私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

142. 約束を破ったのは side ルカディオ

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それは、夏季休暇が終わる頃だった──


「ルカディオ、話がある」


騎士団の訓練後、団長のレイガルドに呼ばれたルカディオは、共に彼の執務室に向かう。

部屋に通され、応接セットのソファに向かい合わせに座り、彼の言葉を待った。

いつもと違い、難しい表情を浮かべる彼を見て、あまりいい話ではないのだろうと察する。

魔物が発生したか、もしくは父親がらみの厄介ごとだろうかと目星をつけていると、彼の思わぬ発言にルカディオの思考が停止した。



「オルディアン伯爵からダミアンに、お前とヴィオラ嬢の婚約を解消したいと打診があった」

「────は?」


急な話にルカディオの理解が追いつかない。

「理由は、真にヴィオラを愛している男にしか嫁がせるつもりはない。と言われたらしい。──お前、心当たりあるよな?」

「…………」

「お前、聖女候補に懸想しているらしいな? 子供の頃から文通しているのも知っている。本来ならお前の有責で破棄になっても仕方ないところを、解消で済ませてくれるそうだ。慈悲に感謝しろ」

「感謝……? なんで……先に裏切ったのはヴィオラの方だ!! ヴィオラが浮気したんだ!!」

「本人に事実確認をしたのか?」

「え?」

「エイダン様も、お前の誤解を指摘していたよ。あちらは事実無根だと証明できるらしいし、誤解を解くために話し合おうと五年前からずっとお前に面会の打診をしていたと言っている。お前はオルディアン伯爵家からの手紙を受け取っているはずだ。騎士団に配達記録が残っているから言い逃れは出来ないぞ」


まるで取り調べを受けている容疑者にでもなった気分だった。顔から血の気が引き、膝に置いた手が震える。

「──読んでいないのか?」

レイガルドの問いに、ルカディオは頷いた。
すると大きなため息を吐かれる。

「ダミアンからその時の話を聞いて、当時のお前が不貞に関して過敏になっていたことは容易に想像できる。エイダン殿もお前の精神状態を考慮して、ずっと見守る立ち位置を保っていたらしい。だが学園入学後のお前の行動は目に余ると言っていたそうだ」


入学後、ルカディオはヴィオラを邪険にした。ノアの存在に嫌な記憶を掘り起こされるのが嫌だった。

不愉快になるからヴィオラとは会いたくなかったし、そんな時間があるならリリティアの側にいたかった。

自分のその行動のせいで、ヴィオラが婚約者に愛されていないと噂されて嘲笑されていても、自業自得とさえ思っていた。

もしヴィオラの浮気が誤解なら、クリスフォードがルカディオに敵意を向ける理由も理解できる。


「誤解……? でも俺はこの目で見て……」

「捻挫して歩けないヴィオラ嬢を、護衛が邸まで運んでいただけらしいぞ。当時の診断書もあると言っている」

「そんなものっ……いくらでも捏造できるだろ!」

「…………そこまでオルディアン伯爵家が信用できないなら、尚更あちらの要望通り婚約解消した方がいい」

「なぜっ」

。たとえ政略結婚だとしても、信用のない者は選ばれない」


そう言って、呆然としているルカディオの前に一枚の書類を置く。それは婚約解消届けだった。

サイン欄にオルディアン伯爵家当主であるエイダンの名前と──ヴィオラの名前が書かれていた。


それは確かに、ヴィオラの文字だった。

(嘘だろ……本気なのか……?)


ルカディオは目を見開いたまま動かない。

「ダミアンはお前がサインをしたら自分もサインすると言っている。こうなったのは自分のせいだと憔悴していたよ。俺も、もう少しお前に踏み込んで話を聞くべきだったと後悔している」

そして目の前にペンを置かれた。


「サインしなさい」


厳しい声音に顔を上げると、レイガルドの双眸がルカディオを射抜いた。全てを知っている目だった。

ルカディオの心の傷も、ヴィオラにした仕打ちも、リリティアへの想いも、きっと全て知っているのだろう。

その上で、ヴィオラとの婚約を解消しろと言っている。



(俺が……間違えていたのか……?)



ルカディオとヴィオラの未来が、

消えていく。



震える手でペンを取り、

ルカディオは書類を見つめた。







『俺、これから剣の稽古めちゃくちゃ頑張るよ。頑張って、必ずヴィオの騎士になるから』

『私の騎士?』

『うん。ヴィオを守る騎士。俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』

『一生?ホント?』

『うん!約束!だってヴィオは俺のお嫁さんになるんでしょ?結婚したらずっと一緒にいられる』

『うん!ルカのお嫁さんになってずっと一緒にいたい。だから、私の事忘れないで。迎えに来るの待ってるね』

『忘れるわけないじゃん!約束って言ったでしょ』

『うん!』




脳裏に浮かぶのは怒りではなく、

遠い日に交わした約束。


幼かった。
ままごとみたいな子供の約束。

それでもあの頃の自分たちは本気だった。

可憐な花のようにふんわりと笑うヴィオラの愛しい笑顔を、自分が一生守るのだと誓ったのに。



『裏切ったのは私じゃなくて……ルカだわ』

いつかヴィオラに言われた言葉が、再び胸に刺さる。

ルカディオはヴィオラを迎えに行かなかった。ずっと待ってると言っていたのに、一度も会いに行かなかった。


そして、リリティアの騎士となった。






約束を破ったのは──

裏切ったのは──



(俺なのか……)

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