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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

220. 神聖魔法

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「久しぶりね。二人とも」

「お久しぶりです、女神様」

「ご無沙汰してます」

「全然会ってくれないから、もう私のことなんて忘れちゃったのかと思ってたわ」

「別に、特に用がなかったんで」

「クリスフォードはいつも私に冷たい! 婚約者には甘々なくせに! その甘さを少しくらい私に分けてくれたっていいじゃない!」

その指摘に兄の顔が真っ赤に染まる。

「な……っ、覗いてるのか!?」

「失礼ね! 私は愛し子を見守っているだけよ!」

「それを覗きって言うんだよ!」


超絶美形の女性が兄に怒られ、頬を膨らませて不貞腐れている光景に、ヴィオラは未だに慣れない。

何故ならこの人間味溢れる女性が神様だから。


ここは夢の中。

長く苦しい訓練が身を結び、ついに今日、ヴィオラたちは神聖魔法を継承する──






◇◇◇


ヴィオラは十八歳になり、季節は春の兆しが見えようとしていた。

王弟の事故死の知らせを受けて驚愕したのは半年前のこと。

ゲームとは違う展開に恐怖を覚えた。シナリオを完全に思い出せていない状況で、想定外だった王弟の事故死。


ヴィオラは彼の死が信じられなかった。
王太子やノアも信じていなかった。

魔塔に侵入できた途端に起きた事故だ。誰もが監視対象になったことに気づいた王弟が逃げたのだと思った。

だがどんなに捜査しても、出てくるのは事故だという証拠だけだった。


そしてバレンシア王国とグレンハーベル帝国の情勢は、右肩下がりで荒れていった。

帝国では再び反乱を企む者たちが暴動を起こし、帝国魔法士団や騎士団がその対応に追われているらしい。そのせいで他国との関係がグラつき始め、ノアが帰国しなければならない事態になろうとしていた。

反乱軍が他国とコンタクトを取り、帝国に攻め入る算段を立て始めているらしい。



バレンシア王国内でも、この数ヶ月でいろいろな異変が起きていた。

まず、王太后が不審な死を遂げた。

離宮に事実上幽閉されていた彼女は、ある朝ミイラ死体で発見された。死因は急激に魔力を失ったことによる魔力枯渇。

グレンハーベル帝国で起きた不審死と同じものだったため、ヴィオラたちはすぐに邪神教の関与に気づいたが、それを知らない王宮の者たちは、普通ではあり得ない死に方に震撼した。

王族が立て続けに亡くなる事態を気味悪がり、密かに「王家は呪われているのでは」と噂が流れた。

それに対して国王の疑心暗鬼にも拍車がかかり、公務を放棄して私室に立て篭もり、エイダンは現在も王宮で寝泊まりしている。

そして小規模から中規模のスタンピードが地方で何度か起き、その被害による復興が中央貴族のせいでままならず、地方貴族や民たちの不満が王都へと向かっていた。


ヴィオラがルカディオルートから降りても、中ボスが一人いなくなってしまっても、強制力が働いているのか、物語は戦へと駒を進めていた。




◇◇◇


「二人とも、準備はいい?」

「「はい」」

「じゃあ、始めるわよ。貴女たちの体は器じゃないから負荷がかかるかもしれないけど、たゆまぬ努力をしてきた貴女たちなら、きっと自分の力に変えられるはずよ。今までよく頑張ったわね。本当にありがとう」


女神が微笑むと、二人に向かって手をかざし、足元に魔法陣を出現させる。

青白い光が二人を包み、粒子となってどんどん体内に吸い込まれていった。


「……くっ」

「あ……つい……っ」

魔力回路に熱いものが流れ込み、心拍数が上がる。

(これが神力……魔力とは全く別物だわ。気を抜いたらこの身では受け止められないほどの大きな力……)


器じゃないという事実を今、身を持って味わっている。
体が震え、冷や汗が噴き出る。

(お願い、私を認めて……っ、大事な人たちを守りたいの)


