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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

117. 諦めるための時間

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「嘘……だろ」


中間試験の結果が張り出された廊下で、セナ・シーケンスがヴィオラたちを驚愕な表情で見ていた。


誰もが筆頭王宮魔法士の息子であるセナが首位だと疑いもしなかった。だが目の当たりにした結果に誰もが驚きで言葉を失った。


首位──ノア・バシュレ
二位──クリスフォード・オルディアン
三位──ヴィオラ・オルディアン
四位──セナ・シーケンス
五位──ジャンヌ・ソルディ



「俺の勝ちだなクリス」


フフンと得意げに鼻で笑うノアを、クリスフォードとジャンヌは半目で見返していた。そして二人でヒソヒソと話し出す。


「……今まではフリなのかな?って思ってたけど、これ違うよね。ノアの大人げのなさは地だよね?」

「そうなんですよ。わかっていただけて恐縮です。まあ、大人げのなさランキング第一位の団長には及びませんが。ツートップがそんなだと、部下が苦労するんですよねぇ」


ヴィオラとクリスフォードの脳裏に、やたらテンションの高い帝国魔法士団の団長──レオンハルトの笑顔が浮かんだ。


「ああ……確かにあの人に比べたら誰でも霞むかも……」

「た、確かに……」


ジルといい、レオンハルトといい、個性が強すぎる面々が集まっていて、魔法士団で収集つかない様子が目に浮かぶ。

クリスフォードは遠い目をしているジャンヌの肩を叩いて苦労を労った。


「おい、そこの二人。お前ら最近俺に対して遠慮がなくなり過ぎてないか?」

「ていうかノア様、貴方は今クリスフォード様たちの従者なんですよ? 従者が主より目立つとか何やってるんですか? 手を抜いた私が馬鹿みたいじゃないですか」

「従者としての優秀さを見せた方がクリスたちを害そうと考える奴らも減るだろう。ヴィオラも三位ですごいじゃないか。クリスと一点差しかないぞ」

「ありがとうございます。ノアとジャンヌのおかげです」




ヴィオラはあれから、一つの決断をした。

ルカディオと完全に距離を取ることにしたのだ。

今までは返事の来ない手紙を定期的に出し、贈り物もしていた。それを一切やめて魔法訓練に集中することにしたのだ。


ルカディオに会えばどうしても心が乱れる。
リリティアを憎んでしまう。

近頃何度も夢に女神が出てきて、


『私の愛し子。どうか堕ちないで。貴女を愛する者たちの声を拒絶しないで』


悲しそうにそう告げて、ヴィオラを抱きしめるのだ。それほどに、自分が危うい状態なのだと思い知った。

兄から報告がいったのか、父エイダンもヴィオラが望むなら婚約を解消しても構わないと言われた。


自分の心のままに決めて構わない。ヴィオラとクリスフォードには幸せな結婚をしてほしい。

それが母とヴィオラたちを守れなかったことへの贖罪と、父親としての願いだと──



それを聞いて、ヴィオラはルカディオから離れることを決意した。


誰からも愛されないと泣いていた自分に、真っ直ぐな愛情と笑顔を向けてくれた彼の幸せのために──

たとえ心変わりしてしまったとしても、一番辛い時に彼が支えになってくれた事実は変わらない。


ルカディオの存在がなければ、前世を思い出したあの夜に、きっとヴィオラは虐待で死んでいただろう。


虐待に耐え、生にしがみついていられたのは、王都にいるルカディオにもう一度会いたかったからだ。

彼への恋心が、前世の記憶を呼び戻してでも生きることに執着させた。今のヴィオラがここにいるのは、間違いなくルカディオのおかげなのだ。


悲しいのは、自分がルカディオにとってそんな存在になれなかったこと。彼の心を守ることが出来なかったこと。


ヴィオラに出来ることは、今の彼の幸せを願うことしか残されていない。




揺れる馬車の窓から夕日に染まる景色を眺め、ルカディオとの思い出を一つずつ思い出し、自分の取るべき道を考える。



答えはもう、わかっている。
あとは覚悟を決めるだけ。

だから……時間が欲しい。


(ルカを諦めるための時間を──)



外に視線を向けながら悲しそうに微笑むヴィオラに、同じ馬車に乗るクリスフォードたちは誰も声をかけられなかった。




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