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Ep03 赤黒の月2
Ep03_09 悲劇
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―――――――――――――――――――
◆スサノオvsクロトー
―――――――――――――――――――
スサノオとクロトーのつばぜり合いが、火花と霊子の狂飆を撒き散らす。神にも近い式神と常識の埒外にいるマガツカミの力と力。スサノオの八束剣とクロトーの鋼の腕がガッチリと噛み合ったままミシミシと音を立てる。互いに一歩も譲らず、真正面から全力をその一点に集約させる。
秕が全霊を込めて操縦桿を押し込んだ。クロウが血管を浮き立てて前に出た。2人の叫びがコクピットの中に乱反射し、直後、スサノオがヤツカノツルギを振りぬいた。
「!!!!?」
クロトーはそれを弾き返すのを諦めて受け流し、大きく間合いを取った。刃を受け止めていた左腕には大きな傷跡がつき、そこから霊子が血しぶきの如く吹き出した。
「…………!!!!」
クロウの頭に血が上る。言葉にならない雄叫びを上げて、怒りを辺りにぶちまけた。
「許さない、許さない、許さない!!」
力を貯めるようにクロトーが屈み込み、一気に手足を伸ばして邪気を放つ。
「外道・蛟!!!!」
クロトーの左右の腕にそれぞれ3本の長大な爪が現れる。同時に、黒く禍々しい黄泉の炎がその爪を包み込む。そんなものをまともに喰らえば、いくらスサノオとて無事では済まないだろう。
クロトーが瞬間移動と見紛う突進でスサノオに迫る。秕の反射神経では到底反応できない速度だが、秕が見て、考えた瞬間にスサノオは動いていた。クロトーの斬撃をヤツカノツルギが見事に受け止める。
「な!!?」
スサノオが反撃に転じる。クロトーも負けじと攻撃を繰り出す。互いに退くことを忘れ、斬撃を応酬する。
その中で、スサノオの動きが目に見えてよくなってきていた。クロトーの攻撃が少しずつ押し返される。
「なんだ、この力は!!?」
クロウの顔に焦りの色が浮かびはじめた。クロトーの装甲に、一箇所、また一箇所と傷が増えていく。
「このオレが押されている!!? そんなバカな!!!!」
スサノオとクロトーの戦いを取り巻くように、杉藤やアリスも戦っていた。小型のヨルガミがしつこく四機隊の邪魔をする。
「なかなかやるじゃないか。秕は。たった二週間の特訓で、ここまでスサノオの力を引き出すとはな」
ヨルガミを駆除しつつ、杉藤が言う。
「自分で特訓したんだろ? 信じてなかったのか?」
同じく戦いつつ、アリスが応じる。さすがのアリスといえど、息が切れはじめていた。対して杉藤はまだまだ余裕だ。
「結局は秕しだいだからな。ヤツが本気で強くなろうと望まなければ、まわりが何をしても無駄だ」
また一体オボロを仕留めて、言葉を続ける。
「技術で劣る秕がクロウに勝つには、強い呪力……言い換えると強い意志の力で、スサノオの更なる力を引き出す必要があった。そのための特訓だった」
アリス機がウツロに呪符の三連射を叩きつける。アリスが敵を1体倒すたび、杉藤は2体倒した。
「その力を発揮するための、最後の障害が『迷い』だった。だがそれも、クロウを助けたいという、明確な目標が出来たことで消えた」
杉藤が不敵に口角をつり上げた。
「……今のスサノオは、強いぞ」
秕が珍しく大声を張り上げた。その気合を乗せ、ヤツカノツルギをイカズチの如く振り下ろす。クロトーが左腕の爪で受けようとしたが、爪は耐え切れず砕け散った。弾き飛ばされ、航宙駆逐艦の残骸にぶつかってクロトーの動きが止まった。
アリスや杉藤はじめ、戦いを見守っていた全員が固唾を呑んだ。
「……か、勝ったの?」
通信モニタの菜乃が期待を込めて言った。
「……まだだよ。まだ終わってない」
秕の額には脂汗が浮かんでいた。
**********
深い闇の中で小さなひとつの意識が目覚めた。
降り積もった土砂のような闇と圧迫感。その下から表層へと、その意識は右手を突き出す。ついで、体全体を起こして完全に闇から脱した。
激しく咳き込む。
赤黒く塗りこめられた世界。クロウの、表層意識の中の世界。
そこで、「本来のクロウ」は意識をとりもどした。振り向くと、そこには呪いによって分裂したもう一人の自分がいた。呼吸も荒く、そうとう追い詰められた顔がそこにあった。
「こ……こんなこと……ありえねえ。このオレが……、秕ごときに……ま、負けるなんて!!!!」
搭乗する機体の性能が互角なら、使役する式神などの霊格が互角なら、クロウは秕に負けることはありえない。
――そう思っていた。
「おのれ! おのれ!! おのれ!!! ジャマはさせねえ……!! オレが……、このオレが……最強になるんだ!!!!!!」
通信モニタはまだつながっている。
秕は最後の説得を試みた。
「クロウ、目をさますんだ!!」
除霊や、解呪は時として説得が主な作業になる。そして、今度の説得の対象は、本来のクロウの理性に対してだった。
「そんなマガツカミの力なんかで僕に勝ってうれしい? そんなのはホントの最強じゃないよ!!」
「だまれ……」
秕の脳裏に懐かしい日々がよみがえる。日が暮れるまで皆で遊びまわったあの頃が。
「思いだすんだ。本当のクロウはそんなんじゃない!!」
「ダマレ……!!」
「ホントのクロウはちょっと意地悪で少し乱暴者だけど――」
「黙れ!!!」
大きく息を吸い込んで、秕が叫ぶ。
「――だけど、卑怯者じゃない!!!!」
「だまれえええ!!!!!!」
逆上した「悪意」が最後の力を振り絞って突進してきた。スサノオも身構える。完全に動けなくするまでクロトーは向かってくるだろう。クロウを傷つけないように、止めを刺すしかない。秕は覚悟を決めた。
「クロオォォ、目をさませえええ!!!!」
2体が交錯する直前、クロトーの集中力がわずかに鈍った。
「なにっ!!!!?」
クロウの心の中で、「本来のクロウ」が呪いによって生まれた「悪意」を羽交い絞めにしたのだ。
「卑怯者じゃない、か。よく分かってるじゃねーか、秕のヤツ」
「キサマ、封じ込めたはず!!?」
「悪意」がうろたえる。本来のクロウが、渾身の笑みを見せる。
「今だやれ、秕!!!!」
霊や式神、マガツカミなどの霊体を力ずくで調伏するには、人と同じで首をはねるか心臓を突くかのどちらかである。コクピットのクロウをさけてクロトーを倒すため、秕はその首に狙いを定めた。
気合を込めて秕が叫ぶ。
ヤツカノツルギを振りかぶったスサノオの最後の斬撃が、鋭い音とともにクロトーの首筋に食い込んだ。
―――――――――――――――――――
◆悲劇
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しかし。
その攻撃は途中で止まってしまった。
「……!!?」
本来のクロウが愕然とする。クロトーの前にはスサノオはいなかった。そこにいたのはただのPM13番機でしかなかった。
「…………え?」
呆然となる秕。顔色が真っ青だ。
「しまった、1時間たったんだ!!」
アリスが叫んだ。いや、すでに10分ほど過ぎてさえいた。修行の成果で、式神化の限界時間が延びたのだが、タイミングが悪すぎる。
菜乃が絶句する。ヨシュウでさえも言葉を失う。
「まずい!!」
杉藤が呻く。
「……そ、……そんな」
急激に秕の意識が揺らぐ。貧血のような、高熱に浮かされたような、けだるさ。
クロウの心の中では、呪いの力が再び勢力を盛り返す。「悪意」が「本来のクロウ」を振りほどいた。
「っ!!」
再び「悪意」に支配されたクロウの瞳に邪悪この上ない笑みが表れる。
「しね。外道・怨!!」
クロトーの両腕が、巨大な亡者に変化する。双頭の亡者が奈落のような口を開いて13番機を強襲した。
その、クロトーの攻撃が13番機を打ち砕く直前、目の前に一機の小型艇が現れた。
「くろうくん、もうやめてっ!!」
一瞬、倫子の叫びがクロトーのコクピットに響いたが、その時にはもうクロウは攻撃を止めることが出来なかった。クロトーはそのまま小型艇を打ち砕いた。
「!!!!!!」
秕。アリス。菜乃。クロウ。4人は、時が止まったかのように硬直した。
小型艇が火を吹きながら月に落ちていく。もはや助けようがなかった。
「そ、そんな……、戻ったはずじゃ……」
目を見開き震えながら、秕が声を漏らした。
秕に言われて引き返したはずの倫子だったが、心配のあまり、破壊された航宙駆逐艦の影に隠れてクロウを見守り続けていたのだ。
「……りんこ?」
本来のクロウが一時的に体の主導権を取り戻し、かすれた声で言った。
その問いかけに答えるように、小型艇からノイズ混じりの最後の通信が届いた。
「へへ……。かっこよく……とめるつもりだったのに……し、失敗しちゃった……」
「……秕を守るため? ――いや、違う」
倫子は秕を守ろうとしたのではない。クロウに友達を殺させるようなことはさせたくなかったのだ。
……その結果彼女自身に起こったことは誤算だったのだろうが。
「くろう君に……渡したいものがあったのにな……」
そもそも彼女がこんなところまで来たのはそれが目的だった。かろうじて動く右手で倫子は「それ」を取り出し、通信モニタのクロウに向けて差し出した。倫子手作りのお守りだった。
「……お守り?」
クロトーのモニタにお守りが映し出された。
「そんな物を渡しにわざわざ、そんな物のために……」
「……だってくろう君、……最近元気なかった……から。パイロット……は……危険だから。……しんぱい……だった……の……」
「………りんこ」
お守りは握力のなくなった彼女の手から滑り落ち、小型艇の割れた窓をすり抜けて宇宙空間に消えていった。それきり、倫子は動かなくなってしまった。
やがて、月面に落ちるまでもなく、小型艇は火球につつまれ爆発した。
心を失ったようにアリスが絶句する。
菜乃が取り乱して泣き叫ぶ。
秕の世界から色と音が消え、ナイフでえぐられたような痛みが胸を突く。
あまりの衝撃に「本来のクロウ」は言葉を失った。麻痺した脳は何の言葉もつむぎださず、しびれたように凍りついた心は何の痛みも自覚せず、……永遠とも思える数秒が過ぎていった。
**********
「くそっ! ジャマしやがって!!」
クロウの意識の中の世界で「悪意」が毒づく。
「……オレは……」
本来のクロウが言った。
「オレは、こんなことをしたかったんじゃねえ。こんなのがオレの求める最強であるはずがねえ」
「本来のクロウ」は小刻みに震えながら、肩を落として座り込んだ。
「最強どころか……オレは……」
目にはいっぱいの涙があふれていた。自分の、どうしようもない愚かさを悟った涙。
「オレはなんて弱いんだ。自分の心さえまともに抑えられないなんて……!!」
クロウは自分が許せなかった。あんな「呪い」などによって簡単に心をのっとられた自分が。
「オレが自分を律することが出来ていれば、心を乗っ取られるなんてことはなかったはずなのに。倫子も、死ぬことはなかったはずなのに!!」
「へっ、今のうちだ!!」
抜け殻のようになった「本来のクロウ」の隙をついて、「悪意」が無数の手を呼び出した。クロウの意識の中の世界いっぱいに広がったそれは、「本来のクロウ」を――最後の理性を――あっという間に飲み込んでしまった。
「…………」
流されるまま、本来のクロウは闇の中に沈んでいく。
「これでもうジャマモノはいねぇ」
クロトーの目が憎悪に満たされて怪しく輝いた。そのまま13番機をつかんで頭上に持ち上げる。もはや秕は何の抵抗も出来なかった。
「終わりだ、スサノオ!!!!」
クロトーは13番機の顔と足をもって左右に力任せに引っ張った。機体のあちこちから悲鳴が上がる。装甲がゆがみ、骨格にヒビが入る。コクピット内にも火花が飛び散り、空気が漏れ始める。
秕の悲鳴が絶叫となる。
「秕!!」
「おにーちゃん!!」
アリスと菜乃が悲痛な声で秕の名前を叫んだ。
―――――――――――――――――――
◆蒼白の月
―――――――――――――――――――
「そうか……。オレは分かってなかったんだ。ヒノミヤ大佐が言った事……」
深い意識の闇の底に沈みながら本来のクロウは思った。ヒノミヤの顔が浮かぶ。
――真の最強ってのはな、自分を律することのできる者のことだ。
――「自分に負けるな」ってんだろ? それぐらいわかってるよ。
「オレは分かってなかった。知識として『知って』はいたが、自分のモノとして『理解』してはいなかったんだ……」
――「本当の意味」でそれがわかったとき、真の最強への道が開けるだろうよ。
「ちくしょう!! ちくしょう!!! ちくしょう!!!! ちくしょう!!!!! ちくしょおおおお!!!!!!」
ひとしきり叫んだ後、闇の中でクロウの目が力強く見開かれた。その瞳には凄まじいまでの決意の輝きがあった。無意識につぶやく。
「オレは……最強には程遠い……」
闇の中で、自嘲気味につぶやく。
「ヒノミヤ大佐にも敵わねぇ。アリスにも、……秕にも敵わない……」
しかし、そのネガティブな言葉とは裏腹に、クロウの心の中の、最後の最後までクロウであった部分が輝き始める。
