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本当の別れ
しおりを挟むデイジーが、あの女の生まれ変わり……?
「何でそんな事がわかるの?デイジーと会ったの?」
「いや、学園を退学してから会ってないよ。そもそも俺の居場所すら知らないと思うし」
「じゃあ何で?」
私の疑問にイアンが気まずそうな表情を浮かべ、口を開けたり閉じたりしながらソワソワとしている。
そのままずっと見続けていると、観念したかのように口を開いた。
「────亮介の記憶を取り戻して、今までの事を思い返してたら……同じだったから……」
「何が?」
「……セックス依存症で誰とでも寝る所とか、閨での乱れ方とか……、人を陥れる手口とか、あの女にそっくりなんだよ」
「…………」
──今、サラッと最低発言が混じってた気がするんだけど、気のせいかしら?
「閨での乱れ方が同じとか、ホント最低だなお前」
「聞き流せよそこは!」
「──大丈夫よ、イアン。他には何か気になった事はある?」
「────……これはなんの根拠もないんだけど、アイツは男と金への執着が異常なんだよ。本命は多分コンラッド第一王子だ。だからキャサリン様を潰しにかかるんじゃないかと思ってる」
「──彼女が何か企んだ所で大した事ないと思うけど…、言い方悪いけど、彼女頭悪いし……」
直情型だし大根役者だし、前世でも法的に確実に彼女が罰せられる立場なのに、堂々と正妻の私の所に乗り込んで来て、不貞の証拠まで見せてきたものね。
「でもバロー男爵は狡猾な男だよ。デイジーの淫乱な体質を見込んで養女にし、学園に放り込んだんだから。見事思い通りに事が運び、王子と懇意になってるしね。それに……少し引っかかる事があって……」
「引っかかること……?」
「アイツが男を連れ込む宿は、バロー男爵が経営してる連れ込み宿だ。そこにこないだまでネブロス帝国の第二皇子がお忍びでいたんだんだよ。コンラッド王子と親しげに話してたのを見た」
「ネブロス帝国の第二皇子って、確か帝国騎士団の団長よね……?」
エゼルを見上げて問うと頷いた。
なぜ帝国の第二皇子が、お忍びで場末の連れ込み宿に……?
「あの時は単に女を買いに来たのだろうと思ってたけど、よく考えたら大帝国の皇子が、下位貴族のバロー男爵の宿にピンポイントで来るっておかしくないか?普通は高級娼館に行くだろ」
「つまり、コンラッド第一王子が目的だと?」
「いや、そこまではわからないけど、とにかくあの女と関わるとロクな事ないんだよ……だからキャサリン様達と一緒に、ブリジットも気を付けてくれ」
「わかったわイアン。教えてくれてありがとう」
「……ああ」
イアンが帝国皇子を見たならウチの影も見てるはず。
帰ったらお母様達に聞いてみよう。
「じゃあもう行くわね。……しっかり体を治して、今度こそ貴方の夢を叶えてね。亮介なら、きっと出来るわ」
出会った頃の、キラキラと瞳を輝かせながら夢を語った亮介を思い出す。私が恋をしたあの希望に満ちた笑顔を、いつかまた見せて欲しい。
「大丈夫よ。亮介の記憶がある貴方なら、きっと成功できるわ。私だって前世の知識を使ってカーライル商会で大儲けしてるんだから。チート知識は思う存分使わなきゃね」
腰に手を当て、自慢げに私の開発商品の種を明かすと、気落ち気味のイアンは吹き出した。
「クックックッ、チートか、確かにそうだな」
「そうよ。大学行ってまで経済学を学んだんだもの。その知識をこの世界に還元しないでどこで使うのよ。私はまだまだやりたい事がいっぱいなんだから」
拳を握りしめて新たな商品の構想を思い描いていると、イアンは少し寂しそうに目を細めた。
「──香澄は俺の前では甘えただったけど、ブリジットが俺に甘えてくれることは最後までなかったな……。本当に、もう香澄とは違うんだな」
「──そうよ。私はブリジットなの」
香澄のように、亮介だけに依存して生きてきた弱い人間じゃない。大事な人や、大好きな仕事や、敬愛すべき主もいる。
そして、愛する人も──。
「今度こそ、本当のお別れだ。香澄」
「──うん」
「それから、今よりももっと……。香澄の分も幸せになれ。ブリジット」
「うん」
私は満面の笑みを浮かべてイアンに手を差し出す。
その意図に気づいて、イアンも握手に応じてくれた。
「次は夢を叶えた経営者として、仕事の話が出来ることを願っているわ」
「ああ、すぐに叶えてやるさ」
◇◇◇◇
「──エゼル?」
「なんだ?」
「この体勢は何かしら?」
「…………」
私は今、三人掛けソファの上でエゼルに押し倒されている。
イアンの入院先から帰る途中、何故かエゼルはずっと無言で、こっちを見ようともしなかった。
そして私の執務室に入るなり、この状態。
怒っているわけではなさそう。
どちらかというと不貞腐れてるというか、拗ねてる?
「さっきから何をムスっとしているの?言いたい事があるならさっさと言ってよ」
そして早く私の上から退いてほしい。
私を押し倒した後の、詰め襟のボタンを緩める仕草が色っぽくて、現在私の心臓が大変な事になっている。
襟の隙間から、鎖骨や意外に厚い胸板がチラリと見えていて、どこに視線を置けばいいのかわからない。
「──アイツ、ブリジットの前世の夫だったんだよな?」
「そうよ。びっくりよね」
「夫婦ってことは、契りを交わしたんだよな?」
「は?」
「あの男は、お前を抱いた事があるんだよな?」
「…………」
それはまあ……前世では恋人だったし、夫婦だったから、そういうことは普通にあったけども……、
──なんだろう。今の私は潔白なのに、浮気を詰められているような気になるのは何故だろう?
「気に入らない」
「え?」
「お前の乱れた姿を、俺は知らないのに、アイツは知ってるんだろ?」
「いや、香澄の時の話よ!?ブリジットの私は純潔だから!イアンとは口付けすらした事ないから!」
「でも亮介はお前の乱れた姿を全部覚えてるはずだ。それだけでも記憶を抹消してやりたいほど気に入らない。──……だから、俺にも見せて」
情欲に濡れた金の瞳が、捕食者のように鋭く光る。
「──何…を?」
「俺の手で乱れる姿」
そう言ってエゼルは、噛み付くように私に口付けた。
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