私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

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第五章 〜ゲーム開始『君に捧ぐ愛奏曲〜精霊と女神の愛し子〜』

102. 接触

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「ヴィオ、もうすぐ中間試験だから演習場で魔法の実技練習をしていこう」

「そうだな。名門オルディアン伯爵家の双子が成績悪かったらシャレにならないぞ? 気合い入れて勉強しろ」

「わかりました」



 ヴィオラの両脇をクリスフォードとノアが陣取り、その後ろをジャンヌが歩く。

 最近の移動時はこの体制で動くことが多くなった。


 廊下を歩けば生徒たちの視線を感じる。学園デビューを果たした麗しの双子兄妹に、美形の護衛が二人。

 容姿だけでも四人は目立っていた。


 入学式から人の視線が自分たちに集まっていたのは気づいていたが、最近は婚約者であるルカディオに冷遇されている令嬢として好奇な目で見られるようになってしまった。

 クリスフォードとルカディオが毎回言い争いをするため、寮生や帰宅途中の生徒に見られ、徐々に噂が広まってしまったのだ。



 面白がって見てくる者。

 クリスフォードの美貌に見惚れる者。

 ヴィオラに熱の篭った視線を送ってくる者。

 冷遇される令嬢として嘲笑してくる者。



 様々な視線がヴィオラに突き刺さり、ルカディオの件で消耗している心を更に抉る。

 噂に気づいて以降はクリスフォードも自重するようになったが、広まってしまった噂はどうしようもなく、ヴィオラは行動しづらくなってしまった。


 ルカディオとの仲もヴィオラの一方通行で終わるうちに、気づいたら彼に会いに行こうとすると足が震えるようになった。


 きっとまた、無視される。

 冷たい瞳で見られる。



 熱を失ったルカディオのあの瞳が、

 ヴィオラは何よりも怖かった。





 何の成果もなく時は過ぎ、焦燥感と疲労だけが募っていく。

 皆に心配をかけ、ただ守られているだけの事実にヴィオラは居た堪れなかった。

 自分も強くありたいと願うのに、うまくいかない。

 


「ノアも試験受けるの久しぶりなんでしょ? 恥ずかしい点数取らないでよ? 一緒に入学した以上、ブランクは言い訳にならないからね」

「はっ。言うじゃないか。従者の俺が本気出せばお前に恥かかせると思って遠慮しようかと思っていたが、そんな気遣いは無用らしいな」

「ノア様、むきになって大人げないですよ」


 三人の軽口にクスリと笑う。


 クリスフォードは、魔法で姿を変えたノアにすっかり慣れ、今は抵抗なく従者ノアとして接し、軽口まで交わせる仲になっていた。

 そして兄に煽られて大人げない態度を取るノアを、ジャンヌが諌めるという構図が出来上がっている。


 ヴィオラといえば、皇弟を自分たちの従者として扱うという恐れ多い設定に未だ順応しきれず、敬語とタメ口が入り混じった会話になっていた。

 それでも少しずつ新しい環境に慣れ、学業と魔法訓練については概ね順調に進んでいる。


 だが不穏の種は確実に芽吹き、今すぐヴィオラたちを絡め取ろうとその背後まで忍び寄っていた。





「嘘! ホントにクリスフォード・オルディアンが生きてる! 何で!?」


 演習場の入り口前に差し掛かったその時、背後から聞こえた甲高い声にヴィオラたちは固まった。

 突然かけられた暴言とも取れる言葉に、ヴィオラは頭が真っ白になる。流石のクリスフォードも驚きで目を見開き、言葉を失っていた。


 叫んだのはリリティアで、彼女の両隣にはヴィオラたちと同じく固まっているセナ・シーケンスとルカディオがいる。


 ノアとジャンヌが真っ先に動き、ヴィオラとクリスフォードを背に隠した。

 次に動き出したのはセナ・シーケンス。


「リリー、彼らは伯爵家の子息子女だ。そんな言葉使いをしてはダメだよ」

「あっ、ご、ごめんなさいセナ様。ちょっと驚きすぎてしまって……っ。本当にすみません。嫌いにならないで、セナ様」

「リリー、大丈夫。ちょっと失敗しちゃっただけだろう? 嫌いになんてならないよ」


 涙をポロポロと流し、セナのブレザーの裾をそっと握る姿は庇護欲をそそるもので、ペールピンクの髪にグリーンの大きな瞳は可憐で可愛らしく、同性からも見ても惹きつけられる容姿だった。

 そんな彼女の頭に、ルカディオの大きな手が優しく触れる。


 その触れ合いを見てヴィオラは愕然とし、胸が抉られるように痛んだ。


「泣くな、リリー。誰だって失敗することはある。君は貴族マナーを学んでいる最中なんだから、失敗から学んで次に生かせばいいさ」

「はい、ありがとうございます。ルカ様」




 ——ルカ様。


 今まで愛称で呼ぶのはルカディオの家族以外ではヴィオラだけだったのに、他の女性にそれを許し、優しく彼女の頭を撫で、優しい声で彼女を慰める。


 ずっと目を逸らしていたその光景を、無情にも目の前で見せつけられ、ヴィオラは目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。


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