6 / 18
02 原初
原初04 ~別れ~
しおりを挟む
―――――――――――――――――――
◆新天地
―――――――――――――――――――
岩盤橋の戦いの後、生き残ったアールヴ達は移動を続けていた。数年後彼等は、遥か南の新天地に辿り着いた。
この場所を勧めたのはユウナギである。魔獣亜人ひしめくこの星で、アールヴが安定して文明を育むには安全な場所が必要なのだ。
この地はまるで迷路だった。台地を削った川が縦横無尽にめぐり、山は断崖となって行く手を阻む。緑がいっぱいのグランドキャニオンをイメージすればよいだろう。
その中でアールヴが住み着いたのは、後にレイドークと呼ばれるようになる卓状大地で、天空にそびえる天然の城塞だ。別名、楽園とも呼ばれる。峡谷の上に巨大な岩盤が取り残されたこの星特有の地形で、先の戦いがあった岩盤橋を巨大化させたような場所だ。数本の"足"に支えられた浮遊大陸にも見える。
「ここはすごく豊かな所で、果物や獲物もたくさんだ。冬はちょっと雪が降るけど、何より、魔獣はいない」
「ほおー」
落ち込みがちだったアルが、初めて会った頃のように目を輝かせてレイドークの地を見渡した。そこにはアールヴの間でレップルと呼ばれるようになった、例の林檎に似た果物が大量に自生していた。他にも、羽兎、鎧鹿、針猪といった、見たこともない動物たち。滝や湖等の豊富な水資源。山の頂には真っ白い雪が積もっていた。
「いい場所じゃないか! 教えてくれて感謝する!」
村長のノースがユウナギの背中をバシバシと叩く。
「さすが、色んな事を知ってるな。戦いはヘタだけど」
豪快に若い村長は笑った。
ここなら当分の間は安心出来るはずであった。いつか、北の大陸で魔獣が増え南下して来たとしても簡単には辿りつけないし、その頃にはアールヴだけで対処出来るようになっているだろう。そして実際にこの場所が、今後数万年に渡ってアールヴを北の魔獣から保護し、文明の発展を助ける事になる。
また、この時期1つの発見があった。
数年彼らと行動をともにしたユウナギは、アールヴがなかなか年を取らない事に気づいたのだ。詳しく調べてみると、彼らの寿命は旧世界の人類の約3倍、だいたい300年程あることが判明した。
「ますますエルフだな」
**********
ようやくアールヴ達に安寧の時代が訪れた。これからは平和で安定した発展の時代が続くのだろう。――そう思った矢先。
平和な村に不穏な羽音が鳴り響く。ノースが見上げると、そこには巨大な翼を持った魔獣が1体、大きく弧を描いて飛んでいた。竜種ではなく、見たことも無い――いや、見覚えのある魔獣だった。鋼の如き赤銅色の筋肉をまとい、頭部には一本の角が突き出している。アルが倒したはずの大角のガウロだ。
大角は地響きを立てて地上に降り立った。その際、作ったばかりの天幕を幾つか踏み潰した。
「な、バカな! ヤツは死んだはず!?」
「ガウロが飛ぶなんて……!」
村人は慌てふためき、恐慌状態に陥った。せっかく得た安住の地を、また失うかもしれないという不安と、死への恐怖。
「どうなっている?」
「わかりかねます」
ユウナギにもナナにも想定外の出来事だった。そもそも、死んだものが生き返るなどあってはならない事なのだ。
「それに、まただ。また例の違和感が」
前回の戦いでも感じた、地上で感じることが無いはずの違和感。何か良くないことが起ころうとしている。そう思わずにはいられなかった。
「やっぱり何かおかしい。ここは僕が……」
ユウナギの袖を引き、ナナが首を横に振る。
「"制約"をお忘れですか」
神たる身が、そう簡単に手を貸していれば、アールヴの成長の機会を奪うことにもなりかねない。神の力は禁忌の力。地上でみだりに使うものではないのだ。
飛び出して行きたい衝動を、彼はぐっと抑えた。
かつて大角のガウロだったモノは、腕を振り回し、足を踏み鳴らして闇雲に暴れまわった。村人たちが右へ左へと逃げ惑う。
「慌てるな!!」
ノースの大喝が、皆を無理やり現実に引き戻した。次々と指示を飛ばし、女子供を避難させ、男たちで迎撃体制をとる。
「くそっ! こんな時にアルはどこへ」
大角の目には生気は無く、動きもどこかぎこちなかった。それでも攻撃力は以前より増しており、身体も少し大きくなっている。しかも、例の禍々しい瘴気を体中から撒き散らし、近くの草木が次々と枯れていった。
「大・火炎槍!!」
その時、リリル譲りの炎の魔法が炸裂し、大角の瘴気を焼きつくした。同時に、大木の枝から大角めがけて飛び降りる影があった。アールヴには珍しい赤毛が風に舞い、細身だが引き締まった腕が黒曜石のナイフを抜き放つ。続けざま、少年は叫んだ。
「火炎 付与・四段 強化!!」
魔力の過量供給が、ナイフに埋め込まれた宝玉の力を解放した。たちまちナイフは眩い輝きに包まれ、軋みながら変容する。刀身が長剣のごとく伸び、苛烈な炎をその身に纏う。火纏の聖剣が目覚めたのだ。
「アル!」
落下の勢いとルーヴラ・アクシエの力を借りて、アルは渾身の連撃を繰り出した。瞬く間に大角のガウロは切り刻まれ、肉片と化し地面に散らばった。そこへ他の者たちが一斉に魔法攻撃を仕掛け、肉片をことごとく焼きつくす。大角のガウロは死に、今度こそ二度と起き上がってくる事は無かった。
