25 / 31
25. 自分で掴み取る未来を
しおりを挟む「──今回の人選は、私がエクトール様の番……だからですよね? もし番じゃなかったら、きっとお声をかけてもらえなかったですよね?」
私の問いに、エクトール様の肩が揺れた。
やりがいのある仕事を提示してくれたことには、素直に嬉しいと思う。でも私が指名されたのは、私の仕事を評価してくれたというよりは、エクトール様ありきなのは確実だ。
本当に仕事をさせてくれるのだろうか?
むこうに行ったら、番になることを強要するつもりではないだろうか?
私には魔眼がないから真実を見抜けない。
兄様が彼らは嘘をついていないというから信用したけれど、国に帰った後はわからない。その時私には、頼れる兄様もマルシェもいないのだ。
彼らの口から、ちゃんと聞いておきたい。
そしてこちらからも、ちゃんと伝えておきたい。
少しの沈黙の後、リディオ殿下が口を開いた。
「正直に言えば、その通りです。貴女がエクトールの番でなければ、使者の人選に口を出すことはなかったでしょう。だが、オルタンシア公爵家の事業が、我が国にとって有益であると思ったことは事実です」
まっすぐに私を見て、真摯に話しているように見える。
そして私はエクトール様に視線を向けた。
彼も真剣な顔でこちらを見ている。
「エクトール様、私には貴方を番だと認識できる能力はありません。私にとっては、貴方は出会ったばかりの付き合いの浅い友人です」
私の言葉に、彼は唇を引き結び、寂しそうに目を伏せた。
「そして私は、今日離婚したばかりの、瑕疵がついた女です。本来なら貴方に相応しくありません」
「そんなことはありません! 貴女は美しくて聡明で、とても魅力的な女性だ」
傷ついた表情で、彼は必死に首を横に振る。
(何してるの、私……傷つけたいわけじゃないのに)
まだシグルドとの話し合いが尾を引いているらしい。
エクトール様の好意を素直に受け取れない。
──それって、番なら私じゃなくても同じこと言いますよね?
そんな鋭利な言葉が飛び出しそうになるのを必死で抑える。
(こんなことが言いたいわけじゃないのに)
自信がないだけだ。
私はまだ、女としての自信がない。
どんなに愛を囁かれても、今までの経験が邪魔をして疑心暗鬼になってしまう。
(もうギフトは消えたのに)
エクトール様は違うとわかってる。
あれから番について私も調べた。
彼は生涯、裏切らない。
だから精霊のギフトが消失したのだろう。
でも調べれば調べるほど、先程の言葉が浮かんでしまう。
番であれば、私じゃなくてもいいのだ。
番であれば、彼は誰でも愛する。番の習性がある限り。
そしてきっと、同族ならなお良かったはず。
そんな捻くれた想いが強くなった。
だから真っ直ぐに好意を向けられても素直に喜べない。
後ろ向きで不毛な考えだ。
突きつめたところで誰のためにもならない。
結局私は、彼を信じられないのだろう。
当たり前だ。彼とは半月前に会ったばかりで、そこまでの信頼関係を築けていないのだから。
でもそれと同時に、今度こそ信じられる愛──そんな希望に縋っているのかもしれない。だから彼を拒絶できない。
どっちつかずだ。
私が一番ズルい。
もし本当にそれを望むなら、受け身ではダメだ。
私も番の習性を受け入れた上で彼と向き合い、愛する必要がある。
そうでなければ、きっと今のようにまた彼を傷つけてしまう。
(正直に言おう)
「貴方を、悲しませたいわけじゃないんです。ただ私が、まだ臆病になっているだけなんです。いろいろあって、やっと前を向こうと歩き始めたばかりで……」
「イリス殿……」
「でも、変わりたいと思っています。もう、怯えて暮らすのは嫌なんです。私は、自分の可能性を諦めたくない」
せっかくギフトから解放されたのだ。
やっと普通の暮らしを送ることができる。
「どうか、時間をいただけませんか?」
顔を上げて、真っ直ぐに彼を見る。
透き通る銀の瞳が私を捉えて、揺れた。
「私は、新しい道に立ったばかりで、この先に何があるのか、まだ何も見えていません。それでも一つだけ決めていることがあります」
「──はい」
「これからは、自分の幸せを誰かに委ねるのは止めようと思っています。誰かに与えられる幸せではなく、自分の力で幸せを見つけたい。掴み取りたい」
これから先は、全部自分の責任。
もう精霊のせいだと、言い訳はできない。
救いを求めて誰かに依存する人生ではなく、自分の足で立って一人で歩く強さを持たないと、きっと私はずっと自分に自信がないまま、卑屈な人生になってしまう。
それでは私が本当に求める幸せは手に入らない。
(そんなの、イヤよ)
「だから、時間が欲しいのです。私の持つ知識と経験が、どこまで両国に貢献できるのか。そして貴方はどんな人なのか、竜王国はどんな国なのか、私はそれを知る時間が欲しいのです」
貴方を知って、竜王国を知って、私自身の功績を築くことができた時、初めて対等に貴方と向き合える気がするから。
「リディオ殿下、此度のお話ありがたくお受けさせていただきます。ご期待に添えるよう誠心誠意努めさせていただきます」
「そうか。よく決心してくれた。竜王国は貴女を歓迎する」
きっと、私自身を認めさせてみせる。
エクトール様の番ではなく、イリス・オルタンシアという一人の人間を──
もし番じゃなかったとしても、イリスという人間は竜王国に必要だったと──皆に認めさせればいいのだ。
いつか素直な気持ちで、貴方の想いを受け取れるように。
貴方の番であることに引け目を感じるのではなく、誇れる日が来るように。
守られるだけではなく、大事な人たちを守れるように──
今は一人で立って、精一杯生きてみようと思う。
そして、私の欲しい未来を掴み取ってみせる。
「エクトール様、私、頑張りますね」
胸元で拳を作って気合いを見せると、なぜか彼は顔を両手で隠して俯いてしまった。しかも震えている。
(え? まさか、また泣いてる?)
「気にするな。番可愛さに悶えているだけだ」
「は?」
大きな手の隙間から見えていた彼の耳が、真っ赤に染まっていた。
3,371
お気に入りに追加
4,350
あなたにおすすめの小説
【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです
よどら文鳥
恋愛
貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。
どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。
ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。
旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。
現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。
貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。
それすら理解せずに堂々と……。
仕方がありません。
旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。
ただし、平和的に叶えられるかは別です。
政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?
ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。
折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる