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9. エピローグ
しおりを挟む「仕事が終わったなら俺に構え。腹が減った」
私の首元に甘えるように、アレスが頭を擦り付ける。
(最近アレスが私に懐く大型犬に見えるわ)
「はいはい。じゃあお茶でも入れましょうか。アレスの好きなホットケーキ焼いてあげる」
「当然だ。神に供物は必需品だからな」
「──なにそれ。ふふっ」
ホットケーキが供物の神様なんてアレスくらいだろう。
それがおかしくて思わず吹き出すと、くるりと体を回転させられ、アレスと向き合う。
何ごとかと彼を見上れば、顎を固定され、あっという間に唇を奪われた。そしてキスをしたまま視線を交わす。
美しい男がクスリと微笑み、あまりの色香に意識が飛びそうになった。
思考が追い付かず、好き勝手に唇を貪られたあと、ようやく解放された。
「なっ……な?」
突然のキスに頭が混乱して、言葉がうまく出てこない。
「最近、島民の男どもがお前に熱視線を送っているからな。お前は俺のものだとわからせてやらなければ」
「は? なんの話?」
「気づいてないのか。お前少し鈍感すぎやしないか?」
なんの話か全然わからない。
というか突然の距離の詰め方に驚いている。
どうしていいのか全くわからない。
(心臓壊れそう……っ)
好意を持たれているのはわかっていたが、それが親愛なのか恋情なのか、ずっと区別がつかなかった。
でも今こうしてキスをされたということは、そういう好意を抱いているという認識でいいのだろうか?
「それにしても我が花嫁はずいぶんと初心だな。口付けくらいで顔から湯気が出そうなほど真っ赤だぞ」
「花嫁!? なんのこと!?」
「む? 俺はお前に加護を与えたと言っただろ? その時にお前は武神の愛し子となった。神の愛し子とは、神と魂を繋げるということだ。つまり神の花嫁になる者のことを言う」
「初めて聞いたんですけど!?」
「そうだったか? なぜ怒っているんだ。もしかして俺の花嫁になるのが嫌なのか?」
「そういうことじゃなくて……っ」
本来なら、本人の了解も得ずに一生を縛るなど、怒ってもいい案件だろう。なのに──どうしても俺様で優しいこの男を憎めない。
「ミーシャ……」
武神と呼ばれる大きくて逞しい体をした男が、背中を丸めて不安そうな顔をしている。そのギャップにまたしても顔が赤くなってしまう。
(かっこよくて可愛いとか、ズルい!)
ケイレブの件でもう恋愛は懲り懲りだと思っていたのに、こうしてアレスに懐かれるうちに絆されてしまいそうになる。
「どうして?」
「?」
「どうして私なの?」
だって私は勇者のお荷物で、あの旅の中で唯一の平民だった。ケイレブが国王に頼まなければ、同行など許されなかっただろう。
ケイレブも平民だったけれど、勇者という称号を得て私とは比べ物にならないほどの偉人になってしまった。
討伐メンバーの中で、私だけが浮いていた。
なのに──
「ミーシャ?」
「なんで私なの? 私なんか花嫁にしても、神様にはなんのメリットもないわ」
私には何もない。
美人じゃないし、魔法も使えない。
お金持ちでもないし、結婚してもなんの旨味もないただの平民だ。
このまま両親と三人で穏やかに暮らすことを望んでいたのに。なのに今、アレスの視線に胸をかき乱されている。
ドキドキしすぎて苦しい。
そしてすごく怖い。
私は自分に自信がない。
もう裏切られるのは嫌だ。
見下されるのも嫌だ。
今でも、彼女たちの罵倒を思い出して息苦しくなることがある。またあんな惨めな思いをするかもしれないと思ったら、身がすくんでしまうのだ。
「ミーシャ」
名を呼ばれて俯いた顔を上げれば、額に口付けを落とされる。
「……っ」
「いつも言ってるだろう? お前の魂は綺麗だと。それだけでお前は既に特別な人間だ。出会った頃のケイレブの魂が綺麗だったのは、きっとお前が側にいたからだろう」
「……どういうこと?」
「お前はいつでも、ただひたすらに愛する者のために生きている。人間は煩悩に弱い生き物だ。だがお前は煩悩に惑わされず、大事にするべきものが何か、ちゃんとわかっている」
「大事な、もの……?」