元に戻った黒曜石のナイフを一振りして、腰巻きの隙間に挟む。アルは聖剣の力を完全に自分の物にしたようだ。
村人達は胸を撫で下ろした。
アルは村人たちの歓喜の輪に取り囲まれた。今となっては、彼がこの村を支えていると言って良い。年の離れた弟のようにアルを見守ってきたノースも、追い越された悔しさと、身内を誇らしく思う気持ちとで苦笑いだった。ただ、妬みと無縁だったのは、彼等の純粋さをよく表していた。
「よくやった。アル!」
「ノース兄!」
ノースがヘッドロックを仕掛け、アルが暑苦しそうにもがいた。
「まるで勇者だな」
近くで見守っていたユウナギがポツリとつぶやいた。
「ゆーしあ……?」
「ユーシア!!」
村人たちはその称号を気に入ったようだった。
あっけないほどあっさりと決着はついたように見えた。だがしかし、事件はまだ終わりでは無かった。
―――――――――――――――――――
◆油断
―――――――――――――――――――
敵を倒した後の僅かな油断。その瞬間を待ち構えていたかのように、ひとつの殺気がアルに向けて叩きつけられた。それを感じ取ることはただの人間には不可能だった。それは、神や神使の気配と同質のものだったからだ。
黒い影が踊り出てアルに肉薄する。その動きは明らかにヒトを超えており、何らかの"禁忌の力"を使用したことは明白だった。
「!!?」
雷光のごとき斬撃がアルを襲った。咄嗟に防御した左腕が宙を舞い、そのまま左肩から右脇にかけて、深々と切り裂かれた。
「……ハズレか」
襲撃者が口の中でつぶやいた。
「アル!!」
一瞬遅れてユウナギは飛び出し、すかさず敵の第二撃を右腕で受け止めた。刃は手首に半分めり込んで止まり、傷口から血があふれた。
「ナナ、アルを!!」
切迫した主の叫び声に従い、ナナは倒れた赤髪の少年に駆け寄った。斬撃の痕からは大量の血が流れており、彼はショック状態で小さく痙攣していた。
「…………!」
顔をしかめながらも、ナナが手早く外科的な応急処置を施す。
村人達には、何が起こったのか理解が追いつかなかった。石のように固まって動けないでいる。まず、あれほど強かったアルがあっさり倒れたことが信じられなかったし、さらに、いろんなことを知ってはいるが、戦いには役にたたなかったユウナギが、その敵の攻撃を容易く止めてしまうなどとは思いもしなかった。
ユウナギにジャマをされた黒い影は、素早く距離を取りマントを翻した。目深に被ったフードから僅かに顔が覗いており、そこには片方の目が無かった。
「違和感の正体はあんたか」
無表情にユウナギは言った。これまで度々感じていた違和感の正体がついに判明したのだ。ガウロに不相応な力を与えて裏から操り、そして今、自ら禁忌の力を使って見せた。一連の騒動の原因は、この男に間違いない。
ユウナギは一歩前に踏み出した。
「ユウナギ様!」
それでもナナは"制約"に従い彼を止めようとした。彼女の役目は、無限とも思える力を得たユウナギのリミッターでもあるのだ。
「わかってる。僕らは、その力をみだりに地上では使ってはならないと決めた。それでも――」
何かを吹っ切ったように、ユウナギは続けた。表情は冷静だったが、その内側には焼けつくような怒りが渦巻いていた。
「――それでも、その力を悪用する敵に対しては、制約はない!」
アルの負傷や、先年のディージやリリルの死が、地上の生物同士の争いの結果ならば彼には何も言う権利はない。だが、それがもし地上にあってはならない"禁忌の力"が原因だとすれば、話は別だ。
ナナは仕方なく引き下がった。彼女にもわかってはいたのだ。この敵が尋常のモノでは無いことが。これに対するには、神威か天眷といった禁忌の力をもってあたるしか無いと言う事が。
「管理者権限により命ず。封印解除・第C層」
静かに言って、ユウナギは神威の封印を一部解放した。瞬時に手首の傷が回復する。見た目も雰囲気も全く変化は無かった。だが1人、片目の男だけは咄嗟に表情を引きつらせ、大きく飛び退った。その、飛び退る動作の途中でユウナギは動いた。無造作に前にでて、男を殴りつけたのだ。
「!!?」
弾丸並みの速度で吹き飛ばされた男は、両腕を広げ空中に爪を立てるようにして減速し、その場に静止した。冷や汗混じりの顔がしかし、笑う形に歪む。
「見つけたぞ」
「!?」
おもむろに、男はもう一つの武器を取り出した。銀と黒の2つの武器。それを左右の手で構え、ユウナギに向けて突き出す。
「反物質の反応を検知」
秘匿回線でナナが報告する。
「は!!?」
ユウナギの余裕に一瞬だけ陰りが出来た。
「反物質って、まさか」
左右の武器がそれぞれ放電を始め、最短距離で交わる。すると、爆発的に増大した超々高密度のエネルギーがほとばしり、ユウナギめがけて放出された。
「まさか、対消滅砲――!!?」
驚いた顔の割に、対処は冷静だった。窓ガラスをこするように軽く手を動かすと、ユウナギの前に巨大な時空の穴が生まれ、迫り来るエネルギー体を全て飲み込んでしまった。
「ユウナギ……、あ、あんた一体……!?」
想像を絶する事態に呆然としつつ、ノースが呻いた。
「下がってろ。ヤツはヒトの手には余る」
「ヒトの手って……!?」
ユウナギは開き直った。今までは自ら定めた"制約"のため、アールヴの歴史に直接手を出せずヤキモキしているだけだったが、こうなってはもう隠しても意味は無い。これはもはや、ユウナギ達カクリヨの住人の管轄なのだ。