「だが――」
クロトーの表面に亀裂が走る。
クロウの心を覆っていた闇が、無数の手が、その光によって熔かされていく。
「な、なんだ!!?」
「悪意」がうろたえ、辺りを見回す。
強烈な光はやがて「悪意」をも包み込み、呪いとともにその体を焼き始めた。
「や、やめ……!!」
炎に包まれた「悪意」が慌てふためく。しかし、光に宿る清浄な力には抗うすべもなく、たちまち全身を焼きつくされた。
「な、なぜだぁぁあああ!!!!!!!!」
後には、断末魔の悲鳴の残響だけが残された。呪いによって増幅された「悪意」は跡形もなく消滅したのだ。
「――だがもう二度と」
クロウが、カッと目を見開き、魂を絞りだすような雄叫びを上げた。
「もう二度と、自分にだけは負けはしねぇ!!!!」
クロトーの外殻の亀裂が全身に広がった。そこから光が溢れ、内からの激しい圧力によって膨張する。直後、外殻は、おびただしい破片となって一斉に吹き飛んだ。
ふと気づくと、クロウの目の前に光るカード状のものが浮かんでいた。
式札。式神の力を封じた呪符だ。
傍らにはヒノミヤにもらったケータイが漂っている。裏のカバーが二重になっていて、その隙間に隠してあったようだ。
「ツクヨミ……?」
式札にはそう書いてあった。反射的に、クロウは大声で叫んでいた。
「出てこい、ツクヨミ!!!!」
音のない宇宙で轟音が轟く。まばゆい閃光が、この宙域と、クロトーの下から現れたPM5番機を包み込む。光は、モザイク状の結晶となり、5番機の装甲を削るように侵食し、新たなる姿へと導いた。
秕が、菜乃が、アリスが唖然として言葉を失う。
ヨシュウ、杉藤、火星艦隊の面々が目を見張る。
やがて……。
その光が収まると、そこには、スサノオによく似た破壊神の如き鋼の巨人、ツクヨミが屹立していた。
蒼白に輝く装甲。射抜くような鋭い3つの目と獣のような鋭い牙。三日月のような翼。搭乗者の性格を反映しているのだろうか、スサノオと較べてさらに攻撃性を増した恐ろしいほどの神威を纏うシルエットだ。
「…………」
呪いは解け、元の自分を取り戻したクロウは呆然とコクピットに座っていた。今、起こったことが、一番信じられないでいたのはクロウ本人だった。
「あれ、何……? スサノオみたい」
菜乃が呆然としながら、言った。
「似てて当然ですよ」
艦隊を指揮する合間にヨシュウが菜乃に話しかける。
「あれは『ツクヨミ』です。神話では、アマテラスの弟にしてスサノオの兄」
「(なんでヨシュウさんがそんなこと知ってんの?)」
「クロウ君にも式神を使う力があったということですね」
ヨシュウは改めてツクヨミに目をやった。
「(だからこそ、敵の『呪い』にとらわれたのでしょう)」
クロウは放心状態でケータイを眺めていた。
「オ、オレは……。オレはツクヨミの呪符をずっと持ってたのか……。それなのに、いままでツクヨミは目覚めなかった……」
それは、クロウにまだ資格がなかったから。あせりと苛立ちで心が曇っていたからだ。
「クソッ!! オレは……。オレはなんてバカなんだ!!!!」
彼はコンソールパネルのカバーに自分の頭を打ち付けた。自分の愚かさが、心の底から許せなかった。
だが、後悔と反省は後回しだ。今はまだ、やるべきことが残っている。
クロウは顔を上げた。
「マガツカミども……!! 覚悟しやがれ!!!!」
―――――――――――――――――――
◆準備
―――――――――――――――――――
枢機軍と交戦中のマガツカミ集団とは別の集団が、月から程近い宙域に潜んでいた。
旗艦「イワクス」の中でカグツチが瞑想していた。彼はクロトーを通してクロウの心の中を眺めていたのだ。
クロウは、呪いとクロトーの支配から脱出することに成功していた。
「失敗か……。まあよい」
大して失望した様子もなく、カグツチはつぶやいた。
「後は、先遣隊と『クロトー』に任せるとしよう。ハルナ達の状況は?」
「7割ってところかしら」
「順調だ」
ハルナをはじめカグツチ以外の六族が順次返答する。彼女らはここには居らず、何かの準備のために出払っていた。
「そのまま準備を続けろ」
「了解した」
そして、カグツチとイワクスは真空の闇の中に消えていった。枢機軍にも、マガツカミ先遣隊にも気づかれずに。
【続く】
◆スサノオvsクロトー
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スサノオとクロトーのつばぜり合いが、火花と霊子の狂飆を撒き散らす。神にも近い式神と常識の埒外にいるマガツカミの力と力。スサノオの八束剣とクロトーの鋼の腕がガッチリと噛み合ったままミシミシと音を立てる。互いに一歩も譲らず、真正面から全力をその一点に集約させる。
秕が全霊を込めて操縦桿を押し込んだ。クロウが血管を浮き立てて前に出た。2人の叫びがコクピットの中に乱反射し、直後、スサノオがヤツカノツルギを振りぬいた。
「!!!!?」
クロトーはそれを弾き返すのを諦めて受け流し、大きく間合いを取った。刃を受け止めていた左腕には大きな傷跡がつき、そこから霊子が血しぶきの如く吹き出した。
「…………!!!!」
クロウの頭に血が上る。言葉にならない雄叫びを上げて、怒りを辺りにぶちまけた。
「許さない、許さない、許さない!!」
力を貯めるようにクロトーが屈み込み、一気に手足を伸ばして邪気を放つ。
「外道・蛟!!!!」
クロトーの左右の腕にそれぞれ3本の長大な爪が現れる。同時に、黒く禍々しい黄泉の炎がその爪を包み込む。そんなものをまともに喰らえば、いくらスサノオとて無事では済まないだろう。
クロトーが瞬間移動と見紛う突進でスサノオに迫る。秕の反射神経では到底反応できない速度だが、秕が見て、考えた瞬間にスサノオは動いていた。クロトーの斬撃をヤツカノツルギが見事に受け止める。
「な!!?」
スサノオが反撃に転じる。クロトーも負けじと攻撃を繰り出す。互いに退くことを忘れ、斬撃を応酬する。
その中で、スサノオの動きが目に見えてよくなってきていた。クロトーの攻撃が少しずつ押し返される。
「なんだ、この力は!!?」
クロウの顔に焦りの色が浮かびはじめた。クロトーの装甲に、一箇所、また一箇所と傷が増えていく。
「このオレが押されている!!? そんなバカな!!!!」
スサノオとクロトーの戦いを取り巻くように、杉藤やアリスも戦っていた。小型のヨルガミがしつこく四機隊の邪魔をする。
「なかなかやるじゃないか。秕は。たった二週間の特訓で、ここまでスサノオの力を引き出すとはな」
ヨルガミを駆除しつつ、杉藤が言う。
「自分で特訓したんだろ? 信じてなかったのか?」
同じく戦いつつ、アリスが応じる。さすがのアリスといえど、息が切れはじめていた。対して杉藤はまだまだ余裕だ。
「結局は秕しだいだからな。ヤツが本気で強くなろうと望まなければ、まわりが何をしても無駄だ」
また一体オボロを仕留めて、言葉を続ける。
「技術で劣る秕がクロウに勝つには、強い呪力……言い換えると強い意志の力で、スサノオの更なる力を引き出す必要があった。そのための特訓だった」
アリス機がウツロに呪符の三連射を叩きつける。アリスが敵を1体倒すたび、杉藤は2体倒した。
「その力を発揮するための、最後の障害が『迷い』だった。だがそれも、クロウを助けたいという、明確な目標が出来たことで消えた」
杉藤が不敵に口角をつり上げた。
「……今のスサノオは、強いぞ」
秕が珍しく大声を張り上げた。その気合を乗せ、ヤツカノツルギをイカズチの如く振り下ろす。クロトーが左腕の爪で受けようとしたが、爪は耐え切れず砕け散った。弾き飛ばされ、航宙駆逐艦の残骸にぶつかってクロトーの動きが止まった。
アリスや杉藤はじめ、戦いを見守っていた全員が固唾を呑んだ。
「……か、勝ったの?」
通信モニタの菜乃が期待を込めて言った。
「……まだだよ。まだ終わってない」
秕の額には脂汗が浮かんでいた。
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深い闇の中で小さなひとつの意識が目覚めた。
降り積もった土砂のような闇と圧迫感。その下から表層へと、その意識は右手を突き出す。ついで、体全体を起こして完全に闇から脱した。
激しく咳き込む。
赤黒く塗りこめられた世界。クロウの、表層意識の中の世界。
そこで、「本来のクロウ」は意識をとりもどした。振り向くと、そこには呪いによって分裂したもう一人の自分がいた。呼吸も荒く、そうとう追い詰められた顔がそこにあった。
「こ……こんなこと……ありえねえ。このオレが……、秕ごときに……ま、負けるなんて!!!!」
搭乗する機体の性能が互角なら、使役する式神などの霊格が互角なら、クロウは秕に負けることはありえない。
