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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
155. 過去のトラウマ
しおりを挟む「イザベラが帝国に!?」
「あのクソババア、やっぱり生きてたんだ」
オルディアン伯爵家のサロンに、エイダンの驚愕の声とクリスフォードの冷たい声が響いた。
(お義母様が……生きている……)
ヴィオラは青褪め、自らの体を抱きしめて小さく震える。
物心ついた頃から、悪意と殺さんばかりの殺気を向けてきた恐ろしい女。
煙のように姿を消したと聞いて、ヴィオラは内心ホッとしていた。もう彼女に虐げられることはないのだと、嬉しくて泣きそうになったくらいだ。
それが、今になって現れるなど──
「帝国では団長のレオンハルトや、部下のザックが邪神教と魔草の密売ルートをずっと追っていた。イザベラは今回の潜入捜査の場に姿を現し、ザックに同行していたアルベルトと再会して激昂したらしい。結果、イザベラはザックとアルベルトに重傷を負わせた」
「アルベルトが……」
エイダンが呆然と呟く。
(アルベルトって……確かお父様の元義弟だった人よね……)
ヴィオラは数年前に帝国で会ったアルベルトを思い出す。
父と同じ黒髪にアメジストの瞳を持つ美形の男だった。確かオルディアン伯爵家を追放後、帝国の商人になったと聞いている。
「あの女は火属性の魔力を持っていたが、せいぜい中級魔法くらいしか使えなかったはずだ。それなのになぜ……」
魔法士にすらなれない中途半端な女が、帝国魔法士団の幹部に重傷を負わせたという事実が信じられない。エイダンがそう言うと、ノアが眉間に皺を寄せながら答えた。
「どうやら魔法障壁を容易く通過する火を放たれたらしい。通常の火魔法ではなく、黒炎だったと──」
「黒炎? 闇属性ってこと?」
クリスフォードの問いにノアは首を横に振る。
「いや、そもそも魔法障壁は魔力によるものだから、闇属性であっても通過するなどあり得ない。それが可能ということは──イザベラの力が魔力ではなく神力によるものだからだろう」
「「「!?」」」
(神力……魔力では防げない力……)
それをイザベラが手にしている。
一体どういうことなのか。
「アルベルトたちの容態は?」
「うちにも優秀な治癒魔法士がいるからな。今は回復しているそうだ」
「なんでクソババアは攻撃したの?」
「アルベルトがイザベラを見て罵詈雑言を浴びせたらしい。彼はあの女に対して相当な恨みを持っているみたいだからな」
「それはそうだろう……アルベルトもイザベラに幻覚草を盛られ、人生壊されたようなものだからな……」
「みたいだな。今もあの女を殺してやると恨み言を口にしているらしい。それを彼の妻が必死に止めている」
「馬鹿な……アイツは魔力がないんだ。丸腰でイザベラと対峙したって殺されるのがオチだろう」
エイダンが険しい顔をしながらため息をつく。
そしてヴィオラは怒りが込み上げた。
(あの人は、どれだけの人の人生を踏み躙ってきたのだろう)
ヴィオラたちの実母であるマリーベル。
父親のエイダン。
自分と兄のクリスフォード。
そして父の元義弟であるアルベルト。
少なくとも五人の人生を壊している。
きっと他にもいるのだろう。
そんな悪魔みたいな人間に、神力を与えた者がいる。
想像しただけで悪寒が走る。
あの悪意に塗れた女が、自分たちを見逃すだろうか。
力を手にしたことで、また執拗に自分たちを狙ってくるのではないか。
恐れを感じて震えるヴィオラの手を、兄が握りしめる。
「ヴィオ、大丈夫だよ。もしあの女がまた目の前に現れたとしても、僕らはもう一方的に傷つけられることはない。反撃できるだけの訓練を重ねてきただろう? 僕だって体が丈夫になった。今度は僕があの女に鞭打ちをお見舞いしてやるさ」
不敵に笑う兄を見て、ヴィオラはフッと笑みが溢れた。
本当にその通りだと思った。
自分たちは国を脅かす脅威に立ち向かうために訓練をしてきたのだ。今の自分は、昔の鞭を打たれるだけの弱い自分とは違う。
邪神はイザベラよりも遥かに強敵なはずだ。彼女に負けていては、邪神を封じることなど到底無理だろう。
(それに、今の私は一人じゃない)
兄のクリスフォードがいる。
ノアとジャンヌがいる。
当時無関心だった父も、今は自分の味方だ。
「うん、そうね。私も負けない、もしあの人がまた現れても、今度は私も戦うわ」
ギュッと拳を握りながら決意を露わにすると、ノアが優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。ヴィオラのことは俺たちが守るから」
「そうです。私もその不届者に鞭打ってやりますよ!」
「ジャンヌって鞭似合いそう」
「それは褒め言葉ですか? クリスフォード様」
「う、うん。かっこいいだろうなって」
「そうですか。そういうことにしておきましょうか」
ジャンヌの笑顔の圧に失言を悟った兄は、居心地悪そうに身をすくめる。年上のお姉さんに叱られた子供のようだ。
思わずクスクスと笑ってしまった。
先程までの緊迫した空気が和み、ヴィオラの体の震えもいつのまにか止まっていた。
だがエイダンだけは、冷や汗が止まらない。
込み上げる嫌悪感で膝の上に置いた拳が震えている。
この場にいないはずなのに、あのドロリとした激しい恋情を灯した瞳が、自分を見ているような気がした──
ヴィオラたちの見えないところで、
舞台は静かに、ゆっくりと整っていく。
「ああ……待ち遠しいわ。早くみんな墜ちてくれないかしら」
暗闇で笑う赤い唇。
「エイダン様、早く会いたいわ」
そして、物語が動き出す。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
短編新作
『勇者のハーレム要員など辞退します』が連載始まりました。
過去作と世界観が似ており、IFストーリーな感じですが暇つぶしに読んでいただけたら嬉しいです。
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