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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
121. 拒否
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共にリリティアを排除するのが当然。断るわけがないという自信に溢れたエリアナたちに、ヴィオラは瞳を閉じて小さく息を吐き出す。
そして震える手をギュッと握りしめて顔を上げ、彼女たちに告げた。
「申し訳ありません。私は力になることは出来ません」
「な……っ!?」
頭を下げてエリアナたちの申し出を断ったヴィオラに三人は驚愕した。
マルティーナやチェルシーならまだしも、筆頭公爵家のエリアナの申し出を断るなど、本来なら不敬だと取られてもおかしくない。
だがヴィオラは彼女たちと会う前にクリスフォードとノアに相談し、彼女たちと関わるのは否という決断を下した。
現段階で第二王子たちの近しい者と懇意にすることは悪手でしかない。
邪神との繋がりが不明な偽聖女とルカディオとは距離を置きたいというのが一番の理由だが、下手に権力を持った者と繋がり、ヴィオラたちの祖父であるマッケンリー公爵を刺激するのは避けたいという理由もある。
イザベラ逮捕の件で、ヴィオラたちにかけた魔力を封じる呪いは、娘の単独による犯行だと躊躇いもなく我が子を切り捨てた男──レイモンド・マッケンリー。
王太子やエイダンは、オルディアン領の製薬工場で秘密裏に精製されていた毒──ペレジウムは、マッケンリー公爵の指示のもとに行われていたと見ている。
だがそれすらもイザベラの犯行によるものだと証言し、娘の愚行を正せなかった愚かな父親を演じきった。
夫のエイダンに処罰を与えず極秘に処理したことで、物的証拠がないマッケンリー公爵を罪に問うわけにもいかず、悔しくもそのまま見逃すことになってしまった。
エイダンとノアは、学園デビューを果たして話題になっているヴィオラたちに、公爵がいずれ接触してくるのではと危惧している。
(一度もお会いしたことのないお祖父様……本当に接触があるのかはわからないけれど、用心することに越したことはないわ)
今この瞬間にも、どこかで邪神の餌食となって命を落としている人間がいる。その脅威を取り払うために王太子やノアたちが動いているのだ。
そんな時に、ヴィオラがエリアナたちに屈して彼らに迷惑をかけるなど、あってはならない。
(これくらい、自分でどうにかしなきゃ──)
「……協力できないということは、貴女はサネット男爵令嬢に婚約者を奪われてもいいとおっしゃるの?」
エリアナが目を細め、責めるような言い回しでヴィオラに問いかける。
その視線に体がピクリと反応するが、ヴィオラはエリアナから目を逸らさずに再度断りを入れた。
「……そういう意味ではありません。ですが、父からも目立つ行動は慎むように強く言われておりますので、ご期待に沿うことは出来ないかと……どうかご理解くださいませ」
そう言って再び彼女たちに頭を下げる。隣でジャンヌも同じように頭を下げているのが視界に映った。
「でも貴女は先日、サネット男爵令嬢に謂れのないことで責められて彼女を叱責し、婚約者のルカディオ様にも苦言を呈したと聞いていますわ。貴女だって二人の仲をよくは思っていないのでしょう? このまま何の対策もせず、あの女を野放しにしておくつもりですの?」
「私たちと力を合わせれば彼女を排することも可能だと思いますよ?」
「私も、どうかセナ様のことで力を貸して欲しいのです。私は学科が違うのでそちらの校舎に手が回せません。セナ様にへばりつくあの女を遠ざけてほしいのです」
エリアナに続き、マルティーナとチェルシーもヴィオラの説得にかかる。
(彼女たちがリリティア様を疎む気持ちはよくわかる。違う立場なら、進んで協力を願ったかもしれない)
それでも、本能的な何かが、彼女たちとの接触を拒む。
なぜか彼女たちにも近づくのが怖い。
とてもよくないことが起こりそうで、先程から背中に汗をかいている。
「すみません。私は父に逆らうことはできません。……どうかご容赦ください」
断る理由を全て父のせいにしてしまうのは気が引けるが、これ以外にエリアナたちに納得してもらう理由が思いつかなかった。
情けないと思いつつも、ヴィオラは断る姿勢を押し通した。
「そんな……っ、じゃあせめてあの女とセナ様の様子だけでも教えてくれませんか!?」
チェルシーが前のめりになりながら、ヴィオラに懇願する。
その必死さに、彼女がセナのことがとても好きなのだと理解し、まるで自分を見ているようでヴィオラの胸がズキリと痛む。
「申し訳ありません。ヴィオラ様はどうしてもお受けできないのです。どうかご理解下さいませ」
言葉に詰まっていたヴィオラに代わり、ジャンヌが改めて彼女たちに頭を下げて断りを入れると、三人の顔つきが変わった。
「貴女には聞いていませんわ。私たちはヴィオラ様と話しているのです」
「僭越ながら私は、ヴィオラ様がつつがなく学園生活を送れるように配慮する役目があります。それが我が師匠であるエイダン様の意思です。ですからヴィオラ様はそちらの意向には沿えません」
「ただのお願いに、なぜ伯爵が出てくるのですか? そこまで大袈裟なことは言っていないと思いますが」
「いいえ。サネット男爵令嬢は王家と教会から正式に聖女候補として世間に公表されています。彼女の立場を疑うということは、王家と教会に不信を抱いていると表明しているようなものです。──これはその覚悟の上でのお話ですか?」
「な……っ、違います!」
「私たちはそんなつもりじゃ……っ」
「何をおっしゃってるの?」
ジャンヌの指摘に三人が狼狽える。その覚悟がないのにどうして聖女候補を排する協力をしろと言えるのか。
ヴィオラたちはリリティアが偽物だと知っているが、魔力量はともかく、光属性の魔力に適性がある時点で聖女の素質があるのは事実だ。
偽物だということは、女神と精霊とヴィオラたちにしか証明できない。そして現時点でこちらは真実を明かすつもりはない。
証拠もないのに彼女を糾弾すれば、王家と教会を敵に回すことなど容易に想像できる。家の存続が危ぶまれるような事案に協力などできるはずがない。
「エリアナ様は貴女たちよりも格上の公爵家のご令嬢ですよ。今の発言は不敬ではないですか?」
「王家に対する不信だなんて、言いがかりも甚だしい……っ。どんでもない侮辱だわ!」
マルティーナとチェルシーが怒りを露わにしたところで、テノールの声が背後から聞こえた。
「そうかな? 僕らが聞いても貴女たちの発言は危ういグレーでしたよ? 悪いことは言いませんから、聖女候補に手を出すのはやめた方がいい」
「お兄様、ノア!」
ポンと軽く肩を叩かれ、ヴィオラの勇気を労うようにクリスフォードは妹に微笑みかけた。その笑顔に三人の令嬢たちは淡く頬を染める。
「わざわざ放課後に学園のカフェテラスを貸し切ってまでうちのヴィオラと接触を図ったのは、話の内容が第二王子たちの耳に入れてはならないものだと自覚されてるからでしょう? つまり、貴女たちもジャンヌが言うような事態を想定していたということだ」
見惚れるような笑顔でクリスフォードが放った言葉に、頬を染めていた三人の令嬢の顔色が青くなっていく。
「兄である私からもお断りしますよ。オルディアン伯爵家は聖女候補の問題には一切介入しません」
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