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03 中世
中世04 ~迷宮攻略~
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◆探索
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【御佩しませる剣を抜きて、其の竜を切り屠りたまひし。是は火纏の聖剣、ルーヴラ・アクシエなり】
―― ルーヴ・ドロウス叙事詩 ――
【アールヴ暦23万4009年】
【帝国暦1118年】
「澆季の業、戦の唄、朽ち壊れし破壊の旋律――」
綺麗に梳かした金色の髪を振り乱し、勝ち気そうな少女が杖代わりの細身の剣を振り下ろす。
「――焼きつくせ! 全周火炎槍!!」
シアの殲滅魔法が周辺を焼き払う。この一撃で6体の不死者が火葬された。鼻を突く独特の匂いが周囲に満ちる。
さらに数体を、神使クレスレブの爪とユウナギの固有剣技が仕留めた。残りはリーダーらしき1体のみ。
「散り失せし紅き穹窿、穿ちて降り、劫火の衣纏て刺し貫け――」
唱えつつ、トップスピードでルーヴが突撃する。
「――火炎付与!」
鉄剣に、気化した魔力がまとわり付き、紅蓮の炎となって燃え上がる。と同時に、ほぼ一瞬のうちに、ルーヴは3回の斬撃を敵の頸部めがけて叩き込んだ。群れのリーダーらしき食屍鬼はゆっくりと倒れ、床と抱擁し塵となる。
不死者の群れは一掃された。一行が、苦心の末やっと見つけたレイドーク迷宮の入り口を、くぐった途端の敵襲だった。
「――ったく、いきなりかよ」
ルーヴが短く息を吐き、剣をしまった。皆、警戒しつつも戦闘態勢を解除した。
「つよいねえ。ルーヴくん。シアちゃんも」
ウサコが場違いな拍手を送った。彼女自身は、「余計なことをしないように」と言われ、最近の戦闘時ほとんど"見学"だ。
「シア、不死者・怖くない?」
小さなリリルが、年上に見えるシアを心配して声をかけた。先日、怪談に怯える彼女を見ていたからだ。
「……イヤだけど、まだまし。痛い話がだめなのよ」
リリルをライバル視していたシアだったが、このやり取り以後、表情が少し和らいだように見えた。
「使い過ぎか。少し抑えねーと」
自分のバッグから取り出した、干した森檎の砂糖漬けを頬張りながら、ルーヴがつぶやいた。
戦いが終わって改めて周囲を確認する。迷宮内、最初の部屋は大きなホールになっていた。中心に大掛かりな魔法陣が刻まれているが、今は何も反応しない。その先に広い階段室があり、上と下へ続いていた。彼等の目的は地下迷宮にあるので下を目指す。
このレイドーク迷宮の全体像はいささか複雑であった。
まず、レイドーク卓状台地の外観は、断崖の"脚"に支えられた巨大な"浮島"によく例えられる。その内部には、浮島から脚を通って地下へと至る長大な坑道が張り巡らされていた。迷宮は3つの領域に大別される。浮島内部にある上層迷宮。浮島を支える脚の内部を貫く大階梯。そして地下に広がる地下大迷宮だ。ちなみに、上へ行くとイールニック山の大穴に出ると言う。
上層迷宮は、古いなりに地下街のように綺麗に整備されていた。街の延長として使われていた様子が伺える。放棄されてからどれだけ時間が経ったのか、至る所が朽ちて劣化している。
「こんなにスゴイ街を作ったのに、レイドークの人たちは一体どこへ行ったんだろう」
レイドがポツリと独り言ちた。
松明を灯して警戒しつつ奥へと足を運ぶ。
ルーヴとシアが前衛。続いてレイドがマッピングしつつ索敵魔法で周囲を警戒。ユウナギとクレスレブが後衛で、ウサコとリリルを真ん中に置く。
迷宮内に人の気配は全く無いが、どうやら他にも魔獣が住み着いているようだ。足跡やフン等、様々な痕跡があちこちで確認された。
数体の魔獣に出くわし、それを退けながら進む。ユウナギ達カクリヨの住人はもちろん力をセーブしている。
「大丈夫か、チビッコ?」
「へいき。わたし・つよい」
ルーヴの言葉にリリルがカタコトで答えた。
実際リリルは神使なので、この場のどのアールヴよりも強い力「天眷」を持っている。しかし、ここまでの道のりで彼女はあまり戦ってない。大抵の魔獣はルーヴ達があっという間に片付けてしまうから。
「すごい、リアルダンジョン、リアルRPGだ!」
ルーヴとはまた違った妙なテンションで、ラギことユウナギがはしゃいでいた。彼はもちろん以前この迷宮を訪れたことがある。だが今、魔獣の徘徊する廃墟となったここは、RPGのダンジョンそのものだった。
「ゲームとはこうでなくてはいけない。敵との駆け引き。探索と謎解き。戦略、戦術。ハック&スラッシュ!」
楽しそうにまくし立てた後、ふいに彼の笑顔に影が落ちる。
「それなのに実際のゲームときたら、目的地までオートランしたり(便利だけど)、リアルマネーで強い武器が買えたり……。大体、戦闘が適当すぎる。自分の仲間が殺されまくってるのに何の反応もしない平和主義のコボルド。殺されたハシからすぐ湧き出して、途切れること無く補充される消耗品のゴブリン……etc。そんなものがゲームといえるか!? MMOの性質上仕方ない面もあるかもしれないが、いやそれ以前に、敵をカチカチクリックするだけでなにが楽しいのか!?」
ついつい我を忘れて熱弁してしまうユウナギだった。
ルーヴが首をかしげる。
「ヤツは何を言っているんだ?」
「……すまない。個人の感想だ。気にしないでくれ」
恥ずかしそうにクレスレブがフォローした。
しばらく進むと、途中、ほとんど手付かずの洞窟が残されていた。その奥には一面落書きのような壁画が描かれていた。
「下手くそな絵。オレの方がよっぽどうまいぜ」
「ルーヴ、まって!」
壁画を撫で回そうとしたルーヴをレイドが止めた。
「その絵だって貴重な遺産だよ。それに、どうしてココだけ自然の洞窟のままなんだろ? ひょっとしてその絵は更に古いものなんじゃ?」
彼の想像通り、この場所は最初期の状態でそのまま保存されていた。
壁画には、当時の狩りの様子や幾つもの手形。そして、2人のアールヴと1人の神の姿があった。
リリルにはその絵の作者が誰かすぐにわかった。目を細めて手を伸ばし、直前で止める。
ただ、描かれている2人のアールヴのうち片方は絵の作者の少年だとして、もう1人は誰なのか。彼女の脳裏に、23万年前に出会ったプラチナブロンドの少女の事が思い出され、ほっぺたが少しだけ膨らんだ。
そうしてリリルは思い至る。シアが、その少女にどことなく似ているということに。もっとも、彼女の生まれ変わりというわけではないようだったが。
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◆地下迷宮
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上層迷宮の探索はそこそこに、一行は大階梯を下って一気に地下へ進んだ。伝承によれば、求める聖剣は地下深くの宝物庫に眠るとされる。
この地下迷宮は、もともと自然の洞窟を拡張した鉱山跡地でもあった。中心に直径400m超の巨大な縦穴があり、その内壁には古代の建造物が無数に張り付いている。さながら巨大地下都市といった様相だ。縦穴の途中からはいくつか四方に伸びる横穴が迷宮となって広がり、何層にもわたって積み重なっていた。
大穴を覗き込む。人はいないはずだが、今も魔法の明かりが点々と光を放っている。玄武岩や石灰岩で作られた通路や建物には様々な意匠が施され、当時の建築技術の高さが伺える。ただ、その見事だった地下都市も今は廃墟に過ぎない。湿気のせいで表面はじっとりと濡れて雫が滴り、苔がむし、小さな生き物が蠢いていた。
地下迷宮の中はルーヴ達の想像以上に広く、上層にも増して複雑であった。探索は容易ならざるものになるだろう、と誰もが思った。
大穴の階段入り口に大きなフロアがあった。壁には天体図が彫り込まれていて、中心に"太陽"と"月"がある。
「知ってるか?」
ルーヴが口を開いた。
「太陽 と 月 は 創世記 の兄妹アルとリリルが天に登った姿なんだ。だから 太陽 と 月 って呼ぶようになったんだぞ」
普通こういった話はレイドの担当である。ルーヴがこんな話に詳しいのは少し意外であった。
「……それ・ちがう」
少しだけ"への字"口になって、月の名前の元になった張本人が言った。この時代、女子の名前で"リリル"はありふれていたため、彼女は偽名を使う必要がなかった。
「月と兄妹・は・この大地。だから・大地と・呼ぶべき」
「は? 何言ってんだよ。学校で習っただろ?」
ルーヴが不審げに、無学な子供を諭すように言った。
慌ててユウナギが間に入る。
「き、気にするな。勘違いだ。な、リリル?」
言いつつ、秘匿回線で個別に注意する。
〈不用意に知識を与えちゃダメだろ?〉
リリルは何も答えずソッポを向く。
「そうだよ、りっちゃん。その事はまだ秘密なnんんーー!?」
ユウナギはウサコの口にサルグツワをかませた。
リリルがこんな事を言ったのは、太陽と月に自分たち兄妹の名前が使われていたからだろう。地上から見ると、太陽と月が兄妹に見えるのも無理はない。しかし実際に宇宙から見れば、第4惑星(大地)と第5惑星(月)がお互いの周りを周回する双子星なのは自明の理だ。第5惑星と兄妹であるべきは太陽ではなくここ第4惑星なのだ。リリルはそう考えていた。ルーヴの説だと、自分たち兄妹が引き裂かれたかのように感じられたのだ。
ユウナギ達カクリヨの住人からすれば当然のことであるが、まだまだアールヴには理解が難しい話だった。そもそもアールヴはこの大地が惑星であることを知らない。そのことに興味を示したのはレイドだ。
「この大地が、月みたいな球体っだって言うのかい?」
「何言ってんのよレイド。そんなわけ無いでしょ?」
後にレイドは天動説を経て地動説にたどり着く事になるが、観測データも乏しいこの時代では、誰にも受け入れられない事だった。
第4惑星と第5惑星が双子星であることが認められ、 兄星 と 妹星 と呼ばれるようになるのは、まだ見ぬ未来の事となる。
**********
その後も、探索と戦闘を繰り返しつつ時間が過ぎていく。
地下へ進むに連れ闇は深まり、湿気と閉塞感が息を詰まらせる。綺麗に整備された通路も減り、ノミの痕が残る岩肌がむき出しの坑道が目立つようになる。滴る水に含まれる石灰質成分が石筍となってぶら下がり、何層にも重なった苔が苗床となって見慣れぬ植物がつるを伸ばしていた。ところどころ壁がもろくなっている部分もあり、崩れたらオシマイだろう。
この迷宮に巣食っているのは、主に不死者系の魔獣だ。食屍鬼、歩く死体、骸骨兵など。かつてこの地に埋葬された死者達であろうか。
しかしその死者の群れも、一行の行く手を遮るには至らなかった。レイドのサポート魔法とシアの攻撃魔法に守られたルーヴの活躍は、まさに鬼神のごとく。彼自身の付与魔法と剣技も、その年齢にしては相当のものだ。おかげでユウナギ達はあまりやることがなかった。
ここまでは危なげなく全てが順調だった。――ただ1人の人物を除いて。
「よーし、わたしもがんばるぞ!」
ユウナギに「余計なことをするな」と言われていたウサコであったが、ルーヴ達の活躍に感化されて居ても立ってもいられなくなった。これまでの失点を回復するべく、張り切って戦闘に参加する。
結果。
「ちょー、おま、何やってんだ―!?」
「わー、また石化――」
「それに触っちゃダメー!!」
敵を呼びこんだり、間違えてユウナギを石化したり、全ての罠に律儀にハマったり。様々なヘマをやらかして、ウサコはユウナギに叱られるハメになった。目を覆いたくなるような自らの役立たずぶりに、戦慄すら覚えるウサコだった。
「わたしって一体……」
**********
気を取り直して冒険は続く。地下迷宮の各階層はそれぞれ封印されており、地下へ降りるには封印を解きながら進まなければならなかった。魔獣を退け、封印の謎を解明し、数々の苦難を乗り越えて一行はようやく地下4層にたどり着いた。
そんな中、闘いで突出しすぎたルーヴが軽い怪我をしてしまった。
「もう! 無茶するから。……レイド」
シアに促され、回復魔法を使おうとしたレイドが少しふらついた。旅の疲れが蓄積された状態で、急激かつ大量に魔力を消費したため反動が出たのだろう。
「ごめん、少し休めばなんとか……」
「気にすんなレイド。コレぐらい回復しなくてもいいって」
脳天気に笑って、ルーヴがレイドの背中をはたく。しかし、事はそう単純ではない。
「そういうことじゃないでしょ。回復役がいないとこれ以上進めないのよ」
シアがレイドを気遣いながら言った。こうなってしまったのは、ペース配分を間違えたルーヴやシアにも責任がある。とはいえ、ここで手詰まりというほど大げさな話でもない。対処法は至極単純だ。
「仕方ない。少し休みましょう」
「ほら、これ食え。少しは力が出るぞ」
ルーヴはレイドに、干した森檎の砂糖漬けを手渡した。
「あの」
ユウナギが口を挟んだ。かねてから不思議に思っていた事があったからだ。
「なんで薬草とか使わないんだ? いや、ウチのリリルも回復できるけど、その前に、薬草とかのアイテムを併用して魔力の消費を抑えるべきでは?」
「やくそう?」
アールヴの3人がキョトンとして首をかしげた。
「それぐらいの怪我なら普通に治療すればいいだろ?」
ユウナギは前に出ると、ルーヴの傷を洗い、薬草をすりつぶして作った薬を塗りつけ、包帯を巻いた。即効性は無いものの、血が止まり痛みも引くため十分戦闘に復帰できる。
「なるほど。これで魔力を節約できるな」
「へえ。いろんな事を知ってるんだね、ラギ」
「フ、フン。まあ、使えなくは無いわね」
感心したように、3人は口々に言った。その反応を見てユウナギの方が驚く。
「……てまさか、知らなかったのか?」
頷く3人。
またしても魔法の弊害が現れた。なまじ魔法でなんでも出来るが故に、旧世界ではすでにあったはずのものが幾つか、アールヴ世界には存在しなかった。先日の弓矢の件もそうだ。さらに言えば、長寿のせいでのんびりした性格、ややもすれば向上心に欠ける面も垣間見えた。
ちなみに、この件は神使の報告にあったのだが、ユウナギは書類に目を通していなかった。
見方をかえれば、これはユウナギ達の干渉がもたらした結果かも知れなかった。アールヴが魔法に依存しきっている事が、ではなく、彼等がここまで進歩出来たことが、である。つまり、干渉が無ければアールヴはここまで進歩せずにやがては消えゆく種族だったのではないか。それは、レアムローンや他の種族の進化を邪魔することになったのではないか。
その考えに、ユウナギは愕然としたりはしなかった。もうすでに列車は動き出して久しい。今更進路を変更することなど出来はしないのだから。
**********
深い闇の奥。セピア色のモヤがかかる小さな光の中で、子供の頃のシアはうずくまっていた。
――シア、ほらゴハンだぞ。
――シアー、助けて、ルーヴがいじめるよ―
――眠れないのか? じゃあオレが本読んでやる。ええと、この字はなんて読むんだ?
――お菓子もらったんだ。一緒に食べよう。
――何言ってんだよシア。お前にはオレとレイドっていう家族がいるだろ。
――シア。シア……。
シアは目を覚ました。休憩中ついウトウトしてしまったらしい。何だか懐かしい夢を見ていた気がするが、その記憶は覚醒とともに急速に失われた。それでも、何か温かいものが彼女の胸の中には残っていた。
「ほら行くぞ」
「大丈夫?」
顔を上げると、幼なじみの少年2人が、笑顔で彼女を待っていた。
「べ、別に疲れてなんかないんだからね!」
頬を染めてソッポを向く彼女を、深く重々しく頷きながらユウナギは見守っていた。21世紀の世界ではすでに失われたベタなツンデレ。そこに至高の価値を見いだせる者はこの世界には稀である。そのユウナギのことを、リリルとウサコは可哀想な人を見るように見るのだった。
―――――――――――――――――――
◆宝物庫
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休憩を挟んで探索は続いた。
この迷宮を馬鹿正直に攻略しようとすると1ヶ月以上はかかるだろう。しかし、実際はそれほど困らなかった。レイドの探知魔法が優秀だったのもあるが、もう一つ。
「……こっちだ」
ルーヴが的確に道を選んでいたからだ。
「なんだろ。呼ばれている気がする」
彼の言葉が意味するのはただの偶然か、それとも何らかの要因によるものか、アールヴ達にはわからなかった。
ルーヴとレイドのおかげで、探索は順調に進み、4日後、一行はついに地下の宝物庫に辿り着いた。もはやどれほど深く潜ったのかもわからない。
重い扉を無理やり開けて中に入ると、見事な作りの100m四方ほどの大きな部屋になっていた。特に天井は高く、一部が崩れて天然の大きな洞窟と繋がっている。天井から光が差し込んでいたが、これは太陽光ではなく、魔法照明によるものだ。部屋の周りには幾つもの古い棚が並び、様々な道具や本などが置かれていた。
一番に中に入ったルーヴの足がふいに止まる。期待に満ちた彼の顔が、笑顔のまま硬直した。同時に、招かれざる客を威嚇する低い唸り声が響く。宝物庫の内部、金銀財宝が山と積まれた広間の中央に鎮座する禍々しき錆色の影。
「ナ、亜竜種!?」
10mを超える巨大な竜種・爬虫類に対する本能的な恐怖は哺乳類共通であろうか。アールヴ達が思わず息を呑み、一歩後ずさる。
亜竜種。見た目は竜種とあまり変わらない、いわゆるドラゴンである。しかし、竜種ほど高い知能はもたず、反比例して凶暴な性質だ。攻撃手段は強力な爪や牙、ブレス。さらに厄介なことに、亜竜には特殊な力があった。超能力である。
亜竜が黄色い目をカッと見開いた。たちまち全員が動けなくなる。超能力による金縛りだ。
「し、しまった!」
ルーヴはもがいたが、一歩も動けない。
勝ち誇った顔で亜竜が鎌首をもたげ、人間たちを睥睨する。そこにあったのは、憎悪でも敵意でもなく、ただ食欲であった。
「追従する空洞、堅固なる城塁よ……」
幸い口だけは動かせたので、レイドは小声で素早く呪文の詠唱を開始した。
溶岩の如く炎のよだれを垂らしながら、亜竜は口を大きく開いた。炎のブレスを吐くつもりのようだ。どうやら、彼の好物は"丸焼き"らしい。
「まずい、来るぞ!!」
動けないルーヴ達をめがけ、亜竜は熱い溶けた鉄のようなブレスを吐き出した。回避は不可能だ。
「――領域防壁!」
レイドがギリギリで防壁を展開することに成功した。傘にバケツの水をぶちまけたように、ブレスが周辺に飛散する。
「状態回復!」
全員の金縛りが瞬時に解ける。リリルの魔法だ。
動けるようになると同時にルーヴは飛び出していた。竜に対する恐れは無理やり振り払う。
「……なんだ今の魔法!?」
リリルの魔法の異常さにレイドだけは気が付いた。彼女の魔法は、長文呪文を使わない大昔の原始的な単語魔法であったのだ。そのやり方だと弱い力しか出ないはずなのに、何故か現代の長文魔法よりも強い魔力を彼は感じていた。
しかし今はそんなことにこだわっている場合ではない。
「レイド!!」
「あ、うん!」
先行するルーヴに促され、レイドが補助魔法をかける。シアが物理攻撃魔法と死霊魔法で遠距離から援護する。いつもながら見事な連携だった。
「散り失せし白亜の穹窿、穿ちて降り、氷結の衣纏て刺し貫け――」
リリルが使った状態回復魔法の効果はしばらく続く。その間に決着をつけるべく、ルーヴが呪文を唱えながら亜竜に肉薄した。
「――凍結付与!!」
全てを凍てつかせる絶対零度の冷気が鉄剣を白く覆う。
「喰らえぇぇ!!」
氷の剣が三日月型の軌跡を描いて振りぬかれると、亜竜の右腕が本体と永遠に別れを告げた。傷口は完全に凍りついており、血は出なかったが冷気による追加ダメージが追い打ちをかける。怒り狂った亜竜は雄叫びを上げ、長大な尾を打ち振るう。周りの遺物や壁などが次々と叩き壊されていく。
「へえ、いい動きだ」
ユウナギが素直にルーヴを褒めた。これまでの冒険を経て、彼等3人の成長は目覚ましく、特にルーヴの体術は特筆すべきものだった。魔法に頼りがちなアールヴにしては良い傾向だ。
「ラギ様。我々はどうする?」
クレスレブがユウナギに向き直って指示を仰ぐ。
「そうだな、レベル制限37ぐらいか。この前の虫よりは強そうだし」
「了解」
神威も天眷もみだりに使ってはならないという制約があるため、彼らが地上で活動する際は基本的に生前の力である現世レベルを使う事になる。それでもまだ強すぎるため、レベルキャップを設けて制限するのだ。
ともあれ、ユウナギ、クレスレブの参戦により、戦況は一気に有利に傾いた。
**********
そんな中、失敗続きのウサコは体育座りをして、隅っこで戦いの様子を眺めていた。ユウナギに「頼むから大人しくしててくれ」と言われたのだ。何かを悟ったような諦めたような彼女の瞳は、「どうせ私なんて」と語っていた。
その隣に座り、リリルはお菓子を食べている。こちらは戦うのが面倒くさいだけだ。無言でウサコにお菓子を差し出す。
「あ、ありがとう……」
半泣きで、ウサコはお菓子にかじりついた。
**********
人狼クレスレブが無造作に亜竜の前に出た。
「少し本気を出す」
鬼神の如き形相で気合を込めると、体毛がザワザワと波打ち始めた。身体が2倍ほどに巨大化し、四肢で地面を踏みしめる。彼はもう一つの姿、完全な獣型を現した。人狼の特有能力である。
そのまま突進したクレスレブは地を蹴って宙を舞い、体を丸めると凄まじい縦回転をしながら、亜竜に体当たりを食らわせた。亜竜が吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
「!!?」
ルーヴ達があっけに取られて目を見張った。いくら変身したからといえ、並みの人狼にそこまでの力は無いはずである。
「は、はは。ドジだなぁあの竜。あんなところでつまずくなんて」
ユウナギは苦しいフォローを入れた。クレスレブが恐縮している。力加減を間違えたようだ。
亜竜は頭を振って起き上がり、怒りの叫び声をあげた。まだまだ体力は残っている。
2人を除いた皆の活躍で、彼等は亜竜を追い詰めつつあった。
「面白い。面白いのう」
その、緊迫した戦闘の中で唐突に笑い声が聞こえてきた。
「!? あんたは……」
ルーヴが振り返ると、いつの間にかすぐ側に若い女が立っていた。笑い声の正体は、先日ルルヒ・ルラーム村で出会ったクロロだ。つば広の三角帽子をかぶり黒いマントを翻す。
「この間の酔っぱらいねーちゃん!? なんでここに!?」
「まさかまた、ルーヴかレイドを狙って!?」
シアが苛ついて言ったが、流石に今は持ち場を離れるわけにはいかない。
「いやなに、レイドークが気になってついて来てみたんじゃが、それ以上に面白いものが見つかったのう」
のんびりと世間話を続けようとするクロロの背後には、怒り狂う亜竜がいた。彼女の頭上に、ダガーを連ねたような顎門が迫る。
「ちょ、上、上ー!」
慌てるルーヴ達に対し、クロロはひどく落ち着いた様子で、マユ1つ動かさずに呟いた。
「ジャマじゃ」
彼女が左手を軽やかにひるがえすと、その先から超高密度のエネルギー体が放たれ亜竜に直撃した。まばゆい光と爆炎が荒れ狂う。
「な……!!?」
「え? じゅ、呪文もなしに!?」
爆炎がおさまると、そこには亜竜の手足としっぽの一部だけが残され、他は粉々に消し飛んでいた。
「い、一撃で……!?」
常識を超える手法とケタ違いの破壊力。呆然と自失して、ルーヴ達が言葉をつまらせた。
ややあって、我に返ったルーヴが女に向き直る。
「ス、スゴイなあんた。ええと、クロロさんだっけ? 何だ今の? つか、何しにここへ?」
興奮するルーヴに対して、クロロはひどく落ち着いていた。
