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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
203. 甘い婚約者
しおりを挟むその日、ヴィオラは朝から恥ずか死にそうになった。
「おはよう、ヴィー」
「!!?」
そう言って食堂にやってきたヴィオラの額に、キラキラした笑顔のノアがキスを落としたのだ。
起きたばかりなのに、早くも気が遠くなり、瞼を閉じてしまいそうになった。いつのまにか自分の呼び名が変わっている。
「うわ~……朝から砂糖吐きそう。ノア様の浮かれポンチはまだ継続中だね」
朝食を食べながらジルが半目で二人を眺める。
「ノア、ちょっと飛ばしすぎじゃない?ヴィオの顔が沸騰してまた倒れそうだよ」
「ヴィー。倒れても俺が抱き上げてやるから心配しなくていいぞ」
そう言いながらヴィオラを抱きしめ、頭に頬擦りをした。
あまりの猫可愛がりに、食堂にいる使用人たちまで口から砂糖を吐き出しそうな顔をしている。
ヴィオラはまた可哀想なほどに赤面し、金魚のように口をパクパクさせていた。
ヴィオラへの好意を解禁してからのノアは、とにかくヴィオラに甘い。ずっと可愛がりたかったのを我慢し続けていた反動か、ヴィオラを愛でたくて仕方ないようだ。
「ヴィー?」
全く言葉を発しないヴィオラに不安になったのか、ノアが顔を覗き込む。
皇子様の綺麗なご尊顔が、アップでヴィオラの視界に飛び込んできた。
(ま、まま眩しいっっ! 目が潰れる!!)
思わず目をつぶると、小さく息を呑む音が聞こえ、数秒後に自分を包んでいた熱が離れていく。
目を開けると、戸惑ったように目を伏せているノアがいた。
「ごめん、ちょっと馴れ馴れしくしすぎたな」
「え?」
「嫌だったらちゃんと嫌だと言ってくれていいから。無理だけはしないでくれ」
「あ……」
ノアが寂しそうに笑い、ヴィオラの頭をポンポンと撫でた。気持ちを押し殺してヴィオラを気遣っているのがわかる。
(私、また傷つけた?)
「ち、違います! 全然イヤじゃないです! ただちょっと、恥ずかしくてどうしていいかわからないだけで……っ」
「ほんとに? 俺がさっきみたいに触れても嫌じゃない?」
真っ赤な顔で何度もコクコクと頷くヴィオラを見て、ノアは満面の笑みをこぼす。
「ヴィーって呼んでも?」
「はいっ」
そしてまたニコニコしながらヴィオラを席へエスコートするノア。
その一連のやり取りを見て、ジャンヌがこそっと呟く。
「ノア様……意外にあざといですね。寂しげな子犬感出してヴィオラ様の罪悪感を煽って、結局自分の思い通りにしてますよ」
「囲い込みがすごいよね。ノア様必死すぎ」
「……まあ、ヴィオが嫌じゃないならいいんじゃないかな。ジャンヌの言う通り、ヴィオは自己肯定感が低すぎるから、僕も溺愛くらいがちょうどいいと思うよ。ただ、僕の目の黒いうちは、結婚するまで不埒な真似は許さないけどねっ」
「うわ、既に面倒な小舅感出してくるじゃん」
そんな三人の会話はヴィオラには聞こえていなかったが、地獄耳のノアにはしっかり届き、食後にどこまでなら許されるのか、クリスフォードと白熱の討論を交わした。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「え? ツァイトにOKもらえたの?」
「うん。精霊契約はしてもらえなかったけど、亜空間魔法の使用だけ許可してもらえたよ」
クリスフォードの執務室で、時の精霊ツァイトとの交渉内容の報告を受ける。
精霊樹から離れられないため、召喚には応じられないが、精霊つきのヴィオラ、クリスフォード、ノア、ジルの四人に関しては亜空間魔法の使用を認められたらしい。
早速四人で亜空間魔法の魔法陣を共有する。
無属性魔法に分類される難易度の高い魔法だ。
試しにそれぞれ魔法を展開し、亜空間を開く。
「すごい……っ。これで薬草の保存が出来て原材料のコストが下げられるわ」
「そうだね。オルディアン領の食料の備蓄にも使えそう」
「精霊界まで行かなくても修行出来そうだな」
「これ帝国に帰った時に重宝しそう。団長やノア様に無茶振りされそうになったら亜空間に逃げればいいよね」
「俺は亜空間に入れるから逃がさないが、レオンハルトからは隠れられるだろうな。まあ、アイツがこの魔法を知ったら、ズルイズルイと喚く四十路の駄々っ子が誕生しそうだが……」
「うわ、どっちにしろ面倒くさいやつじゃん……」
ノアの発言で、他三人の脳裏に床に寝転がって手足をバタつかせるレオンハルトの姿が容易に浮かんだ。
「とりあえず、亜空間を倉庫代わりに使えれば、今の倉庫をまた有効利用出来るよね。工場に改装してもいいし、売却してもっと良い土地を購入してもいいし」
「そうね。後でロイドに相談してみましょう」
もう学園は卒業した。
後は神聖魔法を継承するための修行と、人任せになっていた商会の経営に専念するだけだ。
ヴィオラには前世の知識を活かしてやりたいことがまだ沢山あった。
(あ、そうだわ! 亜空間魔法といえば……)
「この魔法陣をバックに転写できれば、マジックバックが作れるんじゃ?」
「マジックバック!? 何それ詳しく!!」
新しいワードにいち早く反応したジルが、ヴィオラの両肩をがっちり掴んで説明を求めた。
その瞬間、冷気が刺さる。
「あ」と気づいた時にはジルの視界は塞がれ、顔に痛みが走った。ノアが笑顔でジルの顔を鷲掴みにしたのだ。
「いだだだだだだっ、顔痛い! みしみし言ってる!」
「お前は時々ヴィオラに対してスキンシップが過ぎると何度言えばわかる?」
「いや、ちょっと初めて聞く言葉に興奮しちゃって」
「人の婚約者に興奮するな」
「そういう意味じゃないじゃん!」
二人のやり取りにオロオロするヴィオラと、呆れたようにため息を吐くクリスフォード。
束の間の、のどかな領地生活を満喫するヴィオラたちだった。
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