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第四章 〜乙女ゲーム開始直前 / 盲目〜
72. 最後の触れ合い side ルカディオ
しおりを挟むヴィオラが領地に戻ってから、半年以上が過ぎた。
その間ルカディオは何度手紙を送ったがヴィオラからは一向に返事がこない。
おかしいと思い、クリスフォードにも手紙を送ったが同じように音沙汰がなかった。
流石に不信に思ったルカディオは伯爵家を訪ねようかと思ったが、父によると伯爵は王宮の研究室に籠りきりで邸には帰っていないという。
「アメリ、今日もオルディアン家から手紙は届いていないのか?」
「はい。さっき執事長に聞きましたが届いていないそうです」
「そうか・・・」
ルカディオはアメリに手紙を確認してもらったが、ほとんどが両親宛の手紙で自分のものはなかった。
今までこんなにヴィオラ達と連絡が取れなかった事はないのでルカディオは妙な胸騒ぎを覚える。
「もしかしてヴィオラ達に何かあったのか?」
(父上に言ってオルディアン伯爵家の領地に行かせてもらえるよう頼んでみるか)
ルカディオがそんな事を考えている時、何かが割れる音が聞こえたと同時に「奥様!」と侍女が叫んでいる声が聞こえた。
ルカディオは急いでその声がする部屋へと向かう。
勢いよくドアを開けると床の上に割れた花瓶の破片が散らばっていた。
「母上!大丈夫ですか!?」
ルカディオが心配して母親に近寄ると、虚ろな目をして「どうして・・・、どうしてなの」とぶつぶつと呟いているセレシアがいた。
「母上・・・?」
ここ最近、母親の様子がおかしい。
突然泣き出したり、父を拒んで部屋に籠ったりと、いつも穏やかに微笑んでいた母とは別人のようになっていた。あれだけ仲の良い両親だったのに一体二人の間に何があったのだろうか。
「デイビッド、父上に帰ってきてもらうことはできないのか?」
ルカディオが家令に尋ねると、今は王太子と重要な任務についている為、しばらく戻らないという報告を受けているらしい。
「でも、母上がこんな状態なんだぞ?何とかできるのは父上しかいないだろう?とりあえず連絡だけでもしてくれよ。俺だけじゃどうしようもないじゃないか」
少しずつ、じわじわと自分を取り巻く環境が変わりつつあることにルカディオは不安を覚えた。
剣の鍛錬をして同年代よりも体格が良く、強くなったといってもそれは子供達と比べての話であって、ルカディオが11歳の子供であることは紛れもない事実なのだ。
そんな子供が精神を病みつつある母親の対応など出来るはずもない。
話しかけてもどこか焦点が合わず、噛み合わない返答しか返ってこない母親を恐れたルカディオは、父親に早く帰ってきて欲しいと手紙を書いて家令に届けるよう頼んだ。
すると父のダミアンは数日後に帰ってきてくれたのだ。
ルカディオの頭を撫でて留守で不安にしたことを詫びてくれた。
母も父の帰りが嬉しかったようで笑顔で出迎え、以前と同じように父は母の腰を抱き寄せて額にキスを贈っていた。
だからルカディオは安心したのだ。これでもう大丈夫だと。
ルカディオの願いを聞いて、父は母を助けてくれる。守ってくれる。
そう思っていたのに─────、
「・・・うわぁ、真夜中の廊下ってちょっと不気味だよな」
夜中にトイレに行きたくて目覚めたルカディオは、一人廊下を歩いていた。
トイレへと続く廊下の角を曲がった時に、薄暗い中に黒い人影が見えてルカディオは心臓が止まるほど驚いた。
人はあまりに驚くとヒュッと喉を鳴らすだけで声は出ないらしい。
幽霊かと思ったその黒い人影は、よく見ると母親のセレシアだった。
母に近寄ると、それが父の部屋の前だという事に気づく。
用があるなら何故部屋に入らないのかと疑問に思っていると、雲から覗いた月の明りが窓から差し、母の顔を照らした。
「母上・・・?」
母は泣いていた。
一体何があったのかと一気に母親の側に駆け寄ると、父の部屋から呻き声のような男女の声が聞こえる。
それがどんな声なのか、騎士団の鍛錬に出入りして耳が増せているルカディオにはすぐにわかった。
「ああ・・・っ、アメリ・・・、すごくいいっ。気持ちいいぞっ」
「ああっ、旦那様っ、ダメ!そんな激しくしないで・・・っ」
扉の前に近づいたせいで、男女の絡み合う音が子供のルカディオにもしっかり聞こえてしまった。体が硬直して動けない。心拍数だけがどんどん上昇していく。
父が・・・、あの母を愛してやまなかった父が、
侍女と不貞をしている───。
ルカディオは頭が真っ白になった。
父はルカディオにとって憧れの男だった。
誰よりも強く、騎士道を重んじる男で部下にも慕われ、剣を振るって民を守る姿は誰よりもカッコよかった。
父のような男になる為に、ルカディオは今まで稽古を頑張っていたのだ。
その父が、邸内で母以外の女と浮気をしている。
扉は締まっていて姿は見えないが、ギシギシと激しく軋むベッドの音と、女の嬌声と父の呻き声が先ほどから絶え間なく聞こえてくるのだ。
ルカディオの中で、憧れの父の姿が粉々に砕け散った瞬間だった。
「ルカ・・・」
不意に小さな声で名前を呼ばれ、顔を上げる。
すると母が静かに涙を流しながらこちらを見ていた。
ちゃんと目があったのは随分久しぶりな気がする。
そう思ったら、ルカディオの目から涙が零れた。
自分で思うよりずっと、ルカディオは不安で仕方なかったのかもしれない。
届かないヴィオラからの手紙、少しずつおかしくなっていった母、そしてあまり家に帰らなくなった父。
以前のフォルスター家とは変わってしまった環境に、ルカディオはついていけていなかった。
母の指が優しくルカディオの涙をぬぐう。
そして、
「ごめんね、ルカ。弱い私を許して────」
そう言って母は悲しそうに笑い、ルカディオを抱きしめた。
それは、ルカディオとセレシアの最後の触れ合いだった。
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