「ヴィオ……っ」  

「お兄様……っ」

同じように苦しんでいるクリスフォードが、手を伸ばす。
ヴィオラも手を伸ばし、向けられた兄の手を握った。

「大丈夫だ。ヴィオなら耐えられる」

兄も苦しいはずなのに、そう言って微笑んでくれる。


(お兄様がいてくれて良かった)


生きていてくれて良かった。
ずっとそばにいてくれたヴィオラの半身。
 
あの冷たい邸の中で、兄が愛してくれたから、ヴィオラは悪役令嬢にならずに済んだ。

前世のミオの記憶があっても、ルカディオに恋をした瞬間から、悪役令嬢になる分岐は沢山あったのだ。

ルカディオのことで傷ついたヴィオラを、兄が悲しみごと抱きしめて守ってくれたから、道を踏み外さなくて済んだ。



そして、ノアが愛してくれたから。


ノア。

兄と一緒に自分を守ってくれた人。
もう一人の兄のように思ってた。


でも今は、特別な人──

ヴィオラはもう、ノアを愛している。
長い時間をかけて、親愛はいつしか愛情へと変化した。

彼は今、ヴィオラの護衛と国の情勢のことで悩んでいる。きっと今すぐ国へ帰って兄である皇帝を支えたいと思っているはずだ。


でもノアはヴィオラを選んだ。

国に戻っている間にヴィオラに何かあったら耐えられない。そう言ってバレンシアに残ることを決断した。


それが嬉しくて、悲しかった。
彼の足枷になっているのが苦しかった。

ノアがヴィオラの大事なものを守ってくれるように、ヴィオラも彼の全てを守りたい。


バレンシアだけ救われても、ノアは幸せになれない。

グレンハーベル帝国のことも救わなければ、心の底から笑い合うことはできないだろう。



力が欲しい。

理不尽に奪おうとする邪悪な力に対抗する力を。

大事な人を守る力を。

無辜の民、そして自然を司る精霊たちを守る力を。


この世界を守るための、万物の力をこの手に──






二人を包む光がより一層輝きを放ち、そして吸い込まれていく。足元の魔法陣が消えると、二人の額に魔法陣が刻まれ、そしてスッと消えた。


女神が二人を抱きしめる。

「良かった……っ、本当に良かった……っ。私の愛し子たち」

女神の力を授かったことで、彼女の感情が流れ込んでくる。
本当に自分たちの身を案じ、愛してくれているのだと。


ずっとどこかで、自分たちはリリティアの身代わりに過ぎないのだと思っていた。緊急処置で誂えただけの女神の駒なのだと──

でもそれはヴィオラの思い込みだった。
本当に自分たちは、彼女の愛し子だった。


「これから貴女たちに過酷な使命を与える私を許して──」

目に涙を溜めながら、女神は二人の頬に手を添える。


「貴女たちに私が持つすべての力を使う権限を与えました。それを使うということは、邪神に存在を知られることになります。きっとあの者は貴女たちの前に現れるでしょう」


ごくりと喉が鳴り、緊張感で肌がピリつく。
ヴィオラとクリスフォードは、静かに女神の言葉を聞いた。


「でも大丈夫。貴女たちには私と精霊たちがついています。だから守りたいのものをその手で守りなさい。そのための力を、今の貴女たちは持っています」


女神の言う通り、二人の頭の中には神聖魔法をどう使えばいいのか、すべて頭に入っている。

馴染んだ神力は、ヴィオラとクリスフォードに自信を与えた。きっと守ってみせると、心に固く誓う。




「貴女たちに使命を与えます。今回は封印で終わらせるつもりはありません。──邪神を、この世界から消滅させてください」









✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

コミカライズのお知らせです。

以前こちらでも掲載していた『今日で貴女を忘れます。だからどうぞお幸せに。』(商業化により、アルファポリスでは取り下げ済み)が、2024年10月から各サイトで配信される予定です。

セイラたちが漫画になります。

詳しくは、なろうの方で告知していますので、チェックしていただけたら嬉しいです。








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