空中で彼等を見下ろす敵に対し、ユウナギも空に飛んだ。
「…………!!?」
村人たちは唖然としてそれを見守った。アールヴにも空を飛ぶ魔法は無い。もはや彼等の理解の範疇を大幅に超えた出来事だった。
空中で2人が対峙する。口を開いたのはユウナギだった。
「あんた、何者だ?」
「…………」
その男は何も喋らなかった。無言のまま攻撃を再開する。先ほどの技は連発出来ないのか、接近戦主体に切り替えている。その格闘戦能力は、神使十傑に軽く匹敵するものだった。
ユウナギも自分の武器を取り出して応戦する。何の変哲もないロングソードだが、この時代には存在しないものだ。新天地上空に、剣戟の火花がいくつも咲いた。
**********
乾いた咳とともに血を吐いて、アルが意識を取り戻した。左手の犠牲とナナの治療のおかげで、なんとか命だけは取り留めたようだ。
「クソ! 一体どうなって……」
すぐに彼は、身体を起こして立ち上がろうとした。生きているのが不思議なぐらいの怪我なのだが、驚くべき生命力と精神力だ。
「ダメです。動いては」
ナナが渋い顔をして引き止める。実際に、アルはそれ以上動けなかった。その場に座り込んで荒い息を整え、諦めて上空の戦いに目をやる。
「なんだあのスピード……!? てか、飛んでる!!?」
自分の怪我の事も忘れて、アルは2人の戦いに見入った。まるで、時間の流れがそこだけ早くなったかのように感じられた。
「これは、夢か!?」
半笑いになってアルが呻いた。彼は最近、自分の能力に自信を持ち始めていたのだが、増長する間もなくそのプライドは完膚なきまでに打ち砕かれていた。世の中、上には上がいる。
―――――――――――――――――――
◆別れ
―――――――――――――――――――
「何が目的だ!?」
戦いながら、尚もユウナギが質問を重ねる。
「…………」
男は喋らなかった。ただ冷静に、目的のために黙々と力を行使するのみだ。自分勝手な理屈を並べることもなく、狂気にとらわれるでもない。こうなると、逆にユウナギが饒舌にならざるを得なかった。なんとか情報を引き出すため。敵の目的や正体を推し量るために。
「ちょっとは喋れよ! あるんだろお前にも何か動機が!? 主張したい理念が!!?」
「…………」
「(――こいつはそんな軽い敵じゃない)」
言いつつもユウナギにはわかっていた。目の前の敵は、なみなみならぬ信念と目的意識を持って行動している。うっかり口を滑らせて重要な情報を漏らすなどという事はないだろう。子供じみた自己顕示欲とも無縁だ。
「まあいいや。とにかく、あんたの存在は見過ごせない。降伏するつもりがないのなら、全力で行かせてもらう」
ユウナギの神威は創世の力。素材が必要だが、あらゆる無機物を生み出すことが出来る。さらに、ちょっとした応用も可能だ。
「呼び出し! クリエイティブモード!!」
ユウナギの手が淡く発光し、目の前に3Dカーソルが現れた。意識下で原料を選択し実行すると、カーソル位置に物質を召喚することができる。ここからが応用だが、彼は10kgの鉄塊を2000垓個、20垓トン分、全く同じ座標に同時に創りだした。すると、たちまち鉄塊は重力崩壊を起こし、シュバルツシルト半径約3mmの小型ブラックホールが出現した。その作業をユウナギは2つ同時にやってのけた。
渦巻く黒い星がお互いの周りを回転し始める。最後に、仕上げとばかりユウナギは小さな鉄塊を2つ投入した。
「縮退連装砲!!」
恒星と見紛う光が辺りを圧した。「ヤレヤレ」といった顔でナナが村全体を覆うシールドを展開する。そうしなければ、この地は瞬時に荒野と化していただろう。
ブラックホールに投じられた物質は、ホーキング放射によってその質量の100%がエネルギーに変換される。すなわち、約8.8×10の17乗ジュール(88京J)×2のエネルギーがこの場に放たれたのだ。
「…………!!?」
雲が消え、大気の一部が消失し、この地の最高峰であるイールニック山に大きな穴が穿たれた。
アールヴ達は口をポカンと開けて、絶句するしかなかった。
爆煙が徐々に薄れていく。あれほどの攻撃に耐えられる者など、例え神使の中にでも居りはすまい。案の定、不利を悟ったのか片目の男は姿を消していた。あの攻撃を回避するだけでも大したものだった。
「逃がしたか」
ユウナギはゆっくりと大きく息を吐き出した。ともあれ、ひとまず戦いは終わった。
「結局何者だったのでしょうか。どうしてあんなのが地上に?」
「さあね……」
そう言いつつも、ユウナギは先程の男の言葉を思い出していた。
――見つけたぞ――
「まさか、あいつの目的は僕なのか?」
だとすれば、いろいろと辻褄はあう。ガウロを操ってアールヴを襲わせたのも、"大角"に不相応な力を与えて捨て駒に使ったのも、全てはユウナギに力を使わせて正体を見極めるため。
「どうして僕を!?」
「もしかすると」
少し考えてから、ナナが口を開いた。
「例の"空白の時代"と何か関係があるのではありませんか?」
ユウナギは忘れかけていたが、創世歴37億年頃に現れた正体不明の敵が存在した。その時の戦いのせいで、彼は約1億年分の記憶をなくしていたのだ。その敵に関する詳細は、現在もまだ判明していない。
