36 / 63
報酬
しおりを挟む「アイツらが男爵令嬢と関係を持ったのは媚薬を盛られる前だから、同情の余地なしだぞ。媚薬によって性癖が露呈しただけで、アイツらが婚約者を蔑ろにしてるのも自己中で性根が腐ってるのも、薬は全く関係ないからな」
「…………うん」
「何だよ煮え切らないな。まさかイアンみたいに同情してんじゃないだろうな? 元から情に厚いのは知ってるけど、お前ちょっとチョロ過ぎないか?」
「違う!!私はこの状況が恥ずかしくて堪らないのよ!アンタ本当にキャラ変わりすぎでしょ……っ、頼むから下ろして。普通に座らせて!」
実は私は今、エゼルバートの膝の上に横抱きにされ、ガッチリ腰を掴まれている。逃げられない。
最近は、私の執務室のソファに座る時はほぼこの状態。
わざと離れて座っても、風魔法で体が宙に浮き、エゼルの膝の上に乗せられる。
エゼルの方が私より魔力が高いので、魔法を阻止できるはずもなくあっさり捕まるのだ……。
「大体未婚の男女がこんな密着していいわけないでしょ! 節度を保ってよ!」
「いやだね。俺はもっとブリジットとイチャイチャしたい。俺の積年の想いをその身で思い知れ」
「んんっ」
後頭部と顎を掴まれて顔を固定され、エゼルが噛みつくように私の唇を塞ぐ。
舌で唇をこじ開け、口内深くに舌をねじ込んだ。
歯列をなぞられ、上顎を緩急つけて刺激されてしまえば、私の体は力が抜けて抵抗ができない。
「愛してるよ、ブリジット」
気持ちを一切隠さなくなったエゼルに、私はずっと翻弄されていた。ある意味チョロいというのは本当かもしれない……。
だって、何だかんだ言いつつも、結局私はエゼルを拒絶できていないのだから――――。
強気な愛情表現とは裏腹に、私が拒否しようとすると瞳が揺れるのを知っている。
私の名を呼ぶ声が、時々こちらが泣きそうになるくらい切ない時がある。
私に拒絶される事を、心底恐れているのがわかる。
抱きしめる時はいつも縋るように力を込めるし、その胸の鼓動は常に早鐘を打っていた。
エゼルは全身で想いを伝えてくれている。
愛する人を失う怖さは私にも身に覚えがあるから、怯えながらも愛を伝えてくるエゼルに何て言ったらいいのかわからない。いつも言葉に詰まる。
私はエゼルとは逆で、恋愛を切り捨てた側だから。
傷つくのが嫌で、逃げた側だから──。
イアンの事は長い年月をかけて愛せるようになった。
でもそれは親愛や家族愛のようなものだ。
だから不貞映像を見た時、嫉妬ではなく嫌悪感が湧いたのだ。身内の情事を見てしまったような、気まずくて心許ないような感覚だった。
そして、私に愛はないと見下した口調で放ち、デイジーと行為に耽るその姿に怒りを覚えた。
私の事を取るに足らない存在のように語るイアンの仕打ちは、前世の夫の仕打ちを思い起こさせるものだったから。
だからまた裏切られたと思って怒りが溢れてしまった。
デイジーから取り戻したいとか、私の方が愛してるとか、そんな思いは微塵もなかった。
ただ裏切られた怒りに飲まれて、捨ててやるとしか思っていなかった。
今となっては、イアンとの事は自業自得な気がしている。
下らないプライドを守る為に、イアンを男として愛さないと頑なになっていた私より、素直に愛を乞うデイジー嬢にふらついても仕方ないだろう。
「……また口付け中に考え事か? ちゃんと俺を見てよ」
「えっ!?ちょっとどこ触って……っ、んん……っ!」
エゼルが私の口を塞いだまま服の上から胸をつかみ、円を描くように揉んできた。
「あっ、ちょっとホントやめて! あんっ、あっ」
手で制止してもエゼルの動きは止まらず、首筋に舌を這わせ、ワンピースの胸元のボタンを外し、レースの下着を露出させた。
なんつー早ワザ!! 秒で胸が出た!!
本当に童貞か!?
「ブリジットの作る下着は男をそそるよね」
そう呟くと、エゼルは熱い吐息と共に私の胸の上部に吸い付いた。
「いっ……」
痛い!何してくれてんのよ!!
