私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ

文字の大きさ
上 下
16 / 228
第一章 〜初恋 / 運命が動き出す音〜

12. 偽りの愛

しおりを挟む


「母上はね、僕の事なんか微塵も愛してないんだよ」



クリスフォードの告白に衝撃を受けた。

だって母は昔からヴィオラを冷遇し、クリスフォードを溺愛してきたじゃないか。


声をかけられるのも、褒められるのも、抱きしめてもらえるのも、頭を撫でてもらえるのも、プレゼントされるのも、全部クリスフォードだけの特権だったではないか。

ヴィオラは生まれて今までそれらを与えられた事は一度もない。なのに───兄は何を言っているのか。


胸の中にモヤっとしたものが広がった。
クリスフォードはそれを敏感に感じ取り、深いため息をもらす。


「信じられないかもしれないけどね。本当だよ。多分今のヴィオなら気づけると思う。今母上は謹慎中だから見れないけど、注意して見たらすぐわかると思うよ」


「お兄様は何故そう思うの?」

「あの人の僕を見る目はいつも笑ってない。表情は笑顔を浮かべてるけど、目が僕を人間として見てないっていうか、道具くらいにしか思ってないと思う」

「道具・・・?」

「母上が社交界で何て言われてるか知ってる?僕は家庭教師からそれを聞いた時、思わず吹き出したよね」

「・・・なんて言われてるの?」


子供を虐待しているという醜聞が漏れてしまっているのだろうか?でも、そしたらお父様が握りつぶすはず。


「慈悲深い、良妻賢母。」


──────は?


思わず「どこが?」と口走りそうになった。

ヴィオラの考えが手に取るように分かるクリスフォードはクスクスと笑っている。


「王家の覚えがめでたい多忙な父上の代わりに伯爵家を支え、病弱な僕を献身的に看病し、不出来な娘を広い心と愛情で包む女神のような妻。社交界では父上は最上の妻を娶った幸せ者らしいよ」


あの悪魔のような人が、どこをどう見たら女神に見えるのだ。ヴィオラはクリスフォードの話に戦慄した。


「僕はね、その社交界での賛辞を受けるための道具でしかない。だから、あの女にとっては、僕の病気が治ってしまっては困るんだよ。慈悲深い母親を演じれなくなるからね」


「っ!」


それがもし、本当の事だとしたら、
どんなに恐ろしいことだろう。


クリスフォードはヴィオラに嘘はつかない。双子には嘘が通用しないからだ。なのでこれは事実なのだろう。

あの人のクリスフォードに向けていた愛情が全て偽りだったなんて、それを10歳のクリスフォードが1人で受け止め、耐えていたなんて────。




「・・・そんな悲しい顔しないでヴィオ。僕は大丈夫。ヴィオがいるから1人じゃなかったし」

「でも・・・っ」


(私は何も気づかずに、お兄様を妬んでた・・・っ)



自分の愚かさに涙が込み上げる。
自分だけが不幸だと思っていた。


何も知らずに、1人不幸を背負った顔をして兄の苦しみに全く気づかず、あまつさえ嫉妬と恨みを抱いていたなんて────。


「いいんだヴィオ。それはもういいんだ。だから自分を嫌いだと思わないで。そんな事思われたら僕は悲しいよ。悪いのはヴィオじゃなくて母上だ。あの女が全ての元凶なんだから」


クリスフォードの言葉に何度も頷く。
そして今度は底知れず怒りが湧いてきた。

あの人は、どこまで私達を苦しませれば気が済むのだろう。何であんな人が私達の母親なのだろう。


「もしヴィオが表立って僕の病気を治そうとしたら、母上が絶対邪魔してくる。僕付きの使用人は皆母の手の者だ。だからヴィオは十分気をつけて」


「何故お母様は・・・」


子供の病気を利用するなんて、母親のすることではない。ましてや、率先して病気を治療しないなんて、一体なんの為にヴィオラ達は領地に来たのか。


何のために、ルカディオと離れたのか。



「・・・あの人は多分、父上の事しか見えてないんだと思う。邸に帰らない父上の気を引く為に必死なんじゃないかな。何度かお酒を飲んで泥酔して、父上の名前呼んでるの見た事があるよ」


─────は?


2度も驚愕してしまう。


父親の気を引く?
そんな理由のために、兄の治療を放棄しているのか。


そんな、下らない理由のために、
兄は─────。



「ヴィオ・・・」


再び眉を下げ、クリスフォードは困った様子でヴィオラの涙を拭ってやるが、ヴィオラの涙は止まらない。


これは悲しみの涙ではなかった。



「お兄様───、私、・・・悔しいっ」


許せない。

何度クリスフォードが発作で命の危険に晒されたと思っているのか。あの母親はそれを見てきたはずだ。わかっていてコレなのか。それでも人の親なのか?


(お兄様の病気は絶対私が治すわ)


私達は、親の道具じゃない。
親の為に存在しているわけじゃない。


自分の人生を歩むために、生きているのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

処理中です...