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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
103. 解放してあげて
しおりを挟む愛する人が、自分以外の女性を見つめている。
そのショックに体がふらりと揺れたその時、ギュッと自分の手が握られた。兄が震える自分の手を握ってくれたのだと気づく。
そして——
「あのさ、謝る相手間違えてるだろ。その上そんな三文芝居見せつけてきてどういうつもり? 貴族マナーだけじゃなくて人としての常識も学び直せよ。それからアンタ誰? 僕は会ったこともない女に名前を呼び捨てにすることを許した覚えはないんだけど?」
「なっ……クリス! リリーは聖女だぞ! 無礼なことを言うな!」
クリスフォードの言葉にルカディオが怒りをあらわにする。
「ああ……最近話題になってる人? 聖女といっても教会の公式発表ではまだ候補だよね。だったら彼女はまだ男爵令嬢のままで、爵位は僕の方が上だ。無礼者は彼女の方だろ」
「ひどい……っ、私、ホントに悪気はなかったのに」
リリティアは再びポロポロと涙を流してルカディオの背に隠れた。
「僕がこの世に生きていることが不満だと取れるような発言をしておいて、悪気ないとか本気で言ってるの? どういう思考回路してるわけ? 故障してるみたいだから直した方がいいよ」
「クリス、煽るなバカ」
ノアが振り返り、少し怒った顔で兄を窘める。その表情を見て兄はバツが悪そうに視線を外した。
「うわ……さすが悪…——嬢の兄だわ……」
「リリー?」
「あ、いえ、なんでもないです」
セナに悲しそうに微笑んだリリティアは、改めてクリスフォードを見つめ、頭を下げた。
「オルディアン伯爵令息様、挨拶もなく無礼なことを言ってしまってごめんなさい」
「——……謝罪を受け入れます」
「初めまして、リリティア・サネットといいます! 学園で有名なお二人に一度お会いしたくて、セナ様にお願いしてここまで連れてきてもらったんです。ただそれだけで、怒らせるつもりはなかったんです。本当にすみません」
「同じクラスだが、こうして話すのは初めてだな。セナ・シーケンスだ。リリーの謝罪を受け入れてくれて感謝する。君たちの許可もなしに会わせようとして申し訳なかった」
「それなら顔見せは済んだので目的は果たされましたね。ではごきげんよう。さようなら」
「クリス!」
ヴィオラの手を引き、演習場へと入っていくクリスフォードをルカディオが怒鳴りつける。
「さっきから何なんだお前の態度は! リリーはちゃんと謝っただろ! せっかくお前らと友達になりたいと言ってわざわざ魔法士科にやってきたのに——」
「お前もさぁ、さっきから何なわけ? その態度」
「は?」
ルカディオの言葉を遮り、クリスフォードが険しい顔で睨み返した。殺気めいた気迫を感じたルカディオは一瞬動揺したが、すぐに負けじと怒気を放つ。
「何が言いたい?」
「お前の目にはヴィオラが映ってないのか? 婚約者を差し置いて、なに他の女とイチャついてんの?」
「別にイチャついてなんかない! 俺はオスカー殿下から直々にリリーを守るように仰せつかっているんだ!」
「護衛にしては距離感がおかしいだろ。婚約者の前で他の女に触れることは不貞だと見られてもおかしくないんじゃないのか?」
「なっ……俺はそんなつもりはない! それにヴィオラにそんな目で見られる筋合いはない! 不愉快だ……っ」
ギロリと睨まれる。
先程リリティアに向けられたものとは違う、冷たい瞳がヴィオラを捉えた。
『不貞しているのはお前だろ』
彼の瞳がヴィオラにそう告げている。
微塵もこちらを信用していない瞳。
そしてその視線を遮るようにヴィオラの前に立ったノアを憎々し気に睨んでいる。
辺りに緊迫した空気が流れ、数秒だけ静寂に包まれる。
最初にその空気を崩したのは甘さが感じられる可憐な声だった。
「あの……ヴィオラ様。私からお願いがあるんです」
突然声をかけられて、ヴィオラの肩がはねる。
(私にお願い? なんで……?)
嫌な予感がして、心拍数が上昇する。今すぐ耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。きっと今から自分は傷つけられる。
まだ何も聞いていないのに、それだけは確信できた。
怖くてまだ繋いだままの兄の手をギュッと握る。
「ヴィオ……」
「リリー。もういい。こいつらと話してもリリーが傷つくだけだ。もう行こう」
「ダメ。よくないです。だってこのままじゃルカ様はずっと辛いままじゃない!」
「リリー……」
(——イヤ。やめて……私の目の前で他の人をそんな瞳で見ないで)
その瞳はずっと自分のものだったのに。
「ヴィオラ様、お願いです。これ以上ルカ様を苦しめないでください。もう彼を解放してあげてください」
「────解放?」
ルカディオの逞しい腕に寄り添い、彼を守るかのようにこちらを睨むリリティアに、ヴィオラは激しい嫉妬に囚われた。
胸を掻きむしられるような強い感情に戸惑い、震える。
今までにないほど体内を吹き荒む魔力の波が、魔道具のピアスでねじ伏せられ、その重圧にガタガタと体が震えた。
こめかみにいくつもの汗が吹き出る。
「ルカ様は貴方に傷つけられて、ずっと悩んで、ずっと苦しんでいました。もうこれ以上彼を傷つけないでください!」
「──おい、いい加減にしろよブス」
「ひっ」
「クリス! リリーになんてこと言うんだ!」
「お前は本当に脳筋バカだな!そんなブスのどこがいいんだよ!」
「やめろクリス! 早くヴィオラを連れて中に入れ!」
「行きますよクリス様!」
ノアとジャンヌに強制的に演習場の中に押し込められる。相手にするなとノアの瞳が言っていた。
それでも、吹き上がった熱が治まらなくて、ヴィオラの足が止まる。
どうして。
どうして。
そんな疑問をぶつけずにはいられない。
「どうして、貴女にそんなことを言われなきゃいけないの?」
飛び出た自分の声が思っていたよりも冷たくて、自分でも驚く。
それでも聞かずにはいられない。
怒らずにはいられない。
ヴィオラは怒気を露わにし、偽聖女を睨んだ。
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