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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

189. スタンピード③ side クリスフォード

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「は? バジリスクがいるだと? Aランクの上に毒持ちじゃねえか。生徒たちは無事か!?」


通信機でジルとジャンヌから索敵結果の報告が入った。
森の中心部にはやはり高位の魔物がいるらしい。

『バジリスクは倒したけど、生徒が数人噛まれて動けない。早く解毒剤飲ませないと危ないよ。エイダン様たちはまだ?』

「さっきアイザックから現地に到着したって連絡きた。そっちに向かうよう指示するから目印出しといてくれ」

『御意。狼煙上げとく』

『ノア様、こっちにも治癒魔法士を派遣してください。ゴブリンの群れとの戦闘で怪我人が多くて、治癒係の生徒だけでは手が足りないです。とりあえず群れは全滅させて、怪我人を一箇所に集めて結界張っときました。まだ奥に魔物がいるので、私はこのまま討伐を進めます』

「わかった。そっちも狼煙上げといてくれ。応援も向かわせるから一人で無理するなよ」

『御意』


王太子への指示を終え、ノアとマルクは眉根を寄せて嘆息する。

「この短時間でおよそ数百か……既に中規模まで拡大してるな」

「生徒たちも健闘してますけど、数が多すぎて追い付かない。実戦デビューでこれはキツイでしょうね。恐怖で心が折れる子もいるかもしれない」

クリスフォードとヴィオラは怪我をした生徒たちを水魔法で治癒し、避難を終わらせた。大体の生徒はその場に残らず、真っ青な顔をして逃げだしていく。


「──誰も残らないじゃん。ずっと魔力封じられてハンデがあった僕らより弱いってどういうことなの?」

「お前たちの先生が素晴らしいからだろ」

クリスフォードの師は二人。闇魔法はジルに、無属性魔法や魔力コントロールはノアに習った。

「うわ、すごいドヤ顔」

「事実だからな」


そんな軽口を叩いていると、一息入れる間もなく犬の遠吠えが聞こえ、マルクが眉根を寄せた。

「ノア様……今の、魔狼じゃないですか?」

「面倒くさい奴らが出てきたな。俺たちを狩るつもりか」

「また新しいの来たの? これじゃキリがないよ。早く湖に行って浄化しよう。ヴィオはまだ魔力余裕ある?」

「うん。大丈夫」

「決まりだな、魔狼を撒くぞ。お前たちに匂い消しの結界を張るから、今すぐ足に身体強化の魔法をかけろ。そして湖に向かって走るんだ────よし、行け!」

ノアの合図で走り出すのと同時に、草むらの揺れる音が四方から聞こえる。どうやら魔狼の群れが既に近づいていたらしい。

マルクを先頭に一列で森を走り抜ける。
途中で飛びかかってきた魔狼は四人で連携して排除した。

何とか敵を振り切り、そのまま足を進める。
そしてしばらく走ったその先に——


「ルカ様! セナ様! やっぱり私を助けにきてくれたのね!」 

前方に魔物と対峙している偽聖女たちの姿が見えた。後ろでヴィオラの足が減速したのに気づき、振り返る。

そこには真っ青な顔色で恐怖に囚われている妹がいた。


「ヴィオ!」

一番後ろを走っていたノアがすぐに気づき、ヴィオラを横抱きにして進行方向を変えた。クリスフォードとマルクもそれに続く。

鼻につく偽聖女の悲鳴に、腸が煮えくり返りそうだ。そのまま魔物に殺されてしまえばいい。そんな殺意まで湧いた。

木の背に隠れて彼らから距離を取り、様子を伺う。

ノアの腕の中にいるヴィオラを見れば、冷や汗をかきながら震えていた。


ルカディオの顔を見たのは、あの男が不貞をしたあの夜以来だろう。悪夢のこともあって尚更トラウマになっているのかもしれない。

ルカディオがオルディアン邸に押し掛けてきた時は、今のように動揺して過呼吸を起こしたと聞いている。

(とてもじゃないけど会わせられない)

「……マルク様、アイツらを追い返すの手伝ってもらえませんか?」

クリスフォードの頼み事にマルクが頷く。

「俺のこともマルクと呼び捨てでいいですよ。さっさとアイツらをヴィオラ様の視界から追っ払いましょう」

「僕が魔物たちを一纏めにするんで、また秒殺してもらっていいですか?」

「了解です。俺は臨時教師として彼らと面識があるんで、救助を装って引き離しますよ。貴方は彼らに姿を見せない方がいい」 

「わかりました。じゃあ影を通って彼らの死角から魔物を捕縛します──シャドウ」


詠唱と共に自分の影に潜り、影の道を通って対象に近づく。

彼らはオークとゴブリンに囲まれて身動きが取れないようだ。第二王子たちは魔力不足なのか、肩で息をして防戦に徹している。

ルカディオとセナの二人が戦力となって蹴散らしているが、苦戦している。それは無理もない。

オーク一体でも二メートルを超える巨体で強靭な筋肉を持つ魔物だ。それが複数いる上に、その倍以上のゴブリンに囲まれ、セナとルカディオだけでは捌ききれないだろう。

あのままでは完全に詰みだ。
しかも──


「いやあああぁぁぁ! 死にたくないぃぃ!」

「リリィ! 頼むから静かにしてくれ!」


あの耳障りな甲高い声が更に魔物を引き寄せているんだから、目も当てられない。

(あの阿婆擦れ、ホント存在してるだけで迷惑な奴だな。邪魔だから早く視界から消えてくれ)


彼らの死角から地上に出て上位の水魔法を詠唱する。

『アクアトルネード』

魔法陣が光ると、発現した水が竜巻のように渦を成し、魔物たちを次々と飲み込んでいく。

視界に映る全ての魔物を飲み込む頃には巨大な水柱のようになり、その中で魔物が酸素を求めてもがいていた。


そしてその水柱を複数の円刃が切り刻み、水が引いたその場所には大量の肉片が山積みとなった。

その光景に唖然と立ち尽くす彼らを叱咤する声。
臨時教師に姿を変えたマルクだ。


「お前たち! ボサッとしてないで今のうちに逃げろ!」

「先生!」

「スタンピードが起きて訓練は中止だ! 騎士団と魔法士団が救援に来ている。早く彼らと合流して指示に従いなさい!」

「わ、わかりました!」


偽聖女を抱えて第二王子たちが走り去る。
だがその場に立ち尽くす者が一人。


「……クリス?」


こちらに驚愕に満ちた視線を向け、その名を呼んだ。 


(あ~あ、気づかないフリしてくれたらよかったのに)


どうやらセナには正体がバレたらしい。

察しのいい友人への言い訳を考えるのが面倒で、クリスフォードは大きなため息を一つこぼした。










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