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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

196. 絡めとる side リリティア

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「リリィ? この二、三日、まともに食事を取っていないと聞いた。その……大丈夫か?」


教会の中にあるリリティアの私室。
怪我が治ったオスカーがリリティアを訪ねていた。

スタンピードが終結してから、リリティアは部屋に引きこもり、ベッドの住民と化していた。

あの浄化の光を見てから、何もやる気が起きない。

あの幻想的な浄化の光は、あの場にいた者たちを魅了した。光を浴びた途端、魔物が砂煙のように消えたのだ。誰もが聖女の力だと確信した。

だが、それと同時に聖女候補であるリリティアが何もしていないという事実も露わになった。


じゃあ遠くに見えたあの光柱は、誰が放ったものなのか。
ここにいる聖女候補は、本当に聖女なのか──?


皆の懐疑的な視線から、そんな声が聞こえてきそうだった。

居た堪れない空気に泣きそうになっていると、アイザックは皆に後始末を命じ、箝口令を敷いた。

表向きは民に混乱を招かないため——としていたが、本当は政治的な理由だろう。

アイザックのこちらを見る目が、終始ゴミでも見るような蔑んだものだったので、リリティアのためでないことは確かだ。

(私は主人公なのに……ヒロインなのに……)

オスカーに背を向け、ベッドに横になったまま悲しみに暮れる。  

(ディーンとクロヴィスは、なぜ私を裏切ったの……っ)


前世を思い出してから今までの努力が、精霊の気まぐれですべて水の泡になってしまった。

聖女の力を奪った人物は未だにわからない。
誰も何も教えてくれない。

後始末や調査などでいろいろと情報を持っているはずのアイザックも、この数日何も言ってこない。


それがまたもどかしく、かと言って自分からは何も言えないリリティアは、一人で勝手に追い詰められていた。

(また下手なことを言って、聖女の力を発現できなくなったことがバレたら大変だわ)

あの男王太子なら、きっとリリティアを聖女候補から外すに違いない。そうなったらただの平民に逆戻りだ。

シナリオがここまでめちゃくちゃになった今、誰が邪神を倒すのか。


(あの日浄化魔法を使った者が、私に成り代わるつもり?)

そもそも、聖女は全属性の魔力に適応している人間がなれるはずなのに、どうしてリリティア以外の者が浄化魔法を使えているのか──

今現在、リリティア以外で同じ体質の人間はいなかったはずだ。もしいるなら名乗り出ていてもおかしくないし、とっくに教会が囲っているはず。

だがそんな話は聞いたことがない。

後衛のキャンプ地にいた者たちは、リリティアが聖女であることに疑問を抱いている。でも今のところ大司教たちには何も言われず、待遇は変わっていない。

ということは、アイザックは大司教にも言っていないということだ。


あの男の思惑がわからなくて恐ろしい。
聖女の力を奪った得体の知れない者が恐ろしい。

シナリオから脱線してしまっている今、自分がどう行動すればいいのかわからない。正解がわからないのだ。


(怖い……一体どうすればいいのっ)



「リリィ……泣いているのか?」
 

オスカーの大きな手が、リリティアの頭を優しく撫でた。

驚いて振り向くと、彼は一瞬目を見開き、戸惑ったように眉尻を下げ、リリティアの涙を指で拭う。

「怖い思いをさせてしまったな。守りきれなくてすまなかった」

「どうして……」

「え?」


あの日、確かに彼らの好感度は下がっていたはずなのに。
自分の誘導のせいで大怪我をしたはずなのに。

(オスカーはあの日の結末を知らないの?)


「泣くな、リリティア。お前に泣かれたら、俺はどうしていいのかわからない」  

「怒ってないの?」

「怒る? なぜ?」

「だって私の我儘で指定の訓練場所から離れて……そのせいで貴方たちに怪我をさせてしまったもの……っ」

「それはリリティアのせいではない。不運だっただけだ。あの日は対峙した魔物の質が、教師たちから聞いていたのとは明らかに違った。原因を調査するのは王子として当然だろう?森の周りは市街地だ。あんな魔物が森の外に出てしまったら大変だからな」


オスカーの優しい言葉と視線が胸に沁みて、更に涙が出てしまう。

「ああ……リリティア、そんなに泣いては目が溶けてしまうぞ。どうしたら泣き止んでくれる?お前の好物のケーキでも持って来させようか」

ハンカチで涙を拭いてくれるオスカーの手に、リリティアはそっと触れる。そして甘えるようにその手に頬を擦り寄せた。

「リ、リリィ……っ」

ボッと火がついたように彼の頬が赤く染まる。

リリティアはベッドから飛び出し、椅子に座るオスカーの膝の上に跨った。そして彼の体を抱きしめ──そのまま唇を奪う。

「……っ!?」

驚いて体を離そうとする彼の後頭部を押さえ、キスを深めた。喋る間を与えまいと何度も彼の唇を塞ぐ。

本能的に、オスカーを完全に落とさないと自分が破滅してしまうような気がした。攻略対象者の中で、一番権力を持っているのはオスカーだ。

もし聖女の力がなくなったと周りに知られた時、彼ならリリティアを守れるかもしれない。もうなりふり構っていられない。生き残るためなら自分は何でもする。

最初は戸惑っているだけだった彼が、次第にリリティアのキスに応え始めた。そして気づけばリリティアの体を強く抱きしめ、深いキスに溺れていく。


酸素を求めて唇を離した時には、互いの体は火照っていた。額同士を合わせ、震える声でオスカーにこいねがう。


「好き……オスカー様。好きなの……お願い、そばにいて。あれから怖くて、全然眠れないの」

「リリィ……」

「嫌われたと思ってたけど、違うんだよね?」

「嫌うわけないだろう」

軽くリップ音を鳴らして、彼に触れるだけのキスをする。

「それなら、お願い」

ちゅ、とまた一つキスを贈り、彼の瞳を見つめた。


「私を慰めて?」











夕陽に照らされてオレンジ色に染まる部屋に、ベッドで愛し合う二人の吐息が溶け込む。

「好きだ、リリィ」

「私も好き」


睦言を囁きながら、リリティアは王子の心を絡め取る。
今の自分にとって、頼れるのは権力だ。

彼らを虜にして、いずれこの国が邪神の対応に追われている隙に、どこか遠い国へ逃げよう。

皆で無事にこの国を出るためにも、あのモブ女だけは必ず潰す。



(ルカの中から消すために、ヴィオラには絶対に死んでもらうから──)





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