――そう思っていた。
「おのれ! おのれ!! おのれ!!! ジャマはさせねえ……!! オレが……、このオレが……最強になるんだ!!!!!!」
通信モニタはまだつながっている。
秕は最後の説得を試みた。
「クロウ、目をさますんだ!!」
除霊や、解呪は時として説得が主な作業になる。そして、今度の説得の対象は、本来のクロウの理性に対してだった。
「そんなマガツカミの力なんかで僕に勝ってうれしい? そんなのはホントの最強じゃないよ!!」
「だまれ……」
秕の脳裏に懐かしい日々がよみがえる。日が暮れるまで皆で遊びまわったあの頃が。
「思いだすんだ。本当のクロウはそんなんじゃない!!」
「ダマレ……!!」
「ホントのクロウはちょっと意地悪で少し乱暴者だけど――」
「黙れ!!!」
大きく息を吸い込んで、秕が叫ぶ。
「――だけど、卑怯者じゃない!!!!」
「だまれえええ!!!!!!」
逆上した「悪意」が最後の力を振り絞って突進してきた。スサノオも身構える。完全に動けなくするまでクロトーは向かってくるだろう。クロウを傷つけないように、止めを刺すしかない。秕は覚悟を決めた。
「クロオォォ、目をさませえええ!!!!」
2体が交錯する直前、クロトーの集中力がわずかに鈍った。
「なにっ!!!!?」
クロウの心の中で、「本来のクロウ」が呪いによって生まれた「悪意」を羽交い絞めにしたのだ。
「卑怯者じゃない、か。よく分かってるじゃねーか、秕のヤツ」
「キサマ、封じ込めたはず!!?」
「悪意」がうろたえる。本来のクロウが、渾身の笑みを見せる。
「今だやれ、秕!!!!」
霊や式神、マガツカミなどの霊体を力ずくで調伏するには、人と同じで首をはねるか心臓を突くかのどちらかである。コクピットのクロウをさけてクロトーを倒すため、秕はその首に狙いを定めた。
気合を込めて秕が叫ぶ。
ヤツカノツルギを振りかぶったスサノオの最後の斬撃が、鋭い音とともにクロトーの首筋に食い込んだ。
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◆悲劇
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しかし。
その攻撃は途中で止まってしまった。
「……!!?」
本来のクロウが愕然とする。クロトーの前にはスサノオはいなかった。そこにいたのはただのPM13番機でしかなかった。
「…………え?」
呆然となる秕。顔色が真っ青だ。
「しまった、1時間たったんだ!!」
アリスが叫んだ。いや、すでに10分ほど過ぎてさえいた。修行の成果で、式神化の限界時間が延びたのだが、タイミングが悪すぎる。
菜乃が絶句する。ヨシュウでさえも言葉を失う。
「まずい!!」
杉藤が呻く。
「……そ、……そんな」
急激に秕の意識が揺らぐ。貧血のような、高熱に浮かされたような、けだるさ。
クロウの心の中では、呪いの力が再び勢力を盛り返す。「悪意」が「本来のクロウ」を振りほどいた。
「っ!!」
再び「悪意」に支配されたクロウの瞳に邪悪この上ない笑みが表れる。
「しね。外道・怨!!」
クロトーの両腕が、巨大な亡者に変化する。双頭の亡者が奈落のような口を開いて13番機を強襲した。
その、クロトーの攻撃が13番機を打ち砕く直前、目の前に一機の小型艇が現れた。
「くろうくん、もうやめてっ!!」
一瞬、倫子の叫びがクロトーのコクピットに響いたが、その時にはもうクロウは攻撃を止めることが出来なかった。クロトーはそのまま小型艇を打ち砕いた。
「!!!!!!」
秕。アリス。菜乃。クロウ。4人は、時が止まったかのように硬直した。
小型艇が火を吹きながら月に落ちていく。もはや助けようがなかった。
「そ、そんな……、戻ったはずじゃ……」
目を見開き震えながら、秕が声を漏らした。
秕に言われて引き返したはずの倫子だったが、心配のあまり、破壊された航宙駆逐艦の影に隠れてクロウを見守り続けていたのだ。
「……りんこ?」
本来のクロウが一時的に体の主導権を取り戻し、かすれた声で言った。
その問いかけに答えるように、小型艇からノイズ混じりの最後の通信が届いた。
「へへ……。かっこよく……とめるつもりだったのに……し、失敗しちゃった……」
「……秕を守るため? ――いや、違う」
倫子は秕を守ろうとしたのではない。クロウに友達を殺させるようなことはさせたくなかったのだ。