「今回はおぬしらに用はない。ワシが興味が有るのは……」
ユウナギの方を向いて、怪しげにニタリと笑う。
「……こっちじゃ!!」
クロロは突如、ユウナギ達に襲いかかった。
【続く】
◆探索
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【御佩しませる剣を抜きて、其の竜を切り屠りたまひし。是は火纏の聖剣、ルーヴラ・アクシエなり】
―― ルーヴ・ドロウス叙事詩 ――
【アールヴ暦23万4009年】
【帝国暦1118年】
「澆季の業、戦の唄、朽ち壊れし破壊の旋律――」
綺麗に梳かした金色の髪を振り乱し、勝ち気そうな少女が杖代わりの細身の剣を振り下ろす。
「――焼きつくせ! 全周火炎槍!!」
シアの殲滅魔法が周辺を焼き払う。この一撃で6体の不死者が火葬された。鼻を突く独特の匂いが周囲に満ちる。
さらに数体を、神使クレスレブの爪とユウナギの固有剣技が仕留めた。残りはリーダーらしき1体のみ。
「散り失せし紅き穹窿、穿ちて降り、劫火の衣纏て刺し貫け――」
唱えつつ、トップスピードでルーヴが突撃する。
「――火炎付与!」
鉄剣に、気化した魔力がまとわり付き、紅蓮の炎となって燃え上がる。と同時に、ほぼ一瞬のうちに、ルーヴは3回の斬撃を敵の頸部めがけて叩き込んだ。群れのリーダーらしき食屍鬼はゆっくりと倒れ、床と抱擁し塵となる。
不死者の群れは一掃された。一行が、苦心の末やっと見つけたレイドーク迷宮の入り口を、くぐった途端の敵襲だった。
「――ったく、いきなりかよ」
ルーヴが短く息を吐き、剣をしまった。皆、警戒しつつも戦闘態勢を解除した。
「つよいねえ。ルーヴくん。シアちゃんも」
ウサコが場違いな拍手を送った。彼女自身は、「余計なことをしないように」と言われ、最近の戦闘時ほとんど"見学"だ。
「シア、不死者・怖くない?」
小さなリリルが、年上に見えるシアを心配して声をかけた。先日、怪談に怯える彼女を見ていたからだ。
「……イヤだけど、まだまし。痛い話がだめなのよ」
リリルをライバル視していたシアだったが、このやり取り以後、表情が少し和らいだように見えた。
「使い過ぎか。少し抑えねーと」
自分のバッグから取り出した、干した森檎の砂糖漬けを頬張りながら、ルーヴがつぶやいた。
戦いが終わって改めて周囲を確認する。迷宮内、最初の部屋は大きなホールになっていた。中心に大掛かりな魔法陣が刻まれているが、今は何も反応しない。その先に広い階段室があり、上と下へ続いていた。彼等の目的は地下迷宮にあるので下を目指す。
このレイドーク迷宮の全体像はいささか複雑であった。
まず、レイドーク卓状台地の外観は、断崖の"脚"に支えられた巨大な"浮島"によく例えられる。その内部には、浮島から脚を通って地下へと至る長大な坑道が張り巡らされていた。迷宮は3つの領域に大別される。浮島内部にある上層迷宮。浮島を支える脚の内部を貫く大階梯。そして地下に広がる地下大迷宮だ。ちなみに、上へ行くとイールニック山の大穴に出ると言う。
上層迷宮は、古いなりに地下街のように綺麗に整備されていた。街の延長として使われていた様子が伺える。放棄されてからどれだけ時間が経ったのか、至る所が朽ちて劣化している。
「こんなにスゴイ街を作ったのに、レイドークの人たちは一体どこへ行ったんだろう」
レイドがポツリと独り言ちた。
松明を灯して警戒しつつ奥へと足を運ぶ。
ルーヴとシアが前衛。続いてレイドがマッピングしつつ索敵魔法で周囲を警戒。ユウナギとクレスレブが後衛で、ウサコとリリルを真ん中に置く。
迷宮内に人の気配は全く無いが、どうやら他にも魔獣が住み着いているようだ。足跡やフン等、様々な痕跡があちこちで確認された。
数体の魔獣に出くわし、それを退けながら進む。ユウナギ達カクリヨの住人はもちろん力をセーブしている。
「大丈夫か、チビッコ?」
「へいき。わたし・つよい」
ルーヴの言葉にリリルがカタコトで答えた。
実際リリルは神使なので、この場のどのアールヴよりも強い力「天眷」を持っている。しかし、ここまでの道のりで彼女はあまり戦ってない。大抵の魔獣はルーヴ達があっという間に片付けてしまうから。
「すごい、リアルダンジョン、リアルRPGだ!」
ルーヴとはまた違った妙なテンションで、ラギことユウナギがはしゃいでいた。彼はもちろん以前この迷宮を訪れたことがある。だが今、魔獣の徘徊する廃墟となったここは、RPGのダンジョンそのものだった。
「ゲームとはこうでなくてはいけない。敵との駆け引き。探索と謎解き。戦略、戦術。ハック&スラッシュ!」
楽しそうにまくし立てた後、ふいに彼の笑顔に影が落ちる。
「それなのに実際のゲームときたら、目的地までオートランしたり(便利だけど)、リアルマネーで強い武器が買えたり……。大体、戦闘が適当すぎる。自分の仲間が殺されまくってるのに何の反応もしない平和主義のコボルド。殺されたハシからすぐ湧き出して、途切れること無く補充される消耗品のゴブリン……etc。そんなものがゲームといえるか!? MMOの性質上仕方ない面もあるかもしれないが、いやそれ以前に、敵をカチカチクリックするだけでなにが楽しいのか!?」
ついつい我を忘れて熱弁してしまうユウナギだった。
ルーヴが首をかしげる。
「ヤツは何を言っているんだ?」
「……すまない。個人の感想だ。気にしないでくれ」
恥ずかしそうにクレスレブがフォローした。
しばらく進むと、途中、ほとんど手付かずの洞窟が残されていた。その奥には一面落書きのような壁画が描かれていた。
「下手くそな絵。オレの方がよっぽどうまいぜ」
「ルーヴ、まって!」
壁画を撫で回そうとしたルーヴをレイドが止めた。
「その絵だって貴重な遺産だよ。それに、どうしてココだけ自然の洞窟のままなんだろ? ひょっとしてその絵は更に古いものなんじゃ?」
彼の想像通り、この場所は最初期の状態でそのまま保存されていた。
