私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

文字の大きさ
上 下
95 / 228
第四章 〜乙女ゲーム開始直前 / 盲目〜

90. 壊れた関係 side クリスフォード

しおりを挟む
あの日から、ヴィオラは日に日に憔悴していった。
何度もルカディオに手紙を書いたが返事は一向にこない。

父のエイダンに何度も王都に帰りたいと申し出ていたが、その願いは王太子によって却下された。


つい先日、ノアに面会に来た王太子と初めて顔を合わせ、今後王家もクリスフォードとヴィオラを保護すると言われた。

王太子に直接『王都は危険だ。今は領地を出るな』と命令が下ったのだ。この国の臣下である限り、王族の命令に背くことはできない。背けば不敬罪で処罰対象だ。

そして王都が危険だという理由を、険しい表情を浮かべた王太子の口から直接聞く。



それを聞いて、ヴィオラは泣き叫んだ。

ルカディオに会わせてくれと懇願したが、エイダンからそのルカディオから会う事を拒まれていると言われ、それを王太子にも肯定されたヴィオラは呆然とし、その後は一言も発しなくなった。

クリスフォードも、こればかりは驚愕して言葉が出てこなかった。


まさかフォルスター侯爵家がそんな事になっていたなんて全く知らなかったのだ。ヴィオラ達を危険から遠ざける為に父が情報を遮断していた事を聞くと、怒っていいのか複雑な気持ちが胸に広がる。


流石に王太子から危険性を説かれればクリスフォードも黙るしかない。



(だから僕やヴィオラが何度手紙を出しても返事が来なかったのか・・・)



その理由に、胸がキリキリと痛んだ。

ヴィオラを取り合うライバルとはいえ、クリスフォードにとってもルカディオは幼馴染だ。心配である事には変わらない。

ただエイダンから今のルカディオはヴィオラだけでなく、エイダン含めたオルディアン家の者達や、自分の父親との面会さえも断っていると聞き、何も言えなくなった。


深く傷ついたルカディオは、これ以上傷つかないように全てを拒絶しているのだと察した。

それ程にルカディオの精神的負担は大きく、本人の意思を無視してこちらの意思を通せば心が壊れるかも知れない。

そう言われてしまえば尚更だった。




そしてヴィオラは、部屋に篭るようになってしまった。

皆心配して話を聞こうとしたが、何を言ってもヴィオラに届かなかった。

ルカディオに拒絶されている事実に絶望し、心を閉ざしてしまっている。エイダンやクリスフォードも心配し、治癒魔法をかけながら声をかけるが、やはり反応は返って来なかった。



それでも皆、根気強くヴィオラに語りかけた。

皇弟であるノアも、虚な目をしたヴィオラに優しく声をかけ、庭の散歩に連れ出したりと気にかけてくれている。

彼もルカディオに誤解させる原因を作ってしまった事に心を痛めているようだった。でも仕方ない。あの時誰であってもヴィオラの治療を優先するだろう。

彼もヴィオラも何も悪くない。

もちろんルカディオも、悪くない。



ただ、タイミングが悪かっただけだ。





そしてある出来事がきっかけで、ヴィオラに変化が訪れた。

憔悴しきっているヴィオラを心配した下位精霊達が、ヴィオラの周りに集まり出したのだ。

夢の中に出て来た女神によると、今までも精霊達はずっと二人を見守っていたが、近づきすぎると精霊付きだと邪神に気づかれる恐れがあるため、彼らはつかず離れずの距離にいたらしい。

だが今はヴィオラが非常事態ということで、近くに来て愛し子を癒しているとのことだった。


『非常事態ってどういうことですか!?』

『ヴィオラは心の支えを失くして潰れそうになっている。今は思考を止めてしまっているけれど、それがいつ負の感情に転化するかわからない。邪な心に飲まれてしまえばそれこそ邪神を呼び寄せてしまうわ。精霊達はヴィオラを守ろうとしているのよ』

『…………どうすれば、ヴィオラは元気になるんですか?』

『そればかりは私にもどうしようもないわ。ヴィオラ自身が向き合わなきゃいけない問題だから。でも少しずつヴィオラが精霊の声に応え始めてる。だから今は彼らに任せましょう。貴方達の邸に認識阻害の結界を張っておいたわ。その中でなら精霊と一緒にいても邪神の目をごまかせると思うから』

『――――――僕らが解放される道はないんですか?』



クリスフォードは絶望したヴィオラを見るのが辛かった。
あんなヴィオラを見るのは初めてだ。イザベラに虐待されていた時だってあんな生気を失ったような顔をしたことはなかったのに。

それだけ、ルカディオの存在がヴィオラの支えだったのだ。それが自分じゃない事が悔しくもあった。

ヴィオラと本当の意味で通じ合える兄妹になれたのは最近の話だから無理はないのかもしれない。それまでずっとヴィオラは母親の偽りの愛を向けられる自分に嫉妬していたのだから。

当時のあの息が詰まる邸の中で、ルカディオだけがヴィオラの希望だった。それは今も変わっていない。


例え自分達がまだ子供だとしても、あの2人は本気で想い合っていた。クリスフォードが嫉妬するほどに。

女神の加護さえなければ、自分たちは自由に暮らせていたのではないかという考えが消えない。敬うべき尊い存在であるはずなのに、こうして目の前にすれば恨み言を言ってしまいそうになる。


『……ごめんなさい。加護を取り消すことはできない。そうすればこの世界は終わってしまうから』


泣きそうな表情を浮かべる女神を見て、言葉に詰まる。

その重責から逃げたいんだという言葉は紡げなかった。
言っても無駄な気がしたから。


どうあっても逃げられない。


結局人間は、神の意向に逆らえないということだ。





こうしてヴィオラとクリスフォードは長い時を領地で過ごす事になった。

ヴィオラは少しずつ笑顔を取り戻していった。


邸の中には小さな妖精の姿をした下位精霊や、人の子供のような姿の中位精霊が集まるようになった。

女神の結界内でしか彼らとは交流できないが、その愛らしい容姿で純粋に愛し子を慕う姿は、徐々にヴィオラの冷たくなった心を溶かしていった。

そして皇弟であるノアもヴィオラに寄り添い、支えてくれていた。これからもヴィオラとクリスを守ると決意し、護衛として2人の側に居続けた。




数ヶ月後、精霊と皆に支えられて気持ちを持ち直したヴィオラは、決して読んでもらえないとわかっていても、ルカディオに手紙を送り続けた。

ルカディオを想う気持ちを魔力に乗せれば、ヴィオラの手紙に加護がつき、想い人を癒し、守ってくれると夢の中で光の精霊ディーンに聞いたらしい。


だから今日もヴィオラはルカディオの為に手紙を書く。その手紙の加護がルカディオを守ってくれるようにと。



ここまで関係が壊れてしまったのに、何故か2人の婚約は破棄されなかった。

フォルスター侯爵家の崩壊に、イザベラが関わっている可能性が高い事に罪悪感を持った父エイダンが、婚約をそのままにしていたのだ。

エイダンの治療によって正気を取り戻したダミアンは、騎士団内での権力を失い、フォルスター侯爵領主として再出発を果たした。

だがダミアンとルカディオの仲は、王都と領地で離れて暮らすほどに冷め切っており、エイダンは王太子の命で王都にいるルカディオの後見人のような立場を取っていた。



まだ、繋がっている。


いつかきっと、誤解は解ける。


そう信じて、ヴィオラはただひたすら、


その日を待ち続けていた───。







─────────────────────


次、新章です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう
恋愛
フルリス王国の公爵令嬢ロメリアは、幼馴染であり婚約者でもある騎士ガブリエルのことを深く愛していた。けれど、生来の我儘な性分もあって、真面目な彼とは喧嘩して、嫌われてしまうばかり。 「……今日から、王女殿下の騎士となる。しばらくは顔をあわせることもない」 彼から、そう告げられた途端、ロメリアは自らの前世を思い出す。 (なんてことなの……この世界は、前世で読んでいたお姫様と騎士の恋物語) そして自分は、そんな2人の恋路を邪魔する悪役令嬢、ロメリア。 (……彼を愛しては駄目だったのに……もう、どうしようもないじゃないの) 悲嘆にくれ、屋敷に閉じこもるようになってしまったロメリア。そんなロメリアの元に、いつもは冷ややかな視線を向けるガブリエルが珍しく訪ねてきて──……!?

処理中です...