「可能性はあるな。引き続き調査を続行しよう。二度とアールヴに手出しさせないためにも」
「はい」
ユウナギはしばらく、空の彼方を見つめていた。
**********
太陽が山の陰に身を隠し、伴星である第5惑星が姿を現した。日が落ちると気温が下がり、少し肌寒くなる。
戦いを終えて、ユウナギは皆の前に戻ってきた。包帯を巻いたアルがふらふらしながらユウナギを出迎えた。左腕を失ったことで、バランスが取りにくいのだろう。
「アル! 良かった。生きてたか。大丈夫か? ムリはするなよ」
「ああ。オレはなんとか……。それより」
アルが続けようとした時、ユウナギが手を上げて制した。
「言いたいことはわかる。だから、何も言うな」
「……でも」
アルは食い下がったが、ユウナギの決意は硬かった。他に方法が無かったとはいえ、自ら禁止していた神威の力をアールヴの目の前で使ってしまったのだ。これ以上、ここにとどまるわけにはいかなかった。
「いままで世話になったな。僕はもう行かなきゃならない」
「そんな。まだ聞きたいこととかいっぱいあるのに」
「そういうわけにもいかないんだよ。じゃあな、みんな!」
村人全員に向けてユウナギは言った。ノースはじめ村人たちはまだ茫然としたままで、質問攻めにされることも無かった。
「ユウナギ」
立ち去ろうとする背中にアルが声をかける。ユウナギは振り返らずに少しだけ立ち止まった。
「またどこかで会おう!」
明るく言って、アルは大きく手を振った。
別れの挨拶もそこそこに、ユウナギとナナは次元の扉を開いてこの地を後にした。あたりは静けさを取り戻し、虫達の鳴き声が少しずつ戻ってくる。壊された村の中で、アル達はいつまでも2人を見送っていた。
**********
ひとつの戦いが幕を閉じた。この、一連の出来事が神の概念誕生のきっかけとなり、後にアールヴの間で神話「創世記」として語り継がれることになるのだった。
【創世歴42億7746万年】
【人類歴225万2182年】
彼等と初めて出会った3年前のその年を、ユウナギは【アールヴ歴1年】と定め、歴史に記した。
―――――――――――――――――――
◆補記
―――――――――――――――――――
数年後。彼等の生活が落ち着いた頃、この地に1人の少女が辿り着いた。アル達とは別のアールヴの集団に属していた彼女は、やはり魔獣に追われてこの地へ逃れてきたと言う。
彼女はエフィルと名乗った。年の頃はアルと同世代かやや下。アールヴらしく美しい少女で、流れるプラチナブロンドに空のように蒼い瞳。どこか儚げな印象はあるが、瑞々しい生命力にあふれている。アルは何故か、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
村長のノースは彼女を仲間として迎え入れ、彼女はすぐに村に馴染んだ。
ただ、エフィルは1つ妙な事を言っていた。
「私が1人でさまよっていると、知らない女の子が現れてここまで連れて来てくれたんです」
「へえ。その子はどこへ?」
「それが、急にいなくなって……」
話の途中で、何かにぶつかったような音がして、少女は不自然によろめいた。それをアルが受け止める。2人の顔が息がかかるほどに近づいた。
お互いの瞳にお互いの顔が映る。
4秒ほどして、慌てて2人は距離をとった。どちらも顔が真っ赤に染まっている。ノースら村の者たちがニヤニヤしながら2人をからかった。
日が暮れて、新たな仲間を歓迎する宴が始まった。以前の宴会の時に比べると、人数は随分減っている。いなくなった妹や仲間達。育ての親である前村長のディージ。彼等の顔がアルの脳裏に浮かんでは消えた。
「命を繋ぐ……か」
ディージの最後の言葉がなんとなく思い出され、彼の口をついて出てきた。
アルに他意は無かったが、言った後で気づく。その言葉には、少しデリケートな意味が含まれているということに。そこに思い至った彼は、少し気恥ずかしくなった。
「なに?」
隣に座らされた少女が、不思議そうに顔を上げる。純粋で穢れのない空色の瞳を、アルは直視できなかった。
「い、いや、なんでもない」
いたたまれなくなって立ち上がろうとしたアルを止めるように、小さなどんぐりが飛んできて、彼の頭に当たった。
「!?」
慌ててアルは後ろを振り返った。どんぐりの事とは別に、何か懐かしい気配を感じた、そんな気がしたのだ。
「…………」
だが、そこには誰もおらず、ただ森の木々と静寂があるだけだった。
**********
遥か後の時代。この場所を訪れた冒険者達は、深い洞窟の奥に描かれた壁画を発見する事になる。そこには、当時の狩りの様子や幾つもの手形。そして、2人のアールヴと1人の神の姿が描かれていた。
【続く】
◆新天地
―――――――――――――――――――
岩盤橋の戦いの後、生き残ったアールヴ達は移動を続けていた。数年後彼等は、遥か南の新天地に辿り着いた。
この場所を勧めたのはユウナギである。魔獣亜人ひしめくこの星で、アールヴが安定して文明を育むには安全な場所が必要なのだ。
この地はまるで迷路だった。台地を削った川が縦横無尽にめぐり、山は断崖となって行く手を阻む。緑がいっぱいのグランドキャニオンをイメージすればよいだろう。
その中でアールヴが住み着いたのは、後にレイドークと呼ばれるようになる卓状大地で、天空にそびえる天然の城塞だ。別名、楽園とも呼ばれる。峡谷の上に巨大な岩盤が取り残されたこの星特有の地形で、先の戦いがあった岩盤橋を巨大化させたような場所だ。数本の"足"に支えられた浮遊大陸にも見える。
「ここはすごく豊かな所で、果物や獲物もたくさんだ。冬はちょっと雪が降るけど、何より、魔獣はいない」
「ほおー」
落ち込みがちだったアルが、初めて会った頃のように目を輝かせてレイドークの地を見渡した。そこにはアールヴの間でレップルと呼ばれるようになった、例の林檎に似た果物が大量に自生していた。他にも、羽兎、鎧鹿、針猪といった、見たこともない動物たち。滝や湖等の豊富な水資源。山の頂には真っ白い雪が積もっていた。
「いい場所じゃないか! 教えてくれて感謝する!」
村長のノースがユウナギの背中をバシバシと叩く。
「さすが、色んな事を知ってるな。戦いはヘタだけど」
豪快に若い村長は笑った。
ここなら当分の間は安心出来るはずであった。いつか、北の大陸で魔獣が増え南下して来たとしても簡単には辿りつけないし、その頃にはアールヴだけで対処出来るようになっているだろう。そして実際にこの場所が、今後数万年に渡ってアールヴを北の魔獣から保護し、文明の発展を助ける事になる。
また、この時期1つの発見があった。
数年彼らと行動をともにしたユウナギは、アールヴがなかなか年を取らない事に気づいたのだ。詳しく調べてみると、彼らの寿命は旧世界の人類の約3倍、だいたい300年程あることが判明した。
「ますますエルフだな」
**********
ようやくアールヴ達に安寧の時代が訪れた。これからは平和で安定した発展の時代が続くのだろう。――そう思った矢先。
平和な村に不穏な羽音が鳴り響く。ノースが見上げると、そこには巨大な翼を持った魔獣が1体、大きく弧を描いて飛んでいた。竜種ではなく、見たことも無い――いや、見覚えのある魔獣だった。鋼の如き赤銅色の筋肉をまとい、頭部には一本の角が突き出している。アルが倒したはずの大角のガウロだ。
大角は地響きを立てて地上に降り立った。その際、作ったばかりの天幕を幾つか踏み潰した。
「な、バカな! ヤツは死んだはず!?」
「ガウロが飛ぶなんて……!」
村人は慌てふためき、恐慌状態に陥った。せっかく得た安住の地を、また失うかもしれないという不安と、死への恐怖。
「どうなっている?」
「わかりかねます」
ユウナギにもナナにも想定外の出来事だった。そもそも、死んだものが生き返るなどあってはならない事なのだ。
「それに、まただ。また例の違和感が」
前回の戦いでも感じた、地上で感じることが無いはずの違和感。何か良くないことが起ころうとしている。そう思わずにはいられなかった。
「やっぱり何かおかしい。ここは僕が……」
ユウナギの袖を引き、ナナが首を横に振る。
「"制約"をお忘れですか」
神たる身が、そう簡単に手を貸していれば、アールヴの成長の機会を奪うことにもなりかねない。神の力は禁忌の力。地上でみだりに使うものではないのだ。
飛び出して行きたい衝動を、彼はぐっと抑えた。
かつて大角のガウロだったモノは、腕を振り回し、足を踏み鳴らして闇雲に暴れまわった。村人たちが右へ左へと逃げ惑う。
「慌てるな!!」
ノースの大喝が、皆を無理やり現実に引き戻した。次々と指示を飛ばし、女子供を避難させ、男たちで迎撃体制をとる。
「くそっ! こんな時にアルはどこへ」
大角の目には生気は無く、動きもどこかぎこちなかった。それでも攻撃力は以前より増しており、身体も少し大きくなっている。しかも、例の禍々しい瘴気を体中から撒き散らし、近くの草木が次々と枯れていった。
「大・火炎槍!!」
その時、リリル譲りの炎の魔法が炸裂し、大角の瘴気を焼きつくした。同時に、大木の枝から大角めがけて飛び降りる影があった。アールヴには珍しい赤毛が風に舞い、細身だが引き締まった腕が黒曜石のナイフを抜き放つ。続けざま、少年は叫んだ。
「火炎 付与・四段 強化!!」
魔力の過量供給が、ナイフに埋め込まれた宝玉の力を解放した。たちまちナイフは眩い輝きに包まれ、軋みながら変容する。刀身が長剣のごとく伸び、苛烈な炎をその身に纏う。火纏の聖剣が目覚めたのだ。
「アル!」
落下の勢いとルーヴラ・アクシエの力を借りて、アルは渾身の連撃を繰り出した。瞬く間に大角のガウロは切り刻まれ、肉片と化し地面に散らばった。そこへ他の者たちが一斉に魔法攻撃を仕掛け、肉片をことごとく焼きつくす。大角のガウロは死に、今度こそ二度と起き上がってくる事は無かった。
元に戻った黒曜石のナイフを一振りして、腰巻きの隙間に挟む。アルは聖剣の力を完全に自分の物にしたようだ。
村人達は胸を撫で下ろした。
アルは村人たちの歓喜の輪に取り囲まれた。今となっては、彼がこの村を支えていると言って良い。年の離れた弟のようにアルを見守ってきたノースも、追い越された悔しさと、身内を誇らしく思う気持ちとで苦笑いだった。ただ、妬みと無縁だったのは、彼等の純粋さをよく表していた。
「よくやった。アル!」
「ノース兄!」
ノースがヘッドロックを仕掛け、アルが暑苦しそうにもがいた。
「まるで勇者だな」
近くで見守っていたユウナギがポツリとつぶやいた。
