答えた。


―――――――――――――――――――
◆ツクヨミvs真クロトー
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「りんこ……」

 悲壮な面持ちで、クロウは一人つぶやく。

「(つくづくオレは間抜けだな。大切なことを忘れて、目先の強さばかり求めて……。あんな『呪い』にあっさり心を支配されるとは……)」

 ふん、と自嘲を込めて鼻で笑う。

「(もともとオレは、アリスのために……。いや、アリスだけじゃない。他の連中や、姉ちゃんやりんこのために、強くなろうとしてたっていうのに……)」

 敵となった真クロトーが身構える。

「(それもこれも心にスキがあったからだ。……今頃気づいてもおせーよな)」

 操縦桿を強く握りしめる。

「――だが!!」

 クロウの気迫が真空の宇宙空間を越えて真クロトーにたたきつけられた。

「このオトシマエは……オレ自身でつけてやる!!!!!!」

 ツクヨミは宙を蹴った。一瞬で真クロトーとの間合いを詰め、おもむろに殴りかかる。すぐさま真クロトーはガードしたが、そのガードをこじ開けてツクヨミの拳がねじ込まれる。霊子の装甲が一部飛散し、真クロトーは弾丸のように吹き飛ばされた。

「……すげえ」

 クロウの目が輝いた。ツクヨミは彼の体の一部の如く動いた。しかもそのパワーはクロトーの比ではない。
 真クロトーが空間に爪を立て、戦線離脱を回避した。そこへすかさずツクヨミが追いすがり、攻撃をしかける。毎秒10発を超える隕石のような拳が真クロトーを打ち据え、真クロトーはたまらず逃げ出した。

「逃すか!!」

 ツクヨミが後を追ったが、それは真クロトーの罠だった。真クロトーが振り向く。その左右の腕が巨大な亡者の顔に変わり、2つの口から、黒く汚れた黄泉の炎を吐き出した。ツクヨミがモロに炎をかぶってしまう。この炎に触れると生者は魂を焼かれ、式神もただでは済まない。

「しまった!!」

 だが、次の瞬間。炎は弾き飛ばされ、そのまま真クロトーに襲いかかった。呪詛返しだ。真クロトーが黒い炎で火ダルマになった。

「――どういうことだ? まさか、ツクヨミには呪詛が効かない……のか!!?」

 クロトーがスサノオと戦った時も同じ現象が起きたが、クロウの考え通り、それはツクヨミの力だった。クロトーがツクヨミの力を利用していたのだ。
 残念ながら、真クロトーに黄泉の炎は効果がなかったが、ツクヨミが呪詛を受け付けない事がわかっただけでも十分だ。
 クロウの顔が凶悪に歪んだ。ツクヨミのデタラメな強さに昂ぶりを抑えられない。

「食らいやがれ!!」

 鋼の拳が嵐となって真クロトーを襲った。サンドバッグ状態で、みるみる傷だらけになっていく。しかも、クロウが慣れて来たのか、その攻撃の威力が少しずつ上がっていた。一発当たる毎に、真クロトーの霊子の肉が抉れ、消し飛んでいく。
 真クロトーに感情があるのかどうか、その顔が恐怖に歪んで見えた。

「ツクヨミ……。なんてパワーだ!!」

 杉藤は、背面カメラでツクヨミの戦いを見ていた。凄まじい戦闘力に戦慄を覚える。

「残虐なまでの闘争心。狂気にも似た破壊力。どうやら呪術は使えないようだが……。格闘戦においてツクヨミは、確実にスサノオの上を行っていやがる……!!」

 杉藤の心に、抑えようのない高揚感が湧き上がる。ここへ来て、強力な援軍を得ることが出来た。火星機動艦隊の勝利がまた一歩近づいたと言って良い。
 杉藤は安心してその場を後にした。

 勝負にさほど時間はかからなかった。
 クロウは初めてとは思えないほど、見事に「ツクヨミ」を操ってみせた。式神を使う資質が、十分彼にもあったということだ。
 式神を使うには強い呪力が必要であるが、それは突き詰めて言うと精神力と同義である。クロウには持ち前の気質に加えて、今までの厳しいPM訓練で培った強い精神力があったのだ。特訓は無駄では無かった。目の前の真クロトーは始めからクロウの敵ではなかった。

「目障りだ……」

 倫子を失ったやり場のない怒りが、全て真クロトーに向けられた。そしてそれは、同時にツクヨミの新たな力を引き出していた。
 ツクヨミの全身が月光の如く強く光り始め、凄まじい神威が周囲を圧倒した。近くにいたヨルガミが恐れをなして逃げ出していく。

「……消え失せろ!! カミイクサ・如月キサラギ!!!!」

 ツクヨミの動きが極限まで加速された。無数の拳が真クロトーに叩き込まれ、次々とボディに穴が開いていく。1000発以上を食らったとき、耐え切れなくなって真クロトーは大爆発を起こし、消し飛んだ。

「つ、つえええ!!」

 周辺で戦闘中の兵たちから歓声が上がった。新たな守護神の降臨に、俄然、士気が盛り上がる。

「…………」

 しかし、クロウの顔に勝利の喜びはなかった。彼はただ、失ったものの重みに必死で耐えていた。

「カミイクサまで使えるとは。やはり、ヒノミヤ大佐は見る目があった、ということですね」

 火星艦隊旗艦ルゥケイロルのブリッジで、艦隊司令のヨシュウがひとりごとを言った。それを聞いていたリーゼロッテ中尉が問いかける。

「カミイクサ? 呪術ですか?」
「クロウ君は呪術が使えないので、ツクヨミも使えません。あれは、ツクヨミの特殊能力みたいですね」


―――――――――――――――――――
◆憔悴
―――――――――――――――――――

 杉藤の四機隊に護衛されて、秕機は火星艦隊の旗艦「ルゥケイロル」に一時帰投していた。外ではいまだ、苛烈な戦闘が繰り広げられていた。

 ルゥケイロルのPM格納デッキでは整備班が忙しく――文字通り――飛び回っていた。秕機をはじめ、杉藤機他、多くのPMが修理と補給のため帰って来たからだ。重力がないので、部品や道具がそこら中に浮かべてある。
 整備班は秕の13番機を最優先で修理にとりかかった。

 PMから降りた秕は、呪力を使い果たした疲労と、倫子の身に起こった出来事によるショックで、放心したように立ち尽くしていた。今にも泣きそうな、絶望に囚われていた。脱ぎ捨てたヘルメットが宙に浮く。
 立ち尽くす秕の前に、同じく帰艦したアリスがゆっくりと漂ってきた。ひどく険しい顔をしている。反射的に秕は怒られる、と思った。「グズグズせずに、もう一度戦え」と、言われるだろう、そう考えた。
 しかし。
 アリスの顔がみるみる歪み、目からは大粒の涙が溢れ出した。震えながら膝を抱えて小さく丸まり、声を殺して泣きだした。重力が無いため、涙は流れずに目の周りにまとわりついた。
 撤退する時は気丈にふるまっていたアリスだが、やはり13才の少女には違いない。帰艦して一息ついたら、抑えていた感情が溢れだしたのだろう。
 秕はしばらく放心したまま、アリスを眺めていた。アリスが泣いているのを見るのは、3度めだろうか。そんなことを考えつつ、無意識に手を伸ばしアリスの手を握った。外国人なら抱きしめるのだろうが、秕にそういった習慣は無かった。
 アリスは秕の手を両手で掴み、しばらく泣き続けた。

「……行かなくちゃ」

 ややあって、秕が不意に口走った。アリスが顔を上げ、涙を拭く。
 秕の顔はまだ真っ青で、心身ともに疲れきっているのが一目瞭然だった。

「早く、敵を片付けなきゃ」

 13番機に向けて移動しようとする。それをアリスが引き止めた。

「何言ってるんだ。限界時間を超えたばかりだろう。半日は休まないと」

 限界を超えてスサノオを使ったことで、今、秕の呪力は空っぽだった。スサノオの使用に制限時間がある事と、戦いの後、半日の休息が必要なことは機密事項ではあったが、アリスや軍の上層部は承知している。ヨシュウもそれを計算に入れて作戦を立てていた。
 今回のスサノオの出撃では、まず金星艦隊を救うこと。クロウの操るマガツカミをなんとかすること。この2つが目的だった。スサノオがいるうちに他の全てにケリを付けられればなお良かったが、それは贅沢というものだ。
 ともかく、2つの目的は達せられたし、ツクヨミの出現で、思いがけず戦力の増強が出来た。しばらくは火星艦隊だけでなんとかなるはずだった。秕が休む時間は十分にある。

「でも、僕が、スサノオが行かないと、もっと犠牲者が……」

 秕の言葉は途中で途切れた。杉藤が手刀で延髄を叩き、気絶させたのだ。

「この技は素人には無理だからな。真似すんなよ」

 誰にともなく、杉藤は言った。

 兄を心配して菜乃がやって来た。無言で秕に抱きつき、泣きじゃくる。倫子の事は菜乃も見ていた。

「菜乃ちゃん、秕を部屋まで運んでやろう」

 涙でくしゃくしゃになった顔をあげ、菜乃がアリスを見た。次いで兄の顔を見て、気絶していることに気付いた。


**********


 20分ほどして、不意に秕は目を覚ました。何か夢を見ていたような気もするが、思い出せなかった。
 腕を見ると、点滴のチューブがつながっていた。

「お兄ちゃん、まだ寝てないと」

 個室でずっと兄についていた菜乃が言った。

「……アリスちゃんは?」
「また、戦いに行ったよ」
「僕も行かなくちゃ」
「な、だめよ。ゆっくり休んで呪力を回復させなきゃ」
「そんな時間はないよ。菜乃、何か食べ物を」
「……そこにおむすびが」

 菜乃の指差す先に、不格好なおむすびがあった。その形をみて、秕はすぐにピンときた。

「これは、ひょっとして」
「そう。アリスさんが作ってくれたの」

 アリスの手料理など、生まれて初めてだった。しかし、感動に浸る間も無く、秕はそれにかじりついた。少しでも体力と呪力を回復するために。

「どうしても行くの?」
「うん。一眠りしたから、大丈夫」

 秕は点滴のチューブを引き抜いた。
 正直菜乃は、兄が、再び戦うのを嫌がるのでは、と思っていた。あれほどの事があった後だ。誰が責めたとしても、菜乃は兄の味方をするつもりだった。だが、秕は戦いから逃げなかった。それどころか、十分な休憩も取らずに、出撃すると言う。そうさせるほど、倫子の事がショックだったのだろう。

「思ったんだ。僕は命を賭して何かをしようとしたことがあっただろうか……って。……りんこちゃんのように」
「だけど……」
「今こうしている瞬間にも、周りでたくさんの命が失われてる。悩んでいる暇なんかない。ともかく前に進まなきゃいけないんだ」

 菜乃が、しぶしぶといった顔で栄養ドリンクを差し出した。


**********


 秕は再びPMのコクピットに座った。この短時間で、13番機は完璧に修理されていた。あまり注目はされないが、ここの整備班の実力は相当なものだ。
 通信モニタが開き、ヨシュウの顔が映しだされた。

「大丈夫ですか? 秕君」
「……はい」
「本来なら、完全に回復するまで出撃は許可しないところなんですが……」
「平気です。出撃許可を!!」

 ヨシュウは秕の目をじっと見た。その中に、今までにない強い力を感じた。
 秕は強い痛みを知った。そのショックはまだ全く癒えておらず、心の傷口からは未だに血が流れ続けていた。そして、それを知ったからこそ、秕は今まで以上に恐れるようになったのだ。――アリスを失うことを。
 この上アリスまで失うわけにはいかない。秕にはまだ失っていないものがあった。まだ守るべきものがあったのだ。

「分かりました。出撃して下さい」
「はい!!」


―――――――――――――――――――
◆再び戦場へ
―――――――――――――――――――

 13番機がルゥケイロルから飛び立った。リンク1000でアリス機の居場所を確認する。比較的近くにいたので、すぐに合流出来た。
 秕が帰艦してから、約35分が経過していた。
 杉藤が気付いて声をかけた。

「秕、休まなくていいのか!?」
「もう大丈夫です」

 そう言いつつ、顔色はまだよくない。
 アリスも驚いていたが、口にしたのは別の事だった。

「おむすび、食べたか?」
「ありがとう。美味しかった」

 2人はそれ以上言葉をかわさなかった。もうそれ以上言う必要はなかったのだ。
 杉藤が自分の拳と拳を打ち付けた。

「よし、それじゃあ、そろそろケリをつけるか!! ヨシュウ!!」
「はいはい」

 火星機動艦隊司令、ソン・ヨシュウ少将が通信モニタに現れた。

「そうですね。さっさと終わらせないと、こっちももう限界ですしね」

 この冗談みたいに不利な状況で、ヨシュウは信じられないくらいよくやっていた。
 地球の艦隊が、いまだに持ちこたえているなど、マガツカミにしてみれば、在り得ないことだ。まさに奇跡といってよい。ヨシュウ以外に、誰がこれほど持ちこたえることが出来ただろうか。

 しかしそれも、限界に来ていた。
 ヨシュウの新戦法は有効ではあったが、それでも、戦略的な不利を覆すには決定力がなかった。このまま何の手も打たなければ消耗戦になるだけだ。そうなると、敗北は必死だった。
 枢機軍が早期に勝利を収めるためには、どうしてもスサノオの力が不可欠であるのだ。

「我が艦隊は今、月の表面から約4万Kmのところまで追い詰められています。我々の背後にはネクロポリスや他の都市があるので、逃げ出すわけにもいきません」
「月の住人、約240万の盾ってことだな、俺たちは」

 ヨシュウの説明を杉藤が要約する。

「そこで、秕君にはぜひ、突破口を作っていただきたい」
「突破口……?」
「ええ。敵の旗艦?……というか、一番強いやつを仕留めてもらいたいのです」
「一番強い……敵」
「フン。あまり面白くない作戦だが、それしかないようだ」

 つまらなそうに、杉藤が言った。杉藤機が秕機に向き直る。

「行けるか? 秕?」
「はい!!」

 秕はポケットから式札を取り出した。静かに式神招聘のシュを詠唱する。

「式即是空、空即是式……。我が招聘に応えよ、スサノオ!!」

 爆音と共に、光と霊子の渦が13番機を包み込む。光の結晶が装甲を侵食し同化する。そして、渦巻く光を突き破り、スサノオが再びその凶暴なまでの姿を現した。

「うぐっ!!?」

 秕の胸を激痛が襲った。心臓を握りつぶされるような、激痛。体中にイヤな汗がにじみ出る。
 スサノオの連続使用は、術者に相当の負担を強いる。本来なら、最低半日は休息を取らねばならないのだ。

「おにいちゃん!!」

 心配そうに菜乃が叫んだ。
 アリスも秕の様子を見ていたが、あえて何も言わなかった。

「(……胸が……)」

 胸元を押さえてうずくまる。小さく浅く呼吸を繰り返す。しばらくすると少し落ち着いてきた。どうにかいけそうだ。
 力強く、秕は正面を見据えた。

「よし、行くぞスサノオ!!」

 スサノオは疾風となって敵集団に単機突入していった。その進路上にいた敵はことごとく粉砕され、火球となって消滅する。

「(早く敵を倒して、りんこちゃんを迎えに行かなきゃ)」

 心のなかで、そっと秕は呟いた。

「我々も行くぞ。少しでも秕の負担を減らすんだ!!」
「応!!」
「……了解」

 杉藤の号令に部下たちが熱く応え、アリスが冷静に応じた。
 スサノオの開けた穴を、さらに広げつつ、四機隊他戦闘ユニット部隊、続いて火星機動艦隊が前進を開始した。


―――――――――――――――――――
◆ロタウ
―――――――――――――――――――

「敵の旗艦はどれだ? 一番霊格の高い個体は――」

 敵旗艦を探しながら、スサノオは敵陣のど真ん中を突っ切った。周り中、敵だらけで一斉に攻撃を受けたが、それをものともせずに突き進む。近づく敵はことごとく叩き伏せた。

「ス、スゲェ……」
「まさに、軍神……!!」

 スサノオの登場で兵達の士気も上がっていた。火星艦隊が楔のように敵陣に深く食い込んでいく。
 秕も苦しそうではあるが、戦闘に支障は無いようだ。ただ、いつまでスサノオの形を保っていられるかが問題だ。
 やがて、秕のオガミヤとしての感覚が、もっとも強力なウキフネを捕らえた。

「(――アレだ!!)」

 マガツカミの旗艦がそこにいた。他のウキフネに比べてもひときわ巨大で、2000m近くもあるだろうか。これが、マガツカミの4つの群れを束ねていた。
 スサノオはそのまま減速もせずに、旗艦の側面に突っ込んだ。巨大なウキフネの横腹に大きなクレーターが出来たが、それだけだった。
 次いで、火星艦隊が艦砲射撃を行ったが、大したダメージは与えられなかった。

「(コイツ、他のウキフネとは違う……!!)」

 旗艦が身震いをした。

「敵旗艦の霊子エネルギーが増大しています!! 一般の戦艦クラスの5倍……10倍……15倍の霊子量です!!!!」

 オペレーターが上官に報告した。
 旗艦の表面が、生き物のように波打ちはじめる。続いて、艦首の七つの突起物がヘビさながらに伸びて鎌首をもたげた。その様子はまるで七つの首をもつオロチの姿だった。

「あれは、バビロニアの七つの首を持つ大蛇、ロタウ!? ……まさか」

 スサノオの様子をモニタで眺めていたヨシュウが、少しだけ大きな声を出した。

「……スサノオを援護します。他の敵を近づけないように、弾幕を張って下さい!!」

 突然、恐ろしいほど巨大な呪力を、秕は感じた。とっさにスサノオに回避行動をとらせる。ロタウの霊子レーザーが、数秒前までスサノオのいた空間を他のマガツカミもろとも焼き尽くした。秕が肝を冷やす。

「なんて破壊力」

 戦艦クラスのウキフネの主砲の数倍の威力がありそうだ。直撃すれば、スサノオとて無事では済まないだろう。
 その、一瞬の動揺を突かれた。ひとつの首が急激に伸びて、スサノオの右足に食らいついたのだ。

「しまった!!」
「お兄ちゃん、後ろ!!」

 振り返ると、もうひとつの首がスサノオにせまり、「口」をひらいていた。口の中では、金色に収束した霊子レーザーの光が今まさに解き放たれようとしていた。
 そこへ、雄叫びが轟く。
 斜め下方から輝く物体が高速で突進し、スサノオの前を横切った。

「!!?」

 後には、引きちぎられたロタウの首がひとつ漂っていた。そのスキをついて、スサノオは足に食らいついているもうひとつの首をどうにか振り払った。
 見ると、スサノオの前に、もう一体の式神が浮かんでいた。

「――クロウ!!!!」
「またせたな」


 【続く】

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