10 / 31
10. 新しい人生のために
しおりを挟む「シグルドも縋ってくるかもね」
「どうかしら。今は愛人とお楽しみ中だけどね。たとえ縋られたとして許すつもりはないわ。どのみち夫婦を続けるのは生理的に無理だもの」
(もう体がシグルドを拒絶してしまう)
夫は、元婚約者たちとは重みが全然違う。
ずっと一緒にいた。一番気を許した異性だった。
ギフトのことは知らなくても、私が苦しんでいた時に手を差し伸べて、友として支えてくれた人だ。大事な人だった。
その信頼の大きさは彼らの比ではない。
だからこそ、彼の裏切りは私の心を突き刺した。
政略と関係なく、私自身が彼を男性として愛して、結婚を望んだ。彼となら、この忌まわしい精霊のギフトに苦しめられる日々を乗り越えられると思った。
シグルドとなら、幸せになれると思った。
(それなのに──)
その信じた愛と幸せは、
二年であっけなく崩れ去ってしまった。
「──シグルドの話はもういいわ。せっかく吐き気が治まったのにまたぶり返しそう。それより仕事の話がしたい」
「わかったわ。じゃあ早速、外交の仕事を手伝ってもらおうかしら。三日後に竜王国の要人たちが視察に来ることは知っているわよね?」
「ええ。精霊樹に祈りを捧げに来るのよね?」
各国の使者たちは、我が国に滞在する際、ほとんどの方々が加護にあやかりたいと精霊樹に祈りを捧げる。
国によって崇める神はそれぞれだが、精霊と自然が深い結びつきにあることは創生神の神話で語られ、絵本になるほど世界中で有名な話だ。
「それもあるけど、主な目的は貿易条約の締結のためよ」
竜王国はその名の通り、遠い昔に竜人が建国したと言われ、大陸の中でも長い歴史を持つ国だ。時を経て純血の竜人は姿を消し、今は人間と変わらない容姿をしている。
「確か鉱山に囲まれた国で、宝石と魔石産業が有名だったわね」
「そうなの。実は今年から新たな産業として宝石カット技術のライセンスを売り出すことにしたらしくて、その契約者第一号として我がディファイラ王国が選ばれたってわけ。ウチは水晶産業が盛んだから、竜王国のカット技術は是非取り入れたいと思っているのよ」
「竜王国産のジュエリーは各国の王族が欲しがるほどの逸品だと聞くものね」
「ええ。そして私たち側は食物の輸出と農業の技術提供を求められているわ。鉱山地帯は食物が育ちにくいから、栽培に適した食物の苗の提供、または開発を依頼されているの。そのための人材や商品にかかる関税、運送費などを踏まえてお互いの利が平等になるように交渉しなければならないのよ」
竜人の血を引いている彼らは戦闘能力が高く、大陸の中でもトップの軍事力を誇る強豪国だ。彼らとの交渉は緊張感が高まる場となるだろう。
精霊信仰の我が国を食い物にするような取引はしないだろうとは思うけれど、決して油断できない相手である。
「イリスはギルア語が得意よね。交渉の場にはお兄様とお義姉様と私の三人で挑むんだけど、貴女も交渉人として同席してくれない?」
「わ、私が? 仕事が欲しいとは言ったけれど、そんな責任重大な仕事をくれとは言ってないんだけど!?」
「でもオルタンシアの主な産業は果樹農業でしょう? 温室栽培の技術なんて交渉にうってつけじゃない。専門家としてお兄様たちをサポートしてほしいのよ。ね?」
「……わかったわ。それなら資料を作りたいから、王宮図書館の利用許可を取ってくれる?」
「ありがとう! 手配しておくわ」
思いがけずに大きな仕事をもらい、緊張感が走る。
そして万全の体調で交渉に挑むためにも、しっかり休憩を取ることを約束させられた。
仕事を根詰め過ぎてまた倒れては保護した意味がないと言われ、お目付け役として補佐を一人つけられた。
働いている間はシグルドのことを忘れられるから、本音は休みなんていらない。でも国益のかかった交渉の場でくたびれた姿を見せるわけにもいかないため、そこは素直にマルシェに従った。
幸いにも資料作りの間はギフトが発動することはなかった。
王家ファミリーと食事を共にし、打ち合わせをしながら資料を仕上げていく。最初は責任重大すぎる仕事に恐れ慄いたけど、むしろそれが良かったのかもしれない。
当日まで無事に条約を締結することで頭がいっぱいで、シグルドのことを考える余裕はなかった。
そしてあっという間に時間は過ぎ、竜王国の要人を迎える日がやってきた。
明らかに緊張している私に、麗しい兄弟が声をかける。
「イリス、準備はいい?」
「どうしようマルシェ、緊張で膝がガクガクしてる」
「やれることは全部やったし、イリスの提案した事業計画なら、きっとこちらの要望も飲んでくれるはずさ。自信を持ちなさい」
「レイブン兄様……」
「わたくしもしっかりフォローしますから、安心してくださいな。お互い頑張りましょう」
王太子妃のユリアンナ様にも鼓舞され、気合いを入れ直す。
この大きな仕事をやり遂げたら、きっと私の自信に繋がる。その実績はマルシェと共に向かう隣国で、私の最大の武器となるだろう。
隣国の王子妃になるマルシェについて行くなら、彼女の足を引っ張るわけにはいかない。
(必ず、成功させてみせるわ)
シグルドとの離婚で、『寝取られ令嬢』だと再び馬鹿にされるなんて真っ平ごめんだ。私は道理に反することなど何もしていない。
嘲笑されるような生き方などしていない。
それでも私を傷つけるというのなら、夫も、精霊も、社交界も、全部要らない。
誰にも馬鹿にすることなど許されない武器を手に入れて、新しい人生を生きる。
もう恋なんて一生しない。
愛なんていらない。
そう思っていたのに──
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
男性陣のキャライラストは近々Xの方に載せたいの思っているので、顔を見てやっても良い方はXのフォローをしていただけたら嬉しいです(^^)
@Hanamizuki_ate
作品のプロットや進捗状況、告知などもXでご報告させていただいてます。
2,710
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう
音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。
幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。
事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。
しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。
己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。
修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。
藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。
「……旦那様、何をしているのですか?」
その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。
そして妹は、
「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と…
旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。
信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる