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5. もう貴方を愛せない
しおりを挟む何度も見たという私の言葉に、ケイレブが驚愕に目を見開いている。
「そんなバカな……っ、だってアウロラが隠蔽の魔法をかけているから、誰にも気づかれないって……」
「そうね。気づいてなかったと思うわよ。私以外の人は」
「は?」
「彼女の魔法は私だけ対象外だったみたいね。この一年くらいずっと貴方と彼女たちの情事を見せつけられてきたわ。ウンザリするほどにね」
「そんな……前から……?」
真実が受け入れられないのか、あまりの動揺にケイレブの手が震えて力が緩む。その隙に私は思い切りケイレブを突き飛ばし、ベッドの上から降りた。
「待って! 待ってくれミーシャ!!」
「きゃあ!」
ベッドを降りる寸前でスカートを掴まれ、バランスを崩して床に倒れる。すぐに逃げようと上体を起こせば、後ろからケイレブが私の腰に縋りついてきた。
「待ってくれミーシャ、ちが、違うんだ!愛してるのはミーシャだけなんだよ!」
「離して!汚い手で私に触らないで!気持ち悪い!」
「そんなこと言うなよ……っ、仕方なかったんだ!戦闘の後は気が昂って……大事なミーシャの体を傷つけるわけにはいかないから……っ」
「最低……だから彼女たちで性欲を発散させてたってこと?」
「彼女たちも同意の上だ! そもそも誘ってきたのは向こうで……」
「聞きたくないわ、そんな話! とにかく離して! 私は貴方とは結婚しない! 私たちはもう終わりよ!」
「嫌だ!別れたくない……っ。好きなんだよミーシャっ……頼むからそんなこと言わないでくれ……っ」
泣きそうな声を出されても、微塵も心に響かない。
「別に私一人いなくたって構わないじゃない。貴方、王都に戻ったら王命で彼女たちと結婚するんでしょ?」
ケイレブの肩がビクッと跳ねた。
「なんで……それ……」
「ずっと隠しておけると思った? その上で私とも結婚するつもりなの? 平民の私がどうやって? 妾にでもするつもりだった? ──ケイレブって酷い男だったんだね」
「俺が一番妻にしたいのはミーシャなんだよ!」
「複数の女の中で一番とか言われても全然嬉しくない。私は彼女たちとケイレブを共有する気はないの。だから私と別れて下さい」
「嫌だ! 絶対に別れない。今までもこれからも、ミーシャはずっと俺の側にいるんだ」
ブワッと体に圧力がかかり、手足の力が抜けた。
(嘘でしょう? ケイレブ……私を威圧してるの?)
強い威圧に体がガタガタと震える。
心拍数が上がり、酸素を求めて呼吸が浅くなる。
ケイレブは肩で息をする私の体を仰向けにし、上着を引きちぎって下着を露出させた。
そしてギラついた捕食者のような強い視線で私を見下ろし、大きな手で体を撫で回す。
「いや……っ、やめて!触らないで!!」
「魔王を倒したらミーシャを抱くって決めてたんだ。もう我慢しない」
肌を這い回る手と、唇が不快で仕方ない。
ケイレブは彼女たちの体にもこうして触れたのだ。
許せなくて涙が溢れる。
あんな女たちと同列に扱われて、大切だった初恋が薄汚れていく。嫌いになんてなりたくなかったのに。
「ミーシャはずっと俺のものだ!! 離れるなんて許さない!!」
目の前で私を怒鳴りつける男は誰なのか。
威圧がピリピリと肌を刺激する。
こんな男は知らない。
私が好きだったケイレブは、私の体を傷つけるような男じゃなかった。私を傷つけるものから守ってくれる男だった。
なのに目の前の男は、私を物のように扱い、服を剥いて性欲をぶつけようとしている。
ケイレブは変わってしまった。
「俺は魔王を倒した勇者だよ? 俺が望めば、皆がその望みを叶えてくれる。だから逃げても無駄だよ。どこに逃げようが絶対捕まえるから。俺はそれだけの力を手に入れたんだ。だから大人しく俺のものになって?」
ケイレブの口角が上がる。
「…………」
いつから彼は、
私を見下していたのだろう。
初めて見たケイレブの嘲笑に、
私の中にあった幼馴染としての情さえ、離散して消えた。
無理だ。
もう無理だ。
私には今のケイレブを愛せない。
「いや……いやよ……絶対いや!! 今まで通り私のことは放っといてよ!! それでさっさと彼女たちと結婚すればいいでしょ!! 貴方なんか大っ嫌いよ!!」
「このっ、大人しくしろ!」
バシン! ──と、乾いた音が耳の中に直接響く。
──殴られた。
口の中に鉄の味が広がる。
ケイレブも自分の行動に驚いているようで、私たちは呆然と見つめ合った。
「あ……ちが……俺は……っ」
「信じられない……浮気したあげく、殴るなんて……」
「ミーシャ……っ、ちがう、違うんだ!頼むから俺の話を聞いて──」
再び暴れる私を、ケイレブの大きな体が押さえ込んだ。背に腕を回されて、ギュッと抱きしめられる。
「ミーシャ、ごめん……っ、頼むから逃げないで」
「アレス! 助けてアレス! 私を攫ってくれるって言ったじゃない!!」
「誰だよアレスって……そいつと浮気してたのか!?」
「違う……っ、貴方と一緒にしないでよ!」
私たちの言い争う声が聞こえたのか、廊下が騒がしくなり、何度も扉が叩かれた。
「ケイレブ様!? 何があったのですか!?」
「開けてよケイレブ様ぁ!」
「まさかまだミーシャといるの!? ちょっと開けてよ!」
来た。
あの女たちが来た。
すぐに出ていかないといけなかったのに。
言うこと聞かなかったら、両親を殺すって言われてたのに。
「いや!やだ!帰らなきゃ!早く帰らなきゃ両親が殺される!!」
「ちょ、ミーシャ!? 待て!」
隙をついて腕の中から逃げた私を、ケイレブが羽交締めにして押さえ込む。
「いやああ!離してー!!早く行かないと殺される!!」
「ミーシャ!」
いやだ、いやだ、あの女たちは絶対殺す。
ケイレブの見ていないところで私を何度も痛ぶり、聖女サラ姫の治癒魔法でケガを治しては、また私を痛ぶった。
彼女たちは平民の私を同じ人間だと思っていない。
飛び回る羽虫のように、傷つけることを何とも思っていない。
そんな残虐な彼女たちが、ケイレブが執着する私の存在を許すはずがない。私を痛めつけるために、きっと両親に手を出す。
ドン!という破裂音と共に、三人の女が部屋に乗り込み、こちらに殺気を飛ばしてきた。
怖い。
怖いよ、アレス。
助けてよ。
どうして来てくれないの。
アレス。
アレス。
恐怖で宙に伸ばした手が、
暖かくて大きな手に包まれる。
「遅くなってすまない、ミーシャ」
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