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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
168. 婚約解消① side クリスフォード
しおりを挟む「お願いします!ヴィオラに会わせて下さい!」
「いい加減にしてくれないか。もう君に会わせるつもりはないと言っているだろう。今後の話は当主同士で行うから今すぐ立ち去りなさい」
「伯爵……っ」
「帰れ」
エントランスには渦中の人物がいた。
顔は見えなくとも、父の背中を見れば激怒しているのがわかる。その後ろに立つジャンヌも、凍てついた瞳でルカディオを見ていた。
舞踏会の夜、気を失ったヴィオラは三日間も目を覚まさず、ずっと魘されてどんどん衰弱していった。そんな事態に陥った元凶が目の前にいるのだ。
クリスフォードも怒りで目の前が真っ赤になる。
そして、声に威圧を乗せて目の前の男にぶつけた。
「何しにきた、ルカディオ」
「クリス……っ」
「よく僕らの前に顔出せたな」
あの夜に何が起きたのか、ノアからは聞いていた。
温室でルカディオが何をしていたのかも、ノアが魔道具で記録した映像で確認し、怒りに震えた。
しつこく再構築を迫っておきながら、結局不貞を犯した男。
ヴィオラは学園を休学すると同時にルカディオと婚約解消をするつもりでいたが、こんな最悪な形で幕引きになるとは思わなかった。
イザベラからルカディオを守るために別れを決意し、苦しんでいたヴィオラの時間は、一体なんだったのか。
ヴィオラを大事にすると言いながら、結局は偽聖女を愛していたなんて、どれだけヴィオラをバカにすれば気が済むのか。
だったら最初から半年前に婚約解消していればよかったのだ。
そして本気でヴィオラを愛しているノアと婚約すれば良かった。そうしていたらヴィオラもノアも、あんなに傷つかずにすんだのに。
「クリス……俺、舞踏会の時、なんであんなことになったのかわからなくて……俺は、ヴィオラを裏切る気なんかなかったのに」
「はっ、あんな熱烈に他の女に愛を囁いてキスしまくってた奴が、今更何言ってんだよ。しかもヴィオラを呼び出して見せつけるとか……お前ら最低のクズだな」
「ちがっ……あれはそんなつもりじゃなくて! 本当に俺は、温室でヴィオラを待ってたはずなんだ! なのに何故かリリティアがいて……」
「へえ、突然記憶喪失にでもなったわけ? 随分と都合のいい頭をしてるんだな。まあ、その言い訳が本当だったとしても結果は変わらない。お前とオルディアン伯爵家の縁はこれまでだ。ヴィオには二度と会わせないからさっさと出ていけ」
「クリス!」
なおも言い訳を主張しようとする男の顔を、クリスフォードは我慢できずに殴り倒した。
背後で使用人たちの悲鳴が聞こえる。
「クリスフォード様っ」
ジャンヌの制止もお構いなしに、クリスフォードは倒れたルカディオの胸倉を掴み、抑えきれない怒りをぶつけた。
「お前のせいで! ヴィオラが今までどれだけ傷ついてきたと思ってんだ!! 五年以上だぞ!! いつまでも被害者面して、勝手な妄想でヴィオラを悪者にして逃げやがって!! 何がヴィオラを守る騎士になるだよ! 何が自分だけはヴィオラの味方でいると誓うだよ! 誰よりもお前が一番ヴィオラを傷つけてるじゃないかっ……このクソ野郎が!!」
「ぐっ」
バキっと再び鈍い音が響き渡る。
「クリスフォード様!もうやめてください。貴方の手まで負傷します」
ジャンヌがクリスフォードの手首を掴んで止めた。
ルカディオは倒れたまま片手で目元を覆い隠す。そして震える声で、押し殺すように呟いた。
「こんなはずじゃ……なかったんだ……ほんとにっ」
「……だから何だ。お前は不貞を犯した。ヴィオラを守るという僕との約束を破った。それが事実だ。契約違反により、婚約は解消。不服があるなら裁判だな。こっちにはお前の不貞の証拠があるんだ。負ける気はしないよ」
「なんでそんなものを用意周到に持ってんだよっ。おかしいだろ! 俺をずっと監視してたのか!?」
「接近禁止のはずの殿下の誘いを受けたんだぞ? 怪しんで当然だろ! こっちは散々難癖つけられてんだ。罠だと思ってヴィオラを守ろうとして何が悪い! ヴィオラを迎えに行ったら、お前がたまたまあの女と乳繰り合ってただけだ。逆切れするな」
「……っ」
「はあ……ルカディオ、クリスの言う通りだ。もう帰ってくれ。婚約解消は温情だということを忘れるな。こちらは君の有責で婚約破棄できるカードを持っている。父親とよく話し合いなさい」
そう言って父はルカディオに背を向けて執務室に向かった。
「待って下さい、伯爵!もう一度チャンスを下さい!」
「しつこい。帰れ」
「頼むよクリス!」
「お客様がお帰りだ。お見送りよろしく」
使用人たちにルカディオを追い出すように指示し、クリスフォードも父の執務室へと向かった。
背後でルカディオが叫んでいたが、一切反応しなかった。
(言い訳ばかりで、結局謝罪もなかったな)
今もまだ被害者気取りで、自分がヴィオラを傷つけた加害者側である自覚がまるでない。
その幼稚さと視野の狭さに、幼少の頃とあまり成長してい
ないあの男の精神に嫌気がさす。
いつも自分が優先なのだ。
いつでも自分のことを察して理解してもらうことしか考えていない。
ヴィオラがひたすらにルカディオを愛し、尽くしてきたのを知っているから、本人にさえ会えば最後は許してくれると信じてる。
その甘えた思考が何よりも許せなかった。
その裏で、ヴィオラがどれだけ苦しんで涙を流してきたか、その重さをあの男はわかっていない。
ヴィオラの苦しみよりも、自分が苦しいことの方が耐えられないのだ。
「そんな男に、ヴィオラを渡せるわけないだろ」
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