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Ep02 赤黒の月
Ep02_06 ネクロポリス
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◆宿舎
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秕たち3人は統括本部の南にある、軍の宿舎に移動した。結構こぎれいな施設で、秕とアリスには個室が与えられた。菜乃は部外者だが、特例で兄の部屋に泊まることを許されていた。
中に入った3人を出迎えたのは、若い管理人の女性だったが、アリスが驚いて声を上げた。
「テセラさん」
彼らを出迎えた桜テセラはアリスのアパートの管理人だった。しっかり者のお姉さんタイプで、結構活発な所もある。それがなぜ月にいるのか。
「いらっしゃい。アリス。秕くんと菜乃ちゃんも」
「あ、こ、こんにちは」
秕が挙動不審な挨拶を返し、菜乃がペコリと頭をさげる。秕はテセラに数回会ったことがある。
「どうして月に?」
「それがね、浦上町のアパートはみんな夏休みで帰省しちゃって。暇だから知り合いの紹介で、ココでバイトすることにしたの」
テセラがアリスを抱きしめる。
「ちょ、ちょっと……」
「ボタンとヒナも一緒よ。今いないけど。よかったね。寂しくなくて」
「わ、私は別に……」
「今日はつかれたでしょ、早く休むといいわ。私は管理人室にいるから、何かあったらいつでも言ってちょうだい」
**********
秕にあてがわれた部屋は、8畳ほどの広さで、ベッドと机が置いてある簡素なものだった。もしドームに穴が開いて市内の空気が無くなったとしても、部屋の中の気密性は保たれるようなしっかりした作りになっていた。
もともと一人部屋なので、菜乃と一緒に泊まるには少し狭いかもしれない。
「お兄ちゃん。私のベッドは?」
「……ん? ああ、後で管理人さんに借りてくるよ」
心ここにあらず、といった顔で秕は答えた。先ほどの長官の言葉がいまだに引っかかっていたのだ。
――そうなる前に、とっとと地球に帰るんだな――
「はあ……」
「まだ気にしてるのか? さっき言われた事」
アリスがノックもせずに入ってきた。幼なじみの特権だ。逆は不可であったが。
「べ、別に」
「長官は帰れと言ったが、辞令が降りた以上お前は少尉候補生だ。あとは本人のやる気しだいだな」
「そ、そうだね!」
アリスの言う通りだ。ここで悩んでいても仕方がない。秕は心の中のマイナスイメージを無理やり追い払った。
「さて、無駄話はここまでだ」
アリスは、表情を改めて立ち上がった。どこからともなく鞭を取り出す。
「(なぜ、ムチ?)」
「PMの修行は明日からたっぷりやるとして、夜はオガミヤの修行をやってもらう。お前のじいさんに見張りを頼まれてるからな」
「信用ないんだなあ」
秕の家は代々続く「月御門流陰陽道」のオガミヤである。彼らの一族は、古くから悪霊退治や御祓いを生業として暮らしていた。秕も幼い頃からオガミヤとしての修行を受け、それなりの能力を体得している。それこそがスサノオの力の源であり、それを鍛えることにより、スサノオのレベルアップを図ることができるというわけだ。
「アリスさんて、お兄ちゃんには厳しいよね」
「僕は平気だよ。だって、あれは文字通り『愛の鞭』なんだから。アリスちゃんは僕を心配してくれてるんだ」
「そうなのかなあ? それが、妄想じゃないことを祈ってるよ」
早速修行が始まった。オガミヤの修行には色々あるが、今できる事は限られている。瞑想、起請文の書き取り、錬丹といった、基礎力向上のための地味なものが中心だった。
これらの修行を秕は何年も続けてきていた。彼が現在オガミヤとして力を振るうことが出来るのも、才能というより、これまでの地道な努力によるものであった。……祖父に強要されたものであるとはいえ。
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◆夜
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夜11時を回って、やっとその日の修行は終了となった。秕は疲れきって大浴場の湯船につかった。
「はあー。ゴクラクゴクラク……」
湯船の中で思い切り手足を伸ばす。家の風呂だとこうはいかない。熱めの湯が血行を促進し、旅と修行の疲れを癒していく。一息ついてリラックスした秕の頭には当然のようにアリスの顔が浮かんだ。
「今、隣の女湯にはアリスちゃんが入っているのかー…………」
ついつい想像してしまうのは男のサガというものだろう。
「はっ! だ、ダメだダメだよ。アリスちゃんをそんな目で見ちゃ……!!」
必死で妄想を振り払う。秕の中ではアリスは神聖にして不可侵であり、そのような目で見ることはとんでもない冒涜なのだ。
「アリスちゃん、ごめん、ごめんよう!!」
思わず妄想のアリスに対して謝ってしまう。もう、条件反射のようなものだった。そんなことを考えていると、彼の疲れはいつの間にか消えてしまっていた。
「…………?」
隣の女湯にまでその声が届く。
「……恥ずかしいヤツめ」
**********
秕が部屋に戻ると、菜乃が彼のベッドを占領し熟睡していた。
「あ、しまった。菜乃用の簡易ベッドを借りてくるんだった」
秕は、修行に集中しすぎてその事をすっかり忘れていた。今から借りて来ようにも、管理人室はもう明かりが消えていた。どんなにゆすっても菜乃は起きない。シアワセそうに寝息をたてている。
「……僕はどこで寝ればいいんだよ?」
しばらく途方にくれていた秕だったが、良い考えは浮かばず、なんとなく廊下に出てみた。すぐ隣がアリスの部屋になっている。
テセラの話では、この寮の住民も今は大半が留守ということだった。時間も時間だし、辺りは静まり返っている。
「アリスちゃん。もう寝たかな」
用もないのにアリスの部屋の前に行ってみた。何度もノックしようと試みて、それが出来ずにいた。
「……やっぱ、やめとこ」
彼にはそんな勇気はなかった。あきらめて帰ろうとした秕だったが、ふと見ると、アリスの部屋のドアが完全に閉まってないことに気づいた。
「カギ、開いてる……!!?」
大義名分が出来た。彼はあわてて彼女の部屋をノックした。もしアリスがカギをかけ忘れているとしたら、それは大変危険なことだ。いつ何時、変質者が侵入するかも分からない。
「まずいよ……」
再度ノックする。だが、返事はなかった。おそらくもう眠りについているのだろう。ケータイに電話してもつながらなかった。
「……よし!」
意を決して、彼はアリスの部屋の中に入った。部屋のカギを閉めるにはアリスを起こすか、アリスが持っている部屋のカギをこっそり借りて外から施錠するしかない。
「アリスちゃーん」
小声でささやく。
「僕はけして変なことをするつもりではなくて、ただ、カギが開いてたから、それを教えてあげるために仕方なく……」
おどおどと言い訳しながら奥へはいると、ベッドの上で着替えもそこそこのアリスが寝息を立てていた。部屋の中は明かりもテレビもついていて、まだ眠るつもりがなかったのは明白だ。
ベッドの側に立ち、そっと寝顔を覗きこむ。
「……アリスちゃん?」
声をかけようとして、秕はそれをやめた。アリスの寝顔に心を奪われたのだ。
「……カ、カワイイ」
ぬれた髪。上気した肌。下着同然の部屋着姿。風呂から出てベッドに横になった瞬間に眠ってしまったのだろう。いつもの厳しい印象は全くなく、まるで小さな子供のような寝顔だった。秕はその場で動けなくなり、5分近くもアリスの寝顔を微動だにせず、ただ見つめていた。
「ううん」
「(ひっっ!!!)」
アリスが寝返りをうつ。あわてて壁まで飛びのいた秕は、そこで我に返った。
「(こんなことしてる場合じゃない。アリスちゃんを起こさなきゃ)」
再びベッドに近寄ろうとした秕の足が、何かに触れた。
「ん?」
足元をみる。飛びのいた時、アリスの荷物を引っ掛けたらしい。横倒しになったスポーツバッグから荷物がはみ出している。秕はその中に奇妙な紙の束を見つけた。それは陰陽道の修行に使う起請文の束だった。
「!! アリスちゃんもオガミヤの修行を……!!?」
考えてみると別に不思議はない。マガツカミに勝つにはそれしかないのだから。アリスがこれほど疲れているのは、おそらく、朝早く起きて修行をしているせいなのだろう。
「でも、僕に隠れてこっそり修行するなんて。アリスちゃんもプライド高いからな……」
秕はアリスを起こすのを断念してあたりを見回した。棚の上に置いてあったカギを取り部屋を出る。
「――と、その前に」
秕は引き返した。アリスをこのままにしておくとカゼをひいてしまう。布団をかけようと手を伸ばした瞬間だった。
「ふざけるなーー!!!」
寝ぼけたアリスの渾身の一撃が秕の顔面にヒットする。いや、寝ぼけたというより、寝ながら気配を察知して反射的に防御したのだ。
「そ……んな……」
秕は完全にKOされて、ベッドに倒れこんだ。
**********
秕は夢を見ていた。最近何度となく繰り返される、いつもの夢。
「お前はなぜ生きている」
不気味な、低い地鳴りのような声が秕の頭の中に響いてくる。深い悲しみと憎しみをたたえた呪詛のような声。この声の主は一体何を言いたいのか。なぜ自分の夢に何度も出てくるのか。秕にはわからなかった。
ただ、それが彼の心をひどく重くする。それだけは確かだった。
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◆翌朝
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「ああーー!!! なにやってんのよ二人とも!!!」
翌朝、菜乃の叫び声がアリスの部屋にこだました。秕がいないので捜しに来たのだ。
ベッドの上では、アリスと秕が仲良く寝息を立てている。もちろん秕は、昨夜アリスにKOされた後、そのまま眠ってしまっただけであるが。
「んあ……? 菜乃、オハヨ……」
秕が目を覚ました。
「なによ! 信じらんない!! 私というものがありながら!!」
妹の若干論点のずれた怒りを、兄の寝ぼけた頭は理解できなかった。なぜ菜乃に怒られなければならないのか。
だが、真の惨劇はこのあと待ち構えていた。
「ん……」
アリスが目覚める。秕と目があう。
「あ、アリスちゃん、おはよう」
秕はまだ寝ぼけているようだ。挨拶などする前に、すみやかに逃げ出すべきであったのに。
アリスの意識が徐々に鮮明になっていく。
「…………!!」
約三秒後、彼女は事態の異常さに気づいた。無言で、ゆらりと立ち上がる。その後、秕に降りかかった過酷な出来事は、推して知るべし、であった。
**********
午前8時。出かける準備を済ませた秕たちは、PMの訓練を受けるため、ネクロポリス南に位置する「南ゲート」を目指して出発した。
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◆南ゲート
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ネクロポリス 南ゲート。
ここは、宇宙船ドックや搭乗式歩行重機格納庫、弾薬庫などがそろった、ネクロポリスの玄関口である。今日からここを基点に枢機軍主力アーマチュア・PMの宇宙活動訓練が始まるのだ。アリス、秕、菜乃の3人は、南ゲートの指定されたポイントに集合していた。
アリスが辺りを見回す。
「教官がまだのようだ。しばらく待とう」
三人は教官の到着を待つことにした。
「それにしても、菜乃がなんでここにいるのさ」
妹に目をやって、秕が問いかける。
「私もPMの練習してみようと思って」
「はあ? そんなのムリだよ。菜乃は部外者だし、まだ小さいんだし」
「ムリじゃないもん!!」
その辺に置いてあった作業用のPMに菜乃が勝手に乗り込んだ。そして、あっさりと乗りこなしてしまった。
「ほら。簡単だよ。初等部にだって、PM訓練の授業あるんだから」
「…………!!?」
兄としての立場が無かった。授業で習ったとはいえ、菜乃は明らかに秕より素質があった。
「(というかそれ以前に、車と同じで、キーが無ければPMは動かないはずなんだが……?)」
アリスが苦笑いを浮かべ、半ば呆れ、半ば関心する。PM程度のシステムに侵入するのは、菜乃にとってたやすいことのようだった。
「菜乃ってホントに僕の妹なのかな……? 頭はいいし、運動神経も並じゃないし……」
「そう言われてみれば……」
兄の疑問に妹が同調する。
「はっ!!」
大きく目を見開いて、菜乃は大げさに手を打った。何かに気づいたようだ。大真面目に兄に話す。
「ひょっとして私たち血がつながってないのかも!!」
「嬉しそうにいうなよ……。そんなの妄想だよ。菜乃が生まれた時、僕は病院の廊下で待ってたんだから」
「でもだって、もしそうなら私たち恋人同士になれるじゃない!!」
「はあ? な、なにをバカな。か、仮にもしそうだとしても、いままで兄妹として育って来たのにいまさら……」
ありえないと分かっていても、ついそうなった時の事を想像してみる秕だった。まんざらでもないような顔をしている。
その顔を、いきなりアリスの正拳が捉えた。えげつない音が響く。
「話はそれまでだ。教官が来たぞ」
「……は、はい」
今のアリスの正拳突きにツッコミ以外の意志を感じ取った秕だったが、気のせいではないという確証はなかった。
**********
「よう、またあったな」
軍人とは思えない軽薄さで近づいて来た教官は、先日地上で会った杉藤だった。秕が驚きの声をあげる。
「あ、あの時の……。え? なんで?」
「言ってなかったか? 俺は火星機動艦隊所属、第四艦上機兵部隊、通称、『四機隊』の指揮官をやっている。ヨシュウの命令で今日から俺がお前らの教官兼、上官だ」
杉藤は秕のもっともニガテとする体育会系のノリで話をどんどん進めていく。
「これからたっぷりしごいてやる。覚悟しとけよ。地獄のほうがまだマシだったと思うようになるぜ!!」
「ひっ」
「望むところだ」
震え上がった秕とは対照的に、アリスは余裕たっぷりに答えた。
「へっ。威勢のいいことだな。最初の課題は月面偵察をかねたPMによる長距離移動訓練だ」
杉藤が3人に軍用の携帯端末を支給した。見た目は普通のスマホのようなものだが、リンク1000と呼ばれる戦術データ・リンクシステムが搭載されており、作戦目標、友軍や敵軍の位置等をリアルタイムに表示、共有する事が出来る。もちろん通信等にも使われる。これを使えば、自分が何をするべきかすぐ分かるようになっていた。また、今まで使用してきたケータイと一本化することが出来、枢機軍の多くの人間がそうしていた。
「手順を説明するぞ。一発で覚えろ。まずは、それぞれA02格納庫で自分の機体に搭乗!! そこで基本装備を調達しろ! その後、余裕があればC03、D01格納庫で追加装備を行ってもかまわん。全ての準備が整ったら、もう一度この場所に集合だ。行け!!」
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◆装備
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杉藤の命令にしたがって、3人はPMの格納庫に移動した。
「あれ? 13番機じゃないか。なんで月に?」
秕が見上げる先に、教習用PM1番機と13番機が用意してあった。彼らが使っていたものを地上から持って来させたのだ。使い慣れた機体の方が扱いやすいし、それにPMの絶対数が不足しているせいでもある。
「遠足のバスと一緒にトレーラーが三台ついて来てただろう」
「……僕はバスに乗り遅れたから」
アリスが辺りを見回す。
「クロウ用の5番機も持って来てるはずだが……。みあたらないな」
「てことは、やっぱりクロウも来てるんだ」
「なにしてる。こっちだ」
格納庫の一角で杉藤が手招きをしている。周りにはPM用の武器がずらりと並べられていた。
「そこの担当者に言って、PMの基本装備の武器を用意してもらえ。敵はどこに出てくるか分からないからな、用心のためだ」
「杉藤大佐。もし敵に出くわしたとしても、通常兵器じゃダメージを与えられないから、意味がないんじゃ……?」
遠慮がちに、秕が疑問を口にした。
「誰が通常兵器だと言った?」
「え?」
「オレもクシヒルに入ったばかりで今日知ったんだが……。この月では現在『対霊兵器』が開発されている」
「対霊兵器……?」
「そう。霊を……、マガツカミどもを倒すための兵器だ」
杉藤が、後ろに並べられたPM用装備を指さした。外観は通常装備と大して変わらないが、秕にはわかった。それが霊的な力を帯びていることが。
「これ全部!!?」
「ああ。ついでに、お前たちのPMも対霊仕様改修済みだ」
「……対霊仕様」
「やっぱり、うわさは本当だったのね。対霊兵器の開発がここまで進んでたなんて」
菜乃の瞳が怪しくきらめいた。早速兵器類に張り付いてあちこち調べまわす。
「まだまだ、数がぜんぜん足りないがな」
「それにしても……。枢機軍は一体いつから?」
「枢機軍……というより『クシヒル』はかなり前から敵の情報をつかんでいたらしい。敵の正体も、地球への敵意も」
「……クシヒル」
クシヒルが何なのか、秕はよく知らなかった。ただ、たまによくない噂を聞くので、100%信頼が置けるかというと、少し難しかった。杉藤個人に対しては、含む所は無かったが。
「それと同時に、彼らは対策も怠らなかった。つまり、対霊兵器の準備を極秘裏に進めていたんだ。一年ぐらい前からな」
しかしそれでも、ガニメデで初めて遭遇する以前は誰も――クシヒルの母体である枢機軍でさえ――マガツカミのことを信じようとはしなかった。それゆえ、兵器の開発は試作品を作る程度にとどまっており、結果として地球はマガツカミの脅威に対して丸裸に近い状態で立ち向かわねばならなくなった。
だが皮肉なことに、マガツカミの存在が真実だと証明され、そこから対霊兵器の開発が一気に加速し、現在に至る。
「一年。そんな前からあったの? じゃ、なんでウチの学校に敵が来たとき助けてくれなかったの?」
菜乃が食って掛かる。
「……枢機軍は現在、宇宙空間における制宙権の確保に努めている。敵の侵入を宇宙で食い止めようとしてるってわけだ。だから、地上に対霊兵器を回す余裕はなかったんだ。単純に数が足りなかった。量産体制が整ったのはつい最近のことだからな。それに、まさか防衛ラインをやすやすと突破されていきなり地球に敵が出てくるなんて思ってもいなかったらしい」
この件で杉藤を攻めても仕方がない。誰にも未来のことはわからないのだし、その当時杉藤はクシヒルにはいなかった。
「ま、そんなことはどうでもいい。さっさと装備を整えろ。俺はさっきの場所で待ってる」
**********
各自、自分のPMに乗って、PM用ライフル等の各種装備を準備しはじめた。その合間に、菜乃があれこれと作業員に質問している。
「対霊兵器といっても、今ある武器をちょっと改造しただけなんだが……。俺もよくわかんねーよ。今忙しいんだ。後にしてくれ」
「……けち」
仕方なく、菜乃は自分で調べることにした。近くにある軍のコンソールに有線で自前の携帯端末をつなぎ、こっそりとメインフレームに接続する。自分の携帯端末だけでも出来なくはないが、ここにあるコンソールを経由したほうが、より簡単なのだ。
画面に様々な情報が表示される。そこには、対霊兵器の概要が次のように記されていた。
通常物質では影響を与えることが出来ない霊的存在に、物理的干渉を加えることが出来る物質を「霊子干渉イオン」と呼んだ。実はこれの理論ははるか昔から存在する。たとえば、聖水、お札、霊剣、破魔矢などである。儀式やマジナイによって、ただの道具や物質に霊的な属性を持たせるというものだ。それらの効能を科学的に分析し、再現させたのが霊子干渉イオン発生装置である。
対霊兵器とは、現行兵器に「霊子干渉イオン」発生装置を組み込んだもので、普通の武器や装甲に霊的属性を持たせるようにしたものだ。これにより、通常兵器が通用しない霊的存在にもダメージを与えることが出来、また、霊の攻撃をある程度防ぐことも出来る。
「なるほどねー」
手も足も出ない未知の敵に対し、効果的な対抗手段が都合よくポンと現れたようにも感じられたが、それは違った。地球には元々あったのだ。霊的存在に対する、対抗手段というものが。科学の発展とともに、人々はそれをタブー視し、忘れたふりをしていただけなのだ。
菜乃はコンソールを閉じた。対霊兵器の概要は、彼女の想像の範疇内で、さして目新しいことはなかったが、彼女には少し引っかかる点があった。それが何かはすぐにはわからなかった。
【続く】
◆宿舎
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秕たち3人は統括本部の南にある、軍の宿舎に移動した。結構こぎれいな施設で、秕とアリスには個室が与えられた。菜乃は部外者だが、特例で兄の部屋に泊まることを許されていた。
中に入った3人を出迎えたのは、若い管理人の女性だったが、アリスが驚いて声を上げた。
「テセラさん」
彼らを出迎えた桜テセラはアリスのアパートの管理人だった。しっかり者のお姉さんタイプで、結構活発な所もある。それがなぜ月にいるのか。
「いらっしゃい。アリス。秕くんと菜乃ちゃんも」
「あ、こ、こんにちは」
秕が挙動不審な挨拶を返し、菜乃がペコリと頭をさげる。秕はテセラに数回会ったことがある。
「どうして月に?」
「それがね、浦上町のアパートはみんな夏休みで帰省しちゃって。暇だから知り合いの紹介で、ココでバイトすることにしたの」
テセラがアリスを抱きしめる。
「ちょ、ちょっと……」
「ボタンとヒナも一緒よ。今いないけど。よかったね。寂しくなくて」
「わ、私は別に……」
「今日はつかれたでしょ、早く休むといいわ。私は管理人室にいるから、何かあったらいつでも言ってちょうだい」
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秕にあてがわれた部屋は、8畳ほどの広さで、ベッドと机が置いてある簡素なものだった。もしドームに穴が開いて市内の空気が無くなったとしても、部屋の中の気密性は保たれるようなしっかりした作りになっていた。
もともと一人部屋なので、菜乃と一緒に泊まるには少し狭いかもしれない。
「お兄ちゃん。私のベッドは?」
「……ん? ああ、後で管理人さんに借りてくるよ」
心ここにあらず、といった顔で秕は答えた。先ほどの長官の言葉がいまだに引っかかっていたのだ。
――そうなる前に、とっとと地球に帰るんだな――
「はあ……」
「まだ気にしてるのか? さっき言われた事」
アリスがノックもせずに入ってきた。幼なじみの特権だ。逆は不可であったが。
「べ、別に」
「長官は帰れと言ったが、辞令が降りた以上お前は少尉候補生だ。あとは本人のやる気しだいだな」
「そ、そうだね!」
アリスの言う通りだ。ここで悩んでいても仕方がない。秕は心の中のマイナスイメージを無理やり追い払った。
「さて、無駄話はここまでだ」
アリスは、表情を改めて立ち上がった。どこからともなく鞭を取り出す。
「(なぜ、ムチ?)」
「PMの修行は明日からたっぷりやるとして、夜はオガミヤの修行をやってもらう。お前のじいさんに見張りを頼まれてるからな」
「信用ないんだなあ」
秕の家は代々続く「月御門流陰陽道」のオガミヤである。彼らの一族は、古くから悪霊退治や御祓いを生業として暮らしていた。秕も幼い頃からオガミヤとしての修行を受け、それなりの能力を体得している。それこそがスサノオの力の源であり、それを鍛えることにより、スサノオのレベルアップを図ることができるというわけだ。
「アリスさんて、お兄ちゃんには厳しいよね」
「僕は平気だよ。だって、あれは文字通り『愛の鞭』なんだから。アリスちゃんは僕を心配してくれてるんだ」
「そうなのかなあ? それが、妄想じゃないことを祈ってるよ」
早速修行が始まった。オガミヤの修行には色々あるが、今できる事は限られている。瞑想、起請文の書き取り、錬丹といった、基礎力向上のための地味なものが中心だった。
これらの修行を秕は何年も続けてきていた。彼が現在オガミヤとして力を振るうことが出来るのも、才能というより、これまでの地道な努力によるものであった。……祖父に強要されたものであるとはいえ。
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◆夜
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夜11時を回って、やっとその日の修行は終了となった。秕は疲れきって大浴場の湯船につかった。
「はあー。ゴクラクゴクラク……」
湯船の中で思い切り手足を伸ばす。家の風呂だとこうはいかない。熱めの湯が血行を促進し、旅と修行の疲れを癒していく。一息ついてリラックスした秕の頭には当然のようにアリスの顔が浮かんだ。
「今、隣の女湯にはアリスちゃんが入っているのかー…………」
ついつい想像してしまうのは男のサガというものだろう。
「はっ! だ、ダメだダメだよ。アリスちゃんをそんな目で見ちゃ……!!」
必死で妄想を振り払う。秕の中ではアリスは神聖にして不可侵であり、そのような目で見ることはとんでもない冒涜なのだ。
「アリスちゃん、ごめん、ごめんよう!!」
思わず妄想のアリスに対して謝ってしまう。もう、条件反射のようなものだった。そんなことを考えていると、彼の疲れはいつの間にか消えてしまっていた。
「…………?」
隣の女湯にまでその声が届く。
「……恥ずかしいヤツめ」
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秕が部屋に戻ると、菜乃が彼のベッドを占領し熟睡していた。
「あ、しまった。菜乃用の簡易ベッドを借りてくるんだった」
秕は、修行に集中しすぎてその事をすっかり忘れていた。今から借りて来ようにも、管理人室はもう明かりが消えていた。どんなにゆすっても菜乃は起きない。シアワセそうに寝息をたてている。
「……僕はどこで寝ればいいんだよ?」
しばらく途方にくれていた秕だったが、良い考えは浮かばず、なんとなく廊下に出てみた。すぐ隣がアリスの部屋になっている。
テセラの話では、この寮の住民も今は大半が留守ということだった。時間も時間だし、辺りは静まり返っている。
「アリスちゃん。もう寝たかな」
用もないのにアリスの部屋の前に行ってみた。何度もノックしようと試みて、それが出来ずにいた。
「……やっぱ、やめとこ」
彼にはそんな勇気はなかった。あきらめて帰ろうとした秕だったが、ふと見ると、アリスの部屋のドアが完全に閉まってないことに気づいた。
「カギ、開いてる……!!?」
大義名分が出来た。彼はあわてて彼女の部屋をノックした。もしアリスがカギをかけ忘れているとしたら、それは大変危険なことだ。いつ何時、変質者が侵入するかも分からない。
「まずいよ……」
再度ノックする。だが、返事はなかった。おそらくもう眠りについているのだろう。ケータイに電話してもつながらなかった。
「……よし!」
意を決して、彼はアリスの部屋の中に入った。部屋のカギを閉めるにはアリスを起こすか、アリスが持っている部屋のカギをこっそり借りて外から施錠するしかない。
「アリスちゃーん」
小声でささやく。
「僕はけして変なことをするつもりではなくて、ただ、カギが開いてたから、それを教えてあげるために仕方なく……」
おどおどと言い訳しながら奥へはいると、ベッドの上で着替えもそこそこのアリスが寝息を立てていた。部屋の中は明かりもテレビもついていて、まだ眠るつもりがなかったのは明白だ。
ベッドの側に立ち、そっと寝顔を覗きこむ。
「……アリスちゃん?」
声をかけようとして、秕はそれをやめた。アリスの寝顔に心を奪われたのだ。
「……カ、カワイイ」
ぬれた髪。上気した肌。下着同然の部屋着姿。風呂から出てベッドに横になった瞬間に眠ってしまったのだろう。いつもの厳しい印象は全くなく、まるで小さな子供のような寝顔だった。秕はその場で動けなくなり、5分近くもアリスの寝顔を微動だにせず、ただ見つめていた。
「ううん」
「(ひっっ!!!)」
アリスが寝返りをうつ。あわてて壁まで飛びのいた秕は、そこで我に返った。
「(こんなことしてる場合じゃない。アリスちゃんを起こさなきゃ)」
再びベッドに近寄ろうとした秕の足が、何かに触れた。
「ん?」
足元をみる。飛びのいた時、アリスの荷物を引っ掛けたらしい。横倒しになったスポーツバッグから荷物がはみ出している。秕はその中に奇妙な紙の束を見つけた。それは陰陽道の修行に使う起請文の束だった。
「!! アリスちゃんもオガミヤの修行を……!!?」
考えてみると別に不思議はない。マガツカミに勝つにはそれしかないのだから。アリスがこれほど疲れているのは、おそらく、朝早く起きて修行をしているせいなのだろう。
「でも、僕に隠れてこっそり修行するなんて。アリスちゃんもプライド高いからな……」
秕はアリスを起こすのを断念してあたりを見回した。棚の上に置いてあったカギを取り部屋を出る。
「――と、その前に」
秕は引き返した。アリスをこのままにしておくとカゼをひいてしまう。布団をかけようと手を伸ばした瞬間だった。
「ふざけるなーー!!!」
寝ぼけたアリスの渾身の一撃が秕の顔面にヒットする。いや、寝ぼけたというより、寝ながら気配を察知して反射的に防御したのだ。
「そ……んな……」
秕は完全にKOされて、ベッドに倒れこんだ。
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秕は夢を見ていた。最近何度となく繰り返される、いつもの夢。
「お前はなぜ生きている」
不気味な、低い地鳴りのような声が秕の頭の中に響いてくる。深い悲しみと憎しみをたたえた呪詛のような声。この声の主は一体何を言いたいのか。なぜ自分の夢に何度も出てくるのか。秕にはわからなかった。
ただ、それが彼の心をひどく重くする。それだけは確かだった。
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◆翌朝
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「ああーー!!! なにやってんのよ二人とも!!!」
翌朝、菜乃の叫び声がアリスの部屋にこだました。秕がいないので捜しに来たのだ。
ベッドの上では、アリスと秕が仲良く寝息を立てている。もちろん秕は、昨夜アリスにKOされた後、そのまま眠ってしまっただけであるが。
「んあ……? 菜乃、オハヨ……」
秕が目を覚ました。
「なによ! 信じらんない!! 私というものがありながら!!」
妹の若干論点のずれた怒りを、兄の寝ぼけた頭は理解できなかった。なぜ菜乃に怒られなければならないのか。
だが、真の惨劇はこのあと待ち構えていた。
「ん……」
アリスが目覚める。秕と目があう。
「あ、アリスちゃん、おはよう」
秕はまだ寝ぼけているようだ。挨拶などする前に、すみやかに逃げ出すべきであったのに。
アリスの意識が徐々に鮮明になっていく。
「…………!!」
約三秒後、彼女は事態の異常さに気づいた。無言で、ゆらりと立ち上がる。その後、秕に降りかかった過酷な出来事は、推して知るべし、であった。
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午前8時。出かける準備を済ませた秕たちは、PMの訓練を受けるため、ネクロポリス南に位置する「南ゲート」を目指して出発した。
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◆南ゲート
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ネクロポリス 南ゲート。
ここは、宇宙船ドックや搭乗式歩行重機格納庫、弾薬庫などがそろった、ネクロポリスの玄関口である。今日からここを基点に枢機軍主力アーマチュア・PMの宇宙活動訓練が始まるのだ。アリス、秕、菜乃の3人は、南ゲートの指定されたポイントに集合していた。
アリスが辺りを見回す。
「教官がまだのようだ。しばらく待とう」
三人は教官の到着を待つことにした。
「それにしても、菜乃がなんでここにいるのさ」
妹に目をやって、秕が問いかける。
「私もPMの練習してみようと思って」
「はあ? そんなのムリだよ。菜乃は部外者だし、まだ小さいんだし」
「ムリじゃないもん!!」
その辺に置いてあった作業用のPMに菜乃が勝手に乗り込んだ。そして、あっさりと乗りこなしてしまった。
「ほら。簡単だよ。初等部にだって、PM訓練の授業あるんだから」
「…………!!?」
兄としての立場が無かった。授業で習ったとはいえ、菜乃は明らかに秕より素質があった。
「(というかそれ以前に、車と同じで、キーが無ければPMは動かないはずなんだが……?)」
アリスが苦笑いを浮かべ、半ば呆れ、半ば関心する。PM程度のシステムに侵入するのは、菜乃にとってたやすいことのようだった。
「菜乃ってホントに僕の妹なのかな……? 頭はいいし、運動神経も並じゃないし……」
「そう言われてみれば……」
兄の疑問に妹が同調する。
「はっ!!」
大きく目を見開いて、菜乃は大げさに手を打った。何かに気づいたようだ。大真面目に兄に話す。
「ひょっとして私たち血がつながってないのかも!!」
「嬉しそうにいうなよ……。そんなの妄想だよ。菜乃が生まれた時、僕は病院の廊下で待ってたんだから」
「でもだって、もしそうなら私たち恋人同士になれるじゃない!!」
「はあ? な、なにをバカな。か、仮にもしそうだとしても、いままで兄妹として育って来たのにいまさら……」
ありえないと分かっていても、ついそうなった時の事を想像してみる秕だった。まんざらでもないような顔をしている。
その顔を、いきなりアリスの正拳が捉えた。えげつない音が響く。
「話はそれまでだ。教官が来たぞ」
「……は、はい」
今のアリスの正拳突きにツッコミ以外の意志を感じ取った秕だったが、気のせいではないという確証はなかった。
**********
「よう、またあったな」
軍人とは思えない軽薄さで近づいて来た教官は、先日地上で会った杉藤だった。秕が驚きの声をあげる。
「あ、あの時の……。え? なんで?」
「言ってなかったか? 俺は火星機動艦隊所属、第四艦上機兵部隊、通称、『四機隊』の指揮官をやっている。ヨシュウの命令で今日から俺がお前らの教官兼、上官だ」
杉藤は秕のもっともニガテとする体育会系のノリで話をどんどん進めていく。
「これからたっぷりしごいてやる。覚悟しとけよ。地獄のほうがまだマシだったと思うようになるぜ!!」
「ひっ」
「望むところだ」
震え上がった秕とは対照的に、アリスは余裕たっぷりに答えた。
「へっ。威勢のいいことだな。最初の課題は月面偵察をかねたPMによる長距離移動訓練だ」
杉藤が3人に軍用の携帯端末を支給した。見た目は普通のスマホのようなものだが、リンク1000と呼ばれる戦術データ・リンクシステムが搭載されており、作戦目標、友軍や敵軍の位置等をリアルタイムに表示、共有する事が出来る。もちろん通信等にも使われる。これを使えば、自分が何をするべきかすぐ分かるようになっていた。また、今まで使用してきたケータイと一本化することが出来、枢機軍の多くの人間がそうしていた。
「手順を説明するぞ。一発で覚えろ。まずは、それぞれA02格納庫で自分の機体に搭乗!! そこで基本装備を調達しろ! その後、余裕があればC03、D01格納庫で追加装備を行ってもかまわん。全ての準備が整ったら、もう一度この場所に集合だ。行け!!」
--------------------------------------
◆装備
--------------------------------------
杉藤の命令にしたがって、3人はPMの格納庫に移動した。
「あれ? 13番機じゃないか。なんで月に?」
秕が見上げる先に、教習用PM1番機と13番機が用意してあった。彼らが使っていたものを地上から持って来させたのだ。使い慣れた機体の方が扱いやすいし、それにPMの絶対数が不足しているせいでもある。
「遠足のバスと一緒にトレーラーが三台ついて来てただろう」
「……僕はバスに乗り遅れたから」
アリスが辺りを見回す。
「クロウ用の5番機も持って来てるはずだが……。みあたらないな」
「てことは、やっぱりクロウも来てるんだ」
「なにしてる。こっちだ」
格納庫の一角で杉藤が手招きをしている。周りにはPM用の武器がずらりと並べられていた。
「そこの担当者に言って、PMの基本装備の武器を用意してもらえ。敵はどこに出てくるか分からないからな、用心のためだ」
「杉藤大佐。もし敵に出くわしたとしても、通常兵器じゃダメージを与えられないから、意味がないんじゃ……?」
遠慮がちに、秕が疑問を口にした。
「誰が通常兵器だと言った?」
「え?」
「オレもクシヒルに入ったばかりで今日知ったんだが……。この月では現在『対霊兵器』が開発されている」
「対霊兵器……?」
「そう。霊を……、マガツカミどもを倒すための兵器だ」
杉藤が、後ろに並べられたPM用装備を指さした。外観は通常装備と大して変わらないが、秕にはわかった。それが霊的な力を帯びていることが。
「これ全部!!?」
「ああ。ついでに、お前たちのPMも対霊仕様改修済みだ」
「……対霊仕様」
「やっぱり、うわさは本当だったのね。対霊兵器の開発がここまで進んでたなんて」
菜乃の瞳が怪しくきらめいた。早速兵器類に張り付いてあちこち調べまわす。
「まだまだ、数がぜんぜん足りないがな」
「それにしても……。枢機軍は一体いつから?」
「枢機軍……というより『クシヒル』はかなり前から敵の情報をつかんでいたらしい。敵の正体も、地球への敵意も」
「……クシヒル」
クシヒルが何なのか、秕はよく知らなかった。ただ、たまによくない噂を聞くので、100%信頼が置けるかというと、少し難しかった。杉藤個人に対しては、含む所は無かったが。
「それと同時に、彼らは対策も怠らなかった。つまり、対霊兵器の準備を極秘裏に進めていたんだ。一年ぐらい前からな」
しかしそれでも、ガニメデで初めて遭遇する以前は誰も――クシヒルの母体である枢機軍でさえ――マガツカミのことを信じようとはしなかった。それゆえ、兵器の開発は試作品を作る程度にとどまっており、結果として地球はマガツカミの脅威に対して丸裸に近い状態で立ち向かわねばならなくなった。
だが皮肉なことに、マガツカミの存在が真実だと証明され、そこから対霊兵器の開発が一気に加速し、現在に至る。
「一年。そんな前からあったの? じゃ、なんでウチの学校に敵が来たとき助けてくれなかったの?」
菜乃が食って掛かる。
「……枢機軍は現在、宇宙空間における制宙権の確保に努めている。敵の侵入を宇宙で食い止めようとしてるってわけだ。だから、地上に対霊兵器を回す余裕はなかったんだ。単純に数が足りなかった。量産体制が整ったのはつい最近のことだからな。それに、まさか防衛ラインをやすやすと突破されていきなり地球に敵が出てくるなんて思ってもいなかったらしい」
この件で杉藤を攻めても仕方がない。誰にも未来のことはわからないのだし、その当時杉藤はクシヒルにはいなかった。
「ま、そんなことはどうでもいい。さっさと装備を整えろ。俺はさっきの場所で待ってる」
**********
各自、自分のPMに乗って、PM用ライフル等の各種装備を準備しはじめた。その合間に、菜乃があれこれと作業員に質問している。
「対霊兵器といっても、今ある武器をちょっと改造しただけなんだが……。俺もよくわかんねーよ。今忙しいんだ。後にしてくれ」
「……けち」
仕方なく、菜乃は自分で調べることにした。近くにある軍のコンソールに有線で自前の携帯端末をつなぎ、こっそりとメインフレームに接続する。自分の携帯端末だけでも出来なくはないが、ここにあるコンソールを経由したほうが、より簡単なのだ。
画面に様々な情報が表示される。そこには、対霊兵器の概要が次のように記されていた。
通常物質では影響を与えることが出来ない霊的存在に、物理的干渉を加えることが出来る物質を「霊子干渉イオン」と呼んだ。実はこれの理論ははるか昔から存在する。たとえば、聖水、お札、霊剣、破魔矢などである。儀式やマジナイによって、ただの道具や物質に霊的な属性を持たせるというものだ。それらの効能を科学的に分析し、再現させたのが霊子干渉イオン発生装置である。
対霊兵器とは、現行兵器に「霊子干渉イオン」発生装置を組み込んだもので、普通の武器や装甲に霊的属性を持たせるようにしたものだ。これにより、通常兵器が通用しない霊的存在にもダメージを与えることが出来、また、霊の攻撃をある程度防ぐことも出来る。
「なるほどねー」
手も足も出ない未知の敵に対し、効果的な対抗手段が都合よくポンと現れたようにも感じられたが、それは違った。地球には元々あったのだ。霊的存在に対する、対抗手段というものが。科学の発展とともに、人々はそれをタブー視し、忘れたふりをしていただけなのだ。
菜乃はコンソールを閉じた。対霊兵器の概要は、彼女の想像の範疇内で、さして目新しいことはなかったが、彼女には少し引っかかる点があった。それが何かはすぐにはわからなかった。
【続く】
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