私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

173. 聖女イベント

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「ちょっと、ヴィオラを守るのは僕の役目でもあるんだけど? 一人でいいところ全部持っていこうとしないでよ」

「……応援してくれるんじゃなかったのか」

「それとこれとは別。手柄の独り占めはよくない」

「そうですよ! 私だってヴィオラ様の味方です!」


ノアを引き剥がしてヴィオラを抱きしめてくるジャンヌと、文句を言い合う兄とノア。

張り詰めた空気が一気に離散し、和やかな雰囲気にヴィオラは思わず笑みをこぼした。


「ね、言ったでしょ。ヴィオは一人じゃないよって。皆が側にいるよ。怖くなったら僕らを頼ればいい。助けてって言えばいい。大抵のことはノアが何とかしてくれるから」

「他力本願か!」

「ヴィオを守るためなら何でもしてくれるんでしょ?」

「当たり前だ」

「良かったね、ヴィオ」

「うん。ありがとうございます」

「ヴィ、ヴィオラ……俺も不甲斐ない父親だが、お前を守ると誓おう」

「はい。ありがとうございます。お父様」





正直、まだ恐怖は消えない。
まだあの悪夢に引きずられている。


それでも、自分が負の感情に支配されるたびに、こうして彼らが引き上げてくれる。

一人じゃない。

この世界はゲームなんかじゃないのだと、何度も彼らが教えてくれる。

弱くて情けない自分でも、助けを求めていいのだと、ありままの自分を受け入れてくれる。


彼らが味方でいてくれるなら、何度踏みつけられても、心が壊れそうになっても、何度でも立ちあがろう。

生き延びるために、今の自分はゲームの中のヴィオラではないのだと、周りに行動で示すしかない。


あの偽聖女がいる限り、

イザベラと邪神がいる限り、


ヴィオラがゲームシナリオから逃げるには、本当の聖女は自分だと証明するしかないのだから──







ヴィオラの夕食後、改めて皆が集まり、状況を整理する。


「──つまり、あの偽聖女もそのゲームとやらの知識があるってことか?」

「うん。だから初対面の時、僕に何で生きてるんだ?って言ってきたらしいよ。ゲーム内の僕は幼少期にあのクソババアに殺されてるらしいから」

「な……っ」


クリスフォードの言葉にエイダンが驚愕する。

そして、そうなっても仕方なかった過去の自分の過ちに顔を歪め、何も言えずにそのまま俯いた。


「でも、ヴィオラとクリスが聖女と聖人に選ばれてる時点で、ゲームの内容とは違ってるんだよな?」


ノアに尋ねられ、ヴィオラは頷く。

「本来ミオの魂は、リリティアの体で転生するはずだったと女神と精霊が言っていました。彼女は全属性の魔力に適応する器の持ち主だから──」

「それが邪神に邪魔されて、急遽ヴィオが選ばれた。でもヴィオの体は全属性の魔力に適していない。だから負担を軽減するために、双子の僕にも加護を与えた」


光と闇の魔力、そして精霊の加護が女神の与えた聖女の力。神聖魔法を継承するための素質となるもの。

その力をヴィオラとクリスフォードが受け継いでいる。


「偽聖女の魔力が弱いのは、精霊と契約していないからかもな」

「でしょうね。精霊魔法を使うには、子供の頃に契約して成長と共に彼らと精神を繋げる必要がある。今の年齢から精霊と契約するのは無理でしょうね」

「ああ、ノアとジャンヌは精霊付きの魔法士なんだっけ?」

「ノア様はそうですが、残念ながら私は違います」

「ノアの精霊はどんなの?」

「俺は火の精霊イグニスと契約している。バレンシアに来てから召喚したことはないから、もう随分会っていないな」

「へえ! カッコいいね!」

「お前の契約精霊の方が上位の精霊だぞ?」

「そうなんだ? でも僕らは幼い頃に数回会っただけだから、あまり実感ないんだよね」




精霊──

そうだ。ゲーム内のリリティアは子供の頃に光と闇の精霊と契約して、魔力が増加する。

そして少年のルカディオと出会い、彼の命を救うために聖女の力が目覚め、魔物を浄化するイベントがあった。

その出会いがきっかけで、ルカディオを通して攻略対象者たちと交流を深めるのだ。今の彼女を取り巻く環境を見れば、リリティアが忠実にゲームイベントをこなしてきたことがわかる。

でも進んでいるのは恋愛パートだけで、肝心の聖女の力を手に入れられていない。そして今後もその力が開花することはない。


だから多少強引にでもヴィオラを悪役令嬢に仕立て上げようとしているのだろうか。

(あんなに私を睨んでいたのは、私が悪役令嬢として機能していなかったから?)


だがヴィオラが婚約解消した今、リリティアとルカディオの仲を遮るものはない。もしあるとしたなら、彼女に懸想している攻略対象者たちだろう。

ヴィオラ悪役令嬢が学園から去ったあとは、誰がルカディオルートの悪役になるのだろうか?

それに、ヴィオラの断罪までに聖女の力が強まる修行イベントがいくつかあったはず。浄化魔法を使えないままで、リリティアはそのイベントをどう乗り切るつもりなのだろう。

そこでふと気づく。



「あ……」

「どうしたの? ヴィオ」

「お、お兄様……どうしよう」

「また何か思い出したの?」


頷きながら現状の危うさに身震いした。

修行イベントで、これから王都近郊に魔物の氾濫が起きるのだ。ヒロインは攻略対象者たちと討伐に行き、魔物が生み出される黒魔石の存在を突きとめる。

その魔石がある限り、魔物が無尽蔵に湧き出て瘴気を吐き散らすため、ヒロインは聖女の力で黒魔石を浄化する。


その浄化された魔石はアーティファクトの姿を取り戻し、ラストで邪神を封じるために必要なキーアイテムとなる。


だが、それはゲームの中の話。

現実は、この世界に浄化魔法を使える人間がいない。

ヴィオラとクリスフォードは行動制限により、光と闇の魔法を熟していないのだ。


そのため、誰も黒魔石を浄化できない。




それはつまり、このままいけば確実に、

王都にスタンピードが起こるということだ。



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