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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
219. 宣戦布告 side アイザック
しおりを挟むその日は朝から王宮が慌ただしかった。
深夜未明、魔塔の最上階が爆発し、炎上。
ただちに消火され、焼け跡から四肢が激しく損傷した焼死体が発見された。
火元は王弟であるデンゼル・フォン・バレンシアが住処としていた研究室であったことから、その死体は王弟であると判断された。
魔法士団の話によると、近々王弟が新しい魔道具を世間に発表すると意気込んでおり、最終の仕上げと耐久テストを行っていたと証言した。
そして取り調べの結果、死因は魔道具製作中による事故とされ、何らかの原因によって魔力暴走が起きて部屋が爆発し、炎上したという結論に至った。
朝になった今も、その裏付け調査と各所の報告のため、王宮の者たちが走り回っている。
そして、弔いの鐘の音が王宮に鳴り響いた。
◇◇◇
「マルクはどう思う?」
「──スッキリしませんね」
王太子の執務室で、二人は眉間に皺を寄せていた。
「あの腹黒な叔父が、事故であっさり死ぬとは思えないんだが……」
「でも焼死体からは彼の魔力が検知されたんですよねぇ。魔力の偽装はできませんから、現段階ではあの死体が王弟だと言わざるを得ないでしょうね。ですが──」
「……なんだ?」
「あの死体が魔力なしの者だったら、話は変わります」
「死体を偽装したということか!?」
「体格の似た魔力なしの死体を用意して、体内に自分の魔力を仕込んでおけば出来なくもないです。ただ……私たちの監視を掻い潜ってその細工が出来るのか? と考えると、ちょっと信じがたい事実ですけどね」
今回、シーケンス侯爵の協力を得てノアの部下が魔塔に数人配置されていた。
帝国魔法士団による厳戒態勢の監視の中で起きた事故。
不審な点は何もなかったという。現に捜査の時に過去見の魔道具で事故当時の映像を見たが、そこに映っていたのは報告書通りの事故が起こる様子が映っていただけだった。
紛れもない事故だという証拠だ。
なのに、腑に落ちない。
「身内が死んだってのに、少しも悼む気になれない俺は薄情なんだろうなぁ。どうも出来過ぎている気がしてならない。やっと魔塔に侵入できたかと思えば、邪神教との繋がりも違法魔道具も見つからないまま、本人と部屋が爆発して真相は全て火に飲まれてしまった」
まるでこちらの動きが見えていたかのように──
「叔父直属の影が優秀だったのかね」
「そもそも、その影自体が邪神教信者の可能性もありますね。未知の神具でも使われていたなら、私たちの目を欺けたのも納得できます」
「──マルクもこの事故死は偽装だと思うか?」
「それはわかりません。でもタイミングが良すぎるとは思います。死体の偽装──あるいは事故に見せかけて殺されたか。考えられるのはその二点ですかね」
(殺害か──)
殺害を狙うとしたら、一番可能性があるのは王太后だ。
だが、子供の頃ならまだしも、魔法省の大臣にまで上り詰めた叔父が、老い先短い女に遅れを取るとは思えない。
アイザックは窓の外に視線を移し、曇天を眺めた。
ピリピリとした緊張感が肌を刺す。
彼の死が、本当か嘘かはわからない。ただ一つだけ言えるのは、彼の死が終わりを示すものではないこと。
きっとこれから、彼の本当の復讐が始まる。
「マルク、ノア殿に王宮に来るよう伝言を頼んでいいかい? 俺はしばらく国葬の準備で外に出られないからね」
「確かに、国王陛下があの様子じゃ、貴方が指揮を取るしかないでしょうね。エイダン殿はしばらく王の私室から出られないんじゃないですか?」
「……我が父ながら、情けないよ」
二人して深いため息が溢れる。
先程、王弟の死を知った父王は顔面蒼白になってガタガタと震え、すぐに私室に篭ってエイダンを呼びつけた。
『次は私が狙われる! 其方はこれから決して私の側を離れるな! 何かあればすぐに治療して私を助けろ!』
そう叫び、王命で早朝出勤したエイダンを監禁中である。
更には偽聖女も監禁しようと教会にまで王命を出そうとし、宰相や側近たちが必死に宥めていた。
叔父の死がただの事故死ではないと、父も本能的に危険を察知しているのだろう。
「教会に王命なんて出せば大司教が抗議してくるだろうな。貴族たちの中で熱心な女神信者は多い。偽聖女だとしても今はあの娘も信仰の対象だ。彼らに父の愚行が知られれば、そっちからの抗議も殺到するぞ。教会の威光を強めるために政治に介入したい教会にとっては願ったりの展開だろうな」
せっかく第二王子の側近として大司教の息子を抜擢し、教会との勢力バランスを整えたというのに、愚弟と偽聖女のせいで息子は泥舟と共に沈む結果となる。それを大司教が許すはずがない。
「一番足引っ張ってるのは担ぎ上げた偽聖女と息子ですけどね」
「担ぎ上げた以上、今更下ろせないんだろうよ。大司教自身もあの娘と息子があそこまで馬鹿だとは思ってなかったんじゃないかな」
「なら逆に、王命など出さずともあちらから偽聖女を王宮に送り込んで来るかもしれませんよ。恩を押し売りするために」
「そうなったら、もれなく邪神もついてきそうだな……愚弟も喜んで羽目外しそうだし。あぁー……嫌な予感しかしない。頭と胃が痛くなってきた……」
「まあ、今が踏ん張りどきですよ。貴方が国王になるための試練だと思って、大掃除頑張ってください。私たちも手伝いますから」
哀れまれ、肩を叩かれながら今後やるべきことをプラン立てしていく。
(あの男は絶対に死んでない。俺の勘がそう言っている)
これはきっと、宣戦布告だ。
今この時も、高みの見物で薄ら笑いを浮かべながら、こちらを見ているような気がしてならない。
「本当に──恨みますよ、爺様……」
何が賢王だ。
笑わせるな。
自分から見れば問題を子供に丸投げしたクソジジイとクソババアでしかない。おかげで孫の自分まで迷惑を被っている。
自分が死ぬ時にクソババアも道連れにすれば良かったのだ。
そのせいで狂った男が生まれてしまったではないか。
「その宣戦布告、受けて立とう」
復讐したいなら、すればいい。
王太后も父王の首も持っていくがいいさ。
親世代の禍根は、お前たちで終わらせろ。
だが、その復讐の刃が民に向かうのは許さない。
真の聖女の言う通り、私怨を晴らすことだけに止まらず、国そのものに害をなすつもりならば──
無辜の民に刃を向ける王族など、必要ない。
三人共に、仲良く死んでもらおうか。
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