「ゆーしあ……?」
「ユーシア!!」
村人たちはその称号を気に入ったようだった。
あっけないほどあっさりと決着はついたように見えた。だがしかし、事件はまだ終わりでは無かった。
―――――――――――――――――――
◆油断
―――――――――――――――――――
敵を倒した後の僅かな油断。その瞬間を待ち構えていたかのように、ひとつの殺気がアルに向けて叩きつけられた。それを感じ取ることはただの人間には不可能だった。それは、神や神使の気配と同質のものだったからだ。
黒い影が踊り出てアルに肉薄する。その動きは明らかにヒトを超えており、何らかの"禁忌の力"を使用したことは明白だった。
「!!?」
雷光のごとき斬撃がアルを襲った。咄嗟に防御した左腕が宙を舞い、そのまま左肩から右脇にかけて、深々と切り裂かれた。
「……ハズレか」
襲撃者が口の中でつぶやいた。
「アル!!」
一瞬遅れてユウナギは飛び出し、すかさず敵の第二撃を右腕で受け止めた。刃は手首に半分めり込んで止まり、傷口から血があふれた。
「ナナ、アルを!!」
切迫した主の叫び声に従い、ナナは倒れた赤髪の少年に駆け寄った。斬撃の痕からは大量の血が流れており、彼はショック状態で小さく痙攣していた。
「…………!」
顔をしかめながらも、ナナが手早く外科的な応急処置を施す。
村人達には、何が起こったのか理解が追いつかなかった。石のように固まって動けないでいる。まず、あれほど強かったアルがあっさり倒れたことが信じられなかったし、さらに、いろんなことを知ってはいるが、戦いには役にたたなかったユウナギが、その敵の攻撃を容易く止めてしまうなどとは思いもしなかった。
ユウナギにジャマをされた黒い影は、素早く距離を取りマントを翻した。目深に被ったフードから僅かに顔が覗いており、そこには片方の目が無かった。
「違和感の正体はあんたか」
無表情にユウナギは言った。これまで度々感じていた違和感の正体がついに判明したのだ。ガウロに不相応な力を与えて裏から操り、そして今、自ら禁忌の力を使って見せた。一連の騒動の原因は、この男に間違いない。
ユウナギは一歩前に踏み出した。
「ユウナギ様!」
それでもナナは"制約"に従い彼を止めようとした。彼女の役目は、無限とも思える力を得たユウナギのリミッターでもあるのだ。
「わかってる。僕らは、その力をみだりに地上では使ってはならないと決めた。それでも――」
何かを吹っ切ったように、ユウナギは続けた。表情は冷静だったが、その内側には焼けつくような怒りが渦巻いていた。
「――それでも、その力を悪用する敵に対しては、制約はない!」
アルの負傷や、先年のディージやリリルの死が、地上の生物同士の争いの結果ならば彼には何も言う権利はない。だが、それがもし地上にあってはならない"禁忌の力"が原因だとすれば、話は別だ。
ナナは仕方なく引き下がった。彼女にもわかってはいたのだ。この敵が尋常のモノでは無いことが。これに対するには、神威か天眷といった禁忌の力をもってあたるしか無いと言う事が。
「管理者権限により命ず。封印解除・第C層」
静かに言って、ユウナギは神威の封印を一部解放した。瞬時に手首の傷が回復する。見た目も雰囲気も全く変化は無かった。だが1人、片目の男だけは咄嗟に表情を引きつらせ、大きく飛び退った。その、飛び退る動作の途中でユウナギは動いた。無造作に前にでて、男を殴りつけたのだ。
「!!?」
弾丸並みの速度で吹き飛ばされた男は、両腕を広げ空中に爪を立てるようにして減速し、その場に静止した。冷や汗混じりの顔がしかし、笑う形に歪む。
「見つけたぞ」
「!?」
おもむろに、男はもう一つの武器を取り出した。銀と黒の2つの武器。それを左右の手で構え、ユウナギに向けて突き出す。
「反物質の反応を検知」
秘匿回線でナナが報告する。
「は!!?」
ユウナギの余裕に一瞬だけ陰りが出来た。
「反物質って、まさか」
左右の武器がそれぞれ放電を始め、最短距離で交わる。すると、爆発的に増大した超々高密度のエネルギーがほとばしり、ユウナギめがけて放出された。
「まさか、対消滅砲――!!?」
驚いた顔の割に、対処は冷静だった。窓ガラスをこするように軽く手を動かすと、ユウナギの前に巨大な時空の穴が生まれ、迫り来るエネルギー体を全て飲み込んでしまった。
「ユウナギ……、あ、あんた一体……!?」
想像を絶する事態に呆然としつつ、ノースが呻いた。
「下がってろ。ヤツはヒトの手には余る」
「ヒトの手って……!?」
ユウナギは開き直った。今までは自ら定めた"制約"のため、アールヴの歴史に直接手を出せずヤキモキしているだけだったが、こうなってはもう隠しても意味は無い。これはもはや、ユウナギ達カクリヨの住人の管轄なのだ。
空中で彼等を見下ろす敵に対し、ユウナギも空に飛んだ。
「…………!!?」
村人たちは唖然としてそれを見守った。アールヴにも空を飛ぶ魔法は無い。もはや彼等の理解の範疇を大幅に超えた出来事だった。
空中で2人が対峙する。口を開いたのはユウナギだった。
「あんた、何者だ?」
「…………」
その男は何も喋らなかった。無言のまま攻撃を再開する。先ほどの技は連発出来ないのか、接近戦主体に切り替えている。その格闘戦能力は、神使十傑に軽く匹敵するものだった。
