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第一章 〜初恋 / 運命が動き出す音〜
12. 偽りの愛
しおりを挟む「母上はね、僕の事なんか微塵も愛してないんだよ」
クリスフォードの告白に衝撃を受けた。
だって母は昔からヴィオラを冷遇し、クリスフォードを溺愛してきたじゃないか。
声をかけられるのも、褒められるのも、抱きしめてもらえるのも、頭を撫でてもらえるのも、プレゼントされるのも、全部クリスフォードだけの特権だったではないか。
ヴィオラは生まれて今までそれらを与えられた事は一度もない。なのに───兄は何を言っているのか。
胸の中にモヤっとしたものが広がった。
クリスフォードはそれを敏感に感じ取り、深いため息をもらす。
「信じられないかもしれないけどね。本当だよ。多分今のヴィオなら気づけると思う。今母上は謹慎中だから見れないけど、注意して見たらすぐわかると思うよ」
「お兄様は何故そう思うの?」
「あの人の僕を見る目はいつも笑ってない。表情は笑顔を浮かべてるけど、目が僕を人間として見てないっていうか、道具くらいにしか思ってないと思う」
「道具・・・?」
「母上が社交界で何て言われてるか知ってる?僕は家庭教師からそれを聞いた時、思わず吹き出したよね」
「・・・なんて言われてるの?」
子供を虐待しているという醜聞が漏れてしまっているのだろうか?でも、そしたらお父様が握りつぶすはず。
「慈悲深い、良妻賢母。」
──────は?
思わず「どこが?」と口走りそうになった。
ヴィオラの考えが手に取るように分かるクリスフォードはクスクスと笑っている。
「王家の覚えがめでたい多忙な父上の代わりに伯爵家を支え、病弱な僕を献身的に看病し、不出来な娘を広い心と愛情で包む女神のような妻。社交界では父上は最上の妻を娶った幸せ者らしいよ」
あの悪魔のような人が、どこをどう見たら女神に見えるのだ。ヴィオラはクリスフォードの話に戦慄した。
「僕はね、その社交界での賛辞を受けるための道具でしかない。だから、あの女にとっては、僕の病気が治ってしまっては困るんだよ。慈悲深い母親を演じれなくなるからね」
「っ!」
それがもし、本当の事だとしたら、
どんなに恐ろしいことだろう。
クリスフォードはヴィオラに嘘はつかない。双子には嘘が通用しないからだ。なのでこれは事実なのだろう。
あの人のクリスフォードに向けていた愛情が全て偽りだったなんて、それを10歳のクリスフォードが1人で受け止め、耐えていたなんて────。
「・・・そんな悲しい顔しないでヴィオ。僕は大丈夫。ヴィオがいるから1人じゃなかったし」
「でも・・・っ」
(私は何も気づかずに、お兄様を妬んでた・・・っ)
自分の愚かさに涙が込み上げる。
自分だけが不幸だと思っていた。
何も知らずに、1人不幸を背負った顔をして兄の苦しみに全く気づかず、あまつさえ嫉妬と恨みを抱いていたなんて────。
「いいんだヴィオ。それはもういいんだ。だから自分を嫌いだと思わないで。そんな事思われたら僕は悲しいよ。悪いのはヴィオじゃなくて母上だ。あの女が全ての元凶なんだから」
クリスフォードの言葉に何度も頷く。
そして今度は底知れず怒りが湧いてきた。
あの人は、どこまで私達を苦しませれば気が済むのだろう。何であんな人が私達の母親なのだろう。
「もしヴィオが表立って僕の病気を治そうとしたら、母上が絶対邪魔してくる。僕付きの使用人は皆母の手の者だ。だからヴィオは十分気をつけて」
「何故お母様は・・・」
子供の病気を利用するなんて、母親のすることではない。ましてや、率先して病気を治療しないなんて、一体なんの為にヴィオラ達は領地に来たのか。
何のために、ルカディオと離れたのか。
「・・・あの人は多分、父上の事しか見えてないんだと思う。邸に帰らない父上の気を引く為に必死なんじゃないかな。何度かお酒を飲んで泥酔して、父上の名前呼んでるの見た事があるよ」
─────は?
2度も驚愕してしまう。
父親の気を引く?
そんな理由のために、兄の治療を放棄しているのか。
そんな、下らない理由のために、
兄は─────。
「ヴィオ・・・」
再び眉を下げ、クリスフォードは困った様子でヴィオラの涙を拭ってやるが、ヴィオラの涙は止まらない。
これは悲しみの涙ではなかった。
「お兄様───、私、・・・悔しいっ」
許せない。
何度クリスフォードが発作で命の危険に晒されたと思っているのか。あの母親はそれを見てきたはずだ。わかっていてコレなのか。それでも人の親なのか?
(お兄様の病気は絶対私が治すわ)
私達は、親の道具じゃない。
親の為に存在しているわけじゃない。
自分の人生を歩むために、生きているのだ。
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