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キス魔

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「んっ……、んんっ」


今まで紙と万年筆の音しかしなかった私の執務室で、淫らな水音が響いている。

先程までお茶を飲んで休憩していたはずなのに、何故か私はエゼルの膝の上に横抱きにされ、深い口付けを受けていた。


「ん……、好きだよブリジット」

「んんっ……!」



エゼルから結婚の申し込みを受けて数週間、彼のキャラはすっかり甘々モード全開で私はついていけず、振り回されっぱなしだ。

しかもエゼルはキス魔らしい。隙があればすかさず唇を重ねてくるのだ。破廉恥過ぎる!と何度注意しても、どこ吹く風でスルーしまくる。

一回頭を叩いて『いい加減にしなさい!』と怒鳴ったら、


『……大人しくしてたら、その間にまた他の男に盗られるかもしれないだろ……』──と、切なげな顔をして言うから何も言えなくなった。

愛する者を奪われる苦しさは、私も知っているからだ。
それがトラウマのように自分の心を蝕むことも……。


そしてエゼルが私を想ってくれていた年月と、私とイアンの事をどんな想いで見てたのだろうと想像すると、知らない所で私がエゼルを傷つけ続けてきた事は容易に想像できる。
 

────正直に言う。

絆されてしまっている自信がある。本当にエゼルが嫌なら魔法をぶっ放してでも抵抗するもの。

こんなに強く求められた事がないから対応が分からないのもあるけど、エゼルを傷つけてしまう事に抵抗があるのは確かだった。

こうして私に縋るように、今まで言えなかった想いを全部ぶつけてくるエゼルを拒んだら、エゼルまで失う気がして怖くなった。


もう恋愛の仕方がわからない。
ずっと失わないでいる方法がわからない。

自信がない。


失うくらいなら、恋愛なんかしない方がいいって思ってたけど、恋愛してもしなくても、結局失う時は失うのだ。

イアンのように────。




リップ音を立てて、不意にエゼルが唇を離した。


「口付けしてるのに上の空だな?」

「……ご、ごめ────いや、私謝る必要なくない?仕事中にこんな事するエゼルが悪いよね?」

「今は休憩中だし。それにさっきまでお前も気持ちよさそうにしてたじゃん」

「言い方‼︎」


明け透けな物言いに私の顔は真っ赤になってしまう。その様子を見て、エゼルは綺麗な顔でクスクスと笑った。


「お前あの変態共の不貞映像を無表情でガン見してたのに、自分の事になるといっぱいいっぱいだな。可愛い」

「……っ‼︎  わ、私はエゼルと違って慣れてないんだから仕方ないでしょ‼︎  キスするのだってエゼルが初めてだったんだから‼︎」

「……え……マジで……? イアンとはしてないのか?」

「してないわよ。頬や額ならあるけど、唇はした事ない」

「…………」

「……エゼル?」



目を大きく見開いて固まってしまったエゼルの顔の前で手を振ると、ゆっくりとエゼルの顔が色づき、最後は耳まで真っ赤になった。

そして私の体をぎゅっと抱きしめる。


「ちょ……エゼル‼︎   苦しい!」

「すっごい嬉しい」

「え?」

「ブリジットの初めてのキスの相手、俺なんだ?すごく嬉しい。あー、幸せ」


また私の肩に頭を乗せてグリグリと擦り付けてくる。どうやらエゼルの癖らしい。マーキングされてるような気分だわ。


「エゼルみたいに慣れてないからとっくに知ってるのかと思ってたけど」

「は?俺だって慣れてないよ。俺の初めてもお前だよ」

「はああ!?あんながっつり上級者なキスしといてそんなの信じられるわけないでしょ!私の知らない所で全部経験済みだったんじゃないの?」

「んなわけあるか!俺は子供の頃からお前が好きなんだから他の女に触るわけないだろ。慣れてるように見えるのは知識だけは玄人並みにあるからじゃないか?なんせここ最近、編集作業で他人のセックス観まくってるからな。お前が望めばいろんなプレイが出来ると思うぞ」

「望まないし‼︎  仕事中に卑猥な話をするな!」

「お前が振った話題だろうが……」


振ってないし、エゼルとそんな事するとかまだ想像出来ない!──でも、ドレイク公爵家から正式に婚約の申込みをされた以上、近々答えを出さなくちゃいけない。



エゼルと夫婦になる──か。

確かに、条件だけで見ればカーライル侯爵家に申し分ない人材よね。私の思い描く商品を魔道具にしてこの世界に生み出してくれるし、影の仕事にも理解がある。  

それに、影の者としても素質が高いと思う。

お母様がすぐに断らず私に委ねたのは、お母様もエゼルを認めているからだろう。


あとは私の気持ち次第────。

いっそのこと、前世の記憶を消す魔道具が欲しいわ……



「ところでブリジット、学園の噂だが、いつまで放置するつもりだ?あの馬鹿共、すっかり阿婆擦れに乗せられて婚約破棄しようと企んでいるみたいだぞ」

「え?それホント?」

「ああ、俺アイツらの持ち物に小型の録音機つけてるから、それで知った」


いつの間に──。


「父親達の注意が全然効いてないみたいね」


王子に関してはマライア様が直々に締め上げたらしいけど、彼はマライア様に対して劣等感しか抱いてないから、素直に言うことなんか聞きやしないでしょうね……。


「まあ、今となっちゃ父親達も処罰対象になっちまったから、息子を諌めた所で破滅は避けられないだろう」

「──そうね」



いつの時代も、どんなに平和に見えても、水面下で悪事を働く者は必ず現れる。だから私達のような影の仕事がなくなる事はない。


前に母がそう言っていたのを思い出した。

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