ユウナギも自分の武器を取り出して応戦する。何の変哲もないロングソードだが、この時代には存在しないものだ。新天地上空に、剣戟の火花がいくつも咲いた。
**********
乾いた咳とともに血を吐いて、アルが意識を取り戻した。左手の犠牲とナナの治療のおかげで、なんとか命だけは取り留めたようだ。
「クソ! 一体どうなって……」
すぐに彼は、身体を起こして立ち上がろうとした。生きているのが不思議なぐらいの怪我なのだが、驚くべき生命力と精神力だ。
「ダメです。動いては」
ナナが渋い顔をして引き止める。実際に、アルはそれ以上動けなかった。その場に座り込んで荒い息を整え、諦めて上空の戦いに目をやる。
「なんだあのスピード……!? てか、飛んでる!!?」
自分の怪我の事も忘れて、アルは2人の戦いに見入った。まるで、時間の流れがそこだけ早くなったかのように感じられた。
「これは、夢か!?」
半笑いになってアルが呻いた。彼は最近、自分の能力に自信を持ち始めていたのだが、増長する間もなくそのプライドは完膚なきまでに打ち砕かれていた。世の中、上には上がいる。
―――――――――――――――――――
◆別れ
―――――――――――――――――――
「何が目的だ!?」
戦いながら、尚もユウナギが質問を重ねる。
「…………」
男は喋らなかった。ただ冷静に、目的のために黙々と力を行使するのみだ。自分勝手な理屈を並べることもなく、狂気にとらわれるでもない。こうなると、逆にユウナギが饒舌にならざるを得なかった。なんとか情報を引き出すため。敵の目的や正体を推し量るために。
「ちょっとは喋れよ! あるんだろお前にも何か動機が!? 主張したい理念が!!?」
「…………」
「(――こいつはそんな軽い敵じゃない)」
言いつつもユウナギにはわかっていた。目の前の敵は、なみなみならぬ信念と目的意識を持って行動している。うっかり口を滑らせて重要な情報を漏らすなどという事はないだろう。子供じみた自己顕示欲とも無縁だ。
「まあいいや。とにかく、あんたの存在は見過ごせない。降伏するつもりがないのなら、全力で行かせてもらう」
ユウナギの神威は創世の力。素材が必要だが、あらゆる無機物を生み出すことが出来る。さらに、ちょっとした応用も可能だ。
「呼び出し! クリエイティブモード!!」
ユウナギの手が淡く発光し、目の前に3Dカーソルが現れた。意識下で原料を選択し実行すると、カーソル位置に物質を召喚することができる。ここからが応用だが、彼は10kgの鉄塊を2000垓個、20垓トン分、全く同じ座標に同時に創りだした。すると、たちまち鉄塊は重力崩壊を起こし、シュバルツシルト半径約3mmの小型ブラックホールが出現した。その作業をユウナギは2つ同時にやってのけた。
渦巻く黒い星がお互いの周りを回転し始める。最後に、仕上げとばかりユウナギは小さな鉄塊を2つ投入した。
「縮退連装砲!!」
恒星と見紛う光が辺りを圧した。「ヤレヤレ」といった顔でナナが村全体を覆うシールドを展開する。そうしなければ、この地は瞬時に荒野と化していただろう。
ブラックホールに投じられた物質は、ホーキング放射によってその質量の100%がエネルギーに変換される。すなわち、約8.8×10の17乗ジュール(88京J)×2のエネルギーがこの場に放たれたのだ。
「…………!!?」
雲が消え、大気の一部が消失し、この地の最高峰であるイールニック山に大きな穴が穿たれた。
アールヴ達は口をポカンと開けて、絶句するしかなかった。
爆煙が徐々に薄れていく。あれほどの攻撃に耐えられる者など、例え神使の中にでも居りはすまい。案の定、不利を悟ったのか片目の男は姿を消していた。あの攻撃を回避するだけでも大したものだった。
「逃がしたか」
ユウナギはゆっくりと大きく息を吐き出した。ともあれ、ひとまず戦いは終わった。
「結局何者だったのでしょうか。どうしてあんなのが地上に?」
「さあね……」
そう言いつつも、ユウナギは先程の男の言葉を思い出していた。
――見つけたぞ――
「まさか、あいつの目的は僕なのか?」
だとすれば、いろいろと辻褄はあう。ガウロを操ってアールヴを襲わせたのも、"大角"に不相応な力を与えて捨て駒に使ったのも、全てはユウナギに力を使わせて正体を見極めるため。
「どうして僕を!?」
「もしかすると」
少し考えてから、ナナが口を開いた。
「例の"空白の時代"と何か関係があるのではありませんか?」
ユウナギは忘れかけていたが、創世歴37億年頃に現れた正体不明の敵が存在した。その時の戦いのせいで、彼は約1億年分の記憶をなくしていたのだ。その敵に関する詳細は、現在もまだ判明していない。
「可能性はあるな。引き続き調査を続行しよう。二度とアールヴに手出しさせないためにも」
「はい」
ユウナギはしばらく、空の彼方を見つめていた。
**********
太陽が山の陰に身を隠し、伴星である第5惑星が姿を現した。日が落ちると気温が下がり、少し肌寒くなる。
戦いを終えて、ユウナギは皆の前に戻ってきた。包帯を巻いたアルがふらふらしながらユウナギを出迎えた。左腕を失ったことで、バランスが取りにくいのだろう。
「アル! 良かった。生きてたか。大丈夫か? ムリはするなよ」
「ああ。オレはなんとか……。それより」
アルが続けようとした時、ユウナギが手を上げて制した。
「言いたいことはわかる。だから、何も言うな」
「……でも」
アルは食い下がったが、ユウナギの決意は硬かった。他に方法が無かったとはいえ、自ら禁止していた神威の力をアールヴの目の前で使ってしまったのだ。これ以上、ここにとどまるわけにはいかなかった。
「いままで世話になったな。僕はもう行かなきゃならない」
「そんな。まだ聞きたいこととかいっぱいあるのに」
「そういうわけにもいかないんだよ。じゃあな、みんな!」
村人全員に向けてユウナギは言った。ノースはじめ村人たちはまだ茫然としたままで、質問攻めにされることも無かった。
「ユウナギ」
立ち去ろうとする背中にアルが声をかける。ユウナギは振り返らずに少しだけ立ち止まった。
「またどこかで会おう!」
明るく言って、アルは大きく手を振った。
別れの挨拶もそこそこに、ユウナギとナナは次元の扉を開いてこの地を後にした。あたりは静けさを取り戻し、虫達の鳴き声が少しずつ戻ってくる。壊された村の中で、アル達はいつまでも2人を見送っていた。
**********
ひとつの戦いが幕を閉じた。この、一連の出来事が神の概念誕生のきっかけとなり、後にアールヴの間で神話「創世記」として語り継がれることになるのだった。
【創世歴42億7746万年】
【人類歴225万2182年】
彼等と初めて出会った3年前のその年を、ユウナギは【アールヴ歴1年】と定め、歴史に記した。
―――――――――――――――――――
◆補記
―――――――――――――――――――
数年後。彼等の生活が落ち着いた頃、この地に1人の少女が辿り着いた。アル達とは別のアールヴの集団に属していた彼女は、やはり魔獣に追われてこの地へ逃れてきたと言う。
彼女はエフィルと名乗った。年の頃はアルと同世代かやや下。アールヴらしく美しい少女で、流れるプラチナブロンドに空のように蒼い瞳。どこか儚げな印象はあるが、瑞々しい生命力にあふれている。アルは何故か、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
村長のノースは彼女を仲間として迎え入れ、彼女はすぐに村に馴染んだ。
ただ、エフィルは1つ妙な事を言っていた。
「私が1人でさまよっていると、知らない女の子が現れてここまで連れて来てくれたんです」
「へえ。その子はどこへ?」
「それが、急にいなくなって……」
話の途中で、何かにぶつかったような音がして、少女は不自然によろめいた。それをアルが受け止める。2人の顔が息がかかるほどに近づいた。
お互いの瞳にお互いの顔が映る。
4秒ほどして、慌てて2人は距離をとった。どちらも顔が真っ赤に染まっている。ノースら村の者たちがニヤニヤしながら2人をからかった。
日が暮れて、新たな仲間を歓迎する宴が始まった。以前の宴会の時に比べると、人数は随分減っている。いなくなった妹や仲間達。育ての親である前村長のディージ。彼等の顔がアルの脳裏に浮かんでは消えた。
「命を繋ぐ……か」
ディージの最後の言葉がなんとなく思い出され、彼の口をついて出てきた。
アルに他意は無かったが、言った後で気づく。その言葉には、少しデリケートな意味が含まれているということに。そこに思い至った彼は、少し気恥ずかしくなった。
「なに?」
隣に座らされた少女が、不思議そうに顔を上げる。純粋で穢れのない空色の瞳を、アルは直視できなかった。
「い、いや、なんでもない」
いたたまれなくなって立ち上がろうとしたアルを止めるように、小さなどんぐりが飛んできて、彼の頭に当たった。
「!?」
慌ててアルは後ろを振り返った。どんぐりの事とは別に、何か懐かしい気配を感じた、そんな気がしたのだ。
「…………」
だが、そこには誰もおらず、ただ森の木々と静寂があるだけだった。
**********
遥か後の時代。この場所を訪れた冒険者達は、深い洞窟の奥に描かれた壁画を発見する事になる。そこには、当時の狩りの様子や幾つもの手形。そして、2人のアールヴと1人の神の姿が描かれていた。
【続く】
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
そっと推しを見守りたい
藤森フクロウ
ファンタジー
綾瀬寧々子は気が付いたら、大好きな乙女ゲームの世界だった。
見習い神使として転生していた新生オタク『アヤネコ』爆誕である。
そしてそこには不遇ながらも必死に生きる推しこと『エルストン・ジル・ダルシア』がいた。
母を亡くし失意の底に居ながらも、双子の弟妹の為に必死に耐える推し。
今ここに、行き過ぎた愛が圧倒的な行動力を伴って推しを救う―――かもしれない。
転生したヤベー人外と、それにストーカーされている推しのハートフル(?)ストーリーです。
悪気はないが大惨事を引き起こす無駄にパワフルで行動派のお馬鹿さんと、そんなお馬鹿さんに見守られているのを知らずに過ごす推し。
恋愛要素薄目、ほぼコメディです。
武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作
原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる