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薬物中毒
しおりを挟む「そう、貴女もそこに辿りついたのね」
「私はバロー男爵令嬢が彼らに何らかの形で薬を盛っているのではと思ってます」
男爵令嬢のデイジーは生活魔法しか使えない。
精神を操る高度な魔法なんて、筆頭魔術師でも難易度が高い魔法だ。だから彼女には無理。
だとしたら考えられるのは薬しかない。
「まあ、そう考えるのが妥当ね。実際イアンの薬物治療の際に2種類の薬物が検出された。一つは母親が盛ったやつ。もう一つは恐らくバロー男爵令嬢でしょう」
やっぱり…………。
────イアンは今、薬物治療と洗脳を解いた副作用で入院している。薬抜けの離脱症状が酷かったのはそういう事だったのね……。
彼らと違ってイアンの不貞の映像を収めるのに苦労したのは、母親に盛られた薬の影響で耐性が出来ていたからだろうか──?
彼らの変貌ぶりは改めて考えるとちょっと異様だ。
夏休み前は私達と同じAクラスにいたのに、成績表の上位陣からあっという間に姿を消した。
いくら変態でも一応彼らは王族と高位貴族で幼少時から厳しい教育を受けている。ましてや嫡男の場合はそれプラス後継者教育も受けるのだから頭が良くて当然だ。
ハニートラップに引っかからない方法なんて真っ先に教えられる科目だというのに、彼らは箍が外れたように学園内で睦み合っている。
最悪今の自分の立場を失いかねない失態を犯しているというのに、何の自衛もしていないのだ。
いくらマライア様達が彼らを泳がせているとはいえ、王族としてその行動は迂闊すぎないだろうか?
ここまで来て、さすがに私も性癖だけでは片付けられない彼らの異常性を感じ始めた。
「クルド伯爵領の薬草園から、騎士を介してバロー男爵に媚薬の原材料が流れていると報告があったの。彼の事業の中に香水の製造業があるわ。薬草を扱うとしたらその工場しかない。今影を向かわせて調査をさせているところよ。イアンと男爵令嬢の件も合わせると、恐らくバロー男爵は黒でしょうね」
「そうですか……」
以前、イアンの母親からの証言を受けて、彼女の実家の事業である薬草園の園長と、検問担当の騎士との癒着について報告した。
その後、取引現場の証拠を入手する為に薬草園にも影を潜入させている。
彼らもイアンと同じような洗脳系の薬なのだろうか?
母の言っていた事がもし事実なら、デイジーは高位貴族と王族に中毒性のある薬を盛り、国の定めた複数の政略結婚を壊した罪に問われる。
転生者だからといって、この国の法律は平民だって理解してるというのに、何でこんな馬鹿な真似が出来るの?
もしかして前世も倫理観に欠けた人だったのかしら。
「実は以前から、仮面舞踏会で違法な媚薬が出回り、被害にあっている令嬢が後を立たないという情報を聞いてな。女王の命令で調べていたんだ」
「その話は私も先日マライア様から聞きました。そんな噂聞いた事なかったので驚きましたけど……」
「そりゃそうだ。犯行に及んでいた奴らは王立騎士団の騎士達だからな。取り締まるべき機関に隠蔽されちゃ世間は知りようがない。 被害者の令嬢達も泣き寝入りする家がほとんどだった。仮面舞踏会に参加しているだけでも誰にも知られたくない醜聞だし、男に媚薬を盛られて襲われたなんてもっと知られたくないだろう。一生傷物令嬢のレッテルを張られて結婚も絶望的になるからな」
仮面舞踏会は、前世でいう出会い系のイベントだ。
主に愛のない政略での婚約や結婚をしている男女が、セフレや愛人を見つける場所だと言われている。気が合えば会場の休憩所で行為が行われるのだとか。
そんな夜会に未婚の令嬢が参加した事がバレた場合、男を漁りに行くほどの淫乱女だと思われる上に、例え純潔であったとしても婚約破棄されかねない程の醜聞となる。
そんな仮面舞踏会が、ここ最近はどうやら媚薬を使った乱交パーティのようになっているらしい。
その乱交にノリノリで耽っているのが他ならぬ騎士達だというのだから、もう呆れて目も当てられない。つまりはそれぞれが手を組んでお金と色事で荒稼ぎしているという事だ。
騎士道はどこへ行ったよ!
「今までは風俗法に引っかからないスレスレの夜会で、運営側も摘発されたくないから真面目に働いていたんだけどねぇ。取り締まる側と結託した事によって気が大きくなってしまったみたいだな」
父が呆れたように肩をすくめた。
今回女王の耳に入ったきっかけは、その被害者の令嬢の中に他国の高位貴族の令嬢がいたらしい。
旅行で我が国に来て友人と一緒にお忍びで参加したところ、媚薬を盛られて処女を失い、自国で決まっていた婚約がダメになったのだとか。
さらには強い避妊薬を飲まされていたらしく、不妊の可能性もあるらしい。それに対して怒った親が、国を通じて女王に陳情書を送ってきたのだ。
国を通してクレームをつけてくるあたり、その被害者の国では女が泣き寝入りするお国柄ではないのだろう。結果それが彼らの犯行が明るみになるきっかけとなった。
そもそも、結婚前のアバンチュールと称してお忍びで仮面舞踏会に参加している令嬢にも落ち度があったように思えるけどね……。
「いつの時代も、愚か者が身を滅ぼすのは色事とお金って相場が決まってるのよ。悪事を暴きたければお金の流れと風俗関係を真っ先に調べるのが一番効率がいいの。逆にそれ以外で動く奴の方が厄介だったりするのよね」
「それ以外?」
「ああ。今回みたいに性欲と金に執着する奴は大抵頭が悪い奴らだから、わりとすぐに捕まえる事ができる。だが権力欲や復讐心、愛憎で動く奴は単独行動が多く、駒を使って本人は尻尾を出さない事が多い。大体が頭脳明晰な奴か、イアンの母親みたいに二面性のある奴がほとんどだ。そういう奴らを相手にする時は大抵長期戦になる」
イアンの母親……確かにずっと夫に従順な大人しい人だと思っていた。
実際の彼女があんな激情家だったことも、息子を犯罪レベルで愛していたことも、過去見の魔道具の映像を見るまで全く気付かなかったのだ。
逆に、エゼルが作った魔道具がなければ、彼女の罪が白日の元に晒される事はなかっただろう。
きっと、イアンだけが罰を受けて終わった。
もしそうなった場合、あの母親ならイアンを完全に壊すまで、義兄の代わりにして囲い込んだかもしれない。
そのもしかしたらあり得たかもしれない結末に、
背筋がゾッとした。
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