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第二章 〜点と線 / 隠された力〜
19. 子供でいさせてくれなかったのは貴方達
しおりを挟む翌日、再び応接室に集まった。
父によると、バレットは素知らぬ顔で仮のカルテを差し出し、やはり虚弱体質のため思うように治療の成果が出ないと宣ったらしい。
新薬の成分表を出すように言ったが手元にない為、製薬工場に問い合わせるとのこと。
のらりくらりと躱された感が否めない。
きっとこの間に嘘の成分表を作るだろうことは明白だ。父親が来るまでに時間があったのに用意してないということは、それだけこの邸に医療知識のある人間がいないのをいい事に、好き勝手していたという事だろう。
(何でお父様はバレットなんかをウチの侍医にしたのかしら)
ヴィオラの視線に気づいたエイダンがバツが悪そうな顔をした。どうやらヴィオラの考えが顔に出てしまっていたらしい。
「アレでも腕は良かったんだ。ただ・・・この7年の間に変わってしまったんだろうな」
「私の部下に命じてバレットを自白させますか?」
ケンウッドが申し出るが父エイダンが首を横に振る。
「いや、情報が集まるまで泳がせた方がいいだろう。バレットよりも、バレットとイザベラの後ろにいる奴らを炙り出せ。新薬と成分表が一致するかの判断がつかなければ捏造だと証明出来ない。工場内に製薬の知識があるヤツを買収して探らせるしかないな。ケンウッド、工場内で駒に出来そうな奴を探してきてくれ」
「承知しました」
「お父様」
「・・・なんだ?ヴィオラ」
初めて、名前を呼ばれた。
赤子の時は知らないけど、少なくとも自分が記憶している中では初めてだ。
普通は、喜ぶ場面なのだろうか。
でもヴィオラは何も感じなかった。
前世を思い出した今、何かを感じるほどこの人との間には何も無いのだと気づいた。
「私に、薬の成分を調べる許可と環境を下さい」
「────は?」
「お母様達の息がかかった工場の人間は信用出来ません。製薬の課程を知る人間の調査は必要でしょうが、実際に薬を調べる作業は私がやりたいのです。ですからその設備を私にください」
「お前は何を言っている?10歳の子供が首を突っ込んでいい案件ではない。玩具を与えるのとは訳が違うんだぞ」
カチン、と瞬時に怒りが湧く。
父親こそ、何もわかっていない。
「お父様こそ何を言ってるんです?私達は当事者ですよ。今現在、身の安全が脅かされているんです。玩具で遊んでいる暇などありません。あいにく私達には庇護してくれる身内がいないので自分で自分の身を守らなくてはならないんですよ。それとも、お父様が王宮を辞して領地に帰り、今後私達を守ってくれるとでも?無理ですよね?」
「・・・・・・・・・」
今まで反抗的な態度を一切出した事のないヴィオラの辛辣な物言いに驚いたのか、エイダンは目を見開いて硬直した。
そして、ヴィオラの真意に気づいたのか、
昨夜と同じように傷ついた顔をした。
この人は、どうやら感情が表に出る人らしい。
そんな事も、初めて知った。
(私達は貴方に何も期待していない)
周りも言外に含ませたモノを感じ取り、
辺りが静寂に包まれる。
見渡すとロイドやケンウッドも居た堪れない表情をしていた。彼らを責めているわけではないと2人を見て首を横に振るが、2人とも辛そうに顔を崩すだけだった。
「ヴィオは将来僕の補佐をしたいと申し出てくれて、薬師の勉強をしてくれているんですよ。僕もヴィオなら信じられるので、僕からもお願いします」
「10歳の薬の知識なんてたかが知れてるだろう。職人に任せた方が──」
「だから、ヴィオなら信じられると言っているでしょう?2度も言わせないでください。僕らにほとんど会いに来なかった父上は知らないかもしれませんが、ヴィオはとても優秀なんですよ。環境さえ与えればすぐに成果をお見せ出来るでしょうね。薬草や医療の知識は既に僕よりも上です」
クリスフォードの冷たい言葉が鋭利な刃物のようにエイダンに突き刺さり、頭を抑えて項垂れた。
しばらくその体制で沈黙を保っていたが、小さくため息を一つ溢した後、エイダンはロイドを仰ぎ見る。
無言の問いにロイドは深く頷いた。
それを確認し、再びエイダンは双子を見据えながら疑問を投げかける。その声は何とも弱々しかった。
「お前達は・・・・・・本当に10歳なのか?信じられん」
「ハハッ」と、クリスフォードの渇いた笑いが響き、トドメとばかりに更にエイダンに追い討ちをかける。
「僕達を子供でいさせてくれなかったのは貴方達でしょ?今更何を言っているんですか」
「はあ・・・・・・わかった。・・・そうだな。花嫁修行の一環として医療教育を施すという事にしておこう。ケンウッド、製薬工場の内情が分かり次第ヴィオラに伝えろ。イザベラとバレットに怪しまれないよう医学の家庭教師を送る」
「お父様、ありがとうございます」
「いや・・・いい。俺の今まで溜めたツケが回ってきただけだ。───ロイド、ケンウッド。今後は俺にいちいち判断を仰がなくていい。クリスフォードに当主代理の権限を与える。クリスフォードに従え。俺は王都でイザベラの犯行の証拠を探す。恐らく背後にマッケンリー公爵家がついているはずだ」
(マッケンリー公爵家。お母様の実家ね──。お祖父様は確かこの国の外務大臣だったはず)
「承知しました。それと、念の為、クリスフォード様達に影をつけた方が良いかと。表向き護衛を増やすのは奥様に怪しまれそうですので」
「そうだな。人選はケンウッドに任せる。それから商会と製薬工場にも送り込め。従業員全員調べ上げろ。王都にいる奴らも数人残してそっちに回していい」
「承知しました」
「それで父上?魔力測定の方はどうするんです?」
「ああ、それについてはとりあえず国内では無理だ。証拠がないと連帯責任で一族極刑ものだからな。だから、隣国のグレンハーベル帝国に行くことにする」
──グレンハーベル帝国。我が国を含む西大陸で最も広い国土を有する軍事国家。
武力の才に優れた前皇帝が武官を中心とした軍事政権を推進した為、元は大陸中心部の砂漠を有する小さな国だったが、西部にある我がバレンシア王国に隣接するほどの大国家へと変貌をとげた。
しかし短期間での国土拡大により内乱が絶えず、2年前、当時穏健派のトップに立っていた皇太子と対立し、前皇帝は退かれ、処刑された。
元々は飢える民のために資源を求めて始めた侵略戦争だったが、年月と共に大義を失い、いつしか内乱で国が乱れ、多くの民を失うという皮肉な結果となったのだ。
現在は当時の皇太子が皇帝の座につき、国の立て直しを図っているという。
「グレンハーベルですか。内乱が収まったとはいえ、未だ統制が取れてないと聞きます。そんな所に他国の僕らが入国して大丈夫なんですか?」
クリスフォードが父の提案に難色を示す。
グレンハーベル帝国とバレンシア王国は同盟を結んでいるとはいえ、国が荒れている時に入国して要らぬ誤解を生み、国際問題に発展しないのかと指摘した。
「国の統制が取れていない今だから大義名分でっち上げて入国できるんだ。グレンハーベルでは多宗教国家のため、魔力測定器は教会ではなく魔法師団で管理されている。俺はそこの師団長と顔見知りだから事情を話して秘密裏に判定を行ってもらう」
「どうやって入国するんです?」
「今帝国では国の立て直しの為に人手不足で近隣国に支援を呼びかけている。魔法師団からの支援要請を受けた形で俺が派遣員として行けばいい。その時にお前達も連れていく」
「暗殺に怯える王が父上を一時でも手放しますかね?」
「だから帝国の魔法師団長直々に俺を名指しで支援要請してもらうんだよ。国が荒れているとはいえ、軍事国家の要請をそう易々と断れないからな。それに俺以外にも優秀な侍医は数名いるから問題ない」
「なるほど。つまり父上が王宮に引きこもらなければならない程、侍医不足だったわけではなかったようですね。よくわかりました」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
にっこり笑って再び嫌味をかましているクリスフォードに大人の男3人の顔が引き攣っている。
(それにしても────)
こんなに長く話している父親をヴィオラは初めて見た。
言っていることも筋が通っていてどうやら当主としての能力は高いらしい。流石天才医師と言われるだけはあると感心してしまった。それだけ対応が的確で素早い。
なのに何故親としての能力は壊滅的なのか──。
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