……その結果彼女自身に起こったことは誤算だったのだろうが。
「くろう君に……渡したいものがあったのにな……」
そもそも彼女がこんなところまで来たのはそれが目的だった。かろうじて動く右手で倫子は「それ」を取り出し、通信モニタのクロウに向けて差し出した。倫子手作りのお守りだった。
「……お守り?」
クロトーのモニタにお守りが映し出された。
「そんな物を渡しにわざわざ、そんな物のために……」
「……だってくろう君、……最近元気なかった……から。パイロット……は……危険だから。……しんぱい……だった……の……」
「………りんこ」
お守りは握力のなくなった彼女の手から滑り落ち、小型艇の割れた窓をすり抜けて宇宙空間に消えていった。それきり、倫子は動かなくなってしまった。
やがて、月面に落ちるまでもなく、小型艇は火球につつまれ爆発した。
心を失ったようにアリスが絶句する。
菜乃が取り乱して泣き叫ぶ。
秕の世界から色と音が消え、ナイフでえぐられたような痛みが胸を突く。
あまりの衝撃に「本来のクロウ」は言葉を失った。麻痺した脳は何の言葉もつむぎださず、しびれたように凍りついた心は何の痛みも自覚せず、……永遠とも思える数秒が過ぎていった。
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「くそっ! ジャマしやがって!!」
クロウの意識の中の世界で「悪意」が毒づく。
「……オレは……」
本来のクロウが言った。
「オレは、こんなことをしたかったんじゃねえ。こんなのがオレの求める最強であるはずがねえ」
「本来のクロウ」は小刻みに震えながら、肩を落として座り込んだ。
「最強どころか……オレは……」
目にはいっぱいの涙があふれていた。自分の、どうしようもない愚かさを悟った涙。
「オレはなんて弱いんだ。自分の心さえまともに抑えられないなんて……!!」
クロウは自分が許せなかった。あんな「呪い」などによって簡単に心をのっとられた自分が。
「オレが自分を律することが出来ていれば、心を乗っ取られるなんてことはなかったはずなのに。倫子も、死ぬことはなかったはずなのに!!」
「へっ、今のうちだ!!」
抜け殻のようになった「本来のクロウ」の隙をついて、「悪意」が無数の手を呼び出した。クロウの意識の中の世界いっぱいに広がったそれは、「本来のクロウ」を――最後の理性を――あっという間に飲み込んでしまった。
「…………」
流されるまま、本来のクロウは闇の中に沈んでいく。
「これでもうジャマモノはいねぇ」
クロトーの目が憎悪に満たされて怪しく輝いた。そのまま13番機をつかんで頭上に持ち上げる。もはや秕は何の抵抗も出来なかった。
「終わりだ、スサノオ!!!!」
クロトーは13番機の顔と足をもって左右に力任せに引っ張った。機体のあちこちから悲鳴が上がる。装甲がゆがみ、骨格にヒビが入る。コクピット内にも火花が飛び散り、空気が漏れ始める。
秕の悲鳴が絶叫となる。
「秕!!」
「おにーちゃん!!」
アリスと菜乃が悲痛な声で秕の名前を叫んだ。
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◆蒼白の月
―――――――――――――――――――
「そうか……。オレは分かってなかったんだ。ヒノミヤ大佐が言った事……」
深い意識の闇の底に沈みながら本来のクロウは思った。ヒノミヤの顔が浮かぶ。
――真の最強ってのはな、自分を律することのできる者のことだ。
――「自分に負けるな」ってんだろ? それぐらいわかってるよ。
「オレは分かってなかった。知識として『知って』はいたが、自分のモノとして『理解』してはいなかったんだ……」
――「本当の意味」でそれがわかったとき、真の最強への道が開けるだろうよ。
「ちくしょう!! ちくしょう!!! ちくしょう!!!! ちくしょう!!!!! ちくしょおおおお!!!!!!」
ひとしきり叫んだ後、闇の中でクロウの目が力強く見開かれた。その瞳には凄まじいまでの決意の輝きがあった。無意識につぶやく。
「オレは……最強には程遠い……」
闇の中で、自嘲気味につぶやく。
「ヒノミヤ大佐にも敵わねぇ。アリスにも、……秕にも敵わない……」
しかし、そのネガティブな言葉とは裏腹に、クロウの心の中の、最後の最後までクロウであった部分が輝き始める。
