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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
194. 横取りしたのは誰② side リリティア
しおりを挟む「グランベアだ!」
「くそ!前衛を突破されたか!」
騒がしい音がする方へ視線を向ければ、数体の巨大な熊がキャンプ地に襲い掛かろうとしている。
獰猛な牙と爪で魔法士たちが張った結界を攻撃していた。
(何よあの化け物!あんな巨大熊に食べられて死ぬなんて絶対嫌よ!)
「マズいな。前衛の方に戦力を割いていた分、こちらは数が少ない」
「殿下!ここはどうか我々に任せてお逃げください!」
護衛たちがアイザックを背に庇うが、それを彼は必要ないと手を振る。
「あの魔物は私が引き受ける。その間に動ける生徒を学園に避難させろ。それから治癒魔法が出来る魔法士は全部医療班に回せ。一刻も早く怪我人を治して戦力を確保するんだ」
「主戦力の魔法士を下げるなど無茶です!結界を貼り続けて前衛が戻るのを待った方が──」
「いつ戻るかわからない者たちを待っていても仕方ない。籠城しているうちに魔物がどんどん湧いて追い詰められるだけだ」
「ですが……っ」
「くどい!あの魔物がここを突破すれば、今度は森を抜けて市井を襲うことになるんだぞ!多くの民が食い殺される危機だというのに、次期国王の私が逃げるわけにはいかぬ!!」
アイザックの覇気に、ビリビリと肌が刺激された。
その威圧感とカリスマ性に誰も口を開くことが出来ず、彼の命令に従って騎士たちが動き出す。
『ロックウォール』
アイザックの詠唱と共に、ものすごい地響きを立ててキャンプ地一体が岩壁に囲まれた。
行手を阻まれて怒り狂ったのか、グランベアが何度も突進して壁を壊そうとしている。
その衝撃で地震のように大地が揺れた。
「魔物を一匹たりとも市井に逃してはならぬ!!戦える者は私に続け!!」
「「「オオオオオオ」」」
士気を高められた者たちが、次々に王太子の後を追い、戦場に駆け出してゆく。
リリティアはその背を見送った後、逃げるように医療用テントに駆け込んだ。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「ルカ様……」
簡易ベッドに寝かされたルカディオは、治癒魔法士による治療を終えて命に別状はないが、出血が酷くて貧血状態のため、意識はまだ戻らないという。
魔力回復薬を飲んだリリティアは、ルカディオの手を握り、回復魔法をかける。そして今後の身の振り方について考えていた。
「どうしよう……どうすればいいの?」
完全に聖女イベントを失敗していることは自覚している。
精霊と契約できなかったのだから当然だ。浄化は精霊魔法であり、彼らの協力がなくては行使できない魔法なのだ。
(なんで会えなかったのよ。何でゲームと同じ行動を取っているのに、シナリオ通りにいかないの?)
本来なら今日、リリティアが聖女なのだと大々的に周知されるはずだった。
邪神によって汚染された黒魔石を浄化し、聖女の力でスタンピードを終わらせる。その功績が認められて国内外に聖女の存在を公表する予定だったのに、リリティアはその大事なイベントを失敗してしまったのだ。
騎士団と合流してから、攻略対象者たちと気まずくなった。魔物に囲まれた時、恐怖でいろいろと余計なことを口走った気がする。
あんなにリリティアにべた惚れだったオスカーたちが、移動中黙ったままでリリティアと目を会わせようとしなかった。ルカディオも相変わらず上の空だった。
(まずい、まずいわ。オスカーたちの好感度まで下がった気がする。どうしよう!)
聖女イベントを失敗したことで、他の生徒たちの見る目も懐疑的になっている。
『彼女は本当に聖女候補なのか?』
逃げ惑うリリティアたちを見て、歴史上の聖女との違いに疑問を感じたのだろう。遠巻きにヒソヒソと話す声を先程聞いてしまった。
(せっかく今まで頑張ってきたのに、すべてが水の泡じゃない!)
黒魔石を浄化できない限り、スタンピードは終わらない。
魔物は無尽蔵に沸き続ける。市井が血の海になるのも時間の問題だ。
「何なのよこれ……バッドエンドってこと?」
外の騒音と悲鳴がリリティアの恐怖を煽る。
こんなところで死にたくない。
魔物に食い殺されるなんて一番嫌な死に方だ。
浄化魔法を習得できていない時点で、リリティアがこれから起こる聖女イベントを成功させることは不可能だろう。
それならいっそのこと、ルカディオと駆け落ちしてこの国を出た方がいいかのもしれない。
オスカーたちはいろいろ貢いでくれるし、お姫様扱いしてくれるから居心地が良かったが、アイザックに目の敵にされるくらいなら、あの三人はもう要らない。
(でも駆け落ちするにしても先立つものが必要だわ。とりあえず王宮にある私の私物は全部売って現金化するとして、あとはこの場をどうやって逃げるかよね……)
アイザックが戦っている今、彼を置いて騎士たちが王宮に帰るとは思えない。
こんなことになるなら、治癒や回復魔法以外も覚えれば良かった。今のこの時になって、リリティアは初めて魔法訓練をサボったことを悔やんだ。
「……そういえば、セナはどこに行ったんだろう」
必死で気づかなかったが、逃げる時セナは初めからいなかった気がする。まさか──リリティアたちを逃すために一人であの場に残ったのだろうか?
セナの魔法があれば、この国から逃げられるかもしれない。問題は彼をどうやって説得するかだ。
それに、アイザックの目を誤魔化すためにオスカーの力も必要かもしれない。
あの男は危険だ──
「……うっ」
「……ルカ様?」
「ぐっ……うぅっ」
ルカディオが魘されている。
何かを求める様に、彼の手が宙に浮いた。
リリティアはその手を握りしめ、彼の額に滲んだ汗をハンカチで拭き取り、愛しい彼に呼びかける。
「ルカ様」
「……くな……行く……な」
「ルカ様っ、私はここにいるよ。大丈夫。傷は全部治してもらえたから、目が覚めたら一緒に帰ろう?」
守ってくれてありがとう。
生きていてくれてありがとう。
(やっぱりルカは、私の最推しだわ)
彼が愛しくて仕方ない。
自分はきっと、彼と幸せになるために転生したのだ。
そう確信したその時───耳を疑う言葉を拾った。
「ヴィオラ……俺を捨てないでくれ……っ」
閉じたままの瞳から流れる彼の涙を見て、リリティアの表情が抜け落ちた。
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