私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

201. 溺愛くらいがちょうどいい

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「──ヴィオに何したの?」
 

玄関に、クリスフォードの硬質な声が響く。

あれから本邸に戻ったヴィオラたちは、既に精霊界から戻ったクリスフォードたちに出迎えられた。

そしてニコニコと満面の笑みを浮かべるノアと、真っ赤な顔をしているヴィオラを見て、クリスフォードの笑顔がスンと消えた。

そして冒頭のセリフに戻る。


「なんだそのケダモノでも見る目は。まだ何もしてないぞ。──少しだけ愛でたけど」

「どういうこと!?」

兄がヴィオラをギュッと抱きしめ、ノアを睨みつけた。

「お兄様!私は大丈夫だから……きゃあっ」

グイッと後方に腕を引っ張られ、後ろからノアに抱きしめられた。

「俺とヴィオラは婚約することになった。今日から俺が一番近くでヴィオラを守るから、クリスは安心して妹離れしていいぞ」

「は?何それ」

「直訳すると、今後は俺のヴィオラにベタベタ触るなって言ってんだよ、アレ」

訳がわからないクリスフォードに、ジルがこそっと耳打ちをする。

「兄なのに!?」

「兄でも父でも、自分以外の男が好きな子に気安く触れるのが気に食わないんだよ。今までは婚約者でも何でもなかったから言える立場になくて、嫉妬で人知れず『キー!』ってハンカチ噛み締めてたらしいよ」

「噛んでねーわ。全部聞こえてんだよ」

「嫉妬してたことは否定しないんだ?」

ジルの指摘にノアが黙り込む。
どうやら図星らしい。

(え……うそ……ほんとに?)

「ノアが嫉妬深いのはとっくに知ってたけど、ちょっとキャラ変わりすぎじゃない?ヴィオが全然ついていけてないじゃん」

このやりとりの間、ノアはヴィオラを抱きしめながら、頭に何度もキスをしていた。

サシェに二人乗りして帰る時も、「危ないから」という理由でがっちりとヴィオラを抱き込み、耳元で「可愛い」「好きだ」のオンパレード。

ヴィオラは初めて恥ずか死ぬという経験をしそうになった。そして今もその瀬戸際に立っている。

抱きしめながら頭にスリスリと頬を寄せているノアの熱烈なアプローチに、ヴィオラは硬直し、真っ赤な顔の抱き人形と化した。

そんな妹を見て、クリスフォードは嘆息する。


「ノアってあんな溺愛キャラだったんだ。あまりの変貌ぶりにちょっと引くんですけど。ていうか、ヴィオの顔が茹だりすぎて倒れるんじゃないかなアレ」

「僕もあんなノア様は初めて見たよ。長年想いを拗らせてたから、念願叶って今最高に浮かれてるんだろうね。もうすぐ落ち着くだろうから、そしたらこれをネタに笑ってやろう」

「そんな事したらぶん殴られますよ。いいじゃないですか。ヴィオラ様には溺愛くらいがちょうどいいと思います。今までずっと辛い思いをしてきたんですから……ノア様の愛で幸せにしてあげてほしいです」

ジャンヌが二人を眺めながら嬉しそうに言うと、クリスフォードとジルも肩をすくめた後、二人を微笑ましそうに眺めた。


「ノア、幸せにしないと許さないからね」

「当たり前だろ。世界一幸せな花嫁にしてやるさ」

そう言ってノアは再び「愛してるよ」と囁き、ヴィオラの頬にキスをした。



そしてヴィオラは、  

羞恥の限界が来て、気を失った。












✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




「やっとまとまったか……」

執務室で魔鳥からの伝達を受け取り、アイザックは胸を撫で下ろした。

「良かったですね。もしノア様が振られて貴方と婚約──なんてことになったら、嫉妬で目からビームでも出されて睨み殺されていたかもしれませんよ」

「本当にありそうだから不吉なこと言わないでくれ」


アイザックは嫌そうな表情を隠しもせずマルクを睨む。そして彼の隣にいるエイダンに祝いの言葉を述べた。

「おめでとうエイダン。ノア殿ならヴィオラ嬢を何者からも守れるだろう。帝国の皇族相手じゃ、マッケンリー公爵も口を出せない。悔しがる様が目に浮かぶな」

「先日、私の職場に乗り込んできましたよ……」

眉間に皺を寄せたエイダンが、嫌そうな声でその時のことを語る。

「いきなり職場に来て怒鳴りつけられました。まあ、私があのクソジジイから送られてくる釣書や使者を無視してたからですけど。どの面下げて祖父だと名乗ってんだか……厚顔無恥にも程がある」  

「婚姻関係終了届は出してるんだよな?」

「ええ。何年も前に出しています」

「それなのに親戚面か。必死だな。禁止薬物であるペレジウムの摘発で資金源を失ったから、今度は自分が直接関わろうとしているのかもな」

「駒だったイザベラは、自分の分の罪まで着せて切り捨ててしまったから、新しい駒が必要なんでしょう」

「みたいですね。私は社会不適合者で社交界に人脈がないだろうから、孫の縁談は自分の勧めた相手にしろと言われましたよ。無関係の人間からの口出しは無用だと追い出しましたが──」

「孫を駒にしたいのが見え見えだな」


マルクとアイザックは狸ジジイの尽きない野心に苦虫を潰したかのような顔する。


「そういえば、スタンピードの時に邪神教の信者はいたのですか?」

エイダンの質問にアイザックは首を横に振る。

「いや、報告には上がっていないな。ただ、いなかったと言い切ることは出来ない。クリスフォードたちのように強力な認識阻害魔法をかけていたら、見つけるのは難しいだろう。それに、俺たちも魔物討伐で必死だったから、見逃している可能性もある」

「殿下も上級魔法使いまくりで活躍したそうじゃないですか。訓練の成果が出て何よりです」

「鬼畜教官のおかげだな……カンシャシテイルヨ」

貴族的な笑みでカタコトの感謝を述べたあと、アイザックは真顔に戻って腕を組んだ。

そして嘲笑し、冷たい声を上げる。


「話が変わるが、あの偽物、ついに弟を毒牙にかけたよ。役立たずの側近たちも食われるのは時間の問題だろうな」

「おや、聖女候補は辞めて、娼婦に転職ですか。──ていうか、あの幼児体型によくその気になれるなぁ。若いから?」

「性に興味のある年頃だからじゃないか?まあ、俺は今も昔もあの手の女には勃たないがな」

「なるほど。殿下も巨乳派ですか。仲間ですね」

「二人ともなんの話をしているんです?」

場にそぐわない二人の会話を、エイダンの冷ややかな声が一刀両断する。「冗談の通じない奴だ」と肩をすくめながら、アイザックは話を続けた。


「スタンピードの件で、あの偽物は相当焦っているだろうな。後衛にいた者たちに聖女の力が使えなかったことがバレたし、箝口令を敷かれてあの浄化魔法を使った者が誰かもわからないままだしな」

「で、保身のために体で籠絡し始めたと」

「そんなところだろう。まあ、そのまま側近たちも道連れに引きずり下ろしてくれて構わないさ。俺の一掃リストにはアイツらの親も含まれているからな」

「──ルカディオの父親もですか?」

エイダンの質問に、アイザックは一瞬瞳を揺らす。

「…………ダミアンは既に罰を受けて舞台を下りている。ルカディオが馬鹿な真似をしない限りは何もする気はないさ」

「そうですか」






娘を散々傷つけた青年。
憎らしい。だが憎みきれない。

彼を変えてしまった過去にはきっと、イザベラが関係している。


大人の身勝手な行動で引き離された二人。
きっと二人が幸せになる未来もあっただろう。


イザベラさえいなければ。
マリーベルが生きていれば。
自分がもっと強ければ。


たらればを考えても仕方ないと分かっていても、子供ながらに本気で愛し合っていた幼い二人を思い出す。


やるせない──

大人が壊した恋だ。


これから娘は、新しい婚約者の庇護の下、その愛に包まれ、初恋で傷ついた心を癒していくだろう。


出来れば彼にもいつか、

その傷を癒してくれる人と出会ってほしい。

青年に不幸になって欲しいとは思わない。
きっとヴィオラもそれは望んでいない。



いつか、すべてが思い出になった頃、また笑い会える日が来るといい。



あの幼馴染だった頃のように──




















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