「だが――」
クロトーの表面に亀裂が走る。
クロウの心を覆っていた闇が、無数の手が、その光によって熔かされていく。
「な、なんだ!!?」
「悪意」がうろたえ、辺りを見回す。
強烈な光はやがて「悪意」をも包み込み、呪いとともにその体を焼き始めた。
「や、やめ……!!」
炎に包まれた「悪意」が慌てふためく。しかし、光に宿る清浄な力には抗うすべもなく、たちまち全身を焼きつくされた。
「な、なぜだぁぁあああ!!!!!!!!」
後には、断末魔の悲鳴の残響だけが残された。呪いによって増幅された「悪意」は跡形もなく消滅したのだ。
「――だがもう二度と」
クロウが、カッと目を見開き、魂を絞りだすような雄叫びを上げた。
「もう二度と、自分にだけは負けはしねぇ!!!!」
クロトーの外殻の亀裂が全身に広がった。そこから光が溢れ、内からの激しい圧力によって膨張する。直後、外殻は、おびただしい破片となって一斉に吹き飛んだ。
ふと気づくと、クロウの目の前に光るカード状のものが浮かんでいた。
式札。式神の力を封じた呪符だ。
傍らにはヒノミヤにもらったケータイが漂っている。裏のカバーが二重になっていて、その隙間に隠してあったようだ。
「ツクヨミ……?」
式札にはそう書いてあった。反射的に、クロウは大声で叫んでいた。
「出てこい、ツクヨミ!!!!」
音のない宇宙で轟音が轟く。まばゆい閃光が、この宙域と、クロトーの下から現れたPM5番機を包み込む。光は、モザイク状の結晶となり、5番機の装甲を削るように侵食し、新たなる姿へと導いた。
秕が、菜乃が、アリスが唖然として言葉を失う。
ヨシュウ、杉藤、火星艦隊の面々が目を見張る。
やがて……。
その光が収まると、そこには、スサノオによく似た破壊神の如き鋼の巨人、ツクヨミが屹立していた。
蒼白に輝く装甲。射抜くような鋭い3つの目と獣のような鋭い牙。三日月のような翼。搭乗者の性格を反映しているのだろうか、スサノオと較べてさらに攻撃性を増した恐ろしいほどの神威を纏うシルエットだ。
「…………」
呪いは解け、元の自分を取り戻したクロウは呆然とコクピットに座っていた。今、起こったことが、一番信じられないでいたのはクロウ本人だった。
「あれ、何……? スサノオみたい」
菜乃が呆然としながら、言った。
「似てて当然ですよ」
艦隊を指揮する合間にヨシュウが菜乃に話しかける。
「あれは『ツクヨミ』です。神話では、アマテラスの弟にしてスサノオの兄」
「(なんでヨシュウさんがそんなこと知ってんの?)」
「クロウ君にも式神を使う力があったということですね」
ヨシュウは改めてツクヨミに目をやった。
「(だからこそ、敵の『呪い』にとらわれたのでしょう)」
クロウは放心状態でケータイを眺めていた。
「オ、オレは……。オレはツクヨミの呪符をずっと持ってたのか……。それなのに、いままでツクヨミは目覚めなかった……」
それは、クロウにまだ資格がなかったから。あせりと苛立ちで心が曇っていたからだ。
「クソッ!! オレは……。オレはなんてバカなんだ!!!!」
彼はコンソールパネルのカバーに自分の頭を打ち付けた。自分の愚かさが、心の底から許せなかった。
だが、後悔と反省は後回しだ。今はまだ、やるべきことが残っている。
クロウは顔を上げた。
「マガツカミども……!! 覚悟しやがれ!!!!」
―――――――――――――――――――
◆準備
―――――――――――――――――――
枢機軍と交戦中のマガツカミ集団とは別の集団が、月から程近い宙域に潜んでいた。
旗艦「イワクス」の中でカグツチが瞑想していた。彼はクロトーを通してクロウの心の中を眺めていたのだ。
クロウは、呪いとクロトーの支配から脱出することに成功していた。
「失敗か……。まあよい」
大して失望した様子もなく、カグツチはつぶやいた。
「後は、先遣隊と『クロトー』に任せるとしよう。ハルナ達の状況は?」
「7割ってところかしら」
「順調だ」
ハルナをはじめカグツチ以外の六族が順次返答する。彼女らはここには居らず、何かの準備のために出払っていた。
「そのまま準備を続けろ」
「了解した」
そして、カグツチとイワクスは真空の闇の中に消えていった。枢機軍にも、マガツカミ先遣隊にも気づかれずに。
【続く】
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