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7. 再会と旅立ち
しおりを挟む「え?」
「「え?」」
アレス以外の人間の目が点になり、しばし沈黙が流れる。
「ミ……ミーシャ!!」
「お父さん、お母さん!!」
「ああっ、本当にミーシャなの!?」
私は両親に抱きつき、感動の再会を果たした。
悪夢のようなあの部屋で、ケイレブに別れを告げた私は、約束通りアレスに連れ去られた。一瞬で。
──そう。
瞬きの一瞬で彼らの前から姿を消し、次の瞬間には視界に両親が映っていた。
懐かしい故郷の食卓で、食事をしている両親の姿が。
瞬間移動というヤツだろうか?
アレスが現れるのはいつも突然だが、まさか遠距離も一瞬で飛べるとは思いもしなかった。
優秀な魔術師のアウロラもこんな魔法は使っていなかったから、やはり彼は本当に神なのだろうか。
「ちょっとミーシャ!!この服どうしたの!! それに頬が腫れてるわ……っ」
「え? ……きゃああ!」
(しまった!ケイレブにシャツを引きちぎられたまま来てしまったわ!皆に下着見られた!)
そして、呑気に再会の喜びを分かち合っている暇はないことも思い出す。
ミーシャとアレスは完全に彼らを敵に回した。この村に王家の手の者が両親を捕まえにやってくる可能性は高い。
消える直前にアレスが残した発言のせいで、彼女たちは私を憎悪の目で見ていた。全てを無くすほど追い詰められた人間は何をするかわからない。
(そうなると、やっぱり真っ先に狙われるのは両親なのよ。早くこの村から出るよう説得しなければならないわ)
「何があったの、ミーシャ」
確実に襲われたとわかる娘の有り様に、両親が心配そうに語りかける。すべてを話せばきっと両親は悲しむだろう。
でも、話さないといけない。
両親を守るために。
そして私は、ケイレブと旅した二年間のこと、先程彼に別れを告げて来たことも話した。
ダン!と卓上に拳を打ち付け、怒りに震える父。
「あの小僧……っ、命をかけてミーシャを守ると言って頭を下げるから娘を託したのに、欲に溺れてミーシャを傷つけるとは……絶対に許さん!!」
「息子同然に思っていたのに……残念だわ。ハーレムだなんて……貴族の考えることは理解できないわね」
母は私とケイレブを姉弟のように育ててきたから、ショックを隠せないらしい。
「それでね、お父さん、お母さん、実はあまり時間がないの。急で悪いんだけど、私と一緒に今すぐこの村を出てくれない?」
「……俺たちが狙われるからか」
「そうよ」
「ただの男女の別れ話にそこまでするか?」
「わからない。でも絶対ないとは言い切れないわ」
「だが店もあるしなぁ……」
両親が営む店は村で唯一の薬屋だから、店がなくなれば村人は確実に困るだろう。
でも、もし予感が的中して両親が王家に攫われた場合、どのみち店は潰れるし、その後の私たちに待っているのは地獄だ。
「ケイレブはミーシャを諦めてないから、多分数日後には追手がこの村に来ると思うぞ」
「!?」
「貴方たちが捕まれば、ミーシャは両親を助けるために幸せを諦めて王家に下るだろう。そして王女たちに冤罪をかけられて重い刑罰を受けるか、ケイレブのハーレムに無理やり入れられ、一生死と隣り合わせの後宮生活を送るかのどちらかだ。それでも貴方たちはこの村に残るのか?」
アレスの言葉に、両親は苦悩の表情を浮かべる。
そして決意したように私を見た。
「わかった。お前の言う通り村を出よう」
「お父さん……っ」
「なに、薬屋はどこでも開けるさ。この村の人たちには申し訳ないが、俺たちにも守りたいものがあるからな」
そう言って父は私の頭を撫でた。
「よく頑張ったな、ミーシャ。辛かっただろうに。俺たちを守るために、ずっと我慢してたんだな」
「ありがとう、ミーシャ。貴方は自慢の娘よ。だからこれからは自分の幸せだけを考えなさい」
「お父さん……お母さん……っ」
両親の愛情に、涙が流れる。
本当に辛かった。
貴族が怖いと思った。
すごく苦しかった。
すごく痛かった。
きっとこの国の誰もが、彼らの栄誉を讃えるだろう。
その功績は後世に語り継がれていくはずだ。
闇だけを省いて──
私を虫ケラのように傷つけた彼らを賞賛する国なんかにいたくない。
だから彼らの話が聞こえない、遠いところに行きたい。
全部忘れたい。
これから先の人生、彼らのことで煩わされたくない。
それをアレスに話すと、彼は二つ返事で了承してくれた。
両親は村長に急遽村を出ることになったことを伝え、店の薬の管理を任せることにした。顔の広い村長ならきっと後任を見つけてくれるだろう。
そして私たちは僅かな荷物を持って、
この国から消えた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「よし、並び終えたわ」
竹で編み上げた長方形のザルに、採れたての海藻を並べて天日干しにする。
これを乾燥させて煎じ、香油と混ぜれば、たっぷりのミネラルを含んだ整髪料が出来るのだ。
うちの店で売れ筋の商品である。
額の汗を拭い、目の前に広がる雄大な景色を眺めながら、一息いれる。
私と両親が住む今の家は、小高い丘に建っている。
ここから見える景色が私は大好きだ。
目の前にはどこまでも続く蒼い海。
白い砂浜とのコントラストが海の透明感を引き立て、複数のカラフルな船の帆が大自然に彩りを添えている。
ここは祖国から遠く離れた南の島。
水源と山の恵みに囲まれ、薬の原料には事欠かない。医者の少ないこの島では、私たち薬屋の移住はとても歓迎された。
おおらかで温かく、人情味にあふれているのは島民の気質なのか、両親の営む薬屋はすぐに繁盛することになった。
私も店を継ぐ者として日々勉強しながら両親の仕事を手伝っている。
「仕事は終わったか、ミーシャ」
ふわりと後ろから抱きすくめられる。
肩口に頭を埋められ、視界の端に赤い髪が映った。
最近増えたスキンシップに戸惑い、胸が高鳴る。
もう恋なんてしたくないのに──
「アレス」
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