壁画には、当時の狩りの様子や幾つもの手形。そして、2人のアールヴと1人の神の姿があった。
リリルにはその絵の作者が誰かすぐにわかった。目を細めて手を伸ばし、直前で止める。
ただ、描かれている2人のアールヴのうち片方は絵の作者の少年だとして、もう1人は誰なのか。彼女の脳裏に、23万年前に出会ったプラチナブロンドの少女の事が思い出され、ほっぺたが少しだけ膨らんだ。
そうしてリリルは思い至る。シアが、その少女にどことなく似ているということに。もっとも、彼女の生まれ変わりというわけではないようだったが。
―――――――――――――――――――
◆地下迷宮
―――――――――――――――――――
上層迷宮の探索はそこそこに、一行は大階梯を下って一気に地下へ進んだ。伝承によれば、求める聖剣は地下深くの宝物庫に眠るとされる。
この地下迷宮は、もともと自然の洞窟を拡張した鉱山跡地でもあった。中心に直径400m超の巨大な縦穴があり、その内壁には古代の建造物が無数に張り付いている。さながら巨大地下都市といった様相だ。縦穴の途中からはいくつか四方に伸びる横穴が迷宮となって広がり、何層にもわたって積み重なっていた。
大穴を覗き込む。人はいないはずだが、今も魔法の明かりが点々と光を放っている。玄武岩や石灰岩で作られた通路や建物には様々な意匠が施され、当時の建築技術の高さが伺える。ただ、その見事だった地下都市も今は廃墟に過ぎない。湿気のせいで表面はじっとりと濡れて雫が滴り、苔がむし、小さな生き物が蠢いていた。
地下迷宮の中はルーヴ達の想像以上に広く、上層にも増して複雑であった。探索は容易ならざるものになるだろう、と誰もが思った。
大穴の階段入り口に大きなフロアがあった。壁には天体図が彫り込まれていて、中心に"太陽"と"月"がある。
「知ってるか?」
ルーヴが口を開いた。
「太陽 と 月 は 創世記 の兄妹アルとリリルが天に登った姿なんだ。だから 太陽 と 月 って呼ぶようになったんだぞ」
普通こういった話はレイドの担当である。ルーヴがこんな話に詳しいのは少し意外であった。
「……それ・ちがう」
少しだけ"への字"口になって、月の名前の元になった張本人が言った。この時代、女子の名前で"リリル"はありふれていたため、彼女は偽名を使う必要がなかった。
「月と兄妹・は・この大地。だから・大地と・呼ぶべき」
「は? 何言ってんだよ。学校で習っただろ?」
ルーヴが不審げに、無学な子供を諭すように言った。
慌ててユウナギが間に入る。
「き、気にするな。勘違いだ。な、リリル?」
言いつつ、秘匿回線で個別に注意する。
〈不用意に知識を与えちゃダメだろ?〉
リリルは何も答えずソッポを向く。
「そうだよ、りっちゃん。その事はまだ秘密なnんんーー!?」
ユウナギはウサコの口にサルグツワをかませた。
リリルがこんな事を言ったのは、太陽と月に自分たち兄妹の名前が使われていたからだろう。地上から見ると、太陽と月が兄妹に見えるのも無理はない。しかし実際に宇宙から見れば、第4惑星(大地)と第5惑星(月)がお互いの周りを周回する双子星なのは自明の理だ。第5惑星と兄妹であるべきは太陽ではなくここ第4惑星なのだ。リリルはそう考えていた。ルーヴの説だと、自分たち兄妹が引き裂かれたかのように感じられたのだ。
ユウナギ達カクリヨの住人からすれば当然のことであるが、まだまだアールヴには理解が難しい話だった。そもそもアールヴはこの大地が惑星であることを知らない。そのことに興味を示したのはレイドだ。
「この大地が、月みたいな球体っだって言うのかい?」
「何言ってんのよレイド。そんなわけ無いでしょ?」
後にレイドは天動説を経て地動説にたどり着く事になるが、観測データも乏しいこの時代では、誰にも受け入れられない事だった。
第4惑星と第5惑星が双子星であることが認められ、 兄星 と 妹星 と呼ばれるようになるのは、まだ見ぬ未来の事となる。
**********
その後も、探索と戦闘を繰り返しつつ時間が過ぎていく。
地下へ進むに連れ闇は深まり、湿気と閉塞感が息を詰まらせる。綺麗に整備された通路も減り、ノミの痕が残る岩肌がむき出しの坑道が目立つようになる。滴る水に含まれる石灰質成分が石筍となってぶら下がり、何層にも重なった苔が苗床となって見慣れぬ植物がつるを伸ばしていた。ところどころ壁がもろくなっている部分もあり、崩れたらオシマイだろう。
この迷宮に巣食っているのは、主に不死者系の魔獣だ。食屍鬼、歩く死体、骸骨兵など。かつてこの地に埋葬された死者達であろうか。
しかしその死者の群れも、一行の行く手を遮るには至らなかった。レイドのサポート魔法とシアの攻撃魔法に守られたルーヴの活躍は、まさに鬼神のごとく。彼自身の付与魔法と剣技も、その年齢にしては相当のものだ。おかげでユウナギ達はあまりやることがなかった。
ここまでは危なげなく全てが順調だった。――ただ1人の人物を除いて。
「よーし、わたしもがんばるぞ!」
ユウナギに「余計なことをするな」と言われていたウサコであったが、ルーヴ達の活躍に感化されて居ても立ってもいられなくなった。これまでの失点を回復するべく、張り切って戦闘に参加する。
結果。
「ちょー、おま、何やってんだ―!?」
「わー、また石化――」
「それに触っちゃダメー!!」
敵を呼びこんだり、間違えてユウナギを石化したり、全ての罠に律儀にハマったり。様々なヘマをやらかして、ウサコはユウナギに叱られるハメになった。目を覆いたくなるような自らの役立たずぶりに、戦慄すら覚えるウサコだった。
「わたしって一体……」
**********
気を取り直して冒険は続く。地下迷宮の各階層はそれぞれ封印されており、地下へ降りるには封印を解きながら進まなければならなかった。魔獣を退け、封印の謎を解明し、数々の苦難を乗り越えて一行はようやく地下4層にたどり着いた。
そんな中、闘いで突出しすぎたルーヴが軽い怪我をしてしまった。
「もう! 無茶するから。……レイド」
シアに促され、回復魔法を使おうとしたレイドが少しふらついた。旅の疲れが蓄積された状態で、急激かつ大量に魔力を消費したため反動が出たのだろう。
「ごめん、少し休めばなんとか……」
「気にすんなレイド。コレぐらい回復しなくてもいいって」
脳天気に笑って、ルーヴがレイドの背中をはたく。しかし、事はそう単純ではない。
「そういうことじゃないでしょ。回復役がいないとこれ以上進めないのよ」
シアがレイドを気遣いながら言った。こうなってしまったのは、ペース配分を間違えたルーヴやシアにも責任がある。とはいえ、ここで手詰まりというほど大げさな話でもない。対処法は至極単純だ。
「仕方ない。少し休みましょう」
「ほら、これ食え。少しは力が出るぞ」
ルーヴはレイドに、干した森檎の砂糖漬けを手渡した。
「あの」
ユウナギが口を挟んだ。かねてから不思議に思っていた事があったからだ。
「なんで薬草とか使わないんだ? いや、ウチのリリルも回復できるけど、その前に、薬草とかのアイテムを併用して魔力の消費を抑えるべきでは?」
「やくそう?」
アールヴの3人がキョトンとして首をかしげた。
「それぐらいの怪我なら普通に治療すればいいだろ?」
ユウナギは前に出ると、ルーヴの傷を洗い、薬草をすりつぶして作った薬を塗りつけ、包帯を巻いた。即効性は無いものの、血が止まり痛みも引くため十分戦闘に復帰できる。
「なるほど。これで魔力を節約できるな」
「へえ。いろんな事を知ってるんだね、ラギ」
「フ、フン。まあ、使えなくは無いわね」
感心したように、3人は口々に言った。その反応を見てユウナギの方が驚く。
「……てまさか、知らなかったのか?」
頷く3人。
またしても魔法の弊害が現れた。なまじ魔法でなんでも出来るが故に、旧世界ではすでにあったはずのものが幾つか、アールヴ世界には存在しなかった。先日の弓矢の件もそうだ。さらに言えば、長寿のせいでのんびりした性格、ややもすれば向上心に欠ける面も垣間見えた。
ちなみに、この件は神使の報告にあったのだが、ユウナギは書類に目を通していなかった。
見方をかえれば、これはユウナギ達の干渉がもたらした結果かも知れなかった。アールヴが魔法に依存しきっている事が、ではなく、彼等がここまで進歩出来たことが、である。つまり、干渉が無ければアールヴはここまで進歩せずにやがては消えゆく種族だったのではないか。それは、レアムローンや他の種族の進化を邪魔することになったのではないか。
その考えに、ユウナギは愕然としたりはしなかった。もうすでに列車は動き出して久しい。今更進路を変更することなど出来はしないのだから。
**********
深い闇の奥。セピア色のモヤがかかる小さな光の中で、子供の頃のシアはうずくまっていた。
――シア、ほらゴハンだぞ。
――シアー、助けて、ルーヴがいじめるよ―
――眠れないのか? じゃあオレが本読んでやる。ええと、この字はなんて読むんだ?
――お菓子もらったんだ。一緒に食べよう。
――何言ってんだよシア。お前にはオレとレイドっていう家族がいるだろ。
――シア。シア……。
シアは目を覚ました。休憩中ついウトウトしてしまったらしい。何だか懐かしい夢を見ていた気がするが、その記憶は覚醒とともに急速に失われた。それでも、何か温かいものが彼女の胸の中には残っていた。
「ほら行くぞ」
「大丈夫?」
顔を上げると、幼なじみの少年2人が、笑顔で彼女を待っていた。
「べ、別に疲れてなんかないんだからね!」
頬を染めてソッポを向く彼女を、深く重々しく頷きながらユウナギは見守っていた。21世紀の世界ではすでに失われたベタなツンデレ。そこに至高の価値を見いだせる者はこの世界には稀である。そのユウナギのことを、リリルとウサコは可哀想な人を見るように見るのだった。
―――――――――――――――――――
◆宝物庫
―――――――――――――――――――
休憩を挟んで探索は続いた。
この迷宮を馬鹿正直に攻略しようとすると1ヶ月以上はかかるだろう。しかし、実際はそれほど困らなかった。レイドの探知魔法が優秀だったのもあるが、もう一つ。
「……こっちだ」
ルーヴが的確に道を選んでいたからだ。
「なんだろ。呼ばれている気がする」
彼の言葉が意味するのはただの偶然か、それとも何らかの要因によるものか、アールヴ達にはわからなかった。
ルーヴとレイドのおかげで、探索は順調に進み、4日後、一行はついに地下の宝物庫に辿り着いた。もはやどれほど深く潜ったのかもわからない。
重い扉を無理やり開けて中に入ると、見事な作りの100m四方ほどの大きな部屋になっていた。特に天井は高く、一部が崩れて天然の大きな洞窟と繋がっている。天井から光が差し込んでいたが、これは太陽光ではなく、魔法照明によるものだ。部屋の周りには幾つもの古い棚が並び、様々な道具や本などが置かれていた。
一番に中に入ったルーヴの足がふいに止まる。期待に満ちた彼の顔が、笑顔のまま硬直した。同時に、招かれざる客を威嚇する低い唸り声が響く。宝物庫の内部、金銀財宝が山と積まれた広間の中央に鎮座する禍々しき錆色の影。
「ナ、亜竜種!?」
10mを超える巨大な竜種・爬虫類に対する本能的な恐怖は哺乳類共通であろうか。アールヴ達が思わず息を呑み、一歩後ずさる。
亜竜種。見た目は竜種とあまり変わらない、いわゆるドラゴンである。しかし、竜種ほど高い知能はもたず、反比例して凶暴な性質だ。攻撃手段は強力な爪や牙、ブレス。さらに厄介なことに、亜竜には特殊な力があった。超能力である。
亜竜が黄色い目をカッと見開いた。たちまち全員が動けなくなる。超能力による金縛りだ。
「し、しまった!」
ルーヴはもがいたが、一歩も動けない。
勝ち誇った顔で亜竜が鎌首をもたげ、人間たちを睥睨する。そこにあったのは、憎悪でも敵意でもなく、ただ食欲であった。
「追従する空洞、堅固なる城塁よ……」
幸い口だけは動かせたので、レイドは小声で素早く呪文の詠唱を開始した。
溶岩の如く炎のよだれを垂らしながら、亜竜は口を大きく開いた。炎のブレスを吐くつもりのようだ。どうやら、彼の好物は"丸焼き"らしい。
「まずい、来るぞ!!」
動けないルーヴ達をめがけ、亜竜は熱い溶けた鉄のようなブレスを吐き出した。回避は不可能だ。
「――領域防壁!」
レイドがギリギリで防壁を展開することに成功した。傘にバケツの水をぶちまけたように、ブレスが周辺に飛散する。
「状態回復!」
全員の金縛りが瞬時に解ける。リリルの魔法だ。
動けるようになると同時にルーヴは飛び出していた。竜に対する恐れは無理やり振り払う。
「……なんだ今の魔法!?」
リリルの魔法の異常さにレイドだけは気が付いた。彼女の魔法は、長文呪文を使わない大昔の原始的な単語魔法であったのだ。そのやり方だと弱い力しか出ないはずなのに、何故か現代の長文魔法よりも強い魔力を彼は感じていた。
しかし今はそんなことにこだわっている場合ではない。
「レイド!!」
「あ、うん!」
先行するルーヴに促され、レイドが補助魔法をかける。シアが物理攻撃魔法と死霊魔法で遠距離から援護する。いつもながら見事な連携だった。
「散り失せし白亜の穹窿、穿ちて降り、氷結の衣纏て刺し貫け――」
リリルが使った状態回復魔法の効果はしばらく続く。その間に決着をつけるべく、ルーヴが呪文を唱えながら亜竜に肉薄した。
「――凍結付与!!」
全てを凍てつかせる絶対零度の冷気が鉄剣を白く覆う。
「喰らえぇぇ!!」
氷の剣が三日月型の軌跡を描いて振りぬかれると、亜竜の右腕が本体と永遠に別れを告げた。傷口は完全に凍りついており、血は出なかったが冷気による追加ダメージが追い打ちをかける。怒り狂った亜竜は雄叫びを上げ、長大な尾を打ち振るう。周りの遺物や壁などが次々と叩き壊されていく。
「へえ、いい動きだ」
ユウナギが素直にルーヴを褒めた。これまでの冒険を経て、彼等3人の成長は目覚ましく、特にルーヴの体術は特筆すべきものだった。魔法に頼りがちなアールヴにしては良い傾向だ。
「ラギ様。我々はどうする?」
クレスレブがユウナギに向き直って指示を仰ぐ。
「そうだな、レベル制限37ぐらいか。この前の虫よりは強そうだし」
「了解」
神威も天眷もみだりに使ってはならないという制約があるため、彼らが地上で活動する際は基本的に生前の力である現世レベルを使う事になる。それでもまだ強すぎるため、レベルキャップを設けて制限するのだ。
ともあれ、ユウナギ、クレスレブの参戦により、戦況は一気に有利に傾いた。
**********
そんな中、失敗続きのウサコは体育座りをして、隅っこで戦いの様子を眺めていた。ユウナギに「頼むから大人しくしててくれ」と言われたのだ。何かを悟ったような諦めたような彼女の瞳は、「どうせ私なんて」と語っていた。
その隣に座り、リリルはお菓子を食べている。こちらは戦うのが面倒くさいだけだ。無言でウサコにお菓子を差し出す。
「あ、ありがとう……」
半泣きで、ウサコはお菓子にかじりついた。
**********
人狼クレスレブが無造作に亜竜の前に出た。
「少し本気を出す」
鬼神の如き形相で気合を込めると、体毛がザワザワと波打ち始めた。身体が2倍ほどに巨大化し、四肢で地面を踏みしめる。彼はもう一つの姿、完全な獣型を現した。人狼の特有能力である。
そのまま突進したクレスレブは地を蹴って宙を舞い、体を丸めると凄まじい縦回転をしながら、亜竜に体当たりを食らわせた。亜竜が吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
「!!?」
ルーヴ達があっけに取られて目を見張った。いくら変身したからといえ、並みの人狼にそこまでの力は無いはずである。
「は、はは。ドジだなぁあの竜。あんなところでつまずくなんて」
ユウナギは苦しいフォローを入れた。クレスレブが恐縮している。力加減を間違えたようだ。
亜竜は頭を振って起き上がり、怒りの叫び声をあげた。まだまだ体力は残っている。
2人を除いた皆の活躍で、彼等は亜竜を追い詰めつつあった。
「面白い。面白いのう」
その、緊迫した戦闘の中で唐突に笑い声が聞こえてきた。
「!? あんたは……」
ルーヴが振り返ると、いつの間にかすぐ側に若い女が立っていた。笑い声の正体は、先日ルルヒ・ルラーム村で出会ったクロロだ。つば広の三角帽子をかぶり黒いマントを翻す。
「この間の酔っぱらいねーちゃん!? なんでここに!?」
「まさかまた、ルーヴかレイドを狙って!?」
シアが苛ついて言ったが、流石に今は持ち場を離れるわけにはいかない。
「いやなに、レイドークが気になってついて来てみたんじゃが、それ以上に面白いものが見つかったのう」
のんびりと世間話を続けようとするクロロの背後には、怒り狂う亜竜がいた。彼女の頭上に、ダガーを連ねたような顎門が迫る。
「ちょ、上、上ー!」
慌てるルーヴ達に対し、クロロはひどく落ち着いた様子で、マユ1つ動かさずに呟いた。
「ジャマじゃ」
彼女が左手を軽やかにひるがえすと、その先から超高密度のエネルギー体が放たれ亜竜に直撃した。まばゆい光と爆炎が荒れ狂う。
「な……!!?」
「え? じゅ、呪文もなしに!?」
爆炎がおさまると、そこには亜竜の手足としっぽの一部だけが残され、他は粉々に消し飛んでいた。
「い、一撃で……!?」
常識を超える手法とケタ違いの破壊力。呆然と自失して、ルーヴ達が言葉をつまらせた。
ややあって、我に返ったルーヴが女に向き直る。
「ス、スゴイなあんた。ええと、クロロさんだっけ? 何だ今の? つか、何しにここへ?」
興奮するルーヴに対して、クロロはひどく落ち着いていた。
「今回はおぬしらに用はない。ワシが興味が有るのは……」
ユウナギの方を向いて、怪しげにニタリと笑う。
「……こっちじゃ!!」
クロロは突如、ユウナギ達に襲いかかった。
【続く】
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