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さようなら
しおりを挟む「この間、昼休みに殿下達に絡まれたらしいね。大丈夫だったのかい?」
「ええ、大丈夫よ。あの時はイアンはいなかったのね」
「ああ、ごめんね。先生に呼ばれて職員室に行っていたんだ。必要書類を出し忘れていたみたいでいろいろ聞かれてたんだよね」
イアンは嘘は言っていない。
影の報告であの日は確かに職員室にいた。内容は成績不振について。
この前の中間のテスト結果が悪かったようで、次のテストを頑張らないとクラス落ちするという警告のために呼ばれていたのだ。
下位クラスの場合は、卒業試験を受けて一定の成績を修めないと卒業ができない。
上位クラスであれば免除なのだが、このまま成績が下がり続ければCクラス落ちとなり、イアン達は卒業試験対象になるとのことだった。
情事に忙しくて勉強をサボったツケがきているのだろう。
本当に、彼らはデイジーと出会ってから破滅の一途を辿っている。
私達が絡まれた日、噂は一気に学園内に回ったはずなのに、イアンは私のところには来なかった。
また彼らの情事を覗くことに忙しかったらしい。
つまりはそういうこと。
私を気にかけるより、覗き行為の時間を優先させた。
それがイアンの答えなのだ。
その程度でしかない私に愛を囁く男の言葉に、どれほどの重みがあるというのだろうか。
もういいだろう。どのみち長引かせることはできない。
なぜなら今頃、彼の母親は秘密裏に騎士団に捕らえられているのだから───。
私は侍女に頼んで書類を持ってきてもらい、イアンの前に差し出す。
「何だい?これは————————え?」
書類に書かれた婚約破棄の文字にイアンは驚きで目を見開いた。
「文字通り、婚約破棄手続きの書類よ」
「え?……は?……なんで……?」
「貴方がカーライル侯爵家の婿にふさわしくないから」
「だから何で!!」
「カーライルの情報網を甘く見ないで」
私は初めて、イアンに敵意を向けた。
私に初めて鋭い視線を向けられたイアンは硬直し、何かを言おうと口をはくはくと開け閉めしているが、言葉が出ないらしい。
「私が何も知らないとでも思っているの?」
「…な……な……にを……」
うまく言葉を紡げないようで、イアンは必死に首を横に振り、真実が明らかになることに抵抗の意を見せる。
「デイジー・バロー。そして市井にある老夫婦が経営する宿」
私が発した単語にイアンの体はビクッと跳ねた。
「それだけじゃないわ。貴方、実の母親とも関係を持っているわね?」
私のトドメの言葉に、イアンの顔が歪む。
とても傷ついた表情だった。
彼の一番触れられたくない傷口に、私は塩を塗っている。
その事に、私の胸も軋んだ。
「婚約破棄の理由は、貴方の不貞だけの問題じゃない。一番の理由は貴方の母親。今頃貴方の母親は騎士団に逮捕されているわ」
「な!?なぜ!!」
「複数殺人と実子への性的虐待。どちらも重罪よ」
「………っ」
「申し訳ないけど、貴方をカーライル侯爵家に向かい入れるわけにはいかない。これはカーライルの総意よ。だからサインをお願いします」
ぶるぶると震えているイアンに、万年筆を差し出してサインを促す。私の手も微かに震えていた。
「……………僕を……愛してたんじゃなかったの…?今までのことは、全部僕の自惚れだった…?」
書類をじっと見つめたまま、ぼそりとイアンが呟く。
「愛してたわ。燃えるような恋ではなかったけれど、貴方の妻になることを私は心待ちにしていた。イアンは?」
「僕も愛してたよ!今だって君を愛してる!!何度もそう伝えていたじゃないか!!」
「じゃあ何故他の女を抱いたの?」
「それ…は…っ」
若い男の性だと言われれば、仕方ないのかもしれない。
でも私は、そんな理由で軽く一線を越える男は要らない。
ただそれだけの話。
「……頼むよリジー…っ、僕を捨てないで…愛してるんだ…っ」
「貴方のそれは愛じゃないわ。ただ安全地帯を失いたくない為に私を引き留めようとしているだけ。本当に私を女として愛していたら、デイジーに靡いたりしないわ」
「リジー!」
イアンが私を搔き抱いて泣き縋るけど、私はそれすらも演技なのではと思ってしまう。もう完全に信頼関係が崩壊していた。
「親愛でも……良かったのよ」
この関係を終わらせる為に、私の想いをイアンに伝える。
「恋じゃなくても、男女の愛じゃなくても、親愛でも良かった。イアンと一緒にいる時間は心地良かったから、イアンとなら家族になれると思ってたの。信頼できるパートナーになれるって、そう思ってたのに、—————それを貴方は、裏切ったのよ」
イアンの嗚咽が、肩越しに伝わる。
もう何も感じないと思っていたのに、今の震える彼が本当のイアンなのだとわかり、私も鼻の奥が痛んで涙が滲んできた。
胸の中にいろんな想いが渦巻いて、ぐちゃぐちゃにかき乱される。
「なんで…っ、なんで裏切ったのよ…っっ、私を裏切らなければ、貴方をあの母親から助ける事が出来たかもしれないのに…っ」
「ごめん…ごめんリジー……っ、ごめ…ごめんなさい…っ」
ひたすら繰り返される謝罪が、庭園に空しく響く。もうどうにもならない。どんなに謝られても、私達はもう、元には戻らない。
「…………私も、気づくのが遅くてごめん。———ずっと、辛かったよね…、ごめんね」
私がそう言うと、イアンはぎゅうううっと私を抱きしめる腕に力をこめて、子供のように声を上げて泣いた。
「さようなら、イアン」
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