創リ世ノ記(ツクリヨノシルシ)

右藤秕 ウトウシイナ

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03 中世

中世02 ~聖剣伝承~

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◆聖剣伝承
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【こうして神は楽園ネドエの迷宮地下深くに輝く炎の剣を置き、この地を永遠に封印した】
―― 創世記ヘシュリエ・アムネ――


【アールヴ暦23万4009年】
【帝国暦1118年】


 アールヴ帝国アルヴ・ナ・ディール、首都レプラローフ。栄華を極めるこの魔法都市は、南の大陸ヘトゥオスのほぼ中央にあるルイン川の畔に位置している。レプラローフとはリンゴ風の果物レップルの森の意味で、周辺には果樹園が幾つも見られた。

 皇帝の居城たる皇宮にはふんだんに青い石を使った巨石建造物がそびえ、人々を見下ろしていた。街の外周は城郭によって囲まれており、外敵に対しての備えは万全であった。この年、レプラローフの人口は200万に迫ろうとしていた。

 過ごしやすい、初夏を思わせる日差しが町並みに降り注ぐ。レプラローフの片隅にあるこの地区には、レンガと木で出来た簡素だが洒落たデザインの家々が立ち並び、通りには露店が軒を連ねて買い物客が溢れていた。

 通りに繋がる広場の一角で、少年と少女が元気よく言い争っているのが見えた。

「ばかじゃないの!?」
「なんだと、コラ」

 この時代にしてはキッチリした身なりの少女が、あまり上品とは言えない格好の少年に食ってかかっている。とはいえ深刻な雰囲気は微塵もなく、その様子をまわりの大人たちが微笑ましく眺めていた。いつもの事なのだろう。

「だって、あんなのただの伝説よ。お伽話よ。英雄ユーシアの話なんて!」

 綺麗に梳かした金色の髪をなびかせて、からかい半分に少女が言う。アールヴらしい長い耳の、勝ち気そうな目をした美しい少女で、15、6歳に見える。ただし、アールヴの寿命は旧人類の3倍はあり、正確な年齢は聞いてみないとわからない。

「嘘じゃねぇ!!」

 少年が叫んだ。少女と同じぐらいの年齢で、気の強さも彼女に負けていない。軽装鎧と兜を身に着けているが兵士というにはいささか線が細く、彼には悪いが、どうしてもゴッコ遊びの延長にしか見えなかった。実際、彼はまだ兵士ではなかった。

 しばらく睨み合った2人は、互いに飛び退ると、少年は木刀を構え、少女は両手に霊気を纏った。少年の木刀にはイカヅチの付与魔法タナーチェがかけられていた。

「2人とも、いーかげんにー……」

 よく見るともう一人、2人の喧嘩を止めようとする地味で小柄な少年がいたが、彼の努力は全く報われることは無かった。2人の魔法の気配に押されて、近寄ることさえ難しい。

「伝説は本当だ! 楽園ネドエは――レイドーク迷宮は存在する! ユーシアの聖剣もきっとある!!」
「無いったら、無いのー!!」

 2人がお互いに突進し、まさに激突する、と思われたその直前。何者かが湧き出るように現れ、2人の間に割って入った。

「へえ、面白そうな話だな」
「!?」

 乱入者がのほほんとした口調で言い、少年と少女は動きを止めた。見ず知らずの部外者の乱入により、彼等の喧嘩は中断を余儀なくされることとなった。

 乱入者の若者は珍しい黒髪で、あろうことか耳が丸かった。妙な格好をしており、年齢は少年より少し上に見える。悩みなんか全くなさそうな脳天気な顔をして、興味深そうに少年達を見ていた。彼のそばにはフードをかぶった従者らしき者が2名、付き従っている。

「なんだあんたは?」
「いやいや、僕はただの旅人さ。遠くから来たんでこの辺の事は何もわからなくてね」
「へえ。そいつは大変だな。オレで良ければ力になるぜ」

 大して考えもせず、気前よく兜の少年は言った。

「おお、そいつは助かるよ。僕はラギ」
「オレはルーヴだ。よろしくなセネリー

 セネリーとは、沈黙を意味するセーネリスという単語が変化したもので、アールヴ独特の挨拶だ。沈黙を守り魔法の詠唱をしないこと、即ち、敵意が無いことを表している。こんにちは。どうも。よろしく。等、様々に使える、使い勝手の良い言葉だった。

「こっちは幼なじみのシアとレイド」

 少女のほうがシアで地味な少年のほうがレイドだ。シアは警戒心を隠そうともしないで、ラギと名乗った若者を見据えていた。
 その鋭い視線に全く動じず、ラギが連れの2人を指し示す。

「クレスレブとウサコ。僕の仲間だ」

 クレスレブは無言で会釈をし、ウサコは何か言おうとしたがその瞬間ラギに止められた。ウサコと呼ばれた少女は、一見してヒト種に見えたが、目の位置にルーヴ達が初めて見る飾りをつけていた。この世界にはまだ無いはずのメガネだった。

「おお。この人、人狼フロゥエレウか?」

 ルーヴが食いついたのはクレスレヴの方だ。この時代、亜人種は珍しくないとはいえ、人狼種は数が極端に少なかった。彼は2mを軽く超える長身の男で、狼の頭と人の体を持っている。全身をキツネ色の体毛が覆っており、どことなく柴犬に似ていた。

「そんな事より、さっきの話だけど」
「ああ、オレは今枢機兵ネウ・ゼーフェンを目指して修行とか冒険者ラロルペクセみたいな事を色々やってるんだが、スゴイ話を聞いたんだ」

 話を無理やり戻したラギの問いに、ルーヴは目を輝かせて答えた。

「この村から東に行ったところに、なんとあの、伝説の聖地"レイドーク"があるって話なんだ」
「おお、まじか」

 木陰の芝生に移動して、ルーヴが地図を広げる。羊皮紙に描かれた古めかしいもので、なかなか意匠を凝らしたデザインだが、ラギの持つデータと比べると精度はよろしくない。

「古道具屋で見つけた由緒正しい伝説の地図だ! なんとこれは、海に沈んだ伝説の国アディアクルアの大魔法使いアーキギーマロロクルオスが作ったという最古の……」
「騙されてるのよ、ルーヴは」
「うるさいぞ、シア!」

 ルーヴが幼なじみの少女を牽制して、地図を指し示す。

「ここだ! ここに、ハイ・ラ・ユグナ様が英雄アル・ユーシアに授けたと言われる伝説の火纏の聖剣ルーヴラ・アクシエがあるらしいんだ!」

 自分の事でもないのに自慢気に、ルーヴは言った。

「ハイ・ラ・ユグナ?」
「そんなことも知らないのか? ユグナ様はオレたちアールヴにこの地を与えたと言われる、伝説の創世神様だ」

 この時代、原始時代の出来事が創世記ヘシュリエ・アムネと呼ばれる神話として伝わっていた。もっとも、事実にいささか尾ヒレがついて、大げさになっているようだが。

「ハイ・ラ・ユグナって、ユウナギ君のことだね」
「わー、バカ!」

 ウサコが口を滑らせかけたのを、ラギが寸前で慌てて止めた。実は、ラギことユウナギこそ伝説の創世神、ハイ・ラ・ユグナ本人だったのだ。アールヴの前で軽々しく正体をバラすわけにいかないため、ラギという偽名を名乗っている。また、ハイ・ラ・ユグナとは、彼の本名ハイムラ・ユウナギがアールヴ語と長い時間のせいでなまったものだ。

〈はわっ!? え、え? い、言っちゃダメだったのっ!?〉

 涙目になったウサコがオロオロしながら秘匿回線で言った。彼女は口が軽いと言うよりも、どうも少しバカだった。見た目だけで言えば、シアにも匹敵する正統派美少女なのだが。

 それはさておき。

〈……アルか。懐かしいな〉

 小さく息を吐いて、遠くを見る。ユウナギの脳裏に、23万年前の日々が思い出された。

 ルーヴの話によると、地図の示すあたりに忘れられた迷宮レイドークがあり、その地下深くには、伝説の英雄アル・ユーシアの使った聖剣が眠っているという。

〈あの時代に剣なんてあったっけ?〉
〈さあ〉

 秘匿回線でユウナギが人狼に問う。クレスレブはガタイに似合わず大人しい性格で、遠慮がちに答えた。

 レイドークは、かつて魔獣に悩まされていたアールヴ達がユウナギの導きで移住した新天地である。その地下には元々洞窟があり、住人の手により何年もかけて拡張され、いつしか迷宮となった。それから数万年。レイドークはアールヴ文明の中心として栄え、数々の伝説を築き上げたのだが、どういう訳か、いつの間にか人がいなくなってしまった。

 その謎は、この時代以降の歴史ミステリーの1つとなり、幾多の歴史学者や考古学者の頭を悩ませる事となった。そして現在。レイドークは神話の中の聖地としてのみ、人々に知られていた。

「多くの冒険者がレイドークの場所を探してたんだけど、ずっと見つからなかったんだ」
「作り話だから無いのよ」
「これだから、ロマンのわからん女は……」

 シアとルーヴが無言でにらみ合い、ゆっくりと戦闘態勢に入る。

「まあまあ、落ち着いて2人共」

 ユウナギが仕方なさそうに仲裁した。

「フン。まあいいさ。オレは1人でもレイドークへ行く」
「か、勝手にすれば?」

 2人は別々の方向へ向けて歩き出した。
 その場に残されたレイドにユウナギが質問する。

「君はどうするんだ?」
「僕もルーヴについていくよ」
「彼女はいいのか?」
「うん。大丈夫」

 自信たっぷりに言って、レイドはルーヴの後を追った。

 神使クレスレブが問いかける視線をユウナギに向けると、彼の上司の顔には楽しそうな笑顔が張り付いていた。答えを聞かずとも、クレスレブにはユウナギの次の行動が手に取るようにわかった。


―――――――――――――――――――
◆旅
―――――――――――――――――――

 アールヴの少年ルーヴとレイドに同行する事にしたユウナギは、神使のクレスレブとウサコを連れて馬上の人になっていた。馬と言っても、羽を持つ飛べない恐竜竜馬ロトパリヴィオだ。

「悪いなラギ。力になるって言っておいて、逆にオレの旅に巻き込んじまって」
「なに。面白そうだからいいよ。そんな事より」

 ラギと呼ばれたユウナギがちらりと振り向くと、視界に一瞬人影が映って、すぐに物陰に引っ込んだ。見覚えのある人影だ。
 レイドがユウナギを見て得意気に頷いた。彼の言った通りだ。

「……もう、ルーヴのやつ、人がせっかく心配してやってるのに……!」
「そうか。心配なのか」
「ぴゃ!?」

 物陰に隠れて様子を伺っていたシアの背後に、いつの間に移動したのかユウナギがいた。

「隠れてないで、君も一緒に行けばいいだろ?」
「わわわ、私はべべべべ」

 取り乱し挙動不審になるシア。結局ルーヴの事が気になって後をついて来たのだ。

「(なんというテンプレ。ここまで来ると逆に清々しいな)」

 ユウナギの心に、遥か彼方に忘れ去ったむず痒いようなこっ恥ずかしいような想いが溢れてきた。シアの性格は、旧世界人にとっては使い古されたありふれたものであったかもしれない。しかし、この世界ではまだまだレアで新鮮なものであり、彼の心をガッシリとつかむのに十分であった。しかもそれが42億年ぶりだと思うと、より一層味わい深いものだ。

「純粋な天然モノの、世界で最初のツンデレ!!」

 陰でガッツポーズをとって、ユウナギは涙ぐんだ。

 それはともかく、ユウナギとレイドの30分に渡る説得で、シアも同行することになり、ルーヴもしぶしぶといった体で了承した。

「まあいいわ。私がついていけば安心だしね」

 顔を赤くしてシアが言う。
 改めて、一行は伝説の地を目指し歩き出した。


**********


 遠足気分のルーヴ達と、観光気分のユウナギ一行が、街道を東へ向けて進む。

「それにしても」

 シアがユウナギに目をやる。

「私、レアムローンの人を初めて見たよ」
「オレは何度も見たことあるぜ。……話した事はないけど」

 ルーヴがシアに張り合う。この2人は常に争っていないと気が済まないとでもいうのだろうか。
 ルーヴがユウナギの顔を覗きこむ。

「レアムローンは魔法が使えないんだよな?」
「普通の人はな」

 レアムローンはアールヴとは違って魔力を持たない。遺伝子的には、旧世界の人間とほとんど変わりがない。

「なんだかおまえは普通じゃないような言い方だな?」
「そ、そんな事ないぞ。僕も魔法『は』使えない」
「ふーん」
「私達3人は幼なじみなんだけど、あなた達はどういう関係?」
「僕らはただの仕事仲間さ。世界中の珍しい物を探して旅してる。鉄器商会ノーザ・メルフって名乗ってるんだ」

 鉄器商会とは言っても、実態は神使達が地上で活動する際の隠れ蓑であり、実際にはほとんど商売はしていない。

「へえ」
「クレスレブは用心棒みたいなもので、こっちのウサコは……なんでお前が付いて来たんだ?」
「ひ、ひどいよ、ユウナもが」

 またしても危うく本名をバラされる寸前で、ウサコの口は塞がれた。

〈……ホントに何しに来たんだよ〉
〈ごごご、ゴメンナサイー! 気をつけますー!〉

 脳内漫才を続けながら旅は続く。
 一行が薄暗い谷間に差し掛かった時、ルーヴが声を上げた。

「――みんな止まれ!」

 遠くから地鳴りのような音が響いてくる。シアとレイドが何かに気付いて周辺を確認し、表情を引き締めた

「やばい、逃げろ!!」

 突然、谷の先から津波のような液体の塊が怒涛となって押し寄せてきた。

「なんだアレは!?」

 全員が血相を変えて、高台を目指し駈け出した。

スライムミスラだ! 時々奴らはこうやって大移動するんだ!」
「これはミスラの川だよ!」

 この世界のスライムはとにかくデカイ。時には川のように、湖のように風景に溶け込んでいる事がある。間違えて飛び込んで、全身を消化される人や動物が跡を絶たなかった。

 谷を登る道まで戻り、崖を駆け上る。

 谷を埋め尽くすスライムミスラが文字通り川のように流れ続ける様子を眺めながら、全員で迎撃体制をとる。幸い、ミスラはそれ以上彼らを追いかけては来なかった。

「……ったく、脅かしやがって」

 ルーヴが座り込んだ。

「ん?」

 崖の上で一息ついたユウナギの目に、小さな人影が映った。道端で何かゴソゴソやっている。その後姿に、ユウナギは心当たりがあった。

「あれは……まさか」

 近づいて声をかける。

「……もう道草を食べちゃダメだって言っただろ、リリル!」
「ゆー?」

 雑草をつまんで口に運んでいた少女は、神使のリリルだった。リリルが神使となってから約23万年が経過するが、彼女はまだ小さいままで、当時と何も変わっていない。しかし、さすがに衣装だけはこの時代風の物を纏っている。

「今回は留守番するはずだろ?」
「ひまだから・きた」
「……ああ、そう」

 あまり大勢で行動するのは控えたいユウナギだったが、来てしまったものは仕方がない。やむを得ず彼は彼女の同行を許可した。リリルなら、何をやっても地上にさして影響はないだろう。

 そのリリルの目がルーヴの前で止まった。なにか言いたげに口を開いた時、ドアが軋むような不気味な声が響いてきた。


―――――――――――――――――――
◆連携
―――――――――――――――――――

「エンカウント!」

 人狼フロゥエレウのクレスレブが体を低くし、唸り声を上げた。続いてルーヴ、シア、レイドが臨戦態勢をとる。森の木々がざわざわと揺れ始め、次の瞬間、巨大な魔獣が姿を現した。

「イルティーベ!?」

 ルーヴが叫ぶ。イルティーベとはアールヴ語で甲虫を意味する魔獣だ。見た目はヨロイに覆われたケンタウロスまたは巨大なカマキリが近いだろうか。頭部はアリやクワガタに似た特徴を持っている。体長4m程で、黒光りする外骨格が剣戟を拒む。

 叫ぶと同時に、ルーヴは飛び出していた。

「おい、無茶すんな!」

 ユウナギが声をかけたが、ルーヴの耳には届かなかった。
 ミスラにつづいてイルティーベまで現れるとは。帝都から離れるに従って、魔獣の出現率が高くなるようだった。かつてはこの辺りには魔獣はほとんど見かけなかった。それももはや過去の事だ。

 ルーヴを切り刻もうと、イルティーベが手首から生えた鋭い鎌を振り回す。ルーヴは巧みに魔獣の攻撃をかわし、注意を引き付ける。素晴らしい運動能力と体捌きだが、しかし、一人では分が悪い。魔獣の鎌が大木を両断した。

〈仕方ない。サポートするぞ。レベルキャップ25!〉
〈わかった〉
〈うけたまり!〉

 ユウナギの命令にクレスレヴとウサコが答えた。

 神使は天眷アポステリオリの力を持っている。それは死後、神使となってから得た地上にあってはならない神の力であり、地上に降りる時は封じられる決まりとなっている。そのため地上での神使は、よほどのことがない限り生前に獲得したレベルまでしか力を発揮することが出来ない。

 この、生前までのレベルの事を現世ウツシヨレベルと呼び、死後、神使となり天眷を得てからのレベルを天界カクリヨレベルと呼ぶ。

 つまり地上での神使は、現世ウツシヨレベルまでの力しか出せないということだ。

 ただし、生前の神使の殆どが英雄クラスの力を持っており、その実力は地上の一般人を遥かに上回る。その力を無闇に行使してあまり目立つ訳にはいかないため、現世ウツシヨレベルにもレベルキャップを設けて制限するようになったのだ。もっとも、ウサコのウツシヨレベルはもともと40程度なのだが。

「ユ……じゃない、ラギ君、任せて!」

 頬を上気させたウサコが張り切って前に出た時、ユウナギは嫌な予感がした。それに対処する暇もあらばこそ。何もない場所で蹴つまづいたウサコは、転んでメガネを取り落とした。普通なら、そんな事は大した問題では無いはずであるが、彼女の場合は違った。

「あ」
「しまっ……」

 ウサコの目がまばゆい光を発する。間の悪いことに、ユウナギはその目を直視してしまった。すると、たちまち彼の全身が石化する。彼女の特殊能力によるものだ。実はウサコは普通の人間ではない。

〈コラー!〉
〈あああー! ごごごめんなさいーー!〉

 身動きが取れなくなったユウナギが秘匿回線でツッコんだ。
 慌ててウサコはメガネを拾う。そのメガネは彼女の能力を抑える特別製だったのだ。

「何今の!? あの子、まさか蛇髪族セデューム!?」

 シアが珍しそうに呟いた。一方、彼女は石化したままのユウナギをちらりと見たが、こちらは軽くスルーした。

〈ひどくね?〉

 セデュームとはいわゆるメデューサに似た魔獣だ。ウサコの場合は、頭部に2匹の蛇がうさぎの耳のように生えている。それ以外はほとんど人と変わらない姿形をしていた。知能は人並に高く、その瞳には他者を石化する魔力が宿っている。ただし、知能に関してはウサコは例外だった。

「だ、大丈夫? ラギ」

 心配してレイドが声をかけてきた。

「心配ない。数分で元に戻る」

 クレスレブが答え、シアがそれに頷く。どうやら彼女はこの事を知っていたようだ。
 それでもその数分は、ユウナギは何も出来ない。

〈クソ! クレスレブ、フォロー頼む!〉
〈了解〉

 動けないユウナギが指示を出した。人狼がルーヴに並び、共に魔獣に対処する。しかし、ルーヴ達に対するユウナギの心配は杞憂に終わる事になる。

「傍らに淵源なる御蔵、開きて誓い命ず。天地の命根たる暁天の光、彼の者を照らしめよ――」

 レイドが魔力アマナと言霊を練り上げる。空気の流れが変わり、アマナのカケラがキラキラと輝いて漂う。掲げた杖を、彼は鋭く振り下ろした。

「――単身防御エスネフェド!!」

 放たれたアマナが、先行するルーヴの身体に薄い光の皮膜を作り出し、見えない鎧と化す。

同胞はらからの黄泉の獣。深甚なるゆらぎの連鎖。冥府めいふの理を以って無慙無愧むざんむきを撃て――」

 シアの全身に魔法紋が走り、周辺にこの世ならざる者たちを呼び出した。周辺の気温が一気に下る。

〈この魔法は!?〉

 ユウナギが目を見張る。
 顕現した霊鬼達を集めるように促すように、彼女は腕を突き出す。

「――霊鬼召喚ルラク・トーガ!!」

 青白い煙のような霊鬼たちがイルティーベに殺到し、精気をごっそりと奪いとった。死霊を操るのは、神の御業にも近しい高度な技術だ。

〈あれが死霊魔法か。スゴイな〉
〈サポート魔法も、よく出来てる〉

 秘匿回線でユウナギとクレスレブが感想を交わす。

 この時代のアールヴの魔法は、今見た通り呪文が長くなって威力が激増していた。改めて魔法の進化を実感させられる。ただし同時に、詠唱に時間がかかりすぎるという、戦う上での致命的な欠点も生まれていた。それが根本的に解決されるのは、まだ先の話になる。

 それでも、この3人はその欠点を補って余りある、見事な連携を見せてくれた。シアとレイドが呪文を詠唱出来たのは、真っ先に突進して魔獣を牽制していたルーヴが時間を稼いだおかげだ。
 そのルーヴも、シアの攻撃によって出来た隙に呪文を詠唱する。

「散り失せし蒼き穹窿きゅうりゅう穿うがちてくだり、雷火の衣まといて刺し貫け――」

 手にした鉄の剣を振りかざす。

「――雷撃付与グニントーチェ!」

 にわかにかき曇った空から、ツルギめがけて雷槌が走る。

 雄叫びとともに地面を蹴ったルーヴがイルティーベに肉薄し、比較的装甲の薄い頸部をめがけ、イカヅチを纏った剣を叩き込んだ。そのまま、力の限り振りぬいて命脈を断つ。

 イルティーベは離れ行く自らの体を見送りつつ、苦悶のうめき声を発することもできず崩れ落ちた。頭部が転がり、手足がビクビクと痙攣している。

 得意気にルーヴは振り返って拳を突き上げた。

「やるな。だけど――」

 石化の効果が切れて元に戻ったユウナギが、どこからとも無く簡素な弓矢を取り出した。

「――詰めが甘いぞ、ルーヴ!」

 ユウナギは矢を放った。
 ルーヴの後ろで、倒れたはずのイルティーベが起き上がり、今正に腕の鎌を振り下ろそうとしていたのだ。その足の付け根にユウナギの放った矢が突き刺さり、魔獣はバランスを崩した。

 ルーヴの兜が宙を舞う。矢のおかげで、敵の攻撃は兜を跳ね飛ばすにとどまった。

 すかさずクレスレブが強烈な蹴りを食らわせる。魔獣は数歩よろけて崖から転げ落ち、先程から流れ続けるスライムミスラの川の水面に大きな水しぶきを作った。たちまち煙が上がり、ものの数秒で魔獣の身体は消化されてしまった。

「…………」

 ルーヴ達3人の表情が青ざめた。



―――――――――――――――――――
◆履歴
―――――――――――――――――――

 戦いの後、ルーヴ達の関心は別のことに移っていた。

「何だそれ?」
「面白い道具だね」

 彼等が興味を示したのは、ユウナギが使った弓矢だった。アールヴの世界には、弓矢が存在しなかった。剣でさえ、旧世界の同等の時代と較べても6~7割程度しか普及していない。その理由はもちろん、彼等にはより強力な武器、魔法メギアがあったからだ。

「なるほど。普通の人間レアムローンは魔法が使えないから、そんな道具が必要なんだな」

 弓を引っ張ったり振り回したりしながらルーヴが言う。

「でも、これすごくいいよ。僕らの魔力には限界があるけど、これがあればそれを補えるし、付与魔法タナーチェとの相性もよさそうだ」

 戦いの間、特に何もしなかったリリルが近寄ってきた。人見知りなはずの彼女が何故か、じっとルーヴを見つめている。

「なんだ? チビッコ?」

 ルーヴが言って首をかしげる。するとおもむろに、リリルは彼にしがみついた。

「!!?」

 人間に置き換えると、ルーヴは15、6才。リリルは12、3才。お互いが恋愛の対象に、ならないことはない。

「ちょ、何やってるのよルーヴ!」

 シアの嫉妬と怒りがルーヴへ向けられ、ルーヴが戸惑いながら抗議した。それでもリリルはルーヴにくっついている。その様子を、ユウナギが温かい目で見守る。その眼差しは、もはやおじいちゃんの域に達していた。ウサコが哀れみの目でユウナギを見た。

 しかし、リリルの感情は、彼等の考えるようなものではなかった。何故そんなことをしたのか。皆の疑問に答えるように、リリルは口を開いた。

「……アル・かぞく」
「え?」

 ルーヴ、シア、レイドの顔に、それぞれ大きなクエスチョンマークが浮かんだ。その中で、リリルの言葉の真の意味を理解したユウナギは、神威の脳内インターフェースを使ってすぐさまルーヴの魂の履歴を調べた。

〈ホントだ! ルーヴはアルの生まれ変わりだ!!〉

 人は死ぬと、魂が冥府に送られた後、新しく生まれ変わる。そのシステムを作ったのはユウナギだ。誰がどのように生まれ変わったか、何代前だろうと調べるのは造作も無いことだった。

 目を丸くし、ユウナギは改めてルーヴを見た。
 今までは兜のせいで気づかなかったが、ルーヴの頭髪はアールヴには珍しい赤毛だった。そう言われてみれば、顔にもどことなく面影があるような気がする。

 23万年ぶりの兄妹の再会だったが、残念ながらルーヴにアルの記憶は無い。そのことに気づいたリリルは少し、気落ちしたように見えた。


**********


 さらに旅は続く。

 魔獣や野党との小競り合い。所持金が尽きかけて村人のクエストを受けたり畑仕事の手伝いをしたり。道に迷う事もしばしば。

 当初の予定よりやや遅れつつも、一行はようやく目的地の一歩手前、最後の町を望む高台に差し掛かった。その町の先には、大きな穴が空いた山が霞んで見えた。

 本格的な夏はもうそこまで迫っていた。大気が熱と湿り気を帯びて、シアの首筋を一筋の雫が流れ落ちた。


【続く】


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朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

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