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口火は切られた
しおりを挟む「「「「婚約破棄、謹んでお受けいたします」」」」
高位貴族のトップクラスに君臨する四人の貴族令嬢が、一斉に礼をとって婚約破棄を承諾した。
その光景に誰もが驚愕し、ざわざわと周りが騒ぎ出す。
そして驚いたのは外野だけでなく、当事者であるコンラッド第一王子たちも同じようで、4人がポカンと口を開けたまま間抜け面を晒していた。
縋られるとでも思っていたのだろうか。
だとしたらキモすぎる。愚かな彼らをのし付けてくれてやっても、縋りついて愛を乞うなんてあるわけがない。
「キャ……、キャサリン? 婚約破棄だぞ? 王子妃になれないんだぞ? 本当にいいのか?」
コンラッド第一王子が未だ信じられないという表情でキャサリン様に問う。
「ええ。殿下のご命令に従いますわ。どうぞデイジー様とお幸せに。それではこの事を父に報告してすぐに婚約破棄の書類を用意させていただきますので、ワタクシ達はこれにて失礼させていただきます」
キャサリン様に続き、私たちもカーテシーをしてその場を去ろうとすると、王子が再び私たちを呼び止めた。
「待てお前たち! まだ話は終わっていないぞ! デイジーに危害を加えたということは、未来の王子妃を手にかけたと同義! よって暴行罪および乱交による姦通罪で今から私が沙汰を言い渡す!」
しーん。と会場が静まり返る。
この馬鹿王子、正気なの?
自分は学園でも逢引宿でも所かまわず盛って姦通してたくせに、キャサリン様には姦通罪を適用するってどういう思考の持ち主なわけ?
ここにいる生徒の頭の中、絶対みんな同じこと考えていると思う。
「――お言葉ですが、ワタクシたち貴族に沙汰を出す権限があるのは女王陛下のみです。貴方様の一存でどうにかできるものではありません。そして、ワタクシに取り巻きなどいませんし、彼女たちはワタクシの大事な友であり、未来の国を担う優秀な臣下たちです。ワタクシ含め、彼女たちもデイジー様を貶める行為など一切しておりません。よって、沙汰を下される謂れはありませんわ」
「この期に及んでシラを切るつもりか!」
変態おむつバブ――ではなく騎士団長子息のリック様が、舞台俳優のごとくジェスチャー付きで吠えている。
そして何かの資料を手にしながら露出狂もとい、宰相子息のジョルジュ様が私たちの罪状とやらを読みだした。
「貴女達は常日頃からデイジーに辛くあたり、我々に近づくなと暴言を吐き続けた。そして彼女の持ち物を壊し、今回の卒業パーティーに着ていくドレスを切り刻んだだけでなく、パーティーの人ごみに紛れて破落戸に彼女を襲わせようとしたな! これらすべて証言があり、その破落戸は我々が捕縛済みだ! 犯人たちは口を揃えて依頼者はキャサリン・マクガイアだと白状したぞ!」
ジョルジュ様の言葉に、会場内に驚愕の声が上がる。でも私たちは顔色を一切変えない。
「私……、私、本当に怖かったぁ……っ」
「ああっ、デイジー。可哀そうに。こいつらは今日でおしまいだ。二度と君に近づけさせないよ」
「コンラッド様ぁ」
ゴミカス王子の胸にしなだれかかり、安い涙を流す阿婆擦れ女。
なにこの三文芝居……見苦しくてイライラしてきたわ。
でも、もう少し我慢。あの人が来るまで彼らにはもう少し墓穴を掘ってもらわなければならない。二度と表を歩けない様に大恥かかせてその心をバッキバキに折ってやらないといけないのだから。
「お前たちは弱き者を虐めて、高位貴族として恥ずかしくないのか!」
「貴女達のような傲慢な振舞いが、僕ら下位貴族を苦しめているんですよ!」
観客の一部から「そうだそうだ!」と野次が飛ぶ。
きっとアイツらはデイジーの取り巻きね。バカバカしい。それなら衆人環視の中で令嬢を貶める貴方たちはどうなのよ。
そもそも、アンタたちほど恥ずかしい人間なんかいないわよ、この変態どもが!
「先程から事実無根なことを延々と……ワタクシたちがやったという証拠はあるのですか?」
キャサリン様もイライラしてきたのか、刺々しい口調になってきた。
「デイジーが泣きながら私に訴えたんだ! 彼女が嘘をつくわけないだろう! それに彼女のクラスメイトもお前たちの仕業だと証言している!」
「そうですか。でしたら次は法廷でお会いしましょう」
「「「「は?」」」」
壇上に上がっている全員がキャサリン様の宣言に驚き、目を見開いている。
「何を驚いているのです? 貴方たちはワタクシたちが犯人だと訴え、ワタクシたちは冤罪だと主張している。これでは話し合いは平行線ですから、決着は司法の場でつけましょう。ワタクシもマクガイア公爵家の者として、冤罪をかけられ黙っているわけには参りません。ワタクシの友の無実を証明するためにも、法廷で堂々と戦います。ということで婚約破棄、並びに裁判の準備に取り掛かりますので失礼いたします」
「待て待て待て待てーーーーっ!」
「ちょっと待ってください!」
踵を返して歩き出そうとしたキャサリン様を変態王子とデイジーが止めた。そりゃ全部デイジーの自作自演なんだから、裁判なんか起こされちゃたまんないわよね。
「私はただ、虐めたことを謝ってくれたらそれでいいんです。沙汰を下すことも望んでいません! だから裁判などやめてください。そもそも、学園内の虐めで裁判を起こすなんて大げさじゃないですか?」
「ですから、ワタクシたちは虐めなどしていないと言っています。していないことに謝罪など致しません。それにこれは既に学園内の話で終わらせられる話ではありませんよ。そうしたのは貴方たちです」
「私たちが?」
元平民のデイジーには、この断罪劇がどういうことなのかわかっていないのだろう。
こんなことを仕出かさなければ内々に収められたのに、彼らは公式のパーティーで、貴族たちが大勢いる前で私たちに喧嘩を売ったのだ。
いわば、私たちの「家」に決闘を申し込んだも同じ。
だから私たちは家のために潔白を証明しなくてはならなくなった。ゆえに裁判なのだ。
「この衆人環視の中、貴方たちはマクガイア公爵家、カーライル侯爵家、サージェス侯爵家、バルテ侯爵家、ソワイエ伯爵家を侮辱し、貶めたのです。その宣戦布告、受けてたちますわ。ワタクシたちにはなんの瑕疵もないことを法廷で証明してみせましょう。先程野次を飛ばした方たちもご覚悟なさいませ」
キャサリン様の宣言に、野次を飛ばしていた一部の生徒が悲鳴をあげた。高位貴族のトップであるマクガイア公爵家にケンカを売ったのだ。タダでは済まないと悟って各々が発狂している。
「さ、裁判なんか起こして困るのはお前たちじゃないのか? 特に、先程から黙っているお前だよ、お前。本当は内心焦っているんだろ? なぁ、カーライル侯爵令嬢!」
変態王子が私を指さしたので、エゼルが瞬時に前に出て私を背に隠す。やっぱりその一線を越えるつもりなのね、このゴミカス王子は。
その線を越えたら、本当にもう後戻りできないわよ? 本当に貴方は、それでいいの?
「皆の者、よく聞け! 私はもう一つ断罪せねばならないことがある! 王太女の補佐と側近候補であるこのキャサリン・マクガイアとブリジット・カーライルは、私の姉であるマライア・ブランケンハイムと共に国庫を横領している! 特にカーライル侯爵家が経営する商会は近年目覚ましい発展を遂げた。その急成長の裏には王太女が権力を拡大させるために忖度し、商会を通して横領した金をバラまき、不法に支持者たちを集めたことがわかっている!」
「身に覚えがありませんわ」
「私もです。我が商会は王族や貴族たちの援助がなくても十分黒字経営です。リスクを負ってまで横領する理由がありません」
なんなのそれ。横領する理由がこじつけ過ぎて呆れるわ。もっと他になかったのか。
そんなバカなことしなくても、マライア様は実力で貴族たちの支持を得てきてるし、後ろ盾が得られないのは変態王子が勉強を嫌い、遊んでばかりで醜聞を重ねて自滅してるからじゃないの。
その人徳の無さをごまかすために姉を犯罪者に仕立て上げるなんて、どこまで人間腐っているのよ。
私の前にいるエゼルもキャサリン様も同じことを考えているのだろう。二人から黒いオーラが揺らめきだした。
――これで口火は切られた。
もう、完全に後戻りはできない。
そして聞こえるのは彼女の声。
「私が国庫を横領だと? 聞き捨てならないな、コンラッド」
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