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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

105. 自分なら side ノア

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「ノア様……気を鎮めて下さい。帝国魔法士団の副団長ともあろう方が、子供相手にあの威圧は大人げないですよ」


帰りの馬車へ向かう道すがら、部下であるジャンヌが半目になりながらノアに注意を促す。


「馬鹿をやらかした子供を叱ってやるのも大人の役目だろう? 加減はしたぞ」

「嘘です。アレはぜったい私情挟みまくりでしたよ。まあ、私もあのクソガキたちにはかなりムカついたので気持ちはわからないでもないですが……」

「だよな」

「でも!そこを抑えて言葉を尽くすのが大人です。クソガキたちを脅して威圧するのはアウトです」

「言葉で言ってわからないポンコツ共だから自信をへし折ってやったんじゃねえか。殴らなかっただけでも褒めてほしいね」

「褒められませんよ。見た目変えてまで影に徹しなきゃいけない貴方が目立ってどうするんです? さっきので確実に第二王子たちに目をつけられますよ」

「……まあ、その辺はほら……アイザックになんとかしてもらって……」

「他力本願!」



ジャンヌに叱られ、ノアは少し冷静さを取り戻した。

先程まではらわたが煮え繰り返るほどの激しい怒りに囚われていた。ヴィオラの涙を見た時に彼らを殺してしまおうかと思ったくらいだ。


やはり危惧していたことが起こったと、ノアは拳を握りしめる。

本当はもっとずっと前からノアは怒っていた。
ヴィオラを傷つける偽聖女とルカディオの存在に。

双子の前では大人ぶっていたが、本当は自分もクリスフォードのようにルカディオを怒鳴りつけたかった。


先程の安い三文芝居を思い出す。

ただ光属性の魔力を宿しているというだけで何の功績も上げていない少女を女神のように崇める愚かな少年たち。

若さゆえに本質を見極められないのは仕方ないとされることは多いが、政治に深く関わる王族や高位貴族の子供に限っては、それは許されない。

たとえ学園内のことだろうと、身分制度は適用される。
ここでの振る舞いが政治を変えることもあるのだ。 


それが理解できていない時点で彼らの資質の低さがうかがえる。


あれでも第二王子を含む集団は、この学園のヒエラルキーでトップに君臨しているのだ。

確かに全員が高魔力保持者と言える魔力量を持っているが、グレンハーベルに比べれば、バレンシア王国の魔法技術は格下だ。現にこの国にはヴィオラたち以外に精霊付きの魔法士がいない。


邪神が関わっていなければ、グレンハーベルがバレンシアを制圧するなど容易いことだろう。 

それをしないのは兄が戦を望まない皇帝であることと、王太子アイザックの才能を買っているからだ。

他国はバレンシア王国の顔は王太子アイザックだと思っている。彼は現国王とは違い、祖父の血を色濃く受け継いでいる。

彼なら祖父のように賢王になれるだろう。


(だが、王太子の治世を支える立場の第二王子たちがボンクラの集まりではな……)


先日会ったアイザックの疲れた様子を思い出し、彼の苦労を垣間見た気がした。


(とりあえずアイザックから言質はとってあるから、今後もアイツらが何か仕掛けてきた時には俺が手を下せばいい)


グレンハーベル帝国の皇弟という権力をこんな形で使うことになるとは思わなかったが、ヴィオラたちを守るためなら第二王子だろうが容赦はしない。




目の前を歩くヴィオラとクリスの背中を眺める。

小さく嗚咽をこぼし、兄に手を引かれて重い足を進める姿に胸が痛んだ。


愛する婚約者に敵意を向けられ、偽聖女に謂れのない責めを受け、大人しいヴィオラが感情を露わにした。

あんなに怒っているヴィオラを見たのは初めてかもしれない。そしてそれ以上に、彼女は深く傷ついていた。


無理もない。


ずっと心配し、心から想っていた相手が他の女に現を抜かしているのを目の当たりにしたのだ。

あの男が偽聖女に想いを寄せているのは明らかだった。
そして、同じくらいヴィオラのことも気にしている。

ノアに対して嫉妬心を剥き出しにしていたからだ。


それがノアの癇に障った。


二人の女の間でフラフラとする優柔不断さと傲慢さに怒りを覚える。ヴィオラを傷つけるなら、たとえルカディオがまだ成人前の子供だとしても許せない。
 

(五年もあったんだぞ)


ヴィオラとルカディオの交流が絶たれてから五年。
拗れた二人の仲を改善する時間はいくらでもあった。

それにも関わらず、ノアとヴィオラの仲を不貞だと決めつけて彼女の言い分を一切聞こうとしなかったのはルカディオだ。


バレンシアとグレンハーベル。
両国の問題のせいで制限の多い双子たち。

人智を超えた精霊と神の介入で二人は身動きが取れない。


それでも、もう少しやりようがあったかもしれない。

ジルやノアの能力と権力を使えば、頑ななルカディオを力づくで向き合わせることも出来た。

だが彼に起きた悲劇を憐れみ、オルディアン伯爵家の面々はルカディオの心が解けるのをひたすら待ったのだ。


(待ち続けた結果がこれか──)





ヴィオラはもどかしい程にルカディオしか見ていない。


(愛に飢えていた幼少時代に、最初に愛情を与えてくれた存在だったがゆえに、精神依存が半端ないな……)


きっとそれは、ルカディオにもある感情に違いない。

だから偽聖女に惹かれながらもヴィオラに執着し、ノアに敵意を向けるのだ。


二人だけにしかわからない絆が、確かに存在している。
その事実に、胸が締め付けられるような痛みが走る。


いつしか、ルカディオに想いを馳せるヴィオラを見るたびに、こうしてノアの胸がズキリと痛むようになった。

ヴィオラにとってのノアは、あくまで皇弟という敬愛対象でしかないのだ。従者に扮して側にいても、抱きしめて慰めても、せいぜい兄止まり。

ルカディオに抱くような熱は一切感じない。


帝国でもバレンシアでも、外を歩けば必ず秋波を送られるほどの美形のノアだが、肝心の相手の瞳には自分は映っていない。


女性に見向きもされないことに、安堵ではなく心を痛める日が来るなど、帝国にいた頃には考えられないことだった。


前を歩く華奢な背中を見ていると、その腕を引いてこの身に抱き寄せたくなる。涙を流すアメジストの瞳に口付けて涙を掬い、泣き止ませてやりたい。

一途なヴィオラのその想いが、自分に向けられたらいいのに──気づいた時にはそう望むようになっていた。



あのひたむきな愛情が欲しい。

自分を見て欲しい。



そんな想いを抱くようになった。


子供だと思っていた少女は、今では奥ゆかしく美しい少女へと成長している。更にそれだけではなく、オルディアン領と国のために努力を惜しまない聡明な一面もある。


ずっと側にいて、女神が愛し子に選ぶ理由を理解した。


そしてヴィオラが前世の記憶を持ち、本当の聖女なのだということも──




(自分なら、よそ見などしないのにな──)



無意識にヴィオラに甘えてもらえるクリスフォードを羨む自分に気づき、呆れてしまう。兄妹なのだから嫉妬するのはお門違いだろう。

重症かもしれないと思いながらも、ヴィオラが辛い時、真っ先に自分の胸で泣いてくれる日が来ることを夢見てしまう。



一番近くでヴィオラを守るのは、自分でありたい──



胸内に芽生えてしまった切ない想いに、ノアは小さく息を吐いた。




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