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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
209. 兄の婚約事情⑥
しおりを挟む「お兄様のそれって、嫉妬よね? まるでノア様みたいだもの。お兄様はカリナが好きなの?」
「…………」
「…………」
しーんと執務室が静まり返り、兄は目を見開いたまま硬直している。
(え? やっぱり違った?)
まさか、自分はお節介でカリナの秘密の恋を引っ掻き回しただけの、傍迷惑な人間だったのか。
自分の行動がすべて裏目に出てしまったかもしれないと血の気が引いた時、兄がぽつりと声を零した。
「そっか…………僕は、カリナが好きなのか」
「え?」
「自分でも、何でこんなに苛ついてるのかよくわかってなくて……でもセナがカリナと笑い合ってるの見ると無性にアイツをぶん殴りたくなってさ……だからアイツの浮ついた行動に腹が立ってるんだと思ってた」
「──セナ様はジャンヌとも二人で魔法訓練をしたり、雑談をして笑い合ってるけど、それにも腹が立つの?」
「いや、それは全く腹が立たなかった」
「じゃあやっぱり……」
「うん……そっか。そうだったのか………………」
改めて自覚したのか、クリスフォードの顔が一気に赤くなり、片手で顔を覆った。
「うわ、マジか。今まで自覚なかったとか、僕あまりにも鈍くない? ヴィオのことをとやかく言える立場にないじゃん」
「私のこと鈍いと言ってたんだ……」
「だってノアの気持ちに全然気づかなかったじゃん」
それを言われると何も言い返せない。
(それにしても、お兄様がこんなに顔を真っ赤にして狼狽えているを見るのは初めてかもしれない)
もしかして初恋なのだろうか?
オルディアン伯爵家は元々客人の出入りが少ない家だし、今まではカリナがよく話す男性はクリスフォードだけだったから、恋に気づけなかったのかもしれない。
こうして改めて思い返すと、美人で優秀な侍女であるカリナに、恋人も婚約者もいないのはおかしいのではないか。
王都のタウンハウスでも、この本邸でも、男性の使用人や騎士はいるのだから、彼らとお近づきになって恋仲になっていてもいいだろうに──
(もしかしてお兄様……自覚ないままに、昔からカリナの周りの男性たちを牽制してたんじゃ……)
妹に近づく男に対しても嫉妬心をむき出しにして牽制する兄だ。自覚がなかったとはいえ、初恋の人に近づく男に睨みを利かせて囲い込んでいてもおかしくない。
「お兄様は今気持ちに気づいたのよね。この後はどうするつもりなの?」
「どうって……本当に今気づいたばかりだから頭が働かない」
「カリナは今二十歳よ。もう結婚していてもおかしくない年だわ。それに私の専属侍女だから、私がノア様と結婚すれば当然カリナは連れていくことになる」
「!?」
ノアと結婚すれば、ヴィオラは帝国に移住する。
それにはカリナも同行することになるのだ。
祖父の横槍で婚約を迫られている兄に、悠長にしていられる時間はない。政略的にも早めに伴侶を見つけて地固めする必要がある。
「ヴィオが結婚したら……カリナも……帝国に連れて行く……? 二人とも……いなくなる……?」
今までそれに思い当たらなかったのか、顔色を失くし、愕然としている。
ヴィオラとノアは、ヴィオラが十八歳になった年──つまり今から一年後に婚姻することが決まっている。
二人には邪神を封じる役目があるため、挙式は役目を果たした後にすることにして、先に籍だけ入れることになったのだ。
乙女ゲームの大まかな内容を思い出したヴィオラは、邪神との対決があと二年後くらいに待ち受けているのを知っている。
既にシナリオが崩れている今、ゲーム通りに進むとは言い難いが、二、三年以内にカリナが目の届かない帝国へ旅立つことになるのは決定事項だ。
(これを言うのは少しズルいかもしれないし、恥ずかしいけど、お兄様の背中を押すためだわ……っ)
「わ、私はカリナにも、幸せになってほしいの。だからもし、カリナが私の侍女として帝国についてきてくれるなら、いずれは私たちの子供の乳母になってほしいから、縁談を勧めるつもりよ。ノア様ならきっと良い人を紹介してくれると思うから。だから──」
「ダメだ! カリナが僕以外の男と結婚するなんて許さない!」
ガタッと音を立てて立ち上がり、クリスフォードが叫んだ。ヴィオラの話でリアルに今後の展開が想像出来たのだろう。先程よりも狼狽えている。
あまり時間がないということも自覚したらしい。
「……大きい声を出してごめん。ちょっと取り乱した」
「ううん。もう一度聞くね? お兄様はどうしたいの?」
真っ直ぐに問うと、クリスフォードは苦笑した。
「……ヴィオがノアと結婚して帝国に行くだろうことは想像が出来ていたのに、カリナまで帝国に行くことは想像出来てなかった。普通に考えたら侍女なんだから当然ヴィオについていくよね。だけど全くそこに頭が回ってなかった」
それはカリナがクリスフォードにとってはただの使用人ではなく、ずっと共に育った幼馴染のような、姉のような、特別な女性だったからだろう。
ヴィオラの味方で、心の支えだったように、兄にとってもきっとカリナは得難い存在だった。
だから気付かぬうちに恋をしていたのだ──
「ごめんね、ヴィオ……カリナはあげられない。兄としてヴィオのことはノアの元に送り出してあげられるけど、カリナは連れて行かないで」
「……それってつまり」
「カリナに求婚するよ」
「……っ」
ヴィオラの胸が熱くなり、喜びの声をあげようとした時、部屋の外から間延びした声が聞こえた。
「あれ~? カリナちゃんそこに立ったまま何してんの?」
(セナ様の声だわ! しかも今、カリナって……)
兄がすごい勢いで扉を開けると、お茶と洋菓子を乗せたワゴンを引いて立っているカリナの姿があった。
そして、その顔は真っ赤に染まっていた。
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