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折れない
しおりを挟むランチタイムの食堂が静寂に包まれる。
目の前には、至近距離で殺気を飛ばし合っている男女がいる。この二人が婚約者同士だなんて皆信じられないだろう。
そしてアデライド様だけでなく、私達の纏う空気も冷え冷えとしものに変化した。絶対零度の眼差しを送る婚約者達に、リック様以外の男たちの表情が困惑の色に変わる。
「………アリア…?」
アリアから送られる侮蔑の視線に、ジョルジュ様は目を見開いている。
少し前のアリアなら、当たりの強い彼の態度に傷ついた表情を浮かべていただろう。でも今の彼女は彼を虫けらを見るような目で見ている。
いつまでも自分は愛されていると思っていたなら随分と滑稽な男だ。
エルナンド様も、普段はふんわりとした雰囲気のモニカ様が、無表情で冷たい視線を送ってくることに戸惑っていた。
そして──────、
「───よせ、リック。女性に対して威圧をかけるな。デイジーが火傷しているかもしれない。保健室に連れていく」
「…わかりました」
アデライド様に舌打ちをして去っていく姿はとても高位貴族とは思えないほど下品な振舞いだ。
未だ男爵令嬢の肩を抱いたままのコンラッド王子がふと立ち止まり、振り返ってキャサリン様を見据える。
「キャサリン、私は忠告したからね?」
「……………」
キャサリン様はそれに返事をする事はなく、微笑みを浮かべてキレイなカーテシーで答える。
それを見た王子は眉間にしわを寄せた後、興味をなくしたかのように踵を返して去っていった。
色欲とは、こんなにも人を愚かにしてしまうのか。
王子だからといって何でも許されると思ったら大間違いだ。
たとえ王族でも過ちを犯せば罰せられるというのに。
彼はまだ王子教育を終えていないから、私の家が王家の影だという事をまだ知らない。自分の行いが影により、全て王族に知られていたと知ったら、さぞ羞恥と絶望に染まるだろう。
姉弟を妬み、色欲に溺れて努力をやめた結果がこれだ。
側近の彼らも、少し前までは優秀だと言われていた。だからこそ第一王子の側近候補に選ばれたのだ。
王子の側近であっても、真の主はフランチェスカ女王であり、次期女王のマライア様だという事を彼らは忘れてないか?
あの変態王子は、マライア様の補佐に過ぎない。
それどころか、もうすぐその補佐の椅子も取り上げられる事が決まっている。デイジーが現れて王子が彼女に落ちた時点で、彼らは王子を諌めなければならない立場だった。
そして女王に報告するべきだった。
なのに彼らは自らも快楽に落ち、男爵令嬢に執着し、こうして私達に冤罪をかけて正義のヒーローぶっている。
キャサリン様は王子の従姉妹なのよ?
父親は王弟だってこと、忘れてない?
自分達の本来の存在意義を忘れるほど、その男爵令嬢との情事に溺れているという事かしら。盲目になるほどに───。
皆でその阿婆擦れを共有している事も知らずに。
◇◇◇◇
「やってくれましたわねブタの王子様。まさか公衆の前でこんな辱めを受けるとは思いませんでしたわ」
「潰す・・・あの赤毛のゴリラ、絶対潰す・・・」
「カマキリのくせに、何を正義のヒーローぶっているのかしら」
「私達を取り巻きですって。露出狂の変態に取り巻き呼ばわりされるなんて、怒りで気が狂いそうですわ」
この学園には、王族専用のサロンの他に、高位貴族が使える個別部屋がいくつかある。
私達は先程の騒動のせいで食堂でランチを食べる事を諦め、テイクアウトしてこの個別部屋に入った。
そしてキャサリン様が遮音魔法をかけると皆が怒りを露わにしたのだ。
もしやさっきまで震えていたのは怒りを抑えていた?
「それにしても─────────ふ・・・ふふっ」
キャサリン様が思案顔で言葉を続けようとしたが、途中で言葉を失い、堪えきれないとでもいうように笑い出した。
これがきっかけとなって全員が笑い出す。
「ダメですわ・・・っ、くっ・・・ふふっ、自分の・・・婚約者に対しては嫌悪感でいっぱいですけど・・・ふふふっ・・・他の殿方は・・・あんな得意げな顔をしておいて・・・裏でパンツ被ったり赤ちゃんになったり、裸族になっていると思うと・・・おかしくてたまりませんわ・・・ぷっ・・・くくくっ」
「あはははっ、私はエルナンド様の変態仮面姿が頭に浮かんでしまって、絶対笑う場面ではないと堪えていたけど本当に危なかった!リックが馬鹿やってくれたおかげで怒りでごまかしてピンチを乗り越えられたよ・・・クックック・・・っ・・・あははは!」
「私もリック様を見て吹き出しそうになって大変でしたわ・・・ふっ・・・クックックっ・・・あんな怒鳴り散らしてるのに、裏で赤ちゃんになってバブバブ言ってるとか・・・面白すぎますわ・・・っ、ぶふふっ・・・おかげで怒鳴られても全然怖くないですし」
「あははは!私もそれ思いました!めちゃくちゃ怒ってるのにガラガラ持ってオムツ履いてるんだと思ったらもう睨まれても笑いを堪えるのが大変で・・・ぷっ、ふふふっ」
一度笑い出したら止まらなくなったのか、彼女達はしばらく笑い転げていた。
どうやら先程彼女達が震えていたのは必死に笑いを堪えていたらしい。
「───ふふふっ、皆さん全く折れていないようで何だか安心しましたわ」
私がそう言うと、皆がこちらを向いて微笑んだ。
「ブリジット様のおかげですわ。付き合いの薄かったワタクシ達をこうして結びつけてくれました。でなければ今頃ワタクシは、心が死んでいたでしょう。こうして皆さんと分かち合えた事がどれだけワタクシの支えとなっているか、感謝してもしきれませんわ」
キャサリン様の言葉に、皆が頷いた。
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