私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

143. 揺らぎ

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 長い夏季休暇が終わり、学園生活が再開した。

 予想通りあの舞踏会から女生徒のヴィオラを見る目が変わり、刺々しい視線が増えたように感じる。

 向けられる敵意に身が縮む思いだが、兄やノアたちのフォローで事なきを得ていた。

 そんな学園生活にも慣れたある日の放課後──


「ヴィオラ……」

 名を呼ばれて振り返ったヴィオラは固まった。教室の扉の前にルカディオがいたからだ。


「ヴィオラ、話があるんだ。少し時間をくれないか?」


 睨むでもなく、冷たく当たるでもなく、真面目な顔で話しかけられ、ヴィオラは動揺した。

 婚約解消の手続きを進めている今、一体自分に何の用なのか? また傷つけられるのではないかと思うと、なかなか声が出なかった。

 何か返事を返さなければと焦り、口を開けたその時、ルカディオから隠すように三人の背中が視界に映った。


「却下。今更何の用だよ。こっちは話すことなんかない。帰れ」

 クリスフォードがにべもなく断り、ルカディオを睨みつける。ノアとジャンヌも同様に、冷たい視線をルカディオにぶつけた。


「クリス……」

「もうお前は幼馴染でも友達でもない。僕を愛称で呼ぶな」

「……っ」

 クリスフォードの拒絶に、ルカディオが傷ついたように顔を歪めた。


「──俺が悪かったのはわかっている。ヴィオラと俺は今までまともに会話をしなかった。だから今からちゃんと向き合いたいんだ。話を聞きたい」

 今までになく冷静に返してくるルカディオに、ヴィオラとクリスフォードは目を見張った。

「俺にずっと伝えたかったことがあるんだよな? それを聞かせてくれないか? ヴィオラ」


 懇願するように、まっすぐこちらを見るルカディオに対し、ヴィオラはもう素直に喜べなくなっていた。

 幾度となく向けられた冷たい視線。

 こちらが何度懇願しても、聞く耳持たずに拒絶され、向けられた背中。


 ──今更。

 それでも、同時に浮かび上がる感情は、

 ──やっと振り向いてもらえた喜び。


 そんな自分が嫌になってしまう。どうしてルカディオはこれほどにヴィオラの心を乱すのか。

 今まで通り無視して、さっさと婚約解消届にサインしてくれたらよかったのに。

 早くこの恋を終わらせたいのに──


「頼むよ、ヴィオラ」

「──お前、一人か? お前の大事なお姫様はどうした?」

ヴィオラの代わりにクリスフォードが口を開く。

「……一人だ。第二王子殿下がついているから問題ない」

「話し合いなら僕も同席する。それが絶対条件だ」

「クリス!?」

 ノアが焦ったような声を出す。


「もちろん、話し合いに応じるかはヴィオラ次第だよ。声を荒げたり、まともな会話が出来なくなった時点で即終了。それでいい?」

「ああ。それで構わない」

「だってさ、ヴィオ。どうする? もちろん断ってもいいよ。もうコイツの件は父上に任せたんだから応じる必要もない。ヴィオが決めたらいいよ」

 兄がヴィオラの前に選択肢を並べる。

 このまま本人の話し合いもなく関係を終わらせるか、一度ルカディオに言いたいことをぶつけて終わらせるか。

 悔いのない方を選べと言っているのだろう。

 ルカディオに視線を向ければ、逸らしもせずにずっとこちらを見ている。こうしてちゃんと見つめ合うのは子供の時以来かもしれない。

 それほどに、自分たちには距離ができてしまった。


「わかった。話し合いに応じるわ」

「ヴィオラ、大丈夫なのか?」

 ノアとジャンヌが心配そうにこちらを見ている。ヴィオラはそれに対し、大丈夫だと言い聞かせるように笑顔を向けた。












 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

「俺たちはここに立ってるから、何かあればすぐに呼べ」

「わかった」


 ノアとジャンヌを置いて、ヴィオラたちは裏庭のガゼボに座った。円卓を囲み、ヴィオラの斜め横にクリスフォードとルカディオがそれぞれ向かい合わせで座る。

 こうして三人で同じ空間に座っているのが信じられない。

 クリスフォードは今のところ口を挟む気はないらしく、先程から黙ったままだ。ヴィオラも自分から話す気になれず、口を閉じていた。

 無言の時間が流れ、木々が風に揺れる音が聞こえる。


「婚約解消の話、聞いた」

「……うん」

 いきなりの本題で驚いたが、ヴィオラはそのまま頷く。


「本気なのか?」

「ええ」

「なんで……っ」


 ──なんで?

 (どうしてそんな言葉が出てくるの?)


 ずっと正面の景色を眺め、ヴィオラはルカディオと視線を合わせようとしなかったが、この発言を聞いてルカディオの目を真っ直ぐ見た。


「ルカはもう忘れてしまったの? 私たちの婚約は政略で結ばれたものじゃないわ。どちらかの気持ちが消えたら終わりなの。ルカは私以外の人に心を移した。だから私はルカとは結婚できない。それが理由よ」

「──リリティアとは何もない。ただの世話役だ」

「──そう。ルカが認めなくても、答えは変わらないわ。貴方とは結婚しない。だから早く……解消届にサインをしてください」   


 声が震える。

 やっとまともに話せた内容が婚約解消の話だなんて、悲しくて、虚しい。もう早く終わらせたい。


「ヴィオラ……頼む、俺にチャンスをくれないか?」

「え……?」

「は?」


 ヴィオラの戸惑いの声と、クリスフォードの怒気が混じった声が重なる。


「俺は婚約解消したくない。もう一度、ヴィオラを振り向かせられるよう努力するから、チャンスが欲しいんだ。それでダメなら──諦めるから。頼むよヴィオラ……っ」


 泣きそうな顔で懇願するルカディオに、ヴィオラの決意したはずの心が揺らいだ。








                




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