思い切り吸われた為、チリっと痛みを伴った。
「俺のモノって印をつけた」
エゼルがニッコリして指さしたそこには、くっきりと赤い所有印が刻まれていた。
ゴン!!
「いってえええ!!」
エゼルが頭を押さえて痛みに悶える。
その隙に私はエゼルの膝の上から飛び降りて胸元のボタンを留めた。
「何すんだよ、この石頭~……っ」
思い切り頭突きしてやったので、エゼルのおでこが真っ赤になっている。
「正当防衛でしょ! いい加減にしてよ!私達は婚約者でもなんでもないのよ!?こういうことしちゃいけないの! 節度を保てと何度言えばわかるのよ!」
「だからこういうことをしてもいいように婚約を申し込んでるんだろ。俺は返事を待っている身だ。なりふり構っていられない。イアンと婚約破棄した事を公表した事で、ドレイク公爵家以外の家からも縁談話が来てるんだろ?」
そのことをエゼルが知っていたことに驚く。
確かに、母からエゼル以外からも婚約の申し込みが来ていると報告を受けていた。
「もうすぐ俺らは卒業だ。そしたらどうしたって結婚相手を決めなきゃならない。俺の何がダメなの?何が足りない?どうしたらブリジットは俺のモノになるんだよ……っ」
「エゼル……」
「…………お前、今回の影の仕事が終わったら、追加報酬くれるって言ったよな?」
…………そういえば、そんな約束したわね。
「お前がいい」
「え?」
「報酬は、お前が欲しい」
切実な、余裕のないその金の瞳に囚われる。
腕を引かれて再びエゼルの腕の中に戻された。
エゼルと同じように、私の胸も早鐘を打つ。
「お前が何に怯えてんのか知らないけど、俺は絶対お前を裏切らないよ。生涯お前だけを愛すると魔法契約したって構わない」
「何馬鹿な事言ってんのよ!魔法契約なんかしたら少し心が揺れただけでも死ぬのよ!?」
「今お前が手に入るなら未来で死のうが悔いはないさ。まあ、心変わりなんてしないから絶対死なないけどな。ドレイク家の男が生涯で愛する女はたった1人だけだ」
────そういえば子供の頃、エゼルをカーライルの専属魔道具師にする為にドレイク領に通っていた時、母が『ドレイク家の男の愛情は引くほど重いわね』っていつもげんなりしていたのを不意に思い出した。
「言えよ。お前は昔から何に怯えてるんだ?」
「何が……」
「俺は子供の頃からお前の側にいるんだぞ。お前が昔からイアンと距離を詰めるのを怖がっていた事を知ってる。わざと姉ぶって接していたこともな」
「…………」
「本当はもっとズケズケと物を言う奴なのに、イアンの前では物分かりのいい、大人びた姉のようなキャラを演じてただろ。最初は好かれたくて猫被ってんのかと思ったけど、そうじゃないことはすぐにわかった」
────そんなに前から、見透かされてたのか……。
「言え。何が怖い? 俺がそんな不安全部潰してやる」
私を抱き締める腕に力がこもる。
エゼルの言葉が嬉しくて、涙が溢れてきた。
本当はもう、とっくにエゼルに落ちてる。
だからキスを拒めない。
喜んでいる自分がいるから。
イアンには、いくら抱きしめられても心が揺れ動く事はなかったのに、エゼルに初めて抱き締められた時、体が熱くなった。
着痩せするその筋肉質な体躯に、男を感じてドキドキしてしまった。耳元で囁くエゼルの切ない声に、胸が詰まった。
どんなに否定しても、私もエゼルが好きなんだ。
エゼルに、恋をしてしまった────。
だから怖い。
想いが通じた後にエゼルを失ったら、私はきっと正気でいられない。それが怖くて、エゼルの気持ちに応えられない。
「大丈夫だ、ブリジット」
エゼルが震える私の背中を摩る。
いつか、彼も同じように私を抱きしめて、涙を流す私を優しく慰めてくれた事があった。
すごく、好きだった。
愛してた。
でも、裏切られた。
私は前世の夫に利用されただけだった。
愛していたのは、────私だけだった。
272
お気に入りに追加
2,512
あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる