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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
132. ドレスに込められたメッセージ
しおりを挟む「あの女は何を知っているんだ? やはり裏で邪神教と繋がっているのか?」
ノアが固く険しい表情で壇上のリリティアを睨んでいる。
「どうかな。もしそうだと仮定しても──こんな皆の警戒心を無駄に煽るような足手纏い、僕なら一刻も早く消すけどね」
「何を考えているんでしょうね、ホント信じられません。ていうかあの女、自分に酔ってる感がすごくないですか?」
「お、おい、クリス……さっきから気になっていたんだが、いくらやむを得ない事情があるとしても、お前二人に対して砕けすぎしゃないか……?」
ノアとジャンヌを相手に、歯に衣着せぬ物言いをしている息子の度胸に、エイダンは恐れ慄く。
「え、今気になるとこそこなの? 本人がそうしてくれって言ってるからその通りにしてるだけだよ」
「そうだ。気にしないでくれ、エイダン殿」
「逆に恭しくされる方が私たちの立場が危うくなるので、むしろ従者として扱って下さい」
「そ、そういうものなのか……?」
エイダンの戸惑いはヴィオラにもよくわかる。
こればかりはもう慣れるしかない。
小心者なのは父親譲りなのかもしれない──と、そんなことを思いながら壇上に視線を戻すと、王太子が前に出てリリティアの隣に並び立った。
「皆の者、静粛に。聖女候補のリリティア嬢は今日が社交界デビューになる。一貴族として、幼い聖女候補の成長を温かい目で見守ってほしい。そして今日同じく社交デビューを迎える子息令嬢たちにも、王家より心よりお祝い申し上げる。君たちの未来まで平和が続くよう、王家は力の限り尽くすことをこの場で誓おう」
王太子の祝辞にワッと会場が湧く。
先程までのリリティアのスピーチはなかったかのように、貴族たちが王太子のカリスマ性に釘付けになっていた。
王太子は言外に、リリティアは子供だから、子供の戯言に耳を傾けるなと大々的に言っていたも同然なのだが、当のリリティアは気づいていないのか、隣の王太子をうっとりとした瞳で見上げている。
(その顔は……何? それはまるで──)
恋する乙女のようではないかと、胸の中に苦々しい気持ちが広がり、見ていられなかった。
エリアナたちの言う通り、彼女は移り気な性格らしい。
だからといってヴィオラとルカディオの距離が縮まるわけではないが、彼女のこんな姿を見てルカディオはなんとも思わないのだろうか?
異性が近くにいる環境はヴィオラと同じなのに、どうしてリリティアは許されて、自分は許されないのだろう。
少なくともヴィオラは、ルカディオ以外の男性をあんな目で見たりしない。
(なのにどうして──)
落ちたり上がったりと忙しい気持ちを持て余しながら、ヴィオラたちはいよいよ王族への挨拶のために移動を始めた。
挨拶は高位貴族から順に行われる。
伯爵であるオルディアン家はちょうど中間くらいだ。ちなみに、リリティアと共に入場した側近たちは王族への挨拶は免除になっている。
「行こうか、ヴィオラ」
「ええ」
クリスフォードのエスコートで行列に向かう。
すると、一番前にホプキンス公爵令嬢──エリアナの背中が見えた。
オフショルダーの白地のドレスに、腰から下が白、水色、碧の順に、3色のチュールレースがグラデーションになるように幾重にも重なり、歩みを進めるたびに蝶のように舞っている。
エリアナの水色の髪と、第二王子の瞳の色を掛け合わせたのだろう。
そして不意にエリアナが後ろを振り向き、彼女と目が合った。その視線の鋭さに、ヴィオラの肩が少しはねる。
「まったく……懲りないな、あの女も。気にすることないよ、ヴィオ」
「大丈夫よ、お兄様」
どうやらエリアナは虫の居所が悪いらしい。
それもそうだろう。一生の思い出であるデビュタントだというのに、自分たちの隣には婚約者の姿がないのだから。
きっとエリアナたちも、リリティアに侍る婚約者の姿を見て傷ついただろう。気持ちはとても理解できる。
実際にヴィオラも傷ついたのだから。
それでも彼女たちに協力することはできない。沢山の人を巻き込んで迷惑をかけるのがわかるから。
だから、出来れば彼女にも思い止まってほしい。
リリティアを害せば、間違いなく身の破滅だ。
国に殺されるか、邪神に殺されるか──
社会的に死ぬか、命を取られるか──
どちらにしろ、身を滅ぼすことには変わらない。
だからどうか、公爵令嬢として賢い選択をしてほしい。
そんな想いを込めて彼女を見ていると、僅かに眉間に皺を寄せた後、ぷいっと視線を逸らされた。
「ふん、感じ悪い女だな」
「お兄様、こんな公の場で誰かに聞かれては困る悪口を言ってはダメよ。お兄様が損をしてしまうわ」
「そうだぞ。臆せずに立ち向かえるのは美点だが、勧善懲悪と言わんばかりに誰彼構わず噛み付くのは得策じゃない。手札はなるべく隠し、時にはスルーすることも大事だ。戦略的撤退という言葉もあるだろ?」
ノアがヴィオラの言葉に同意し、クリスフォードを諭した。その言い分にエイダンも何度も頷いている。
「つまり、貴族特有の腹芸をしろってことでしょ? 大丈夫だよ。多分僕の得意分野だから。今はノアの結界と遮音魔法があるから言ってるだけだし」
「聞こえなくとも読唇術ができる奴なら何を言ったかバレるさ。それにここからは別行動だから結界を切るぞ。挨拶が終わるまで俺とジャンヌは壁際にでも立ってるよ」
「了解」
「わかりました」
「じゃあ、後でな」
「オルディアン伯爵様、こちらへお並びください」
「ありがとう」
警備の者に案内され、列の中に加わる。
今は侯爵家の者たちが王族に挨拶をしているところだ。ヴィオラたちの順番はあと10組ほど後になる。
初めて王族に挨拶をする機会に緊張し、心拍数が上がる。粗相のないようにしなければと頭の中で挨拶の言葉やカーテシーのタイミングをシミュレーションしていると、不意に強い視線を感じた。
向けられた視線の主を探し、見つけてハッと短い息が口から溢れる。
濃いエメラルドグリーンの双眸が見開いたまま、ヴィオラの姿を凝視している。
壇上に座る第二王子の後ろに立つ、リリティアと側近の四人。
その中の一人──ルカディオが唖然とした表情で立っていた。その表情の理由は大体察しがつく。
きっとヴィオラが今着ているドレスのせいだろう。
通常なら社交の場では、女性は配偶者や婚約者の色をどこかしらに混ぜた衣装を着ることが多い。
だが今日のヴィオラはルカディオの色を一つも纏っていない。自分の瞳の色である薄紫だけを織り込んでいる。
それはヴィオラからルカディオへのメッセージ。
初恋との決別を決めたヴィオラの意思を、ルカディオに伝えるために作られたドレス。
(もうすぐルカを解放してあげるから、待っててね)
泣きそうになるのを堪えて、ヴィオラはルカディオに笑顔を向けた。
それは、悲しみに満ちた笑顔だった。
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