私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

文字の大きさ
上 下
145 / 228
第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

139. 願わくば side ノア

しおりを挟む



「ヴィオラが俺の求婚を受けてくれるかはわからないがな……」


ヴィオラが愛しているのは、今もルカディオだけだ。
そこにノアが入る隙間はあるのだろうか。


「大丈夫ですよ。本人がその気になれるかは別として、現状はヴィオラ様を庇護するためにノア様の求婚を受けるしかないです。ノア様がウジウジ悩んで尻込みしていれば、その隙にこの国の王太子が娶ってしまうかもしれませんよ? ちょうど婚約者もいないし、オルディアン伯爵家は王族の妃として申し分ない実績をお待ちですからね」

「アイザックが……?」


不意にヴィオラとダンスを踊った王太子を思い出して苛立つ。

「そりゃそうでしょう。娶らなければ今日の舞踏会で何のために敵対派閥を牽制したのかわからないじゃないですか。オルディアン伯爵家の資産と事業を狙う貴族は国内外に沢山いるんです。特にマッケンリー公爵とかね。もし俺が王太子なら、そいつらがヴィオラ様を手籠めにする前に王族の力を使って娶ります」

「手籠め……!?」

「貴族令嬢を手に入れるには、純潔を奪うのが一番手っ取り早い。帝国でも下衆な貴族たちの常套手段だったでしょう。もし手籠めにされてしまったら、きっと真の聖女は絶望して邪神の手に落ちます。だからこそ、絶対権力者の庇護が必要だ」

「……っ、だが、アイザックはヴィオラを愛してないだろう!」

「王族の結婚に愛情なんてものは二の次ですよ。皇弟の貴方なら、そんなことは百も承知でしょう」

「…………そう、だな」


わかっている。

皇族の結婚は、国の利益のためにするものだ。
そこに愛情の有無など関係ない。

兄も前皇帝を失脚させ、内乱を抑えるために力のある部族の娘を妃に召し上げた。 

幸いだったのは、大業を成したあとの二人に愛情と信頼が生まれ、夫婦としても寄り添える相手になれたことだろう。だがそれはきっと稀なケースだ。

為政者として優秀なアイザックも、国のためなら迷いもせずにヴィオラを娶るに違いない。

政治的にも王太子と真の聖女だったヴィオラが結婚し、王太子妃となるストーリーの方が国民受けするはずだ。


「──あの王太子なら、たとえ愛がなくともヴィオラ様を大事にするでしょう。真の聖女として──」


真の聖女──

でもそれは、ヴィオラがなりたくてなったものじゃない。ヴィオラが望むのは地位でも名誉でも、富でもない。


ただ愛する人に、愛されたいだけだ。

しがらみの多い次期王妃の座に、ヴィオラの幸せがあるとは思えない。


「──ダメだ。アイザックには渡さない、俺がヴィオラを妻にする」


迷いを打ち消した主の表情に、マルクは小さく笑みをこぼした。


「では皇帝陛下に報告と、王太子には手を出すなと牽制しておかないとですねぇ」





今はまだ、愛がなくてもいい。
ルカディオを愛したままでもいい。 

それでもヴィオラを一番近くで守り、堂々と抱きしめられる権利がほしい。


涙を流すなら、自分の腕の中で泣いてほしい。

今度こそ、ヴィオラの心を癒すのは自分でありたい。



そして願わくば、その先にいつの日か──

  



(お前の愛が欲しいよ、ヴィオラ)















その後、ノアは早々に「ヴィオラは俺が娶る」とアイザックに宣言し、手出し無用と釘を刺した。

舞踏会での出来事はアイザックなりにオルディアン伯爵家を守ったつもりでいたのだが、リスクを承知で取った行動にノアが苦言を呈したのだ。


アイザックのリスクヘッジは王家と国を主体に計算されたもので、ヴィオラたちの立場で物を考えていない。

王家との繋がりを見せても不穏な動きを見せる貴族は全て監視し、後でまとめて潰せばいいというアイザックに対し、ノアはヴィオラが謂れのない敵意を向けられて傷つけられること自体が許せないと怒りを露わにした。


その時のアイザックはお手上げとばかりに両手をあげ、今後はヴィオラたちの庇護を最優先にするとノアに誓う。

それが国を守る最も安全なルートだとアイザックは遠い目をしながら悟り、マルクに恨めしそうな視線を送った。


「君がもっと早く教えてくれていたら……彼女とのダンス中に地雷を踏んだことに気づいた俺の気持ちがわかるか?」

「主のプライベートな情報をペラペラ話すわけないじゃないですか。俺、出来る部下なんで。要人たちの恋模様くらい、優秀な王太子なら察してくださいよ」

「……君、ホントにいい性格してるよね。出来る部下を持つノア殿が羨ましいよ」

「お褒めにあずかり光栄です」


「褒めてない。もうご機嫌ななめな主を連れて帰ってくれ。俺は当て馬になるつもりはないから!」







これで一番の敵は退けた。

後はヴィオラに求婚する許可をエイダンから得るだけ。



そう思っていたのに──








ルカディオはヴィオラとの婚約解消を拒否した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう
恋愛
フルリス王国の公爵令嬢ロメリアは、幼馴染であり婚約者でもある騎士ガブリエルのことを深く愛していた。けれど、生来の我儘な性分もあって、真面目な彼とは喧嘩して、嫌われてしまうばかり。 「……今日から、王女殿下の騎士となる。しばらくは顔をあわせることもない」 彼から、そう告げられた途端、ロメリアは自らの前世を思い出す。 (なんてことなの……この世界は、前世で読んでいたお姫様と騎士の恋物語) そして自分は、そんな2人の恋路を邪魔する悪役令嬢、ロメリア。 (……彼を愛しては駄目だったのに……もう、どうしようもないじゃないの) 悲嘆にくれ、屋敷に閉じこもるようになってしまったロメリア。そんなロメリアの元に、いつもは冷ややかな視線を向けるガブリエルが珍しく訪ねてきて──……!?

処理中です...