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第四章 〜乙女ゲーム開始直前 / 盲目〜
67. 堕ちる① side イザベラ
しおりを挟むエイダンを初めて見た時、イザベラはとても美しい男だと思った。
ウェーブがかった艶やかな黒髪に、
吸い込まれるようなアメジストの宝石眼。
建国以来この国の医療を担ってきた知識の泉と呼ばれる名門オルディアン伯爵家の次期当主であり、若くして王族の専属侍医に抜擢された治癒魔法士。
エイダン・オルディアン。
王家の覚えが良いからといっても、マッケンリー公爵家からしたら格下の家。
忌々しい義姉との婚約が決まった時は何とも思わず、第二王子との婚約話が出ているイザベラよりも格下の家に嫁ぐ義姉を嘲笑っていたくらいだったのに、
両家の顔合わせの席で、イザベラは彼に心を奪われた。
欲しい。
彼が欲しい。
今まで感じた事のない強い衝動が生まれる。
「お父様、オルディアン伯爵家へは私が嫁ぎたいです。今から私とお義姉様の婚約者を変更してください」
「何を言っている?王家とはもう話がまとまっているんだ。今更婚約者の変更なんか出来る訳がないだろう!」
「でもまだ候補者の段階ですよね?私以外にもあと2人の令嬢が候補にいるのだから辞退したっていいじゃないですか」
「ダメだ。お前を婚約者にする為にいくら王家に寄付したと思っている!それにオルディアン家にはマリーベルじゃないとダメなんだ」
いつもはイザベラの願いを聞いてくれる父が、いくら頼んでも首を縦に振ってくれなかった。
義姉の土属性の魔力がオルディアン家に必要らしい。
(そんなの、土属性の魔法士を雇うなりすればいいじゃない!)
あの美しいエイダンに相応しいのはこの自分だ。地味で根暗な義姉ではない。
どうやって婚約者変更を実現させるか悩んでた時に、最近公爵家に出入りしている黒いローブを着た男と父が話しているのを偶然聞いた。
幻覚草という薬を用いれば、相手に望む幻覚を見せ、相手の負の感情を煽る事ができるらしいと。
しかも脳に直接作用し、記憶として蓄積され、血液検査などの医療技術では検知できないため、証拠も残らないと。
その薬を使えばマッケンリー公爵家に対立している派閥を内側から瓦解させるのは簡単だという。
────これは使える。
イザベラはその話を聞いて希望が湧いた。
父が願いを聞き入れてくれないなら、2人の仲を壊せばいい。修復出来ないほどにズタズタに壊せばいいのだ。
イザベラは父の目を盗んで幻覚草の紅茶を一袋手に入れた。そして黒いローブの男が話していた通りに、茶葉に魔力を乗せて見せたい幻覚をイメージする。
するとスゥッと魔力が茶葉に吸収されていった。
本当にこれで効き目があるのだろうか?
とりあえず義姉付きの侍女を買収して幻覚草の紅茶を義姉に飲ませるよう指示した。
数日後、効果は目に見えて表れた。
バカなマリーベルは何も気づかずにイザベラの魔術を施した幻覚草で毎日悪夢に魘されているらしい。
食欲が減り、目の下にクマができ、イザベラの顔を見ると傷ついたように顔を歪ませるようになった。
そして侍女の話によれば、エイダンとの面会もギクシャクしているとの事。
幻覚草というのは白昼に幻覚を見るのではなく、どうやら夢の中で悪夢を見せるらしい。それが実際には夢なのに、脳に現実に起こった出来事として蓄積されていく為、本人には明瞭な記憶として残るのだ。
どういう原理なのかは知らないが、こんな簡単にあの二人の仲が拗れてきたことに笑いが止まらない。
マリーベルには毎日のようにイザベラとエイダンが愛し合っている光景を見せている。
義姉の中では既に義妹と婚約者は体の関係があると思っているのだ。
それゆえにマリーベルは日に日に憔悴していった。
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