「家族を愛すること。他者を慈しむこと。誠実であること。悪を良しとしないこと。愛する者のために、悪に立ち向かう勇気を持つこと」
「…………」
──買い被りだ。
私はそんな高尚な人間じゃない。
実際に私はケイレブたちを憎んでいた。
真っ黒いドロドロとした感情で埋め尽くされていた。
ハーレムなんて不幸になればいいとすら思っていた女が、そんな聖人のような人間なわけがない。
「アレスは私を美化しすぎよ」
「ケイレブたちに向ける負の感情は別に悪じゃないぞ。そんなもの誰でも持って当たり前だ。神の俺だって嫉妬するし恨むし、上司に悪態ついたりもする」
「そ、そうなの……?」
「そうだ。だがお前は、どんなに理不尽な扱いを受けても、ケイレブを支えるために逃げ出さなかった」
「違う。一度逃げだそうとしたわ」
「それはケイレブがお前を裏切ったからだろ? その後は両親の命を守るために、虐待と呼べる環境から逃げずに耐え続けたじゃないか。それは誰にでもできることじゃない」
「…………」
「お前の両親を見て、お前の魂が綺麗な理由がわかった。二人も綺麗だ。お前のことを愛しているのがよくわかる。そんな二人に育てられたお前だから、親のために頑張れたんだな」
そう言ってアレスは私の頭を撫でた。
「ミーシャは本当に頑張っていたよ。どんなに傷ついても、涙を流しても、怖くて震えていても、愛する家族を守るために、耐え続けていた。だから俺はお前を助けたくなった。話をしたかった。話をしたら、お前が欲しくなった」
いつのまにか流れていた私の涙を、アレスがそっと拭った。そして目の前に膝をつき、私の手を取る。
「ミーシャ。俺の愛し子。愛している」
「アレス……」
「俺の花嫁になってくれないか? 今世も、死が二人を別つとも、お前だけを生涯愛し、幸せにすると誓う」
ケイレブへの愛が消えた日、
もう恋なんてしないと誓ったのに。
私の胸は歓喜に震えていた。
もうずっと前から、既にアレスは私の光だった。
彼がいたから、私はあの辛い旅を耐えられた。
彼が攫ってくれるというから、迷わずその手を取った。
依存かもしれない。
これが恋なのか、親愛なのかもわからない。
でも一つだけ確かなのは、私はこの手を離すことができないということ。
幽霊でも神様でもなんでもいい。
先のことなんてわからない。
それでも切に願う。
願ってしまう。
「ずっと……ずっと一緒にいてくれる?」
声が震える。
「ああ。ずっと側にいる」
「離れないで……一人ぼっちにしないで」
私の願いにアレスが嬉しそうに笑った。
「ああ。未来永劫、お前の側で、愛を捧げ続けよう」
そう言って彼は手の甲に口付けを落としたあと、"これじゃ足りない"と言い、再び私の唇を奪った。
愛が込められた、優しいキスだった。
「おかーしゃん!ねぇ、これは?」
小さな手に握られた花を見て、私は笑みが溢れる。
「すごいわミリア。大正解!それは解熱効果のある薬草よ」
「しぇーかい! やった!やった!」
赤いツインテールの髪を靡かせ、ぴょんぴょん跳ねながら喜びを露わにする愛しい娘。
私とアレスの子。
「さて、薬草もだいぶ摘めたし、おうちに帰ろうか」
娘と手を繋ぎながら、帰り道を歩く。
「おとしゃん、いる?」
「そうね、そろそろ帰ってるかも。三時のおやつは何がいいかしらね~」
「ホッチョケーチ!」
「ホットケーキ」
「ホ……ホット……ケーチ」
「すごい惜しい!でもあともう少しだね。お喋りだんだん上手になってるよ。じゃあミリアのリクエストでおやつはホットケーキにしよう」
「やった! ホッチョケーチ!」
舌ったらずな娘のお喋りを微笑ましく思う。
そしてご機嫌な娘と一緒に、鼻歌を歌いながら玄関の扉を開ければ、愛しい彼が笑顔で出迎えてくれた。
すっかり人間染みた神様。
今は精霊のお目付け役として下界に留まっている。
「おとーしゃん!」
「ただいま、アレス」
「おかえり」
今は自信を持って言える。
愛しています。
私の大事な旦那様。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
ラストはケイレブ視点です。
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