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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』
110. 聖女との出会い② side ルカディオ
しおりを挟む「治癒魔法……?」
「ええ。魔力量が少なくて大した治療はできないんだけど」
少し照れたように少女が答える。
治癒魔法は水属性のため、水色の光を放つのが一般的だ。なのに少女の手から放たれたのは金色の光。
金色は──光属性。
それも百年に一人現れるかどうかの稀有な魔力。
そしてこの国のお伽話の本にもなっている聖女の存在。
「もしかして、君は聖──」
「しーっ!!」
言い切る前に少女の手で口を塞がれた。
人差し指を口元にあて、それ以上喋るなと少女は目線でルカディオを制止する。
「お願い、魔力のことは誰にも言わないで。もしバレたら無理矢理に王都に連れていかれちゃう。私はまだこの地でやりたいことがあるから、ここを離れるわけにはいかないの。だからお願い。内緒にして」
透き通ったグリーンの瞳をうるうるさせて見上げてくる少女に、ルカディオは何度も首を縦に振った。
少女はホッとしてルカディオから手を離す。
「良かった。ありがとう、騎士さま」
「いや、俺は何もしてねぇし、それに騎士じゃない。まだ見習いだよ」
「私はリリティアよ。年は貴方と同じ11歳。この山の麓にある孤児院で暮らしてるの」
「ああ……俺はルカディオ・フォルスター。……ていうか俺、君に年齢言ったっけ?」
「え!? あ、えーと、なんとなくそうかなって!」
「ふーん」
何となく引っ掛かりを感じたが、周りの喧騒にそんな疑問はすぐに離散する。
テントの外から騎士たちの怒号と獣のような声が聞こえた。どうやら野営地まで魔物が入ってきたらしい。
「うわああん、やだ! ごわい~!」
「わぁ~!!」
「大丈夫! 皆、大丈夫だから落ち着いて!」
リリティアは泣いている子供たちを宥め、声のボリュームを下げるように宥める。
ルカディオは殺気立った周りの空気に僅かに恐怖を感じた。だが泣いている子供たちを見て己を奮い立たせる。
(恐るな、俺は誰かを守れる男になりたくて騎士を目指したんだ。頼まれた以上、リリティアと子供たちは必ず守る)
脳裏にかつて守りたかった少女の笑顔が浮かんだが、掻き消して剣を鞘から抜いた。
「外の様子を見てくる。このテントは強化魔法がかけられているから安全だ。絶対に外に出るな」
「そんな! 危険すぎるわ! 行かないでルカディオ様!」
「様子を見るだけだから大丈夫だ。すぐに戻る」
「ルカディオ様!」
リリティアの静止を振りきり、テントの外に出る。
「……なんだこれ」
空に鳥型の魔物の群れが飛び交い、騎士たちを襲っていた。魔物の数の多さに圧倒される。
今この場にいるのは地上戦を得意とする騎士たちだ。
空中戦や複数の敵の相手を得意とする魔法士たちは今回視察に同行していない。
基本的に騎士も魔法は使えるが、この場にいる騎士たちは身体強化や武器の魔力付与に特化した魔法を扱う者たちばかりだ。どう見ても不利な戦いだった。
どんな敵にも対応できるオールラウンダーの一軍の騎士たちは、前線に出ていて森の奥で戦闘している音が遠くの方で聞こえる。
(真上を旋回してる奴ら、明らかに食料を狙ってるな。どうする? 魔法を使うか?)
ルカディオは火属性の魔法が使える。
父譲りの高い魔力で、十一歳にして既に中級魔法が使えた。ルカディオの魔法なら、空を飛んでいる魔物を焼き殺すことができる。
だがルカディオが訓練以外で、ましてや戦闘で魔法使うのは初めだった。魔物をこの目で見ることすら初めてというこの状況で、果たして上手くいくのか。
この森の中で火属性の魔法を使うのはリスクが高い。
狙いを外したり、仕留め損ねれば火が木々に燃え移り、あっという間に山火事が発生するだろう。そうなれば味方まで火に撒かれることになる。
もし魔法を使うなら、確実に即死レベルで敵を仕留めなければならない。
「くそ……どうすれば」
自分はまだ子供だ。何もしなくても誰にも責められない。
ただ今の状況がマズイことだけはわかる。団長たちが戻って来るまでにこの拠点が保つかわからないことだけはルカディオにも感じ取れた。
仲間の騎士たちの雄叫びや呻き声が聞こえる。テント内からは自分よりも小さな子供たちの泣き声も聞こえる。ルカディオの額にじわりと汗が滲んだ。
空を見上げたまま、そのプレッシャーにルカディオの足は震えていた。思考が停止し、隠れることも、敵に立ち向かうことも出来ない。
そして、一羽の魔物と視線がぶつかる。魔物の目がルカディオに焦点を合わせたかのようにギョロリと動き、その場で翼を大きく広げて一回転すると、一気に急降下した。
風に乗って加速し、向かう先はルカディオの場所。
来た。
こっちに来た。
ルカディオが硬直し、目を見開いたその時──
「ルカディオ様!!」
「!?」
急に体が後ろに引っ張られ、テント内に倒れ込んだ。
視界にルカディオを仕留め損ねた魔物が地面を蹴り、再び飛び立つのが見える。ルカディオはそれを呆然と眺めた。
「ルカディオ様……ルカディオ様……っ」
背後から細い腕が縋るように首に巻きつく。
自分の頬に柔らかいペールピンクの髪の毛が触れていた。
「危なかった……っ! 死んじゃうかと思ったじゃない! なんで避けないの!? 貴方はこんなところで死んじゃダメなの!」
自分に縋りつく腕が震えていた。
自分を包むその温もりに、
ルカディオはなぜか泣きたくなった。
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