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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
157. 記憶と違う彼
しおりを挟む「き、綺麗だな……ヴィオラ」
「あ、ありがとう……」
玄関先で頬を染めながらギクシャクしている二人。
そんな甘い雰囲気の二人に、クリスフォードの鋭い声が刺さる。
「脳筋が何モジモジしてんの? キモイんだけど」
「う、うるさい!」
「ヴィオが綺麗で可愛いなんて、昔からデフォルトだろ。お前が今まで見逃してただけだ。バーカ」
「お前のシスコンだってキモイだろうが!」
「いいから早く行けよモジ男」
二人の言い合いが子供の頃を思い出させ、ヴィオラは思わず吹き出してしまう。
(なんか……懐かしい)
ヴィオラの自然な笑顔にルカディオは頬を染め、クリスフォードはそんな幼馴染の姿を見て、複雑な表情を浮かべていた。
そして、後方に黙ったまま立っているノアに視線を送る。
そこには視線を落として暗い表情をしたノアがいた。エイダンもまた、気まずそうな顔をして立っている。
今のノアの胸中を、ヴィオラとルカディオ以外の皆は知っていた。
「ほら、ぐずぐずしてると舞踏会に送れるよ。早く出発しよう」
クリスフォードに促され、ルカディオとヴィオラ、ジャンヌがフォルスター侯爵家の馬車に乗り込む。
クリスフォードとエイダン、ノアはオルディアン伯爵家の馬車に乗り、王宮へと向かった。
半年ぶりに目にした王宮は、王太子の誕生を祝して色とりどりのキャンドルやランタンでライトアップされていた。
夜空に煌々と輝く満月も相まって、幻想的な景色を生み出している。
(キレイ……)
やはり入場口までは沢山の視線を集めた。中には悪意の籠った視線を投げてくる者もいる。
だが一度デビュタントで経験しているのもあり、あの時ほどの緊張感と恐れはなかった。
それは、自分をエスコートしてくれるルカディオが隣にいてくれるからなのか──
ふと隣を見上げると、ヴィオラの視線に気づいたルカディオと目が合う。
すると僅かに頬を染め、照れくさそうにルカディオが微笑んだ。たったそれだけなのに、泣きそうになるほど胸が熱くなる。
潤んでしまう目元を見られたくなくて、ヴィオラはすぐに視線を逸らした。
冷たく突き放す彼ばかり見て来たせいで、未だにルカディオの優しさに慣れない。
ヴィオラの記憶に残る優しいルカディオは幼い少年のままだ。隣の男性と記憶の中の彼は、体格も声も違う。
自分の手に添えられた大きな手は、ゴツゴツとした剣だこのある男らしい手で、触れられたそこから熱が広がっていくような錯覚を覚える。
頬が熱くなっているのが自分でもわかった。
もしかして、本当にまた好きになってくれたのだろうか。
いや、そんなことはない。
もう期待なんかしない。
そんな相反する思考がヴィオラの頭を占める。
良くない兆候だとヴィオラは必死に自分を落ち着かせた。
魔力を乱されることがないよう、今夜も壁の華に徹しようと心に決める。チラリと後ろを見ると、すぐ傍にジャンヌがいた。
ヴィオラの不安を感じ取ったのか、笑みを浮かべて小さく頷く。そして彼女の肩越しに父と兄、ノアの姿が見える。
二人は笑顔を向けてくれたものの、なぜかノアは悲し気に瞳を揺らしていた。
(ノア様……?)
「ヴィオラ、前を向いて歩かないと転ぶぞ」
「え? あ、うん……」
ルカディオに促され、前を向く。
ノアの表情が気になったが、アナウンスの後に入場した際の熱気と、多くの視線に気が逸れた。
表情が強張り、思わずルカディオの手をギュッと握りしめる。
「大丈夫だ。俺がついてる」
優しく手を握り返してくれるルカディオに、再び胸を高鳴らせながら、ヴィオラは会場の中へと歩みを進めた。
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